コカトリスに一足飛びで距離を詰めた俺は、勢いのまま剣を振り抜く。迎撃せんと嘴を振り上げたそれとぶつかり、甲高い音を立てた。ギャリギャリと音を立てながら、しかし俺は気合を入れてそのまま力任せに剣を振るった。
嘴と俺が両方弾かれる。即座に体勢を整えた俺は、そのままの勢いを殺さずに今度は首を狙って剣を振り上げた。
「ちっ」
当たりはしたが、頑丈な鱗と羽毛で大したダメージになっていない。本当に厄介だな、と再度舌打ちした俺は、ならば、と同じように攻撃をしようとしているアリアとシトリーに視線を向けた。
「一人で無茶するんじゃないわよ」
「大丈夫だよぉ……スロウちゃんが、きちんと治してくれるよぉ……」
アリアとシトリーの言葉に分かっていると頷く。スロウなら砕かれた村の人も粉々になったお姉さんも治療、蘇生してくれると信じている。
が、それはそれとして、眼の前のこいつがムカつくのは変わらないわけで。
「ま、それは分かるわ。あたしだってマイアさんが眼の前で殺されたんだもの。思うところはあるに決まってる」
「お姉さんの、仇をうつよぉ……」
そう言うとそれぞれの武器を構える。とはいえ、現状あの鱗と羽毛をぶち抜くだけのダメージを与えるには中々に面倒くさい。片目を潰したのも結構総力戦だったしな。
スロウに限界ギリギリまで支援を掛けてもらうという手もあるにはあるが、今のスロウにそれは頼めない。となると。
「アリア、シトリー、いけるか?」
「何を言ってるのよ」
「問題ないよぉ……」
魔力を込め、魔法剣の斬撃を放つ。斬撃だけだと威力は足りない。だからあくまで牽制だ。
「行くわよ!」
アリアが扇の先に風の塊を生み出し、放つ。俺が飛ばした斬撃と寸分違わぬ位置に叩き込まれ、コカトリスが悲鳴を上げた。羽毛が削られ、首に傷が出来る。
「そこだよぉ……!」
疑似餌が大剣を振り上げる。アリジゴクの本体が顎を振り上げる。個人連携のその一撃で、残っている鱗も剥がれ落とす。そうなる寸前に、コカトリスは再度甲高い咆哮を上げた。その勢いはただ耳を塞がないと防げないというようなものではなく。
「わ、わわわ……」
周囲にいたシトリーを吹き飛ばす質量を持った咆哮であった。ゴロゴロとアリジゴクは転がり、疑似餌の方は盛大に吹き飛ぶ。ぐしゃ、と地面に落下した疑似餌は、見るも無惨な姿になっていた。まあ本体であるアリジゴクのシトリーは何ともないので平気ではあるのだろうが。
「そうでもないよぉ……」
ボロボロの疑似餌を着ながらシトリーがぺしょぺしょと嘆く。現状の疑似餌の耐久値だと、先程までのような個人連携がやれない、とそう述べた。
「普通に戦うには問題ないけどぉ……疑似餌が回復するまで少し時間がかかるよぉ……」
「自然回復か、スロウが復帰するまでか、どっちにしろ今すぐは無理ってことか」
まあそれならそれでやりようはある。シトリーが戦闘不能になったわけではないので、戦力がダウンしたわけではない。強力な一撃の手段が減ったのは痛いが、向こうも羽毛が一部吹き飛んでいるし、何度も攻撃すれば防御をかいくぐれることが分かった。
ならばやることは一つ。あいつが死ぬまで殴るのを止めなければいい。
「単純ね。まあ、単純だからこそやりやすいけど」
じゃあ行きましょうか、とアリアが再度扇を構える。コカトリスは自身の羽毛が一部とは言え吹き飛ばされたことで怒っているのか、地面を嘴でゴツゴツと突きながらこちらを威嚇していた。
そのまま咆哮し、嘴で地面を抉りながら突進してくる。えぐれた地面から盛大に土がばらまかれ、こちらの視界を遮った。
「エミル!?」
「エミルくん……!?」
ち、と舌打ちした瞬間には既に眼前にコカトリスの嘴が迫っていた。鞘に魔力を込め、光の盾を生成して受け止めたが、完全には受け止めきれずに弾かれる。まずい、魔法剣と今回の防御で魔力も相当使っている。これ以上は魔法剣も数発しか打てないし、打ち切った場合今みたいにガードも出来ない。防御に回した場合、相手の硬さを突破するのが難しくなる。
これでは集中したとしても何の意味もない。まずい、と俺は思わず呟いた。
「決定打がどんどん減ってる、と考えればいいのかしらね」
ふう、と息を吐きながらアリアがぼやく。それこそこういう時に一気に吹き飛ばせるほどの威力を自分が出せればいいのだけれど、と言葉を続けたアリアは、しばし考え込むように顎に手を当てて動きを止めた。
「そうね。その手があったわ」
「どの手だよ」
