そんなわけで次は帝国である。妖精姫からは当然のごとく署名を貰えたし、剛腕の鍛冶師からも同じく署名が貰えた。スロウが魔王級増加の原因になっていないことを知っている属性頂点は、ギルドの声明に抗議をしてくれるという話も聞いた。
そんな感じで署名は順調、帝国に住む残り一体、隠れ潜む百花の署名を貰うために妖精姫の案内で皇帝の居城にも訪れる。少し前にも来たので、前回以上に簡単に通れる、かと思いきや、門番は少し悩むような仕草を取っていた。
「ギルドの声明もあって、万が一という可能性も」
完全に信じてはいないが、といった感じだろう。まあ確かに大魔王級がどうとか言われている当事者が皇帝の城に入り込むなんて、心配しないはずがない。どうしたもんか、と俺達は顔を見合わせる。門番は勿論大丈夫だとは思うのですが、と苦笑していたが、ここでじゃあ大丈夫だと言って通っても向こうの胃が痛むだけであまりよろしい結果にはならないだろう。
かといって、隠れ潜む百花を呼んでもらえるかというと。あいつ絶対めんどぉ、で来ないだろ。
「しょうがない。あちきが呼んでくるっス」
俺達が悩んでいるのを見た妖精姫がそんな提案をする。まあこればっかりは仕方ない、申し訳ないと妖精姫に謝ると、気にすることはない、と彼女は笑っていた。
「悪いのは暴走したギルドの連中っス。今回ばかりは手加減せずに処分させたほうがいいかもしんないっスね」
そんなことを言いながら城へと向かう。そうして暫くしてからやってきたのは隠れ潜む百花と、リベルト皇子だ。さっき万が一だとか言って渋っていた門番が泣くぞ。
「いや、僕は所詮第三皇子だしね。なにより、君たちのことは信頼している」
そう言って笑うリベルト皇子。そんなに出会ってない気もするが、そこまで信頼されるようなことあっただろうか。そう思い尋ねると、似た者同士は絆が生まれるものだよ、と笑みを向けられた。
「僕もマイハニーを侮辱されたら全力で立ち向かうからね」
「その呼び方やめていぅたやん」
ジロリと、それでいて面倒くさそうにリベルト皇子を睨んだ隠れ潜む百花は、はいこれ、と二枚の署名を俺達に手渡してきた。一枚は当然ながら隠れ潜む百花のもの。そしてもう一つは。
「言っただろう? 似た者同士の絆だとね」
そう言ってウィンクするリベルト皇子。帝国第三皇子の署名をはからずも手に入れてしまった俺達は、これは予想以上だと笑みを浮かべる。この調子で、後は王国の面子とふらふらしている属性頂点から署名が貰えれば。
そんなことを考えていると、隠れ潜む百花が何かを考え込んでいるのが見えた。面倒くさがりの彼女が一体何を、と思っていると、ちらりと妖精姫の方を見る。
「なんスか?」
「あれは? 署名貰えないん?」
「あれって……彼女達っスか。んー、流石にエミルさん達と面識ないし、難しいんじゃないっスかね」
「そぅ。じゃあいぃや」
「自分から振っといて……。まあでも、彼女達ならひょっとしたら……?」
隠れ潜む百花のその言葉に考え込む妖精姫。うーむ、と悩みながら、視線を俺達に向けた。
「エミルさん。まだ時間ってあるっスか?」
「ああ、別に署名出すのに期限あるわけじゃないし」
「それじゃあ、ちょっと彼女達に会ってみるのはどうスかね。あ、勿論あちきが仲介するっス」
「彼女達?」
「帝国の勇者級っス。エミルさん達はまだきちんと会ったことなかったっスよね?」
言われてみれば。王国の勇者級はバクス達、教国の勇者級はクロード達といった感じに親交があったが、帝国の勇者級とは今まで一度も会ったことがなかった。勇者級というだけあって勿論その実力も相当のものなのだろうし、妖精姫の口ぶりだと署名に協力してくれる可能性もありそうとなれば会うのも全然問題ない。隠れ潜む百花のアイデア、ということだけが唯一の気がかりだが。
「僕の彼女なりに、君たちを心配しているんだよ」
「彼女……もう、めんどぉやわぁ」
ふん、とそう言いつつ何だかまんざらでもなさそうな隠れ潜む百花を見ながら、まあそういうことならば遠慮なくその厚意を受け取らせてもらおうと頷く。お礼を述べると、めんどぉ、という言葉を言いつつ手をヒラヒラさせていた。
