「エミル君、依頼が来てるよ」
はいこれ、とお姉さんに書類を渡される。この間の魔王級見直しの見直し辺りから、ギルドはせわしなく色々と動いているようだ。まあ勇者級や属性頂点からの抗議が届いたおかげで割と少なくない上層部が処分されたみたいだし、その穴埋めが大変なのだろう。自業自得なので何も言わないが。
ついでに、その穴埋めに駆り出されるのは結局冒険者という俺にとっては本末転倒な状況でもある。処理しきれない依頼が溜まったおかげで、本来勇者級のやらない仕事もちょくちょく回ってくるようになった。その大半は大したことのない討伐依頼で、そのためにクーヤ達にも手伝って何箇所か分担している。
そんな状況での依頼である。またか、と思いつつ渡された書類を見ると、しかし今回は少し毛色の違う依頼内容が書いてあった。
「なんだこれ?」
「どーしたんですか?」
いつもの定位置、俺の隣にいる愛しい彼女のスロウが書類を覗き込む。そういえば今日は擬態してるんだな。そんなことを思いながらスロウを見ていると、クスリと笑って俺にすり寄ってきた。嬉しいが、どうしたいきなり。
「え? 別に、エミルとくっつきたいなーって」
「そうか。まあ俺も」
そう言いかけ、違う今はそういう場合じゃないとぎゅっと抱きしめるだけで止めた。飽きないねぇ、とお姉さんは笑っているが、いやまあそりゃ恋人、いや恋虫とのあれやこれやは別に飽きるもんじゃないだろ。そう返すとはいはいごちそうさまという答えが来る。
「それで、私も依頼内容はよく見てないんだけど、何か変だったの?」
お姉さんの問い掛けに、ああそうだと依頼書を再度眺める。場所は王国にある小さな村、そして内容は、スライムの調査。
「スライムですか」
「スライムねぇ」
スライムは強さとしては中級、ものによっては上級になるかも、程度のモンスターだ。大体区分としてはヒドラと同じくらいで、勇者級が出張るほどのモンスターではない。ものによっては倒そうと思えば上級どころか中級冒険者でも可能なレベルではある。
そんなスライムの調査にわざわざ勇者級を? そんなことを思ったが、俺はその調査という部分が少し気になった。討伐ならまあ、ここ最近の穴埋めの依頼だと思わないでもない。面倒だがさっさと行って片付ければ終わりだ。
「何かあったんでしょうね。ほらここ」
アリアも俺が気になっている部分に気が付いたのだろう。依頼書に書かれているとある部分を指差した。曰く、中級冒険者に依頼したところ、消息を絶った。
「殺されたんですかね」
死体が残ってれば期間的にまあいけるか。そんなことをスロウが述べるが、多分問題にしているところはそこじゃないと思う。いや、ひょっとしたらその辺りも踏まえての調査なのかもしれないが。
だとしても、上級ではなくいきなり勇者級に依頼が跳ね上がるところをみると、結構面倒な依頼であるということは察せられた。
「まあ、何はともあれ、とりあえず行ってみるか」
「そーですね」
スロウが頷き、アリアとシトリーも別段反対しなかったので、俺はこの依頼を受けるとお姉さんに告げる。はいはい、と承認印をつけたお姉さんは、しかし表情を真面目なものに変えた。別の冒険者が消息不明になっているということは、それなりに危険な依頼である可能性が高い。その辺りを心配しているらしく、気を付けてね、と声を掛けてくる。
「エミル君達は勇者級冒険者である前に、この村の住人なんだからね」
「分かってるってば」
村に《テレポート》は流石に出来ないので、適当な場所に移動してから徒歩で向かう。道中に何か出る、ということもなく、道のり自体はいたって平穏だ。それは村が近付いてきてからも同様で、スライムの調査という依頼にどこか緊張感を持っていた俺達の気分を削ぐのには十分で。
「何か、そう大した依頼じゃなかったんですかね」
「見る限り村も平穏そうね」
「うぅん……」
辿り着いた村を見ても、中級冒険者が消息を絶った場所とは思えないほど平和そうな感じである。調査が必要なほどスライムの脅威にさらされているとは思えない。
そうは思ったのだが、どうやらシトリーは少し違ったらしい。何か変だ、と周囲を見渡している。が、自分でもおかしなところが見付かれることが出来ずに首を傾げていた。
