そんなこんなでラティに色々と聞かれつつ、俺達は当初の目的を叶えるためにそろそろいいかとラティに問い掛けた。
「ところで、クロードはいるか?」
「クロード? それなら向こうで、後輩勇者と話してるわよ」
「後輩勇者?」
月の大聖女が言っていたクロード以外の勇者級か。俺はそれを聞いて思わず苦い顔を浮かべた。さっきの話の通りならば、場合によっては敵側に回る可能性がある。敵側、とか大層な言い方だが、その後輩勇者のせいでクロード達から署名を貰えないかもしれないと考えると、まあ敵側で間違いないだろう。
そんなことを思いながら、とりあえず行くしかないとラティに案内してもらう。そうしてしばし街を歩き、目的地につくと、ラティーがおーいと向こうに声を掛けた。
「おやラティ。どうしました、っと」
「そいういうことよ。じゃあラティは後は見てるわね」
振り向いたクロードが俺達を見ると成程と肩を竦める。そうしながら、今回はどんな用事で来たんですかと問い掛けてきた。
「知ってるだろ。例の件だよ」
「ええ、それはまあ」
そう言って苦笑したクロードは、横にいたリナさんとアスカさんにも視線を向けた。二人共それに頷くと、署名が欲しいなら書くよと言ってくれる。
「ついでに、抗議に行くなら手伝うでござる」
「そうだね。私もそこは賛成」
そんな言葉を続けるアスカさんとリナさんにありがとうとお礼を述べ、やれやれと肩を竦めているクロードにも礼を述べた。言われた方のクロードは、しかしどこか困ったように頬を掻いている。
「いや、私としても署名をするのはやぶさかではないのですが」
「先輩。この人たちって、例の」
そこに割り込んでくる影。一人の剣士、多分年齢は俺と同じか少し上くらいの少年が、クロードにそんなことを尋ねていた。クロードはあははと曖昧な笑みを浮かべながらそうですよ、と答えている。
「ということは、そこの人があの聖女大魔王……うわ、すっごい美少女」
「一緒にいるのが魔王の仲間……どっちも美人だ」
それに反応したのが剣士の仲間の神官らしき少女と魔法使いらしき少女、スロウやアリア、シトリーを見てそんな感想を零していた。
多分、この三人が後輩勇者ということで間違いないのだろう。そしてこの感じからすると、多分まだ勇者級になったばかり。いや、俺も新人勇者度合いで言うならそこまで変わらない気もするけど。
ともあれ、後輩勇者達はクロード達の態度になにか思うところがあるらしい。そんな簡単に署名するんですか、とクロードに詰め寄っている。
「まあ、付き合いはそれなりにありますし。悪人ではないのも保証します。今回のギルドの声明と彼等らなら、私は間違いなく彼等を取るくらいには信頼してますしね」
そう言い切ってくれるクロード。見た目や雰囲気は限りなく怪しいが、信頼されているのだということを知って思わず頬が緩んだ。リナさんとアスカさんも、当然のごとく俺達の味方をすると言ってのけてくれた。
そんな三人の答えを聞いて、後輩勇者達はううむと難しい顔を浮かべる。
「俺達は先輩を信頼してますけど、こっちの大魔王を連れている勇者は信頼できません」
「でも美少女だし、悪い人じゃないんじゃないでしょうか」
「美少女揃いだし、悪人ではなさそう」
「お前ら……」
剣士の言葉に神官と魔法使いがそう返す。はぁ、と溜息を吐いているところからすると、多分普段から苦労しているんじゃないかと思う。
「ま、まあとにかく。少なくとも俺達は署名はしませんし、抗議もしません」
「まあ、それはそうだろうな。初対面だし」
むしろそこで留まってくれるんなら割と理性的だ。無理矢理にでも、とか言い出すかと一瞬思ったし。
そんな考えが顔に出ていたのだろう。流石にそこまで考えなしではないと剣士の少年は苦笑していた。
「話自体は聞いたことがありますからね。多数の魔王級を引き連れた勇者級冒険者、その強さそのものは、信用に値します」
「そりゃどうも」
そんな会話をしている中で、あ、それなら、とリナさんが声を上げた。アスカさんが嫌な予感がする、と眉を顰め、クロードは次の言葉を察したのかそっと視線を逸らした。
「強さは信用してて、でもまだ信頼できない。ということは」
いや待て。俺も今無性に嫌な予感がし始めたぞ。視線をスロウ達に向けると、同じように察したのか諦めの表情を浮かべている面子が見えた。具体的にはアリアとシトリーである。
「エミル。この流れって」
「ああ、俺もそう思った」
スロウの言葉に頷く。そうしてビシリと指を突き付ける聖女という名のバーサーカーの出す提案を、俺はゆっくりと噛み締めた。