「エミル、シトリー。ちょっと時間を稼いでくれる?」
そう言うとアリアは自身の口からギチギチと虫の顎の音を出した。こころなしか瞳も複眼気味になっている。腰の辺りから虫の節足も飛び出し、六本の手と節足でなにかの準備をし始めた。
分かった、とそんな姿を見た俺とシトリーが頷く。こちらの様子に気付きアリアをどうにかせんと突っ込んでくるコカトリスを、俺とシトリーで受け止め弾いた。
「邪魔すんな!」
「そうはさせないよぉ……!」
火球は撃たせない。がぱ、と開いた嘴をかち上げ、上空に逸らした。不機嫌そうに鳴いたコカトリスは、石化の眼光を俺達に放つ。流石に何もない状態で食らうわけにもいかない、と俺もシトリーもそれを躱し、どうせなら、とさっき羽毛が吹き飛んで鱗が顕になっている場所に向かって剣を叩き込んだ。やはり硬い鱗に弾かれはするが、それでも羽毛との二重の防御よりはダメージが通る。
鬱陶しい、とばかりに甲高い声で鳴いたコカトリスは、俺達が煩さで動きを止めている隙に翼で上空に舞い上がった。狙いは勿論俺達ではなく、アリア。そのまま滑空して獲物を打ち砕かんとその翼を広げ。
「悪いわね。準備は終わったわよ」
自身の周囲に鱗粉と、そして風で出来た壁があることに気が付いたらしい。そこから逃げ出さんと羽ばたくが、風の壁に阻まれて上空で身動きが取れなくなっている。
「空に上ってくれて助かったわ。おかげで、遠慮なくぶっ放せる」
ギチギチと虫の顎の鳴らしながら、アリアがパチンと扇を閉じる。瞬間、コカトリスの閉じ込められていた空間そのものが大爆発した。風の壁で逃げ場をなくし、更に威力を循環させることで増幅させ、そして充満させた鱗粉を爆発させる。
爆発、という表現では生ぬるい、それほどまでの大爆発。コカトリスの咆哮よりも大きな爆発音が辺りに鳴り響き、そして上空のコカトリスは撃墜されて地面に落下してきた。
ドシャリと地面に落ちたコカトリスは、火耐性の結果なのか、それでもまだ健在らしく多少ふらつきながらも立ち上がり怒りに嘴を鳴らしている。
「ちっ……これでも倒せないか」
対するアリアもトドメにならなかった憤りからか虫の顎をギチギチとさせ、しかし息を吐くと力を抜いた。流石に二発目を即座に放てるほどの余力はないのだろう。
「馬鹿にしないで。別にやろうと思えばやれるわ」
そんな俺の言葉に反論するようにアリアはこちらを睨む。が、まあこれ以上やると擬態も完全に解けそうだから一旦休憩と肩を竦めた。それは普通に余力がないというのではないだろうか。そうは思ったがアリアの視線が怖いので口にはしない。
「あ、でも……羽毛が結構剥がれたよぉ……」
シトリーの言う通り、さっきの大爆発でコカトリスの羽毛が大分焦げている。これならばさっきより攻撃は通るはずだ。とはいえ、まだ硬い鱗が残っているので決定打に欠けるのは変わっていないが。
「おまたせしました!」
そんなタイミングでスロウが戻ってくる。向こうはどうだった、と問い掛けると、任せてくださいとばかりに親指を立てた。視線を向けると、砕かれていた村の人も、粉々になっていたマイア姉さんも無事に復活している。元同期やおっさん連中に誘導され、戦闘になりそうな場所から避難しているところであった。
「さて、で、状況ですけど。もうじき倒せそうですね」
「けど、こっちも割とリソースがカツカツよ」
「とりあえず体力なら回復出来ます」
そう言って俺、アリア、シトリーを回復させる。シトリーはこれで再度単体連携が出来るようになったし、アリアもさっきの大爆発がいけるかもしれない。
が、いかんせん俺は体力より魔力の枯渇が重大だ。回復魔法ではこっちが回復しないので、体力だけあっても俺が足手まといになってしまう。
「そーですね。じゃあ」
そんな俺の話を聞いたスロウは、ならばいい方法がある、と俺に抱きついた。何をいきなり、と思った瞬間、スロウに盛大にキスをされる。舌を入れられ、何かが喉から体内へと注ぎ込まれるような、そんな感覚を味わっていく。
「ぷはっ! なんだこれ!?」
「わたしの体液を使って、魔力を注ぎ込みました。どーですかエミル? 気持ちよかったですか?」
「何かもっと他に方法ないのか!?」
「体液なら何でもいいとは思いますけど……そっちの体液が良かったんですか? エミルのえっち」
そう言って、す、とスカートに手を添える。え、っと? そっちの体液ってどっちの体液? そういうこと? それはつまりそういうあれこれでってこと?