「でも、なんというかぁ……」
うーん、と悩みながら適切な言葉を探しているシトリーであったが、それを遮るようにどうしましたかと声が掛けられた。声を掛けてきた村の人に、今回の依頼の話を告げる。が、おかしいですね、と首を傾げられた。
なにがどうした、と尋ねると、件の中級冒険者ならばここにいますよという返事が。どういうことだと問い掛けると、どういうこともなにも、と村のギルドを指差す。
「そこで依頼を受けていますよ」
「はぁ?」
村のギルドに向かう。中には小さな村とは思えないほど盛況な状況が広がっていた。俺達が勇者級になったからって頑張り始めた状態の故郷の村より賑わってるぞ。
だとしても、何がどうするとこんな村が賑わうんだ。そう思い依頼掲示板に向かうと、細かい下級の依頼とスライム討伐の依頼がバシバシと貼ってあるのが見える。スライム以外は別段俺の村とそう変わらない。見ても結局盛況の理由は分からなかった。
「それで、中級冒険者ってのは」
アリアが視線を巡らせる。が、消息不明の中級冒険者の捜索は依頼に入っていないため、連中の顔は不明、まあさっきの人の話を信じるならばこの中にいるのではあろうけど。
どうする、と皆を見た。依頼を受けてきてみれば村には何もなく、消息不明の中級冒険者もここにいるという。何とも奇妙なこの状況、調査が目的なのでこれをそのまま話せばそれでもいいのかもしれないが、しかし。
「何か気になるな」
「そーですね。シトリーちゃんが感じた変なのも気になりますし」
「でも、ちゃんとは分かってないんだよぉ……」
「少しでもおかしなことを感じた、でも十分よ」
とはいえ、それだけでは動きようもないのは事実なわけで。とりあえずスライム討伐の依頼があるってことはスライムがいるのは間違いないんだし、その辺りから調べてみるか。そんなことを思いつつ、ギルドの職員にスライムの生息地について問いかける。村の近くの沼に住み着いているのがいるから、か。まあとりあえずそこを調査してみよう。
そんなわけでその沼へとやってきたわけだが。成程、スライムがいるな。
「いるだけですね」
スロウが俺の言葉にそんな補足をする。そう、別段何の変哲もないスライムがそこにいるだけだ。まあ確かにこれなら適当な討伐依頼で片が付く。これが調査先だとすると、何もなかったとしか報告のしようがないほどだ。
「だとすると、何で中級冒険者が消息不明になったか、よね」
「でも、さっきの場所にいたんですよね? ほんとかどうかは知らないですけど」
「そこなんだよなぁ」
とはいえ、じゃあ嘘だとしたら何で村の人がそんなことを言ったのかということになるわけで。わざわざ嘘を吐く理由は何だ?
「まあそれはそれとして。このスライム、どーします?」
「こいつの討伐は別の依頼になってたみたいだし、一旦放置でいいんじゃないか?」
「そうね。まあ大したモンスターでもなさそうだし」
「えぇと……」
そう言って踵を返した俺達に対し、シトリーがどうにも煮えきらない表情でその場に佇んでいた。どうした、と声を掛けても、首を傾げるばかりで要領を得ない。とはいえ、少なくとも村の時と同じような違和感を覚えているのは間違いなさそうであった。
「なんて言ったらいいのか、分からないけどぉ……このスライム、変だよぉ……」
「変?」
うねうねと動いている不定形の粘体を見やる。まあスライムだ。至って普通のスライムにしか見えないが、シトリーがそう言うからには何かしらおかしな部分があるのだろう。まあそう言った当事者もはっきりとは分かっていなさそうであったが。
「何だかまるで、こっちを観察しているみたいな……そんな、変な感じがするよぉ……」
「観察ねぇ」
ふむ、とアリアがスライムを見る。攻撃してくる気配がない、というのはたしかに若干奇妙ではあるが、元々スライムは真正面から戦うモンスターではない、奇襲とかそういう方が得意なタイプだ。
そういう意味では、こうやってただうねうねしているだけというのは変な感じがする。まるで、獲物が罠に掛かるのを待っているみたいな。
「ん?」
