意識が浮上する。慌てて体を起こすと、泣きそうな、というか泣いているスロウの顔が目に入った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! わたしがあんなこと言わなければ!」
がばりと俺に縋り付いて泣くスロウだが、正直何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。何だ? 俺スロウに泣かれるようなことしたのか?
だとしたら謝らないと。
「悪い、スロウ」
「何でエミルが謝るんですか! 悪いのは、全部わたしなのに」
何か追加でわんわん泣かれた。いや本当に何がどうなっているのか。助けを求めるように周囲を見渡すと、アリアとシトリーがコカトリスを足止めしているのが目に入った。そうだ、今戦闘中じゃないか。
立ち上がる。わ、とその拍子にこてんとバランスを崩したスロウに支援を頼むと、俺は再びコカトリスに突っ込んでいった。
「エミル!」
スロウが後ろから悲痛な叫びを上げているが、状況が飲み込めていないのでとりあえず戦いながら誰かに説明してもらおう。そんなことを思いながら、とりあえずさっきの傷を与えたところに再度魔法剣の斬撃を叩き込む。深くなった傷で悶えるコカトリスを一瞥し、俺はアリアとシトリーに声を掛けた。
「ちょっとエミル、あんたもう大丈夫なの!?」
「心配したよぉ……」
が、その前に二体からもそんな声が返ってくる。何がどう大丈夫なのかはよく分からないが、とりあえずピンピンはしていると思う。
そう述べたが、二体ともに呆れたような溜息を吐かれた。
「あんた、さっき石化した後砕かれたのよ?」
「一回死んじゃったよぉ……?」
「は?」
え? 俺死んだの?
何でも足で踏み潰された状態のまま石化させられたので、石像となった俺は回復する間もなくぐしゃりと砕かれたのだそうな。その時のスロウの叫びは筆舌にしがたいものだったらしい。半狂乱になって俺の破片を集めるスロウを何とか守りながらコカトリスを誘導し、そしてスロウが俺を再生させるまで時間稼ぎをしていて今に至るのだとか。
「あー、それは、迷惑かけたな」
「いやそれを言うのはあたし達じゃないでしょ」
「スロウちゃんに、言ってあげてよぉ……」
そうかもしれんが、そっちにも当然迷惑かけたし。そんなことを言いながら頭を下げた俺は、手を伸ばしたまま絶望の表情を浮かべているスロウに振り返った。そしてそのままギュッと抱きしめる。
「ごめん、心配かけた」
「だから、なんでエミルが、謝るんですか、ひっく、悪いのは、ぐす、わたし、なのに」
「いやお前は悪くないだろ。ヘマした俺が全部悪い。ついでに、可愛い彼女をこんなに悲しませた俺が全部悪い」
「だって、エミルが、死んじゃって、ぐず、ずび、粉々になっちゃって、ひっぐ、もし、蘇生出来なかったら、って」
「大丈夫だよ。俺はお前を信じてる。たとえ粉々になっても、お前ならちゃんと蘇生できるよ」
「エミル、エミルぅ」
「ああ、俺はここにいる。ごめんな」
「エミルぅぅぅぅぅ!」
俺の胸でわんわん泣くスロウ。そんなスロウを抱きしめ、頭を撫で、宥めながら、俺はこいつが落ち着くのを待った。ずび、と鼻水を垂らしているこいつも可愛いな、とか思ってしまうのは惚れた弱みというやつなのだろう。
さて、と。ぐすぐすと泣いていたスロウも落ち着いてきたところで、改めてコカトリスを見る。片目にざっくりと傷がついているが、石化の眼光が使えないと言うほどではないだろう。もう片方の目は健在なので、俺が気を付けなければいけないのはさっきみたいに状態異常耐性がはがれたタイミングで石化を食らうことだ。場合によっては再度追撃で粉々になって死ぬ。そしてスロウに泣かれる。
流石に一日二回スロウに大泣きされるわけにもいかないので、そうならないように気を付けながら眼の前の怪鳥を倒す必要があるわけだが。
「スロウは落ち着いたかしら?」
「あ、はい。ごめんなさい、アリアちゃん、シトリーちゃん」
「大丈夫だよぉ……気持はよく分かるからぁ……」
状況によっては自分も泣いてた、とシトリーは言葉を続ける。そんな会話をしながら、俺達はこちらに敵意を剥き出しのコカトリスを見た。幸いなのが、俺達を倒すことを優先していて村の避難している場所を襲いに行く気がなさそうなところか。
「まずは石化の手段を潰したいところですね」
「じゃあ俺が」
「エミルはさっき死んだばっかですよ! 無茶しないでください」
