そういうわけで皇帝の城である。妖精姫がいるから、というのもあるが、今回は俺達が勇者級冒険者でもあることもあって、前回よりもさらにあっさりと通行を許可された。そうして第三皇子のいる場所まで足を進める。
「そーいえば」
「どうしたんスか?」
「クーヤもここにいるんですか?」
その途中、クーヤを呼びに来た時は妖精姫と一緒にいたのであまり気にしなかったが、とスロウがそんなことを妖精姫に問い掛けた。妖精姫はそれを聞いて、まあ確かに普段からいるわけじゃないけれどと返す。基本は妖精姫と一緒に、隠れ潜む百花との修行をしたり、何か用事があって一時預かりをしたりする時はここに、という具合なのだとか。
で、今回はというと。丁度隠れ潜む百花の修行のタイミングだったこともあり、クーヤはこっちにいるらしい。
そんなわけで隠れ潜む百花のいる場所に辿り着いた俺達だったが、そこは以前来たこともある中庭だ。どうやらクーヤの修行用に改装して使えるようにしたらしく、そこで隠れ潜む百花とクーヤが模擬戦をしているのが見えた。必死に食らいつこうとしているクーヤに対し、隠れ潜む百花は面倒そうにあしらっている。
「あれでもきちんと面倒を見ているんだよ」
横合いから声。振り向くと、帝国の第三皇子、リベルト皇子が楽しそうに二体の模擬戦を見ているところであった。珍しいお客さんだね、とこちらを見て微笑んだリベルト皇子は、向こうに視線を向けると彼女達に用事かな、と問うた。
まあちょっと、と曖昧な返事をした俺を見て少しだけ不思議そうな表情を見せたリベルト皇子であったが、まあいいやと笑みを戻す。
「お客さんだよ」
そうして、二体の模擬戦の丁度いいタイミングでリベルト皇子が声を掛けていた。動きを止めたクーヤと隠れ潜む百花は、そのお客さん――俺達を見て対照的な反応をする。
「姉様、義兄様」
ててて、とこちらにやってきたクーヤは、どこか嬉しそうに俺達を呼ぶ。言うほど久しぶりじゃないでしょうに、と言うスロウであったが、その言葉とは裏腹に表情は笑顔だ。芋虫だけど。
「姉様、芋虫?」
「そーなんですよ」
そうしてそんなスロウを見たクーヤが首を傾げる。普段こういう場所にいる時は擬態しているはずの姉が芋虫状態でここにいる。そんな疑問が頭をもたげたのだろう。スロウに問い掛け、スロウはそんなクーヤに今擬態できなくなっちゃってと苦笑していた。
「義兄様。原因?」
「いや、俺が原因、かはまだ分からないけど。いや、でもその可能性は高い、かな」
ジト、とクーヤに睨まれる。原因って何がどうした、そんな視線を受け、いやまあ別に話して長くなるようなことじゃないんだけど、と頬を掻く。が、この辺りの話は隠れ潜む百花にも聞いて欲しいので、と視線を向けた。
「うち?」
さっきから面倒だという表情を隠しもしない隠れ潜む百花が、その表情を更に変える。面倒で仕方がない、と言わんばかりの表情のまま、しかし妖精姫が自身を見ているのに気付いたらしくめんどくさそうに溜息を吐いた。
「そぉれで? どんなめんどぉな話をもってきたん?」
「いや、実はスロウが擬態できなくなって」
「ん~?」
そう話を始めると、隠れ潜む百花はスロウを一瞥した。そうしながら、面倒そうに息を吐く。
「めんどぉ」
「そう言わずに聞いてくれって。その原因だと思うのが」
スロウと性行為をしたのが原因ではないか。そう続けると、まあそうだろうなとばかりに隠れ潜む百花は頷いた。え? 分かるのか?
