宿を出る。その直前に襲い掛かってきた宿屋の主人を、俺は迷うことなくぶった切った。切り裂かれた宿屋の主人は、ぐしゃりと形が崩れそのままドロドロと溶けていく。やっぱり村の住人は全員スライムか。
「そうとは限りませんよ」
横合いから声。振り向くと、そこにはスロウがクスクスと笑いながら椅子に座っていた。思わず隣を見る。当然ながら、本物のスロウがそこにいた。
「何でわたしの姿なんですか!」
「可愛いし、胸も大きい。声も素敵。この姿があれば、もっと人を騙せて、もっと人が捕食できる」
「それだけじゃないわ」
「こっちも、素敵だよぉ……」
す、とアリアとシトリーもやってくる。当然偽物で、本物は俺のすぐ横にいるこいつらだ。本物のアリアはそんなスライムを見て嫌そうに顔を顰め、シトリーは目をパチクリとさせていた。
「どーですか、エミル。わたしたち、可愛いでしょう?」
「本物ならな。偽物のスライムなんか評価に値しない」
「むー。エミルの意地悪」
そう言ってむくれたスロウの形をしたスライムは、まあいいですと踵を返した。そのまま宿屋の奥へと消えていく。
おい待て、とそれを追いかけようとしたタイミングで、宿屋に村人が押し寄せてきた。その動きは明らかに普通ではなく、ペタペタと粘度の高い足音も聞こえる。
「追いかけないと。逃げられて、わたしたちの姿で事件でも起こされたらたまりませんよ」
「あ、そこは心配しなくていーですよ」
ちらりと村人スライムを一瞥したスロウが向こうを優先する、と踵を返す。そんなスロウをからかうように、ひょこ、と向こうからスライムのスロウが顔を出してきた。
「この姿、テリトリーになってるこの村でエミルの思考を読み込んだから使えるだけですもん。別の場所でも使おうとしたら、エミルか、本人を捕食しないと」
だからちゃんと食べますからね。そう言って笑ったスライムのスロウは、再度奥へと消えていった。それに合わせるように押し寄せてきていた村人スライムが襲い掛かってくる。
どうする、と考える暇もない。とりあえず目の前の村人スライムを叩き切ると、次、と視線をもう一体のスライムに向けた。強さは正直それほどでもない、ぶっちゃけ弱い。だが、いかんせん数が多い。そりゃ村人全員がスライムに置き換わってたんだとしたら当然なのだが。
「どーします? エミル」
「どうするったって」
「あいつのいうことを信じるなら、少なくともあたし達を捕食するまでは逃げることはないでしょうね」
「それに、食欲優先してるっぽいんだよぉ……」
まあつまりよっぽどのことがない限りここに留まってるわけだ。逃げるとしたら、ここで俺達が退却を選んだ時くらい。そうなると、是が非でもこの場で討伐する必要があるわけだ。
「手分けして探索するか?」
「わたしたちはいいですけど、エミル大丈夫ですか?」
「ぐっ……。いや、大丈夫だ」
「本当かしら? さっきの話が本当ならあんたが捕食されてもアウトなのよ?」
「無理はしないほうがいいよぉ……」
スロウもアリアもシトリーも、俺のことを心配そうな目で見ている。だが、現状足手まといになるようなことにはなりたくない。いざとなったら、無理矢理にでもそのくらいはやってみせる。
「ほんとーですか? またさっきみたいに偽物とえっちなことしそうになったりしません?」
「しない」
スロウが別方向の心配をしてくる。いやまあ、スロウにとっちゃさっきの光景は大層腹に据えかねているのは分かっているが。まあそれでも、俺は大丈夫だと答えた。そもそも一度失敗した作戦を何度も使ってくるような単細胞ではないだろう。
「スライムって、本来そういうタイプのモンスターな気がするけれど」
「うんうんうん……」
普通はそうだろう、けど、あれだけ進化しているようなモンスターならば、別の作戦を考える知性を持っていてもおかしくはない。まああくまで予想だが、そもそも同じ作戦を使ってくるような相手なら逆に倒しやすいとも言えるだろうし。
