そんなこんなで数日経った。スライムは報告結果から魔王級として認定され、討伐終了として処理された。まあ流石にあれから復活することもないだろうから、それは問題ないだろう。
そんなわけで依頼自体は問題がない。じゃあ何が問題かって言うと、そりゃあ、その、あれですよあれ。
「エーミル、えっちしましょう」
「お前もう少し恥じらいとか持ってくれない!?」
「えー」
これである。いやまあ、俺がスライムの作った偽物の色仕掛けとかにとことん弱かったのが原因と言えばそうなのだが、だとしても流石にこれはないのではないか。恥じらい、とは言ったが、それを差っ引いても疲れが取れた途端時間場所問わずそういう提案してくるのは流石にどうかと思うわけですよ俺は。
「そーですか? 交尾とか別にしたくなったらするもんじゃ?」
「交尾言うな。いやまあ、モンスターの世界ではそうかもしれないんだけど」
「人間でも似たようなもんじゃないんですか? シたくなったらするんじゃないです?」
それはまあ、言われてみればそうか? いや違う、もうちょっと節度がある。多分、きっと、おそらく。
ともあれ。いやスロウとそういうことをしたくないかと言われれば勿論したいのだが、流石に朝っぱらから盛るのは違う気がする。いや、モンスターの観点からすれば別に問題はないんだろうけど。
そんなことを告げると、スロウは不満そうに唇を尖らせた。でも、エミルのことだから何だかんだ理由をつけてへたれるんじゃないですか。そう言われてしまうと、心当たりがありすぎてはいそうですと思わず返事をしてしまいそうになる。
「と、とにかく。俺ちょっと散歩してくるから」
「あ、ちょっとエミル。何でですか、わたしそんなに魅力ないですか!?」
あるかないかで言えば滅茶苦茶ある。正直あの時見た偽物の裸は未だに目に焼き付いているし、夢にも出る。本物を見たいかと言えば勿論見たい。偽物と違って本物はこんなに、みたいな妄想もする。
するが、それを実現させるタイミングがどうにも掴めない。まあ正直彼氏彼女だし、何だかんだ婚約者的なこともしているし、そういうことをしたとしても何の問題もないのは分かっているのだが。
「どうしたのぉ……?」
悶々としながら村を歩いていると、もぐもぐと何かを食べ歩きしているシトリーと鉢合わせた。どうしたもこうしたも、と朝の出来事を伝えると、イマイチ理解出来ないという表情で首を傾げられる。
「別に、したいならすればいいと思うんだよぉ……」
「ああ、まあ、そうだよな。お前も何だかんだモンスターだもんな」
「それはそうだけどぉ……でも、エミルくんの気持ちの問題でしょぉ……?」
もぐ、と持っていた串焼きを食べ終えたシトリーはそう続ける。そうしながら、何か別の理由でもあるのか、と俺の顔を覗き込んできた。いや、そう言われると確かに別に理由など何もないので、シトリーの言うことはごもっともである。
アリジゴクの本体が残っていた串をバリバリと咀嚼するのを見ながら、俺は覚悟を決めようと頷いた。頷いたが、じゃあ覚悟が決められるかと言えば答えは否なわけで。いっそあの時の偽物のシチュエーションみたいに襲ってもらった方が俺にはいいのかも。そんなことまで考える始末である。
「流石にそれは、ちょっとどうかと思うよぉ……」
「あ、はい。すいません」
シトリーにすら呆れられた。そんな自分が非常に情けなくて、肩を落としながらシトリーと別れ再度村をブラブラとする。
誰かに相談、そんな考えが頭をもたげたが、どの面下げてそんなことを相談するんだと頭を振った。現に今シトリーに話して呆れられたばかりである。
そんなこんなで結局ギルドに来てしまった。が、ここに入るとお姉さんとアリアが確定でいるわけで。どうしたと聞かれて素直に話せばへたれ認定一直線だ。よし、今日は立ち寄るのやめよう。
「何入口で突っ立ってるのよ」
そんなことを考えた矢先にアリアに見付かった。げ、と顔を顰めると、俺のその態度にアリアの機嫌が悪くなる。