そんなわけで隠れ潜む百花とリベルト皇子に別れを告げ、俺達は再度帝都のギルドへと向かう。件の帝国の勇者級に会うためだが、何故かそのまま併設のカフェへと案内された。
「もう待ってるんですかね」
「流石にそれはないんじゃないかしら」
ううむ、と首を傾げながらカフェへと入る。いらっしゃいませ、という言葉と共に、メイド風の給仕服に身を包んだ女性がこちらに笑顔を見せていた。背中にまで伸びている銀髪が美しい大人しい雰囲気の美人で、こちらの席にどうぞ、と柔らかな笑みを浮かべ俺達をテーブル席に案内する。
はて、これまでに何回かこのカフェに来たことがあったが、あんな人いただろうか。
「エミル?」
「いや、そんな気にすることでもないか」
スロウの問い掛けに、何でもないと返す。そうしていると、ご注文はお決まりですかと先程の美人と同じ給仕服に身を包んだ少女が席に現れた。先程の女性と同じような銀髪をボブヘアにした活発そうな美少女で、元気ハツラツといった感じの笑顔が魅力的である。
そんな店員さんに注文をすると、それで、と妖精姫を見た。
「その帝国の勇者級って、どこにいるんだ?」
「どこ、というか」
何とも歯切れの悪い返事である。ひょっとしてあんな話をしておいて依頼でいないとか、そういうオチか。そんなことを思いながら話の続きを待つと、おまたせしました、と注文の品が運ばれてきた。先程の二人がテキパキと俺達の注文をテーブルに並べ、そして。
「それで、私達に何の御用ですか?」
「は?」
「あれ? 妖精姫様から私達に用事があるって聞いたんだけれど」
そう言って、給仕服の二人は首を傾げた。
「改めまして、私はアイラと申します」
「リィンです。よろしく」
そう言って頭を下げる給仕服の二人。えっと、まあここまで来て分からんということもないけど一応確認しておくぞ。
二人が、帝国の勇者級冒険者なんだな。
「ええ」
「そうだよ」
俺の問い掛けに頷く二人。その表情は笑顔で、少なくとも俺達に対する敵意のようなものは感じない。勇者級冒険者ということはギルドの声明を聞いているのは間違いないはずだが、別段思うことはない、ということなのだろうか。
「ああ、件の大魔王級認定について、ですか」
そう言って頬に手を当てるアイラさん。暫し考える素振りを取った彼女は、まあ少なくとも、ギルドの声明を鵜呑みにはしませんと言い放った。
「私もお姉ちゃんと同じだよ。妖精姫様にも確認したしね」
そう言ってリィンさんもアイラさんに同意する。ああ、そうか。帝国は属性頂点が、妖精姫が身近な存在だから、冒険者はその辺りギルドの権威が他より薄いのか。教国も月の大聖女がいるが、ここまで身近じゃないしな。
そうなると、王国が一番面倒な気がしてきたな。傀儡人形がなにかするとは思えないし。あ、でもギルドには迷宮の管理者がいるからそれで相殺されるか。
それにしても、迷宮の管理者は何をやっているんだろうか。ギルドのこの声明に関して、もう付き合いきれんとか思ってたりして。
おっと、話が逸れた。ともあれ、この帝国の冒険者はそうそうあの声明を鵜呑みにして行動するような面々はいない、ということでいいのだろうか。
「それは人によるでしょう。私達は勇者級であり、妖精姫様と近しい間柄だったからこそこういう考えに至ったわけですし」
「他の、下級や中級とかだと特に、妖精姫様に萎縮しちゃって話せない人も多いしね。実際は割合としては半々かも」
冒険者以外の人も含めてだけど。そう付け加えたリィンさんは、まあ自分たちはその辺しっかりと会話できているし、と妖精姫を見る。
「まあ、そうっスね。アイラ、リィンの姉妹はあちきとよく喋る面々の一組っスから」
「ええ。なので、エミルさん達の話も妖精姫様から聞いています」
そう言ってアイラさんが微笑む。何か碌でもないこと聞かされてないか? まあ、妖精姫のことだから大丈夫だとは思うんだけど、念の為。そう思いながら妖精姫を見ると、流石にそんなことはないと首を振っていた。