いや流石に一々戦闘中にそんなことはしてられないだろ。ぶんぶんと頭を振った俺は、というかそんな方法いつの間に覚えたんだ、と問い掛けた。
「魔力回復の薬って、薬草の他に魔物の素材、たとえば体液とかから作られることもあるんですよ」
「そうらしいな」
「で、わたし魔物じゃないですか」
「そうだな」
「だから、じゃあわたしなら直接注げるかなーって」
うまく行ってよかったよかった。そう言って笑うスロウを見ながら、こいつぶっつけ本番でやりやがったのかよと項垂れる。うまく行ってなかったらただ突然キスしただけで終わってたんだぞ。
「さっきエミルもやりましたよね」
「いや、あれは」
だからお返しってことで。そう言われると俺としても反論し辛い。まあ結果として魔力は補充されたのでよしとしよう。そんなことを思って。
「……ん?」
ぽた、と地面に血が垂れた。なんだこれ、と鼻を拭うと、どうやら軽く鼻血が出ていたらしい。何でだ、と思った途端、俺の体で猛烈に魔力が循環し始めた。
「な、なんだぁ!?」
「エミル!?」
スロウが慌てるが、いやちょっと待てと手で制する。そうしながら、コカトリスに向かって魔法剣をぶっ放した。普段より数倍でかい斬撃が飛び、コカトリスも直撃を避けるように慌てて回避をした。
「え、エミル!? わたし、いけないことしちゃいましたか!?」
「いや、いけないことって言うか」
スロウに流し込まれた魔力がでかすぎて俺の中で暴れまわっている。パンクしそうなほどの魔力が溢れかえっていて、すぐに発散しないと暴発してしまいそうだ。
「えっと、それはつまり? わたしのキスで、エミルがギンギンに?」
「人聞きの悪いことを言うな。言い方考えろ」
いやまあ確かにそうかもしれないけれど。さっきの鼻血みたいに、このままだと溢れる魔力が体に異常をきたす可能性だってある。
ともあれ、これならコカトリスを討伐するのに十分の威力を出すことが出来る。アリアとシトリーに声を掛け、行こうとコカトリスへと突っ込んだ。
「さっきほどの威力にはならなくても」
ぐ、とアリアが扇を振るう。小さな空間がいくつも出来、盛大な爆発が何度も起こった。火耐性でなんとかしのいでいるようだが、それでもダメージは蓄積されている。
そこに俺が一気に突っ込んで、魔法剣の斬撃を放った。通常の一撃と魔力の斬撃。スロウに注ぎ込まれたそれによって数倍に膨れ上がっているそれは、ついにコカトリスの鱗をざっくりと切り裂いた。盛大に血を撒き散らしながら悶えるコカトリスに、追撃だとシトリーが単体連携で更に傷を付ける。
痛みで暴れまわるコカトリスは、それでも戦意を失っていないらしく、火球を周囲にばらまくとそのままこちらに突進してきた。
「今度は、負けないよぉ……!」
大剣と疑似餌、そしてアリジゴク、その全てを使ってコカトリスの突進を受け止めたシトリーは、そのまま逆にコカトリスを押し戻す。パワー負けしたコカトリスがたたらを踏んだタイミングで、今だ、とシトリーは俺に叫んだ。
「とどめ、刺しちゃってよぉ……!」
「了解!」
切り裂かれた傷に向かって駆ける。体勢を崩しているコカトリスは、それでも迎撃せんと尻尾を振るった。強靭で太いそれを見ながら、俺は一気に意識を集中させる。スロウの支援と注ぎ込まれた魔力のおかげで、俺の集中も普段より冴え渡っているような気がした。
振るわれる尾はまるで止まって見えるようで、そいつを躱しながら魔法剣を何回も叩き込み両断する。その衝撃で転倒したコカトリスが俺に石化の眼光を放ってきたが、集中状態の俺はその眼光の届く範囲や視線の位置が手に取るように見えた。