「分かりましたよ。でも、エミル、もし何かあったらすぐにわたしのところに指輪で飛んできてくださいね」
そう言ってスロウは左手の指輪を見せる。ああ、分かった、と俺も同じように左手の指輪を見せ、じゃあこちらのやることは決まったと皆頷いた。
まずは眼の前の村人スライムを倒す。各々の攻撃であっさりと殲滅させた俺達は、宿を飛び出るとばらばらの方向へと走り出した。合流場所はこの村のギルド、そう決定すると、三体とは別方向に俺も走り出す。道中に襲い掛かってくる村人スライムは何の苦もなく斬り伏せた。
「あーあ、もう一回作るの意外と大変なんですよ」
そうしながら村を探索していると、スロウが姿を現す。切られドロドロになった村人スライムの成れの果てを見ながら、スロウは残念そうに呟いていた。そうしながら、こちらを向くと一転して笑顔になる。
「でも、エミルがいてくれれば大丈夫ですね」
「そうね、エミルがいれば何の問題もないわ」
「うんうんうん……」
それに合わせるようにどこからかアリアとシトリーも現れた。こちらにゆっくりと近付きながら、ニコニコと笑みを浮かべている。
「さ、エーミル。わたしを抱きしめてください」
「やるか馬鹿。今度は流石に騙されないっての」
「……あれ? 魅了効かなくなってます?」
「スロウに支援で耐性つけさせてもらってるからな。さっきみたいな失態はしない」
そう言うと、スロウはどこかむくれたような表情で唇を尖らせた。せっかくうまくいくと思ったのに、と文句を言っている。
「ま、いーです。状態異常は捕食で手に入れた後付能力の一つですけど、エミルを食べればもっといいものが手に入りそうですもん」
「そうね」
「楽しみだよぉ……」
そう言ってこちらに近付いてくるスロウ、アリア、シトリー。今度はさっきのようにはいかない、と剣を構え、おそらく司令塔であろうスロウに向かって一撃を。
そんな俺の振り下ろしはシトリーによって防がれた。セフィやコイナの偽物とは違って、こっちはある程度本物の能力を模倣しているらしい。
とはいっても所詮ある程度だ。持っていた大剣もスライムで作った偽物らしく、俺の一撃を防ぐのに精一杯であっさりと両断された。刀身が半分ほどになったそれを見て、シトリーがあわわ、と後ずさる。
「エミルくん、やっぱり強いよぉ……」
「お前らが弱いだけだ。本物のシトリーはもっと頑丈なんだよ」
「う、うん……。じゃあ、ここも違うのぉ……?」
そう言ってシトリーが服に手をかける。それはさっきスロウが、と思うのも束の間、ボロン、とシトリーの大きなおっぱいが目の前にまろび出た。たぷんと揺れるそれはスロウやアリアと比べると圧倒的で、いやスロウも十分大きいしアリアもそこそこあるんだけど、シトリーのそれと比べると分が悪いと言うか。
「鼻の下伸びてるわよ」
「ち、違う! そんなことはない」
「むー。エミル、わたしのおっぱいじゃ駄目ですか?」
そう言うと再び服を脱ぎ始めるスロウ。巨大なおっぱいと大きなおっぱいがたっぷんたぷんと揺れて、俺の動きは思わず止まってしまった。
いや違う、そうじゃなくて。そんな言い訳じみたことを考えても、現に相手の術中にまんまと嵌ってしまっているわけで。しかもさっきとほぼ同じ方法でだ。男ってのはなんというかもう、救いようがない。俺のことだけど。
「あら、何? あたしの胸も見たいの?」
「なんでそうな――」
「はい、どうぞ」
何とか平静を保とうと唯一服を着ているアリアに視線を向けていたが、そんな俺を見て笑みを浮かべたアリアも脱いだ。おっぱいがいっぱいである。
違う。そんなボケをかましている場合じゃない。落ち着け落ち着け、と心で唱え、眼の前で更に脱ごうとしている三体を視界に入れないようにする。しゅる、という衣擦れの音と、べちゃり、となにか粘液に塗れた布が地面に落ちる音がやけに俺の耳に響いて。