「何よ。あたしにそんなに会いたくなかったわけ?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな」
「……どうせ、スロウから逃げてきたんでしょ」
「ぐふぅ」
バレている。呆れたように肩を竦めたアリアは、いいから入りなさいと俺をギルドに押し込んだ。俺と同じように暇潰しにスロウが来ている、ということもないようで、ギルド内にはアリアとお姉さんしかいない。
「あ、へたれのエミル君だ」
俺の顔を見たお姉さんの第一声がそれである。何で出会い頭にそんなことを言われなきゃいけないのだ。そう思いたかったが、そこら辺は事実なのでしょうがない。非常に苦い顔を浮かべつつ、お姉さんの言葉を受け入れた。
「それで? スロウちゃんのお誘いから逃げてきたへたれ君は一体何の用かな?」
「せめて名前で呼んでくれ」
後用事らしい用事はないです。いや、この状況をとりあえず先延ばしにするために新しい依頼とかあればまあそれでもいいかなって思ったりはするけれど。
そんな俺の態度が駄目だったのか、お姉さんは床に届くくらい盛大な溜息を吐いた。駄目だこいつもうどうしようもない。表情だけでそんなことを言っているのが分かる。
「あのね、エミル君」
「はい」
「付き合ってるんでしょ? エミル君とスロウちゃんは」
「はい」
「で、そういうこともしたいんでしょ?」
「はい」
「何でそこで逃げるわけ? 自信ないの?」
自信、というと、そういうことをする腕前とか、後は自前のあれそれとかそういう話だろう。それを言われるとまあ自信はない。なんせ初めてだし、自分の体も他と比べたことがないから分からない。こういう時人間の男の冒険者仲間がいると何か違ったんだろうか。
そんなことを思いながら悩み始めた俺に、お姉さんはふむ、と顎に手を当て考え始めた。
「じゃあ、聞いてみたらいいんじゃない?」
「誰に? 何を?」
「そりゃ、他の男の冒険者に、そういうことについてよ」
それって大丈夫なやつ? 少なくとも村の同期の冒険者にそういう話が出ているような奴は一人もいなかったと思うぞ。などと正直失礼な事を考えていたのがお姉さんにも伝わったらしい。そっちじゃない、とブンブンと手を振った。
「勇者級の知り合いがいるでしょ? その辺の人達に相談すればいいんじゃない? 勇者級ともなれば、そういう経験もあるだろうから」
「勇者級の知り合い、ねぇ」
クロードとバクスを思い浮かべる。まあ確かにその辺の経験も既に済ませていそうな気がしないでもないが。というかバクスの方はヴェルとメリィの二人と付き合ってるんだったよな、じゃあもう済ませていてもおかしくないか。
クロードは……正直あいつがそういうことに興味があるように見えないんだよな。誰かと付き合っているようにも思えないし。となると聞くのならば一択か。
ともあれ。そうと決まれば行ってみるとするか。相談内容があまりにもあまりにもだが、このまま村で燻っていてもしょうがないのもまた事実。よし、と立ち上がった俺は、じゃあ早速とバクスのいる場所に向かおうとして。
「……えっと、どう行けばいいんだ?」
「スロウに頼むしかないんじゃないかしら?」
とりあえず王都に行ってみよう。そう判断したものの、そのための手段がスロウの《テレポート》だということに気付いて絶望した。
「何でついてきちゃったんだよ」
「何でも何も、エミルと一緒にいたいからですけど」
迷った末の翌日。内容をぼかしつつ、バクスに会いに行くから《テレポート》をして欲しいとスロウに頼みに行った結果、スロウもこれについてくることになった。まあ実際問題俺一人だけで王都に移動すると帰りどうするんだよという問題もあるので助かるのは間違いないのだが。
スロウに聞かれたくない悩みを相談するために来たのに、スロウがついてきたら本末転倒である。
まあしょうがない。何かしら理由をつけてスロウと離れて相談しようと思いながら、俺は王都のギルドへと足を進めた。中に入ると、俺達の村とは桁違いの賑やかさが目に飛び込んでくる。まあ外観からして村のギルドの数倍はあったんだけど。