「じゃあいっそ一回戦ってみようよ。そうすればお互いのことがよく分かるでしょ?」
ですよね。そう言うと思ったよ。アスカさんとクロードを見たが、これはもう止められないとばかりに天を仰いでいる。
じゃあ、と後輩勇者の剣士達の方を見たが、また始まったとばかりに受け入れの態勢に入っているのが見えた。ああ、そっちもそういう感じなのね。
「リナさん、一応聞くけど」
「何?」
「拒否とかって」
「何で?」
「駄目だこの人これが一番最適な提案だと信じて疑ってない」
曇りのない眼で純粋な疑問を問われた。
そういうわけで。どういうわけだ? 何故か後輩の勇者級と戦う羽目になった。向こうも半ば諦めた形でこちらを見ている。
「いやまあ、折角の機会に手合わせできるのは願ったりではありますけど」
そう言いながら苦笑する剣士の少年。そっちは大丈夫ですか、と尋ねてきているので、まあこうなったら止まらないだろうと溜息を吐いた。
まあでも実際、今の俺達がどのくらいかを確かめるのは確かにもってこいだ。勇者級として本当に第一線なのか、それとも見掛け倒しなのか。
「うんうん。みんなやる気に満ち溢れていてよろしい」
リナさんが満足そうに頷く。その横ではアスカさんが申し訳なさそうに手を合わせていた。
「それで、審判は私がやればいいんでしょうか」
そう問い掛けたクロードに、リナさんはそうだねと顎に手を当てた。提案したのは自分だし、審判も自分でやる。そう続け、クロードは分かりましたと引き下がる。そうしながら、これはもうしょうがないなと頬を掻いていた。
では始めようか、とリナさんの合図で俺達は構える。向こうは三人、こっちは一人と三体、数の上では有利だが、さてどうしたものか。ハンデ、というわけじゃないが、こっちも誰か減らして数合わせるべきか。
「リナさん」
「どうしたの?」
そんなことを思ったので提案してみたが、それはむしろ向こうの方から大丈夫だという返事がきた。どうせなら万全の強さが見たい、そういうことらしい。
そういうことならば遠慮なく。改めてそれぞれ武器を構えた俺達は、眼の前の三人と対峙した。
「では、剣士カイル、行きます!」
「ノアです」
「レミーだ」
向こうもそれぞれの武器を構え、名乗りを上げる。そういや確かに初対面だし、そういう名乗りはやっておいたほうがいいな。そんなことを思いながら、俺達も自身の名を名乗った。
そうすれば後は戦うのみ。万全の強さが、と言われたからには、こちらもちゃんと相手をしなければ。一足飛びでカイルと距離を詰めた俺は、しかし驚くことなく対処する相手の剣と剣をぶつけ合っていた。
「さすがは勇者級か」
その辺のモンスターとはやはり違う。月の大聖女が言っていたように、確かにこれに拮抗するには準魔王級や魔王級も増えていかなくてはいけない。剣を打ち合いながら、俺はそんなことを思った。
剣を引く。向こうがそれで体勢を崩したタイミングで、反撃の一撃を。
「させない」
火球が飛んできた。それを弾いて距離を取ると、魔法をぶっ放してきた相手、レミーの方を見た。杖を構え、カイルの攻撃の邪魔にならないように魔法を放つそれは、なるほどチームプレイがしっかりと出来ている。
が、そういうことならこっちだって負けてない。飛んできた火球が全て風で消し飛ばされ、アリアが相手の援護を無効化させていた。
「アリアンロッテを目指すものとして、この程度はやれないと」
扇を広げる。鱗粉をカイルとレミーの周囲に飛ばし、そして一気に着火させた。盛大な爆発が起こり、爆風で二人の姿が見えなくなる。
「シトリー!」
「了解だよぉ……」
大剣を盾のように構え、その爆風を切り裂き突っ込んできたカイルの攻撃を受け止めさせた。
が、更にそのタイミングでカイルの背後にいたノアが持っていたモーニングスターを振り被る。ぐしゃ、と腹部に命中したそれで吹っ飛んだシトリーを見て、ノアはふうと息を吐いた。
「気を抜くなノア!」
カイルが叫ぶ。それと同時、ノアの足元に流砂が生まれ、驚いた彼女の足元からガパリとアリジゴクが顔を出した。
「トラップレシア……!?」
「正解だよぉ……」
咄嗟に盾とモーニングスターで迫りくる顎を防いだノアだったが、そのまま挟まれる形になって身動きが取れない。支援や回復役を足止め出来ているということは、これで一気に天秤がこちらに傾くということでもある。
「させないってば!」
「わわ」
魔法の連射がシトリーを襲った。ダメージを与えるというよりは拘束を解かせる目的のそれは、ノアが隙を突いてシトリーの顎から脱出させるのに成功する。むむ、と唸りながら再び疑似餌に潜り込むシトリーは、少しだけ悔しそうであった。