ば、と周囲を見渡す。奇襲を仕掛けてくるようなスライムがいないかを確認した。が、見当たらない。巧妙に隠れていて、もう少し近付いたら襲い掛かってくる可能性もあるが、だとしても、囮役を遠距離で仕留められたらそれで作戦は破綻してしまう程度だ。
まあ中級から上級になる程度のモンスターだとこんなもんかもしれない。最近準魔王級とか魔王級とかそういう連中と戦っていたせいで感覚がおかしくなっている可能性もある。
ずるり、とスライムが動き出した。俺達はそれを見て戦闘態勢を取るが、しかしスライムはこちらを見るわけでもなく沼の奥へと移動していった。
「どーします?」
「ついていくかどうか、ってことか? まあ多分罠だろうけど」
「あるいは、何の意味もない行動か」
「どっちにしろ、行く必要はないと思うよぉ……」
だよな。頷いた俺は、そのままスライムを無視して戻ることにした。シトリーの違和感がどうにも気になるが、一旦村で改めて情報収集をした方がいいと思ったのだ。
そうして再度村に戻ると、あら、とこちらを見て目を瞬かせる人物がいた。
「セフィちゃん先輩? どーしてここに?」
ててて、とその人物、セフィに駆け寄るスロウ。そんなスロウにこんにちはと挨拶をしたセフィは、実は、と言葉を紡いだ。
何でも、この村に奇妙なスライムの目撃情報があるのだとかなんとか。通常の討伐対象のスライムとは少し違う性質を持っているらしいそれを調査し、場合によっては捕獲する。そういう話が出てきたらしい。
「それで。自領のことですし、私が直接確認を、と思いまして」
「そーなんですね」
成程と、頷いているセフィを見ながら、俺は少しだけ首を傾げた。そういうことなら俺達に依頼もするんじゃないのか? そう思って尋ねると、実は、と苦笑された。
「依頼を出した時には、既にエミルさん達がこちらに向かっていたみたいで」
「行き違いになったんですね」
「そうなります」
そういうことならば、とアリアも頷く。まあ、それなら、そうか。スロウは納得しているし、アリアも別段おかしく思ってない。ならまあ、俺の考え過ぎ、ということになるよな。
「エミルくん……?」
「ん?」
「何か、気になっているのぉ……?」
「んー、まあ、ちょっとな」
セフィが一人で来ているという点がちょっと引っ掛かっただけだ。そんなことを述べると、セフィは一人でとは? と首を傾げられる。え、だってどう見ても。
「コイナは村で情報収集を行っています」
「あ、コイナちゃんも来てるんですね」
スロウの言葉にセフィが頷く。なんだ、コイナもいるのか。変な勘繰りをしたみたいで、俺は少し恥ずかしくなって頬を掻いた。じゃあ別に何の問題もないな。
そんなことを思った俺だったが、今度はシトリーが怪訝な表情を浮かべてセフィを見ていた。どうした、と今度は俺がシトリーに問い掛ける。何か気になったことがあったのか、と。
「気になった、と言うか……何だか、エミルくんの都合の良い答えだったなぁって思ったんだよぉ……」
「俺の都合の良い?」
「う、ううん、多分勘違いだよぉ……忘れてぇ……」
そう言って手をワタワタとさせるシトリーを見ながら、まあ忘れろと言うならば忘れるけど、と返す。返しつつ、しかしその言葉には妙な引っ掛かりを覚えた。
セフィ、と眼の前の相手の名前を呼ぶ。どうされましたかと答える彼女は別段おかしなところは見付からない。見付からないが、しかし。
「コイナ、ちょっと呼んできてくれないか?」
「構いませんが、どうかしたのですか?」
「ちょっと確かめたいことがあってな」
分かりました、とセフィが振り返り、コイナを探しに行こうとする。そんな後ろ姿を俺はじっと見詰めていた。
「セフィちゃん先輩と浮気ですか?」
「何でだよ」
ぬ、とスロウが隣に立つ。スロウの言葉にツッコミを入れつつも、俺はスロウにさっきのセフィについて尋ねてみた。なにかおかしな点はなかったか、と。
その質問に首を傾げるスロウ。そうしながら、でも、まあ確かに言われてみると、と表情を変えた。
「何だかいつものセフィちゃん先輩っぽくないというか」
「セフィーリア様らしくない、はあたしも少し感じたわね」
「お前さっき納得してただろ」
「あくまで少し、よ。別に納得できないというほどでもなかったから」