そう問い掛けると、隠れ潜む百花は面倒そうに溜息を吐いた。
「そのためにうちを呼んだん違うん?」
「いや、それはそうなんだけど。まさかそんなすぐに」
「見ぃれば分かる。めんどぉ」
やれやれ、と頭を振る。そんな隠れ潜む百花を見た俺は、知っているなら教えてくれと詰め寄った。近い、と手で押し戻される。
「僕としても、自分の彼女に男が迫る姿は見たくないからね」
「あ、ごめんなさい。……え? 彼女?」
「うちは認めた覚えないけど」
「そうかい? 今日だって甘えてくれたじゃないか」
え? 甘えるってそういう関係? 思わず目を見開き、リベルト皇子と隠れ潜む百花を見る。そんな俺の視線を感じて、隠れ潜む百花は面倒くさそうに表情を歪めた。
「ご飯食ぁべさせてもらっただけやん」
「十分甘えてくれていると思うけどね」
隠れ潜む百花の言葉にリベルト皇子はニコニコ笑顔でそう返す。それを聞いて更に面倒そうに顔を顰めた隠れ潜む百花は、ふんと鼻を鳴らすと視線をリベルト皇子からこちらに向けた。
「意外とラブラブなんですね」
「……めんどぉ」
スロウの言葉にジト目とお決まりのフレーズで答えた隠れ潜む百花は、それで、と表情を元に戻した。妖精姫を見て、説明は任せたとばかりに手をヒラヒラさせる。
「あ、ちょっと! あちきじゃよく分からないからここに来たんスよ!?」
「めんどぉ」
「そんなことは承知で聞きに来たんス! いいから説明!」
「……ミミックロウラーの習性の問題やわぁ」
「え?」
どういうことだ、と隠れ潜む百花の方を見ても、はいおしまいとばかりに面倒そうにしているばかり。しょうがない、と妖精姫の方を見ると、えぇ、と顔を顰めていた。だってそれだけじゃ俺達何にも分からないのだから、ここは一つしょうがないと思って。
「そ、そう言われても、ミミックロウラーの習性って一体何が……」
「マイハニー」
「その呼び方止めて」
あわわ、と頭を抱える妖精姫を見たリベルト皇子が隠れ潜む百花を呼ぶ。その呼び方で顔を顰めた隠れ潜む百花だったが、リベルト皇子の微笑みを見て面倒そうに溜息を吐いた。しょうがない、と呟いた。
「はぁ、めんどぉ……。ミミックロウラーは、擬態して獲物を捕食する性質を持ってるんよ」
「それはまあ、知ってるけど」
「じゃあ捕食したらどぉすると思う?」
「へ?」
擬態して獲物を食べたら、そりゃ、一旦元に戻るなり、もう一回擬態するなりするんじゃないか? そう答えると、こくりと頷いた隠れ潜む百花は説明終了とばかりにあくびをし始めた。
待った、待ってくれ。今ので何がどう説明終了なんだ? そう問い掛けても、隠れ潜む百花はめんどぉの一言と共に溜息を吐いて。
「つぅまり、今のスロウは捕食した後のクールタイムなんよ。ほっとけばそのうち元に戻る」
「あ、答えてくれるんだ」
「めんどぉだけど」
ジト目でそんなことを言いながら、これ以上の説明はもうない、と手をヒラヒラさせた。
えっと、一応なんだかんだ説明してくれた隠れ潜む百花の話をまとめると。
本来のミミックロウラーは擬態が短時間であり、その擬態をして獲物を捕食した後、その間の反動から暫く擬態出来ないクールタイムのような習性を持つ。で、今のスロウはどういうわけかそのクールタイム状態になってしまっており、それが終われば元に戻る、と。
「捕食って、そっちの意味でも有効なんスね……」
「わたしがエミルを美味しく頂いたってことですか」
あはは、と上半身をゆらゆらさせながらスロウが照れている。妖精姫もそんな話を聞いて若干気まずそうに視線を逸らしていた。クーヤだけは気にせず興味深そうに聞いていたが。
ともあれ。まあつまり結局性行為をした結果暫く擬態出来ない、という予想は概ね合っていたということでいいだろう。そして時間経過でなんとかなる、というのも分かった。
「それで、どのくらいなんだ? そのクールタイムって?」
隠れ潜む百花に聞いてみたが、知らん、めんどぉ、の二言でバッサリいかれてしまった。面倒くさがっている割に答えてくれたさっきの感じからすると、その辺りは本当に知らない、というか個体によるってことなのだろう。
「むー。でもこれからえっちするたびに擬態できなくなるのは困りますね」
「真顔でなんてこと言うんだスロウ」
いやまあ、確かにそれはそれで問題ではあるが。というか、色々とミミックロウラーという存在から真正面に喧嘩売ってるみたいな存在だったスロウが、こんなところで本来の習性という壁にぶつかるとは。
そんなことを考え、まあ一日二日ならそこまで問題にはならないだろうと答えると、スロウはそうなんですかね、と首を傾げた。
「自分の体なんで、そーゆーものだって改めて診てみると、これ一週間くらいはかかりそうな勢いですよ?」
