ギルドのやらかしも再びスタート
第百三十二話
「まったく、ふざけてるよ!」
バン、と勢いよく机を叩きながらお姉さんが述べる。そこに置かれたのは一枚の書類。そして内容は、新たな魔物の等級について。
「まさか、あの時月の大聖女が言ったことが本当になるとは」
書類を摘みながらそんなことをぼやく俺に、お姉さんが何でそんな落ち着いているの、と迫ってくる。別に落ち着いているわけじゃない。月の大聖女にこの間忠告されていたから何となく心構えが出来ていたことがそう見えている理由の一つ。
そして、怒りを振り切ったから落ち着いているように見える、というのがもう一つだ。
「それで、わたしは結局大魔王になるんですか?」
「この書類を見る限りは、そういうことでしょうね」
ギルドの通達で、魔王級の中でも更に飛び抜けた存在の呼称を新たに制定したいという話が来た。それが『大魔王級』、魔王を超えた魔王級だ。
そしてその大魔王級として、スロウが選出されたわけだが。
「村を二つ復活させた能力の強さ、とかいうけど」
憤懣やる方ないお姉さんが選出理由を見ながらぼやく。スライム騒動の時の村人全蘇生と、この間のコカトリスの時の村の人とマイア姉さんの蘇生。その二つを持って、全滅したはずの村を二つ復活させたということになったらしい。前者はともかく、後者は勝手に人の故郷を全滅させるんじゃねえ。イライラしながらコンコンと机の書類を叩く。
いい感じにエミル君の機嫌も悪くなってきたね、とお姉さんが笑っていた。人の機嫌が悪くなって喜ぶの止めてもらっていいですかね。
「まあ実際、大量の死者を蘇らせたのは確かだものね」
そう言いながら、でもおかしいのよね、と書類を見ていたアリアが首を傾げる。そう言った理由ならば、むしろ脅威というよりは功績、魔王級がどうとかいうよりは聖女としての側面を出すべき事例なのではないだろうか。そう言いながら俺達を見た。
確かにアリアの言う通り、魔王級を超えた、とかいう話にするのならばその場合はどちらかといえば戦闘力とか破壊の規模とかそういう部分のはずだ。スロウのやったことはむしろ逆、そういう意味では聖女として称えるべき方なのは間違いない。
「つまりわたしは大魔王聖女ですか」
「欲張りランチセットみたいな名前だな」
緊張感のないスロウの言葉に溜息を吐きつつ、送られてきた書類に目を通す。通常の聖女を超える能力を持った魔王級モンスター、今でこそ人の側についているが、万が一のことを考えると、人に対する脅威として非常に問題である。そんなようなことが書いてあった。身勝手なそれに書類を掴む手に力が入る。アリアも、勿論お姉さんもそこを見て顔を顰めていた。
「それ言ったら現状大人しくしている魔王級全部が脅威でしょうに」
「そうそう。というかこれ、またあの時の連中がやらかしているんじゃないの?」
はぁ、と溜息を吐くアリアと、同意しながら上層部の裏事情を考え始めるお姉さん。そんな一体と一人を見ながら、スロウは別段怒るでもなく、それで結局どうなるんですかと書類を捲っていた。
「えっと、何々? ――大魔王級として認定し、ギルドで管理、監視を行うために現在のパーティーから抜けてギルド所属に――はぁ!? ふざけてんですか!?」
あ、キレた。俺とアリア、お姉さんも同じようにそこまで読んでふざけんなと文句を述べる。まあそれでもそこ止まりなのは、スロウがこれ以上ないほどキレているからだ。
「わたしがエミルの隣を離れるわけないじゃないですか! ギルド所属? はん、そんなのにされるくらいなら、文字通り大魔王として君臨してやりますよ!」
「落ち着けスロウ。そうなったらお前が討伐対象になるだろ」
「落ち着いていられますか!? とゆーかエミル、エミルはわたしと離れても平気なんですか!?」
「そんなわけないだろ。俺はお前がいないと駄目だからな」
「えっへへ。そーですよね」
大好き、と抱きついてくるスロウを抱きしめ返した俺は、正直もう見る気も理由も意味もなさそうな書類を一瞥する。どう考えても再び勇者級と属性頂点から抗議が来て潰されるような提案にしか見えないが、一体これにどういう勝算があったのだろうか。
「まあ多分、前回の失態をこれで覆そうと思ったんじゃないかな」
「いや無理だろ。どういう思考回路してたらそうなるんだ?」
「前回やらかしただけはある、ってことかしらね」
やれやれ、とアリアが肩を竦める。そうしながらペラリと書類を捲ったアリアは、表情を怪訝なものに変えた。そこに書かれている文を目で追っている間に、その顔がますます顰められていく。
どうした、とアリアが見ていたであろう部分を覗き込んだ俺は、同じように顔を顰めた。
「……大魔王級スロウの周りに魔王級、準魔王級が集まっていることを鑑みても、現在の準魔王級の増加、魔王級や準魔王級の徒党を組む状況の規範となっている可能性あり。ギルドとしては、その可能性を消すためにも大魔王級スロウが率いる魔王級、準魔王級の解散も視野に入れて――」
「喧嘩売ってるんですねギルドは、わたしは買いますよ」
「落ち着いてスロウちゃん。これ絶対別のところの圧力で潰されるやつだから」
両手に手甲装備させたスロウがガシャンと手を打ち鳴らす。そんなスロウをお姉さんが宥めながら、しかしこれ何がどうなって通ってここに来たんだろうと首を傾げていた。