アリアも会話に混ざる。そんなことを言いつつ、ただ、とシトリーを見ながら、多分シトリーが感じていたのとは違うやつだと言葉を続けた。
「どういうことぉ……?」
「あたしは、セフィーリア様がここに来た理由がらしくないって思ったのであって、セフィーリア様そのものには違和感を持ってないわ」
「わたしもですね。エミルが受けた依頼をわざわざコイナちゃん連れて自分でも、とかするかなーって」
つまり、セフィの行動に疑問を持ったけど、セフィ自体にはおかしな点はない、と思ってるわけか。で、シトリーはセフィそのものに何か変な感じを抱いている、と。
その辺の意見を合成させるならば、つまりは。
「あのセフィちゃん先輩、本物じゃないってことですか?」
「そこまで飛躍することもないんじゃないかしら、操られているとか」
「セフィが操られるレベルってなると間違いなく魔王級とかだぞ」
「スライムの、魔王級ぅ……?」
まあ目の前にミミックロウラーの魔王級がいるんだから、スライムの魔王級がいてもおかしくはないが、しかしそうなるとスライムがどうやってセフィを操るんだという話になるわけで。体内に入り込んだとかか? セフィ相手にそんなこと出来る奴とか場合によってはイゼルブより強い気がしてくるぞ。
そんなことを考えているとセフィがコイナを連れてやってきた。そういえば、さっきの話が正しければ、コイナも操られている可能性があるのか、あるいは。
「エミル様、どうしましたか?」
「いや、ちょっとな……」
じっとコイナを見る。別段おかしな点は見当たらない。操られたセフィについてきた本物なのならば、まあ別におかしな点はなくてもしょうがないんだけど。
そこまで考えて、いや違う、と頭を振った。そうだよ、そもそもセフィをどのタイミングで操るんだ。ここに来たセフィを操ったのか、操ってセフィをここに連れてきたのかで大分意味合いが違ってくる。そもそもスライムの調査の場所はこの村なんだから、後者だった場合被害が拡大しているわけで。
「シトリー」
「ど、どうしたのぉ……?」
「俺じゃもう分からん。眼の前のセフィとコイナは、本物か?」
「え? っと……」
「もー、こーゆーときは」
ダッとスロウが駆け出した。急なそれに虚を突かれたセフィに向かって、スロウは思い切り拳を振り上げる。がっつりと殴られたセフィは、そのままもんどりうって転がった。その隣では何が起きたのかと目を見開いているコイナが。
「どーです?」
「何がどうなんだよ!?」
「少なくともまともなセフィちゃん先輩じゃないのは確かですよ」
「へ? ああ、確かにそうだな」
レアの学院全体魅了事件でもセフィの強さは変わらなかった。だから、本来ならばスロウのパンチを食らうこと自体がありえない。となると、完全に操られているか、完全な偽物かのどちらか。
いや、普通はこういうのってもっと理論とかで正体を見抜くもんじゃないのかよ。何で暴力で解決した。
そんなツッコミを入れつつ、じゃあコイナの方は、と視線を向けると、ゆらりと不自然な動きをしているのに気が付いた。良く見ると、肌がどことなくしっとりと粘性に塗れている。
「いきなりなにをするのですか、スロウさん」
そうしてゆっくりと起き上がったセフィも、同じように体がねっとりとしていた。殴られた部分がどろりと溶け、うねうねと揺れながら再生していく。そうして普段通りの美少女の顔に戻ったセフィ――セフィの形をしたスライムは、コイナの形をしたスライムとおなじようにゆらりと揺れて一歩足を踏み出した。
「これが、調査対象のスライム?」
罠を張るのに人に擬態する。それ自体は他のモンスターにも見られる傾向だが、スライムがそういった状態になるという話は聞かない。成程、だから中級冒険者はここで消息を。
いや、待て。じゃあここにいるっていう消息を絶った冒険者は何なんだ? それを教えてくれた村人は?
「そいつらがこいつなんじゃないんですか?」
「村に紛れ込んで、次の獲物を待ってたってことね」
「かも、しれないよぉ……」
どのみちとりあえずやることはこの偽物のセフィとコイナを倒すことだ。本人達とは似ても似つかない動きをするそれを見ながら、俺達は武器を構え一直線に間合いを詰めた。