「それは、結構かかるな」
それまで芋虫でいるのはまあ別に俺は構わんが、何か急な用事が出来た時に面倒なことになりそうではある。まあ急な用事だったら一日二日でも一緒なんだけど。
そんなことを思っていると、隠れ潜む百花がやれやれと肩を竦めながら、めんどぉ、と零していた。そう言いつつ、はぁ、と溜息を吐いてこちらに言葉を紡ぐ。
「なら、反動中でも擬態できるよう、もぅ一回擬態の修行をし直せばええやん。魔王級のミミックロウラーなんやし、そぉのくらいはできると思うわぁ」
隠れ潜む百花のその言葉に、俺とスロウは顔を見合わせた。
原因は分かった。そして、対処法も教えてもらった。となると、後はそれを実践するだけだ。
帝国から戻ってきた俺達は、懐かしの森の中へとやってきていた。俺とスロウが初めて出会った場所。ここで、まさかもう一回擬態の修行をする羽目になろうとは。
「大丈夫か?」
そして、今度は俺がスロウにそのセリフを言うことになろうとは。あの時とは逆ですね、なんて呑気に笑っているが、いやまあ別に時間が経てば元に戻るのだから呑気でもいいのかもしれないが。
「んー。でも、今回は一週間くらいで済んでも、次もそうとは限りませんしね。もし一年とか戻らないってなると、色々問題も出てきますし」
「まあな」
「それに、エミルも一年えっちお預けとか嫌ですよね?」
そうか、クールタイムっていう話だし、その間に捕食したら伸びるのか。伸びるのか? 流石にそんなことはないだろう。そんなことを考えはしたが、試してみるのもちょっとどうかとは思うし。
「……というか、何? 俺そんなに盛ってるように思われてるの?」
「割と」
即答されてちょっと凹んだ。いやまあ、確かに青少年だし? そういうことに興味はあったし? いざやっちゃったら益々興味が湧いてくるのも無理はないし?
いかん、本気で盛ってる動物みたいだ。自重しよう。
「で、だ。今の状態だと全く擬態できないのか?」
「そーですね。なんというか、昔に戻っちゃった感じがします」
ぐぐぐ、と体を伸ばすが、いつまで経っても擬態が始まる感じがしない。ううむ、と唸ったスロウは、これは結構深刻ですねとぼやいた。
でも、と俺は思う。それはあの姿になろうとしているから問題なのであって、本当に初期の初期に遡ればもう少しマシになるのではないか、と。
そんなことをスロウに述べると、初期の初期って言うと、と体をゆらゆらさせながらぐねぐねと捻じった。
「こーゆーやつですか」
「お、懐かしいなそれ」
人っぽい芋虫が眼の前に現れた。どう見てもミミックロウラーである。これが擬態っていうなら他の擬態に謝れと言わんばかりの状態である。
「成程。確かにこれなら行けますね」
ぶに、ぶに、と二足歩行する芋虫。うん、ぶっちゃけ気持ち悪い。最初こそ懐かしさがあったが、今のスロウがそれをすると無駄に人っぽい動きが出来る分気持ち悪さが増している。
「えー。エミル、この姿のわたしも愛してくださいよ」
「いやまあ、そりゃどんなスロウでも愛すけど」
てい、と人っぽい芋虫が抱きついてくる。うん、凄くぶにぶにする。そういえば最初にスロウと握手した時もこの感触だったな。そんなことを思いつつ、俺は人型芋虫の頭を撫でる。えっへへ、と撫でられて笑っているスロウを見ながら、とりあえずはそれで慣れていくかと俺は提案した。
「んー、でも」
「どうした?」
「この状態、服も生成できないんでぶっちゃけほぼ裸みたいなもんなんですよね」
「裸……」
人型芋虫を見る。何だかそう言われると、気持ち悪いとか思ってたそれが一気にエッチなものになっていくの感じた。そうか、今スロウ全裸なのか。そんなことを思い、ごくりと喉がなる。
そこまで考えて、いやそもそも芋虫状態の時点で常に全裸だったと思い直した。
「アホなこと考えてないで、次の状態に行くぞ」
「多分変なこと考えたのはエミルの方だと思いますよ」
「あ、はい。ごめんなさい」
謝りながら、とりあえずまだそれだと村を歩くには問題があるよなと呟く。これならまだいつもの芋虫状態の方が認知されているだけマシだ。場合によっては変なモンスターとして討伐される可能性も。
ないか。見た目はアレでもこいつはもう魔王級。村の連中じゃ討伐どころか傷付けるのも大変だろう。
「まあ、多少時間かけてでも、ミミックロウラーの習性を打ち破れば問題ないですしね」
「その間にクールタイム終わってもか?」
「そーしたら、またえっちしてクールタイム作りましょう」
「なんでだよ」
それもう目的と手段が逆になってないか? いやまあ、スロウがやりたいのなら別に協力はするけれども。あ、やりたいってそっちの意味じゃなくてね。
そんな感じで一日目は終了。スロウの擬態再修行は翌日へと持ち越された。