まあ確かに、こんなもの前回のガバガバ判定よりさらに酷い内容だ。特にこの解散させるという部分。冒険者パーティーで無くすということは、野良魔王級が増えて、そして冒険者の戦力が減るということである。これを真面目に提案していたとしたらただの馬鹿だ。
まあ馬鹿なんだろうけど。
「それも勇者級冒険者が減るってことなのにね。……勇者級パーティーが魔王級を増やしてるって本気で考えてるんだとしたら救いようがないよ、これ」
やっぱり処分は減給や降格じゃなくてギルドをクビにしとくべきだったんじゃないかな、とかお姉さんがぼやき、アリアもそうですねと同意している。
「まあでも、その魔王級の増加や徒党を組むことについて、影響を与えるような存在がいるという説に納得してしまう人もいるかもしれないわね」
「それが大魔王級か」
「で、現状そーゆー存在がわたしだけ、と」
大魔王級が影響を与えている、まではぎりぎり分かる。現存する大魔王級がスロウしかいない、もまあ理解するとしよう。
その場合、どちらかといえば大魔王級の排除を考えるのでは?
「わたしはエミルになら殺されてもいーですけど」
「今そういう話は、してるか。とにかくお前は絶対に死なせない。だからやるとしても別の方法を」
「だから、ギルド所属にして監視と管理ってことね。一応筋は通ってる、かも」
まあそれ以外はガバガバなんだけど、とお姉さんが肩を竦める。そう、何よりここにはスロウの意思の介入が一切ない。その辺のモンスターと、それも下級や中級程度の連中と一緒の扱いしかしていない。
「元がミミックロウラーだから、嘗めて掛かってる、のかもしれないわね」
アリアが書類をペラペラ捲りながら呟いた。前回も書類上のモンスターの種類だけでガバガバ判定してやらかした連中だ。さもありなんといったところか。
ともあれ。こんな通達をはいそうですかと聞き入れるわけにはいかない。何なら本当にギルドに乗り込んで暴れてやってもいいくらいだ。だが、それをすると色々と迷惑がかかるのもまあ確かなわけで。
しょうがない、と俺は立ち上がった。そうなればまた前回みたいに正攻法の抗議をすることで、今度こそ件の連中を排除するしかない。
「今回は俺自身の抗議だと少し弱いだろうから、属性頂点と勇者級の署名を集めるところから始めるか」
そういうわけで教国である。まずは大聖堂に行って月の大聖女から署名を貰おう。そんなことを思っていると、一人の少女がこちらにやってくるのが目に入った。
「聞きましたよ。本当に大魔王級認定されたんですって?」
「そーらしいです」
「大分ふざけた認定だけどな」
「成程、気に入っていないということですか。当然、みなさんも」
「勿論」
「文句ありありだよぉ……」
ふむふむ、とその少女、言わずもがなスノウは頷く。まあ確かに聞く限りただ因縁を付けているだけみたいでしたしね。そう続けると、いいこと思い付いたとばかりに一つの書類を作り上げた。
「はいどうぞ。教国の名誉枢機卿の名前、それなりには力ありますし」
「いいのか?」
「スロウさんが現在の魔王級騒動の原因、なんて馬鹿らしい。そう思ったから協力するんです。さ、多分月の大聖女様も待ち構えてますよ」
それじゃあ私はサボりに行くので。そんなことを言いながら手をヒラヒラさせ去っていくスノウを見つつ、俺は月の大聖女がいるであろう執務室へと足を進める。普段は向こうから会いに来るからか、こっちから合うためにはあらかじめ予定を入れておかなくてはいけないらしいというのを部屋の入口まで来て知ったのだが、月の大聖女が別に問題ないと招き入れてくれたので俺達は遠慮なく部屋に入った。
そんな俺達を見るなり、月の大聖女は話は聞いていると一枚の書類を俺達に手渡す。
「はい署名。抗議文は後でこちらから送るわ。わたくしも流石にギルドのやり方には思うところがあるもの」
「二回目だしな」
「それもあるけれど。大魔王級を認定するやり口が気に入らない。今の現状に丁度いい生贄を用意しようとしているだけだもの」
「月の大聖女さんは、わたしと今の状況に関係はないって考えなんですか?」
「ええ。というかこれは、冒険者側が強くなった揺り戻しみたいなものよ。準魔王級を上級者パーティーでも対処し始めた時点でもうすぐ終わり。勇者級が暇すればじきに収まるわ」
そうは言いつつ、まあ魔王級の頻度は普段より増えた状態で留まるでしょうけど、と月の大聖女は続ける。こればかりは仕方ない、と肩を竦めていた。
「どうしてだ?」
「さっきも言ったでしょう? 冒険者側が、正確には勇者級が強くなりすぎたのよ。勇者と魔王は拮抗するもの。世界の理に従って、調停される」
「それ、今の勇者級が引退し始めたらまずいんじゃ?」
「その頃には魔王級も相応の数になるわ。そうならないようならこちらで対処する」
こんなんでも属性頂点、世界の調停者は伊達じゃないか。月の大聖女の言葉を聞きながら、そういうことなら、と頷いた俺だったが、それじゃあ、とスロウが声を上げる。
「わたしはどーなんですか? ギルドが認定しなくても、月の大聖女さんが言っていたように、大魔王なんですよね?」
「あははははっ。何を言ってるのよ。スロウに立ち塞がっている相手なんか一人しかいないでしょう?」
そう言って笑いながら月の大聖女は俺を指差す。俺? でも、俺はそんな言うほどスロウと拮抗しているか?