まあとりあえずバクスを探すか、とギルドの受付の人に声を掛けた。見かけない顔だな、という表情をした受付の人は、今日はどうしましたかと笑みを浮かべる。
「えっと、勇者級冒険者のバクスに用があって来たんだけど」
「バクスさんに……? 失礼ですが、お名前を教えていただいても?」
「エミル、こっちはスロウだ」
名前を聞いた受付の人が目を見開く。念の為確認を、と冒険者名鑑の勇者級部分を取り出して照合すると、失礼いたしましたと頭を下げられた。何だかんだこういう時に便利だな勇者級の称号。
「えっと、それでバクスさんに用事ということですが……何かとんでもない依頼でも?」
「へ? あ、いや違う。ちょっとした個人的な用事で、話がしたかっただけなんだけど」
受付の人が声を潜めた。まあ確かに突然勇者級が訪ねてきて別の勇者級を呼び出すとか、そういう想像をしてもおかしくない。が、いかんせん俺の用事は非常にしょうもないものである。何かすいません。
「あ、はい。……ええと、今ならバクスさんは拠点にいると思いますよ」
ここです、と地図の一角を指差す。まあ流石に勇者級ともなると自分の拠点を持っているもんなんだな。俺達もそういうの手に入れた方がいいんだろうか。でも別に村で暮らしてるなら自分の家で十分だしな。
そんなことを思いつつ、受付の人にお礼を述べると、俺達はギルドを出てバクスのいるという拠点へと足を進めた。正直王都はあまり来たことないので、迷わないか心配である。
心配した通りというべきか、実際ちょっとだけ迷いつつ、俺達はバクスの拠点へと辿り着いた。思ったより立派な一軒家で、勇者級の稼ぎって結構あるんだなと思わず思ってしまうほどだ。
「エミルエミル。わたしたちも勇者級ですからね」
「そうなんだよな。あんまり気にしてなかったけど、実は儲かってるのか俺達」
「まあ少なくともシトリーちゃんが毎日暴飲暴食しても平気なくらいには」
そういやそうだったな。別に村にいると大して使わないから失念していたが、今度しっかりと稼ぎを確認してみてもいいかもしれない。
呼び鈴を鳴らす。今ならここにいる、という話だったから留守ということはないだろうけれど。と思いながら暫し待つと、はいはいと言う声とともにドアが開けられた。
「あれ? 珍しいお客さんだネ?」
そう言って顔を出したのはヴェル。何かあったのか、と問い掛けてきたので、少しバクスと話したいことがあって、と述べた。
「ちなみにわたしはエミルの付き添いです」
「ふーん。じゃあ別に変な依頼が、とかそういうわけじゃないわけネ」
頷く。了解、と返事をしたヴェルは、じゃあ案内するよと俺達を拠点に招き入れた。そのままリビングに移動すると、メリィに膝枕されていたバクスが俺達に気付いて顔を上げていた。
「お、どうした? お前達だけで来るなんて珍しいな」
「何かバクスに話があるんだって。変な依頼ではなさそうだったネ」
「(ぱちくり)」
俺に? とバクスが自身を指差す。いや、ある意味変な話ではあると思うのでなんとも言えないが、まあとにかく冒険者の依頼とかじゃない。そんな説明をしつつ、ちょっと二人だけで話せないかと持ちかけた。
「何かワケありか。まあいいや、ヴェル、メリィ、ちょっとスロウをかまってやってくれ」
「了解したネ」
「(こくこく)」
「むー。まあ仕方ないから待っててあげます」
じゃあ場所を移動しようか、と俺はバクスの部屋に案内された。ここなら多分向こうに声は届かないだろう。そう言葉を続け、それで一体全体何の相談だ、と俺を見る。
「相談とは一言も」
「言ってるも同然だよ。わざわざ俺だけに話すようなことなんだろ?」
「ぐっ」
はははと笑うバクスを見ながら、まあ間違ってはいないと頷いた。そうしながら、俺は覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
「バクス」
「おう」
「か、彼女とエッチなことをするには、どうすればいい?」
「……は?」