「どうかなぁ……エミルくん……」
全裸のスロウとアリアとシトリーがゆっくりとこちらに迫ってくる。まずい、何がまずいって目を逸らすと隙だらけだし、かといってそっちを見るとその、スロウとアリアとシトリーの色々が丸見えで、思い切り動きが止まってしまうわけで。
「エミル、少しは感想言ってくれてもいいじゃない。あたしの裸、どう?」
ずずい、と迫る全裸のシトリーとアリア。その後ろでは全裸のスロウが何も隠すことなく笑顔でおいでおいでしている。だから魅了は効かないって言ってるだろう。
魅了以外の色仕掛けはがっつり効いてる気がするのが玉に瑕だが。
だが、まずい。これは本気でまずい。何がまずいって、このまま動きを止めてしまうと、眼の前のスライムに本気で捕食されてしまう。そうならないためにも、何とか正気を取り戻さないと。そう思いながらも、全裸のシトリーやアリア、スロウから目が離せない。
いや、待てよ。
「なあ、アリア」
「どうしたの?」
「お前の下半身、何で人型なんだ?」
「何でって、あたしは元から――」
「元からだったら、アリアの下半身は虫の下腹部なんだよ。流石にその辺りのディテールは適当なんだな」
アリアに剣を突き刺しながらそんなことを述べる。そのまま横に薙ぎ切り裂くと、次、とシトリーへと視線を向けた。切り裂かれたアリアはその場で倒れ、悶えている。
「やだ、あたし、からだ、溶け、ちゃう、エミル、ねえ、たすけ」
ドロリとアリアの体が崩れた。ドロドロになったアリアは、そのまま粘液の塊となり、地面の染みへと変わっていく。アリアちゃん、とスロウがそんな溶けていくアリアに駆け寄っていた。
「アリアちゃんが、死んじゃった」
ぽつりとスロウが呟く。その言葉を聞いて生まれた吐き気を無理矢理飲み込み、俺は残っているシトリーへと視線を向けた。こっちはアリアと違って違和感はない。いや、全裸のシトリーを見たことがないので正確には本物とどういう違いがあるのかは分からないんだけど。
「アリアちゃんの……仇だよぉ……」
刀身の折れた大剣を振り上げる。その拍子にシトリーの大きな双丘がたぷんたぷんと揺れて非常に目の毒だ。俺は真っ直ぐに剣を構えると、そんなシトリーを袈裟斬りにした。
「あ……ワタシの、体……崩れ、ちゃう、よぉ……」
ドロ、とシトリーの胸が溶けていく。その溶解はやがて体全体にまで及び、べちゃりと膝から崩れ落ちたシトリーはそのまま溶けて無くなっていった。助けを求めるように伸ばされた手も、そのままドロドロと崩れていく。
「シトリーちゃんも死んじゃうなんて」
そうして地面の染みになったシトリーを見ながらスロウが述べる。こちらを見つめ、ほら見ろとばかりに二つの染みを指差した。
「アリアちゃんも、シトリーちゃんも、エミルが殺したんです。わたしたちはただ、エミルと仲良くしたかっただけなのに」
「……嘘つけ。捕食目的だろ」
「そんなことないですよ。わたしは、わたしたちは、本体から独立してた疑似餌です。本体とは別の意思を持ってました」
「信じられないな」
そもそも普通に捕食して能力を得るとかなんとか言ってただろ。そんなことを告げると、あれは、と少しバツの悪そうに視線を逸らした。
「本体の命令だったので。信じてください、本当にわたしたちは、そんな意思はありませんでした」
そう言うとスロウはポロリと涙を流す。アリアちゃん、シトリーちゃん。二つの染みを見ながらそんな風に名前を呼び、ごめんなさい、と項垂れた。
スロウ、と思わず名前を呼んでいた。俺の声に顔を上げたスロウは、目に涙を浮かべたまま、ゆっくりとこちらに駆け寄ってくる。そうして、そのまま俺に抱きついてきた。
「スロウ……」
「エミル……わたし、わたし……」
そうして暫く抱き合っていた俺達は、どちらともなくゆっくりと離れた。涙を手で拭ったスロウが、もう友達も死んじゃいましたし、と言葉を紡ぐ。