「バランスという意味では、貴方とスロウは完全に拮抗しているわ。お互いがお互いを大好きで、いなければ生きていけない。ね? 拮抗でしょう?」
「まあ、確かにそーですね。わたしはエミルがいないと生きていけませんし」
「そこは一人でも生きろよ。まあ俺もお前がいないと駄目だけどさ」
「成程、拮抗だわ」
「うんうんうん……」
そう言い合う俺達を見てまた盛大に笑った月の大聖女は、まあそういうわけだから心配はいらないと言い放った。そうしながら、ほんの少しだけ表情を真面目なものに変える。
「今回は属性頂点全員から署名も抗議文も貰えるでしょうけど、それでも一度出したギルドの声明は誰かの心の奥底に残るわ。本当は原因なのではないか、とね。そしてその場合、スロウだけじゃない、アリアやシトリーも悪意に晒される可能性があるわ。それでも貴方は」
「俺は捻くれ者だからな。周りがそんなことを言いだしたら、絶対にみんなの味方をしてやるよ」
「あははははっ。そうね、そうこなくちゃ」
俺が即答したのがそんなに面白かったのか、月の大聖女は実に楽しそうに笑っていた。そうして、よし、と何か満足したらしい月の大聖女は、この調子で教国の勇者級の署名でももらってきなさいと俺達を送り出す。
そういえば、とそこでふと思い立った。さっき勇者級が強くなっているから拮抗するために魔王級が増えていると言っていたが、それはつまり。
「エミルくん達が増えたから、というわけでもないわよ。教国も帝国も、新しく勇者級増えたもの。まあ、強さは今の勇者級の第一線、クロードやバクス、そして貴方には及ばないでしょうけど」
そう言いながら、月の大聖女は何かを考えるように顎に手を当てた。その可能性もあるか、と少しだけ表情を難しいものに変える。
「貴方のことを知っている勇者級以外は、ひょっとしたら、完全ではなくとも多少は今回の提案に乗るかもしれない。そこは注意しておいて」
了解、と頷く。まあつまり大魔王級をギルドで管理しろとか言い出す勇者級が出てくるかもしれないってことだろう。
まあその時はその時だ。まずはそんなことを言い出さないクロード達のもとへ向かうとしよう。月の大聖女に挨拶をし、俺達はクロード達のいる街、フレデリクさんの家が治める場所へと《テレポート》した。
さて、とクロードを探そうとしていると、俺達に気付いたらしいラティがこちらへと駆けてくる。どうしたんだ、と言う暇もなく、向こうから捲し立ててきた。
「エミル、スロウ! どうなの!? 最近の様子は!」
「エミルがいっぱい愛してくれてます」
「きゃー!」
そうそうそれそれ。そんなことを言いながら、スロウに俺との関係を細かく聞き始めるラティ。具体的にはどんな感じ、とか聞くのは止めてくれませんかね。スロウも本当に具体的に言うの止めてください、ここ街中ですよ。
「もう。ラティの楽しみを奪わないでちょうだい」
「分かった分かった。けど、今はそれどころじゃないんだよ」
というかその様子だと件の声明は聞いていないのか。そんなことを問い掛けると、いやそれは知っているとあっけらかんと答えられた。知ってて自分の好みを優先したのか。まあラティだしな。なんだかんだ魔王級モンスター、それもそうか。
俺はそんなラティを見ながら、これはクロードのところに行くのにちょっと手間取りそうだ、と溜息を吐くのだった。