引き続きスロウの擬態の再修行である。まあ昔と違い、今はもう答えを知っている状態なのだから前よりは楽なのかもしれないが。そんなことを思いながら、服を着た芋虫を眺めていた。
「もうちょっと足りないですね」
「何がだ」
「体つきとか。おっぱい減っちゃってます」
「多分それ以前の問題じゃないか?」
服はいつものスロウになったが、相変わらず手足はまだ精度が微妙だし顔は芋虫のままだ。とはいえ、着実に進歩しているのは間違いないのでまあ良しとしよう。
「エミルー」
「ん?」
「エミルはおっぱい小さい方が好きだったりします?」
「は? いや俺は別にどっちでも」
「あ、でもシトリーちゃんのおっぱいよく揉んでたし、大きい方が好きですよね」
「そんなに頻繁には揉んでない! いや、違う、そもそも不可抗力以外でやってない!」
となるとやっぱり、とか言いながら擬態の精度を高め始めるスロウ。何がどうなってそういう結論になるのかはよく分からないし何がやっぱりなのかもさっぱり分からないが、俺はまあスロウなら大きくても小さくても好きだぞ。そんなことを一瞬思い浮かべ、いやなんかそれはそれでどうなのだろうと頭を振った。
はぁ、と溜息を吐く。昔の擬態修行ではこんな疲れることもなかったのに。そんなことを思いながら、手足がいい感じに人に戻っていくスロウを眺めていた。
「早いな」
「前と違って勝手が分かってますからね。ゴールが見えているんで、そこに向かって進めばいーだけですし」
ぐねり、と体を捻りながらボディが段々といつものスロウのそれに戻っていく。が、頭部だけは変わらず芋虫のままであった。
「顔は難しいのか?」
「んー。確かに。そういえば、体はよく見ますけど、顔って鏡でもないと見ませんからね」
「あー、なるほどな」
イメージがし辛いのか。そう聞くと、まあそんな感じですね、という答えが来た。出来上がった体を動かしながら、でも大分元に戻ってきたと嬉しそうに述べる。
「そんなに嬉しいのか?」
「エミルと一緒に修行した証みたいなものですしね、あの姿って」
今もこうして再修行してそこに近付く。それも新しい証になるのだと笑ったスロウは、だから頑張ると芋虫に一旦戻り、もう一度擬態をし始めた。ぐねり、と体が動き、拗じられ、芋虫の体から人の体へと変化していく。
「うーむ」
「やっぱり難しいのか」
「昔も、なんだかんだ顔が一番苦労したんですよね」
そうして出来上がったのは顔が芋虫の人型スロウだ。あの時の被り物スロウともちょっと違う、完全に頭部は芋虫状態である。まあとはいえ、これなら頭部自体は精巧な被り物で通せないこともない。
「あの時と違って今回は完全に本物なんですけどね」
たはは、とスロウが頬を掻く。まあ時間はあるからのんびりやればいい、とそんなスロウの頭を撫でると、スロウは俺に寄り添い甘えてきた。
スロウ、と名前を呼ぶ。す、と芋虫の顔が俺を見詰め、そのまま俺はそのスロウの芋虫の口にキスをした。ねっとりとした芋虫特有の口内の感触が俺に伝わり、そのまま舌も突き入れる。
「あっ、エミっ、んっ」
ぐちゅぐちゅとスロウの口内をしばし堪能してから、俺はゆっくりと唇を離した。芋虫の体液と俺の唾液の混ざったものがつつっ、と糸を紡ぐ。
「……もー。また伸びますよ、わたしのクールタイム」
「別にそういうつもりじゃなくてだな」
「わたしがそういう気持ちになっちゃうんですよ」
ぶぅぶぅと文句を言いながら離れるスロウ。そんなスロウを見ながら、俺は少しだけ視線を外した。そういうつもりじゃない、と口では言ったが、正直割とそういう気持ちであった。それを追い出すように、いかんいかんと頭を振る。今はそんなことより、スロウの修行だ。
三日目。芋虫ヘッドから進歩が見られず、修行は行き詰まっていた。何でだろうか、と悩んでみても、これといって答えは出てこない。スロウが言っていた、顔はあまり見ることがなかったから、というのが案外正解なのかもしれないが。
「難しいですね」
「参考になるような顔でもあれば話は別かもしれないけどな」
「参考になる顔……」
おお、とスロウが手を叩く。その手があったじゃないですか、そういうと《テレポート》を唱え始めた。いきなりどこに行く気だ。そう問い掛けると、教国の大聖堂ですと即答される。
教国の大聖堂って、そんな場所に行って一体何が。そこまで考えて、ああ、成程、と俺もスロウが何をしたいのかに気が付いた。俺も行く、とその魔法陣の中に入り、教国へと移動、手続き後に大聖堂へと足を進める。