そう言われても、あいつの硬い体を一番傷付けられるのは現状俺の魔法剣ぐらいだからしょうがないというか。そうは思うのだが、スロウが泣きそうな顔で俺の服をつまんでふるふると首を振るので、やれやれと頭を掻く。
「まあ、それに自分しか対抗手段がない、とか自惚れられるのも癪ね」
「ワタシたちだって、やればできるんだよぉ……」
アリアとシトリーが被せるようにそんなことを言い出した。う、まあ確かにさっきの発言は大分自惚れていたのは認める。けど、じゃあ何とかなるのかといえば。
ふふん、とアリアが胸を張った。何とかなるから言ってるんでしょうが。そう言いながら、アリアはシトリーに視線を向けた。コクリと頷いたシトリーは、そのままコカトリスと対峙する。
「あたしだって魔王級よ。このくらいは出来なきゃ」
羽を広げ空に舞い上がる。ギチギチと口を鳴らしながら、扇を広げ、その切っ先をコカトリスに向けた。
瞬間、風の塊が生み出され、コカトリスに向かって発射される。かまいたちが凝固したようなそれをぶつけられたコカトリスは、決定打にはならずともダメージを受けのけぞった。
「行く、よぉ……!」
流砂を生み出しコカトリスの動きを鈍らせたシトリーは、そのまま疑似餌が大剣を振り被り、アリジゴクの顎との連携攻撃を行った。狙いは俺が傷付けていた片目。大剣の一撃と顎の一撃が同時に叩き込まれ、普段のアリジゴクだけの時よりも膨大なダメージが与えられる。アリジゴクが大剣咥えてるのよりダメージデカいのかあれ。
「多分、疑似餌もシトリーちゃんと同じダメージが出せるようになったんだと思います」
「シトリー二体分のダメージになったってことか」
囮が本体と同等の戦闘力を持ってたら大分脅威である。それはもう分身か何かだ。
ともあれ、二体の攻撃でコカトリスに大ダメージを与えることが出来た。よろよろと後退りしたコカトリスは、痛みからなのか先程よりも更に甲高い咆哮を上げた。
「よし、片目も潰したし、これならっ――」
二体の強さは十分に証明してもらった。俺も無理はしない、と決め一気に追撃を、と思ったタイミングで別の咆哮が響いてくる。何だ、とその方向を見ると、先程倒したはずのバジリスクが一体、こちらに向かってくるところで。
「なっ!? あれはさっき倒したじゃない!?」
「もう一体いた、ってことぉ……?」
舌打ちしながらそれらを迎撃せんと構えるが、しかし既にこの場にはコカトリスもいるわけで。
「縄張り争いじゃなかったんですね」
苦い顔でスロウがそんなことを述べる。どういうことだ、と問い掛けると、多分ですけど、という答えが来る。
「あれ、コカトリスの手下です」
「……てことは、あれか。周りを石化して回ってたのは、手下のバジリスクだったのか」
コカトリスとバジリスクの石化勝負ではなく、コカトリスは判定役、バジリスク二体の石化勝負だったってことか。じゃあ何でコカトリスが村に。
「……わたしたちがバジリスクを倒したから、かもしれないですね」
「成程な」
手下を倒されたことで親分が出てきた。で、軽く捻ってやるつもりだったが予想外に苦戦したので残っている手下を呼んだ、と。小物のチンピラみたいなことやりやがって。
まあどちらにせよ遅かれ早かれ討伐するのは確定だったのだから、その辺りを気にするのは後でいいだろう。放っておけば結局村を襲うのは間違いないからな。
「とりあえず手下のバジリスクから始末するか」
こっちはさっきと同じでいいだろう。競わせていたということはおおよそ強さも同等と見ていいはずだ。石化の眼光を躱しながら、両目を潰して、そして尻尾を処理してとどめを刺す。流れだけ言うとまるで料理でもしてるみたいだな。
まあ言うだけなら簡単だが。今度はさっきと違ってコカトリスもいる。バジリスクの処理に集中しているとコカトリスの攻撃を食らって大惨事、ということも十分にありえるわけで。
「エミル!」
「エミルくん……!」
「だから分かってるっての!」
アリアとシトリーの心配の声が飛んでくる。スロウだって流石にもう落ち着いたんだから、と思いながらちらりとそっちを見ると、声も出さずに震えているのが見えた。いかん、大分後を引いてる。
「スロウ!」
「え、エミル?」
大丈夫だって言ってるだろ、と口で言ったところでまあ納得するはずもない。そうなると行動で示すしかないのだが、かといってじゃあ本当に大丈夫かと言われると断言出来るほどの自信はないわけで。
なので、こうなったら別の衝撃で上書きしてしまおうと考えた。とはいってもすぐさま出来る衝撃は、と思い巡らせても碌な考えが出てこない。ええいままよとパッと思いついたそれを実践してみることにした。
というわけで、スロウを抱きしめキスをする。あの時と同じように舌も入れた。