思ってもみない方向からの相談だったらしく、バクスが固まる。が、その次の瞬間大爆笑した。階下にいるスロウ達にも聞こえるかのようなそれに、俺は思わず声がでかいとツッコミを入れる。
「そ、そんなこと言われたってよ……は、はははは! 真剣な顔して何を言い出すかと思えば……はっはははははは! 駄目だ、腹痛い!」
「俺にとっては切実なんだよ」
絞り出すように述べたそれを聞いたバクスは、分かった分かったと笑いを収めた。が、表情は変わらず笑顔である。それで、若さを持て余しているエミルは何がどう問題なんだ? そう言って、俺の言葉を待った。
「何が問題って言われると」
「彼女って、スロウだろ? 別にしたいならすればいいじゃないか。あの娘がお前を拒むことなんかありゃしないだろうに」
「あ、いや、それは分かってる。というか」
ここのところの状況を説明する。朝っぱらからスロウが俺とエッチなことをしたがってくるので逃げるのに必死だ。そこまで話すと、再度バクスは大爆笑した。だから声がでかい、向こうにバレる。
「いや、これが笑わずにいられるかって……ははははははは!」
「相談相手間違えたか」
「いや、多分誰に言っても似たような反応だったと思うぞ」
ふぅ、と笑い疲れたのか息を吐いたバクスが表情を戻す。とはいってもまだ笑みは残っている感じだったが、とにかく一応話をきちんとしてくれる気にはなったのだろう。
「まあ話は簡単だ。別に朝からでもいいから抱けばいい」
が、そこから出てきた答えがこれである。それが出来たら苦労しないから聞きに来たんだよ、と思いもしたし実際に口にしたが、バクスは笑みを潜めるとそれはどうしてだと問い掛けてきた。
「どうしてって、そりゃ、朝からは流石にまずいだろ」
「そうか? 俺も別に朝からヴェルやメリィを抱くことはあるぞ?」
流石に依頼がある日はやらないが。そんなことをさらりと述べるバクスに、俺は思わず動きが止まる。対するバクスは再度笑みを浮かべながら、こういう話が聞きたかったんだろ、と言葉を続けた。いや確かに、パーティーメンバーと付き合っている知り合いという理由で相談に来たんだからそういう答えを待っていたとも言えるんだけど。
「まあ結局、お前がどうしたいかだろ。抱くなら夜がいいと思うんなら、それをスロウに伝えれば解決だ」
「そんなもんか……?」
「そんなもんさ。要求は素直に言ったほうがいい。俺だって、メリィにたまには口で、とか、ヴェルに胸で、とか伝えるしな」
いやあの、そういう具体例とか言われるとこっちとしては反応に困るというか。スロウにもそういうことさせちゃってもいいのかな、とか考えて悶々とするというか。
「だからそういうのはストレートに言えばいいんだよ。向こうだってそれを望んでるんだろ?」
「それは、まあ」
向こうがストレートに言ってきているので、こっちも素直に返せばいい。結局はそういうことであり、悩むことなんか何もない。バクスが言っているのはそういうことだ。そして俺が欲しかった答えも、多分これだ。
結局のところ、俺は多分大義名分が欲しかったのだ。踏み出せない一歩を押して欲しかったのだ。そのことを理解した俺はこくりと頷き、ありがとうとバクスに述べた。
「まあ気にするな。こんなことでいいならな。――ところで」
「ん?」
「お前はそれで、どっちのスロウを抱くんだ? 擬態した人型か? それとも、本来の芋虫か?」
「え、それは……」
そう言われると、どっちなんだろう。俺にとってスロウはスロウで、芋虫だろうが人型だろうがそれは変わらない。まあこの間は人型状態のスロウの偽物に色仕掛けを食らっていたから、上書きも兼ねて擬態状態だろうか。でも、その辺を全部押しのける意味も込めて、芋虫状態も捨てがたい。
そこまで考えて、別にどっちの状態でもすればいいんだ、という答えに辿り着いた。
「流石だな……」
吹っ切れた俺が出したそんな答えを聞いて、バクスは苦笑していたが。
ともあれ、気持ちは固まった。俺はもう、逃げない。……多分、きっと、おそらく。
「駄目そうだな」
やかましい。