最初は芋虫ヘッドの人間に何事かと警戒されたが、それがスロウだと分かると聖騎士達も警戒を解いた。それで何の御用ですかと聞かれたので、スノウに会いたいと伝える。
「スノウ様、ですか……」
「あ、ひょっとしてまた抜け出してます?」
あはは、と神官達が苦笑する。そういうことならば仕方ない。じゃあこちらで勝手に捕獲するとしよう。そう伝えると、じゃあお願いしますとあっさり許可が出た。いいのか、名誉枢機卿の扱いがそんなので。
まあこちらとしてもその方が助かるので深くは突っ込まず、大聖堂を出るとさてでは、とスロウを見た。流石のスノウも首都にいないということはないだろうから、この街のどこかでブラブラしているのは間違いない。探索の範囲が定められているのならば、スロウの糸でもなんとかなるはずだ。
「アリアちゃんもいればもっと早く分かるんですけどね」
ふぅ、と芋虫ヘッドから糸が出る。普段のスロウの擬態顔とは違いこれが本来の芋虫としての仕様ではあるのだが、今回は流石に目立つ。まあ大聖堂の入口に芋虫頭の人間がいたら当たり前だろうというのもあるが。
そんなわけで街の人の通報で聖騎士が再び俺達のところに来た。犯人が俺とスロウだということを知った聖騎士は苦笑しながら余り目立つ行動は避けてくださいと注意していたが、現状それは流石に無理があるような気がしないでもない。
「あ、とゆーか」
「ん?」
「よくよく考えたら人型芋虫だから目立つんであって」
ぐにょり、と芋虫姿に戻る。そうして俺の背中におぶさったスロウは、これならさっきよりは目立ちませんよとドヤ顔をした。まあ確かに、芋虫頭の変人よりは完全な芋虫を連れていた方がまあ普通だな。
そうして再度大聖堂を出る。今度はちらりと見る人もいることはいるが、さっきよりは格段に少なく、まあ冒険者が使役モンスターを連れているかくらいの視線だ。
「よし、スロウ、じゃあ改めて」
「はい、いきますよー」
ふぅ、と糸を吐く。首都をシュルシュルと飛んでいくその糸は、お目当ての人物を感知するとそこだけぶつんと途切れた。
「そういえば、その糸感知も大分進化してるな」
「わたしもう魔王級ですしね。色々パワーアップしてるんですよ」
ふふん、とドヤ顔をするスロウの頭を撫でながら、じゃあ探知した場所へと向かいますかと教国の首都を駆ける。人混みもあるのでぶつからないように注意しながら、俺は目的地まで一気に走り抜けた。
そうして辿り着いた先は一軒のカフェ。そこでのんびり紅茶を飲んでいるスノーティア名誉枢機卿を見付けた俺達は、顔を見合わせ頷くとこっそりと背後に回った。
「んー、仕事サボって飲む紅茶は格別ですね」
大分駄目なことを言いながら優雅なティータイムを過ごしているスノウの背中に向かい、俺達は。
『わっ!』
「あひゃぁ!?」
そんなものが来るとは思わなかったのだろう。いきなり驚かされたスノウは盛大に前にのけぞり、そしてテーブルにぶつかるとその痛みと反動で今度は椅子の背もたれへと激突。そうして椅子ごとひっくり返った。どんがらがっしゃん、と言う音と共に、名誉枢機卿が地面にすっ転がる。周囲の人は何事だとそんなスノウに視線を向けたが、転がったままピクリとも動かない彼女を見て、そして脅かしたままの体勢で固まった俺達を見て。
まああの人のことだし、と見なかったことにしたらしい。普段何やってんだ名誉枢機卿。
「で、大丈夫かスノウ?」
「痛い……な、何で私がこんな目に遭わなければいけないんですか……」
「仕事サボってるからじゃないですかね」
スロウの言葉にスノウは何も言い返せず、うぐぅと唸るのみである。そうしながら、ぶつかった背中のダメージはスロウに回復してもらい、それで一体どうしたんですかとこちらを見た。
「まさか私を驚かせるためだけにここに来たわけでもないでしょう?」
「まあ、そりゃな」
スロウ、と横の芋虫を呼ぶ。はいはい、とスロウはスノウの顔をじっと見て、そうして大体こんな感じなんですか、と俺を見た。
まあ俺としては全く同じ顔には見えないんだけど、まあ似てるといえば似てるって感じだ。そんな答えを述べると、ふむふむとスロウは頷く。
「何をやってるんですか? というか、何故スロウさんは芋虫状態で」
「ああ、こいつ今ちょっと擬態が出来なくなっててな、再修行中なんだ」
「擬態できない!? 何でそんなことに」
「えーっと、何でも捕食の際擬態していた反動らしいとかなんとか」