「終わりだ、コカトリス!」
剣を振り被る、狙うはさっき切り裂いた傷のある場所。そこに注がれた魔力を全部使用し、全力を超えた一撃の斬撃を叩き込んだ。切り裂かれ、両断されたコカトリスの首が宙を舞う。首がなくなった状態でも、魔王級の生命力か、体が暴れまわる。危ない、とシトリーがそんな体を受け止め、そして血抜きするようにひっくり返した。そうしている内に宙を舞っていた首が落ちる。そのタイミングで、ジタバタと暴れていた体もようやく動かなくなった。
「ふぅ……」
ドサリと動かなくなったコカトリスをシトリーが地面に下ろす。暴れまわった跡とコカトリスの血が盛大にぶちまけられた村の景観は大分酷くなっているが、まあ被害がそれくらいで済んでよかったと言えるだろう。
「エミル君!」
そんなことを考えた俺が、ふう、と息を吐いたタイミングでお姉さんがこちらにやってくる。うん、無事だ、きちんと生きている。そんな姿を改めて確認した俺は、気が抜けたようにその場に腰を下ろした。
「エミル君!? どうしたの!?」
「あーいや、色々と使い切ったからだから、気にしないでくれ」
慌てるお姉さんにそう言って手をヒラヒラさせた俺は、そのまま地面に横になった。スロウから貰った魔力はさっき使い切ったのでもう大丈夫だろう。
「ごめんなさい、エミル。変なことしちゃって」
そんな俺にスロウが寄り添う。いや、まあ確かにぶっつけ本番はどうかと思うが、結果としては十分なものだったし、なにより、えっと、気持ちよかったしな。そんなことを言うと、スロウはもう一度ごめんなさいと謝り、そして俺を膝枕した。
そんな光景を見ていたお姉さんも、安心したように息を吐く。そうしながら、その調子だと、エミル君の悩みも解決したみたいだね、と笑った。
「へ?」
「え? 違うの?」
違うか違わないかで言われれば、まあ違わないとは思うけど。そんなことを思っているとスロウが、ああそうだ、と手を叩いた。おいちょっと待て、余計なことを言うなよ。絶対に言うなよ。
「エミル、厄介事も片付きましたし。えっちの続き、後でしましょうね」
ピシリ、と周囲の空気が止まった気がした。幸いにして聞いていたのは俺の周りの人達だけだったみたいで、向こうの村の人達や元同期、おっさん連中には聞こえていない。
「うん、解決したみたいでよかったよかった」
まあつまり近くに来ていたお姉さんには思い切り聞かれているわけで。とはいえ、そういう相談をしていた身ではあるので、いつかはその辺話さないととは思っていたんだけれども。
まさかこんな戦闘終了直後みたいな状況で聞かれるとは思ってもいなかった。というか今はもっとこう、お姉さんが無事でよかった、とかそういう話をする場面だろ。
「え? だって私はスロウちゃんのこと信じてたから復活するって分かってたし。お礼とかの下りは蘇生してもらった時にしちゃったしね。うん、でも改めて、ありがとうスロウちゃん」
「えっへへ、どーいたしまして」
うん、まあそれならそれでいいや。そんなことを思いながらぐだりと体を力を抜く。
「それと。エミル君、アリアちゃん、シトリーちゃん、勿論スロウちゃんも。……この村を、私の日常を守ってくれて、ありがとう」
そう言って笑うお姉さんを見た俺は、ぷい、とそっぽを向く。どういたしましてと言うアリアやシトリーをよそに、俺はふんと鼻を鳴らした。