「……どうだ、落ち着いたか?」
「別の意味で落ち着かなくなりますけどね」
むー、とむくれるスロウ。いやだってそれだけ俺にとっては衝撃的だったんだよあのキスは。ガツンと上書き出来るようなやつっていうと、パッと出てくるのがこれだったんだよ。
「まあ、いーです。エミル」
「ん?」
「絶対、次は死なないでくださいね。今度死んだら本当にわたしも死にますよ?」
「だから死ぬなって、生き返らせてくれって」
そんな軽口を叩きながら、調子を取り戻したスロウの支援を貰い一気にバジリスクに攻撃を加える。さっきは集中を使ったが、コカトリスもいる中でそれをやると反動のリスクが怖い。残っている集中の時間はコカトリス相手にするべきだ。
アリアの爆撃でバジリスクがよろめく。その隙にシトリーが片目を切り裂いた。よし、と今のうちに尻尾を魔法剣の斬撃で切り落とすと、バジリスクは悶え残った片目でデタラメに石化の眼光を放ってくる。順番ちょっと間違えたか。
「大丈夫よ。これなら簡単に躱せるし」
「トドメは、もらったよぉ……」
ざくん、とシトリーが疑似餌とアリジゴクの単体連携で首を切り落とす。さっきと違って戦う場所が安定してて、かつ二回目だとこんなもんか。えらくあっさりと倒せたことで少しだけ安堵して息を吐いた俺だったが、まだコカトリスが残っていることで我に返った。
てっきり手下を呼んで二体で襲い掛かってくるかと思ったが、予想以上に早く倒されたことで作戦変更でもしたのだろうか。そんなことを思い視線を巡らせると。
「逃げるのか!?」
「いや、違います。あっちの方は」
「村の避難所!?」
「まずいよぉ……!」
翼を広げ、飛び立つコカトリス。それほど大きくない村なので、その飛び去った方向がどこなのかはすぐに思い当たった。
慌てて駆け出す。避難所にコカトリスが襲来した場合、おっさん連中や元同期では歯が立たない。ましてやあのコカトリスはおそらく準魔王級ないしは魔王級だ。まず間違いなくコカトリスに為す術なく倒される。
スロウの支援で速度を上げ、猛スピードで走り出す。見えた、コカトリスだ。避難所を襲撃しようとしている直前になんとか間に合った。この野郎、と意識をこちらに向けるために斬撃を飛ばした。
村の人達を襲おうとしていた動きが一瞬止まる。こちらをジロリと睨んだコカトリスは、しかしキュッキュと楽しそうに鳴くと、一際甲高い声を上げた。その咆哮に俺達も、村の人も耳を塞ぎ動きを止めてしまう。
それを確認したコカトリスは、傷のついていない方の目で石化の眼光を放った。逃げる暇もなく、村の人が何人か石像へと変わっていく。それを見てまた楽しそうに鳴いたコカトリスは、みせしめだとばかりにその石像を踏み潰した。
「てめぇ……」
「エミル、落ち着いてください」
「分かってる。けど、あいつは」
確かに元々はクソガキ扱いされててそこまでいい思い出もなかった場所ではあるが、なんだかんだ成長して、受け入れられて、故郷としてある程度大切には思っていた場所だ。そんな場所を踏みにじられて、怒るなって方が無理がある。
コカトリスは俺達のその態度が満足行くものだったのだろう。では次だ、とばかりに逃げる村人を石化させんと片目を開く。
その顔に、一本のナイフが突き刺さった。
「こっちよ! コカトリス!」
「お姉さん!?」
正確には突き刺さらずに弾かれたが、それでもコカトリスの気を逸らすのには成功したらしい、ギロリとそっちを見たコカトリスは、ナイフを放った人物、お姉さんを睨みつけた。
「早く! 今のうちに避難させて!」
元同期やおっさん連中に指示を飛ばす。そうしながら、足につけていた投擲ナイフをコカトリスの顔面に正確に投げつけていた。元冒険者なのは知っていた。でも最近はもうギルドの職員になっているから腕が鈍ったって言ってたのに。戦えないって散々言ってたのに。
火球が飛ぶ。それを横っ飛びで躱したお姉さんは、残っているナイフを全力で投擲し、そして後は任せたとばかりにこちらを見て笑顔を見せた。
「エミル君! 後は――」
何度も邪魔をされ激昂したコカトリスが咆哮を上げ、石化の眼光がお姉さんに降り注ぐ。石像になったお姉さんを見て満足そうな声を上げたコカトリスは、これみよがしにその石像を踏み潰した。
お姉さんが、俺の普段の日常の象徴だった人が、眼の前で粉々になった。
「お姉さん! マイア姉さん!」
「エミル! こっちは任せて! エミルはコカトリスを!」
「……ああ、分かった」
このクソ鳥は、絶対に俺がぶち殺す。
ここまで来てようやく名前が出たギルドのお姉さん