「本体の場所まで、案内します」
「……いいのか?」
「はい、本当はアリアちゃんとシトリーちゃんと一緒に行こうって思ってたんですけど」
ちらりと二つの染みを見る。ぐ、と俺の中の罪悪感が膨れてくるが、それを何とか押し留めた。
こっちです、とスロウが俺を先導する。スロウがいるおかげなのか、外をうろつく村人スライムはこちらを襲ってこなかった。凄くどうでもいいが、今俺の案内しているスロウは全裸である。なんというか、その、非常に目の毒だ。
「……案内の前に、えっちなことします?」
「お前が服を着ればそれで済むんだよ」
「もう服は置いてきちゃいましたし」
そう言って笑うスロウだったが、そこで表情を戻すとこの場所ですと村長の家を指差した。入口を扉を開けると、中は意外にも明かりがついている。ここに本体が、そんなことを思いながら一歩足を踏み入れると、ぬるりと何かが絡みつく感触がした。
「しまっ!」
猛烈な勢いで足を引っ張られる。即座に剣を抜き放ち絡みついた触手のようなものを切り裂くと、その全貌がゆっくりと顕になった。
屋敷全体を覆うような巨大なスライム。それがゆっくりと蠢いている。こんな巨大なものが村にあったなら、気付かないはずがないのに。
「普段はこの家に擬態してます」
そうスロウが述べる。だから、姿を表すのは捕食する時くらいだ、と言葉を続けた。まあつまり、今こうやって姿を現したのは俺を食うためってわけだ。
「エミル、わたしも手伝いますから」
スロウが横に立つ。本当にお前向こうを裏切ったのか。そんなことを問い掛けると、スロウは小さく微笑んだ。
次の瞬間、本体のスライムの触手によって捕らえられたスロウが向こうへと引っ張られる。手を伸ばすも間に合わず、スロウは向こうの囚われの身になる。
「スロウ!」
「エミル! あ、いや、やだ、溶ける! 溶けちゃう! 助けて、助けてエミル!」
触手に囚われ悶えるスロウを見て、俺は即座に意識を集中させて距離を詰めた。スロウを捕らえていた触手を切り裂き、スロウを抱きとめる。ふう、と息を吐くと集中を解き、スロウを安全な場所へと。
「ありがとうエミル。助けてくれて」
そのタイミングでスロウが俺に口付けをしてきた。舌を入れられ、同時に何か粘性のある物体を体内に入れられる。途端、急に体が重くなり、思わず片膝をついた。体が焼けるように痛み始め、とてもじゃないが集中などしてられない。
そんな俺の眼の前には、ニコニコと微笑む全裸のスロウが。
「お前、やっぱり……」
「そう思っても助けてくれる優しいエミルが大好きですよ」
「……あれが本体ってのも嘘か?」
「あれが本体なのは本当ですよ。屋敷に擬態してたのも本当。でもそれ以外は嘘です。アリアちゃんとシトリーちゃんも、別にまたこの本体から作れますしね」
もちろん、わたしも。そう言って笑うスロウに向かって剣を振るう。鈍った体でも、眼の前のスロウの偽物をぶった切るくらいは出来た。もうここまでされて、偽物だから倒せないなんて考えはとうに消え去っている。あるのは怒りと、まんまと罠に嵌った不甲斐なさだ。
「もー、駄目ですよエミル。この体を作るのだって労力いるんですから」
切られて溶けたスロウの代わりに、新しいスロウがスライムの本体から生み出される。笑みを浮かべたままのスロウは、本体に寄り添うように立ち、そしてゆっくりと手を振り上げた。
「さあ、じゃあ。――そろそろ、頂いちゃいましょうか」
触手が蠢く。伸びてくるそれを何とか躱すが、しかしこの体でいつまでもは続かない。足がもつれ転んでしまい、逃げられないようにその足を掴まれた。何とか抵抗をしようと剣を振るうが、一本切っても別の触手が再び絡みつく。そうして拘束された俺は、ズルズルとスライムの本体へと引きずり込まれようとしていた。
「美味しく食べてあげますからね、エミル」