「なんだかんだ連携ちゃんとしてますね」
「そりゃ、勇者級だろうしな」
俺達より後輩ということはまあ、新人勇者と言っても過言ではないのだろうが、それでも勇者級は勇者級。冒険者の最高峰には違いない。魔王級とぶつかりあって勝てるだけの力は有しているのだ。
俺はスロウに支援を頼みつつ、再びカイルへと肉薄する。とはいえ、流石に真正面から力負けするような情けない姿を見せるわけにはいかない。魔力を剣に込め、そこで見学しているアスカさんから伝授してもらった魔法剣をぶっ放す。通常の斬撃と魔力の斬撃、二重のそれを受けたカイルは盛大にぶっ飛ばされていった。
「流石、もう完全に使いこなしてるでござるな」
うんうんと満足そうに頷いているアスカさんをちらりと見つつ、ノアに回復されて立ち上がったカイルに視線を戻した。神官、と思っていたが、さっきの戦いぶりや支援や回復から、彼女も聖女なのかもしれない。そうなると厄介だな。
「あの娘は、ワタシで足止めするよぉ……」
そう言うとシトリーはノアへと大剣を振るう。それを左手の盾で受け止めたのを確認して、再度足元に流砂を生んだ。即座に盾を引き足元の攻撃を警戒しているノアに対し、シトリーはそのまま疑似餌の姿で大剣を振るう。奇襲を警戒しながら、真正面の攻撃を受け、その状態では仲間の支援にまで手が回らないだろう。
「あら、じゃああのレミーって娘はあたしが抑えてあげる」
そんなノアを助けようとしたレミーを、アリアは爆撃で追い詰める。空中を飛びながら攻撃を飛ばしてくるというだけで既に脅威であるが、その一撃一撃が場合によっては致命傷になりうるとなれば、他の仲間の心配をしていられる余裕もなくなるだろう。
そんな状態で、仲間達が抑えられているのを覚ったカイルは小さく舌打ちをしていた。俺がそこに突っ込んで剣を振るう。さっきの魔法剣を警戒しているのだろう、カイルは一撃一撃を深く受け止め、二重の斬撃を食らわんと目を光らせていた。
だが、残念ながら、その動きでは遅い。意識を集中させると、相手が剣をゆっくり構えた箇所へ二重の斬撃を叩き込んだ。全くの予想外の衝撃を受けているであろうカイルの顔が驚愕に歪むが、それさえも遅い。俺は相手の剣を弾き飛ばし、そしてその鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。
集中を戻し、ふう、と息を吐く。ぶっ飛びゲホゲホと咳き込むカイルを見下ろしながら、まだ続けるか、と問い掛けた。
「……いえ。俺の負けです」
カイルは視線をノアやレミーに向ける。完全に抑えられている状態を見て、勝ち目がないと判断したらしい。ゆっくりと首を横に振ると、自身の敗北を宣言した。
「はい、そこまで。エミル君達の勝ちだね」
パチパチと拍手をしながらリナさんが笑顔で俺達を見てくる。怪我はちゃんと治療するから、とカイルとノア、レミーのダメージを回復させながら、三人にどうだったかな、と感想を聞いていた。
「強かったです。完敗でしたし、本当の全力は出されていないような気もしました」
はぁ、と息を吐きながらカイルが述べる。いやまあ、アリアとかシトリーとかの本気の全力ってまあまあな確率で死ぬからね、しょうがない。それに比べれば俺はまだ割と全力を出した方だ。
「そうは言いますけど。大分手加減をしていましたよね」
そう言いながらクロードが笑みを浮かべている。だから手加減というか、殺さないようにしていたというだけであって。
そこまで言うと、カイルは悔しそうに項垂れた。こっちは割と殺す気で行ったのに、と呟いている。
「これが件の勇者級……ギルドが警戒するのも、ちょっと分かります」
おっと、何だか逆の結果になった気がするぞ。そんなことを思いはしたが、カイルは別段こちらに敵意を持っている様子はない。まあ悪い人じゃないのはよく分かりました。そう言葉を続け、とはいっても、と苦笑する。
「署名は、見送らせてもらいますけど」
「カイル、ケチですね。こんなに美少女で強いのに」
「その通り。強さと美少女で信用に値するぞ」
「だからお前らはもう少し可愛い女の子に弱いのをどうにかしてくれ……」
ある意味戦闘よりも疲れたような声を上げるカイルを見ながら、本当に苦労してそうだな、と俺はこっそり彼にエールを送った。
ともあれ。教国ではスノウ、月の大聖女、そしてクロード、リナさん、アスカさんからの署名を貰った。幸先はいい感じなので、この調子で他でも署名を貰ってくるとしますか。