「捕食? ……あっ」
スノウが何かを察し、そして思わず顔を赤くする。えっとつまりそういうことですか。そう小さく呟いたので、俺も小さく頷く。
「ま、まあ付き合ってるんですし、そういうこともしますよね」
うんうん、と自分に言い聞かせるように述べたスノウは、でもそれなら別に時間が経てば元に戻るのではと問い掛ける。そうなんだけど、それはそれで不便だから、と答えた。
「そんな不便だからって理由でモンスターとしての習性を打ち破っていいものなんですかね」
「まあスロウだし」
「もうミミックロウラーじゃなくて全く別の何かになってきてません?」
「そーですかね。自分ではよくわかりませんが」
よし、と芋虫姿をゆらゆらさせながらスロウが述べる。今度こそ、と体を捻ると、ぐねぐねと動きながら芋虫から人へと変化していった。
そうして出来上がった擬態は、頭に芋虫の着ぐるみを被った人間の姿。
「結局それかよ。駄目だったのか?」
「どーですかね。よ、っと」
かぽ、と芋虫の着ぐるみヘッドを取り外す。そこに現れたのは肩口より下に伸ばしたきれいな金髪をハーフアップにし、蝶だか蛾だかの羽を模したリボンをつけた、パチリとした可愛らしい青い目の美少女。
横にいるスノウとは似ているが、俺にとっては決定的に違う、見慣れたスロウの擬態した顔であった。
「やっぱり参考があると違いますね。一気に精度が高まりました」
「それはよかったですけど。本当にそんな反動があったんですか?」
スノウにとっては極々普通に芋虫のスロウが人型に擬態したようにしか見えない。まあそれはそうか、と思いながら、ついでだしこれまでの擬態の進化の過程でも見せてやろうぜとスロウに述べた。
「あ、いーですね」
「え? ちょっと、何だか凄く嫌な予感がするんですけど。そもそもこんな場所でやるものではないのでは!?」
「確かにそうだな」
街中だと中々ショッキングな映像になるだろう。そう思い直した俺達を見てホッと息を吐いたスノウだったが、じゃあ、とスロウが手を握ったことで再び表情が変わる。
「大聖堂に戻ってから見せます」
「え? それはつまり私が大聖堂に行くっていうことで」
「まあサボりを捕まえる約束もしてるしな」
「う、裏切り者!」
何も裏切っちゃいない。スノウの悲痛な叫びをよそに、《テレポート》で大聖堂に移動していくスロウの後についていきながら、俺はそんなことを思った。
そうしてサボり魔を大聖堂に収容し、スロウの進化の軌跡を見せたりとしながら教国での用事を終えた俺達は、さあ帰ろうとスロウに《テレポート》を出してもらおうとしていた。
そんな時、ちょっといいかしら、と月の大聖女が俺達に声を掛ける。
「どうした?」
「いえ。これはわたくしの杞憂だとは思うのだけど」
スロウは大丈夫か。そう、月の大聖女は聞いてきた。大丈夫かどうかと言われても、擬態出来ないっていう大丈夫じゃない状態だったから、再び修行して大丈夫に戻したんだけど。そう返すと、月の大聖女は難しい顔のまま顎に手を当てる。
「ミミックロウラーの習性を打ち破ったのね」
「何かまずいのか?」
「いえ、スロウがスロウでいる限り何の問題もないわ。ただ」
もうミミックロウラーの魔王級として見られなくなるかもしれない。そんなことを月の大聖女は続けた。
「えっと? わたし、ミミックロウラーじゃなくなるんですか?」
「そういやスノウも似たようなこと言ってたな」
「スノウのそれはちょっとした軽口だったでしょうけれど。……スロウ」
「はい?」
「貴女は、通常の魔王級を超え始めているわ。流石に総合力では属性頂点にはまだ全然届かないけれど……そうね、いわば『大魔王』級といってもおかしくない」
「なんだか壮大ですね」
そんな軽口を言ってはいるが、スロウも月の大聖女が冗談で言っているわけではないのは承知の上なのだろう。表情は割と真剣である。
そして俺は、それを聞いて、スロウが大魔王だと言われ。
だからなんだと一蹴した。
「でも、スロウはスロウだろ。聖女だろうが大魔王だろうが、俺にとっては大切な幼馴染で、愛しい彼女だ」
「エミル……」
「……そうね。やっぱりわたくしの杞憂だったわ。エミルくんがいる限り、スロウは変わらない。うん、何の問題もないわね」
そう言って楽しそうに笑った月の大聖女は、そういうわけだから、と俺に指を突き付けた。
「絶対に死んだらだめよ、エミルくん」
「ああ、もうこりごりだ」
「――んん?」
幼馴染の擬態した虫が聖女で大魔王とか言われた