「まあそういうわけだから、お姉ちゃんも私も、みんなのことは信用してると思ってくれていいよ」
そう言いながら、だけど、と何かを考え込むように顎に手を当てる。流石に伝聞だけじゃ署名をするにはちょっと弱い。そう続けたリィンさんは、そこで、と手を大きく広げた。
「私たちを満足させてもらおうじゃないか」
「は?」
「リィン。突拍子がなさすぎてみなさんがついていけてませんよ」
「ありゃ、これは失敬。えっとね、だから、私たちにみんなの人となりを見せて欲しいって思ったの」
この流れはひょっとして。先日の教国の署名を貰いに行った時の騒動を思い出す。バーサーカーという名の聖女の提案で、納得するように戦闘、という非常に脳筋の流れになったことを思い浮かべ、ひょっとしてここでも同じことが、と思わず顔を顰めた。
「えっと? なにか嫌な思い出でもあった?」
「いや、何となく慣れつつあるし、もうこうなればどうとでもなれと思ってはいる」
「そんなに緊張することでもないと思いますが。ちょっとしたアルバイトのようなものですし」
「……アルバイト?」
ちょっと待った。何か変な勘違いをしていないか。俺が。そんなことを思いながらスロウ達を見たが、スロウとシトリーはあるばいと? と首を傾げていたのでホッと胸をなでおろす。
そうしながら、合点がいったような表情のアリアに声を掛けた。
「なあ、アリア」
「どうしたのよ」
「これ、どういう流れだ?」
「どういうって。多分だけれど、あたしたちにここの手伝いをさせようって腹積もりじゃないかしら」
「ここの?」
ば、とアイラさんとリィンさんを見る。こくりと笑顔で頷かれたので、そういうことかと俺は肩の力を抜いた。
「一応聞いておくけれど。何と勘違いしたの?」
「俺はてっきりまた戦闘する流れかと」
「あ、それはわたしもちょっと思いました」
「うんうんうん……」
われら脳筋トリオ。そんな単語が思い浮かび、なってたまるかと頭を振った。そうしながら、いや教国でこうこうこういうことがあってだなと弁明する。決して俺達も思考が脳筋に変わってきたのだとか、そういうわけではない、多分。
成程、と話を聞いたアイラさんが頬に手を当て苦笑する。まあ確かに、冒険者の実力を確かめるのならば模擬戦は手っ取り早い方法ではあるけれども、と言葉を続けた。
「私達はその辺の話を妖精姫様から聞いていますし。何よりギルドの声明を見る限り実力は試すまでもなく十分」
「というか署名するかしないかだし、人となりの方が重要だよね」
至極ごもっともな意見が来た。来たが、それとアルバイトに何の関係が。そんなことを思い問い掛けると、リィンさんはあはは、と笑って誤魔化した。
「一応、共に働くことで人となりを観察する、という理由はあります」
「一応って言ったな」
「事情があって今人がいないんだよね。ちょっとでいいから手伝ってもらえないかな?」
そう手を合わせて懇願されると、俺としても断りにくい。まあどうせ署名を集める以外に現状やることはないし、冒険者の依頼を受ける気もないから構わないといえば構わないのだけれども。
どうする、とスロウ達を見た。エミルがいいなら文句はない。そういう返事をされ、俺は小さく溜息を吐いた。
「分かった。とはいっても俺達そういうの素人だから、あんまり役に立たないと思うぞ」
「その辺りは大丈夫。そこまで大きな仕事は回さないから」
じゃあ早速、とリィンさんが俺達をカフェのバックヤードへと連れて行く。まずはこれをしなければ始まらない、と俺達に給仕服を手渡していた。スロウ達はアイラさんやリィンさんが着ていたメイド服のようなタイプのもの、そして俺は執事服に近いタイプだ。
あまり着慣れないそれに少し手間取りながら着替えた俺は、同じように着替えたスロウ、アリア、シトリーを見る。
「エミル、どーです? 似合ってますか?」
「ああ、似合ってるぞ」
「えっへへ。エミルも格好いいですよ。惚れ直します」
そう言って俺に抱きついてくるスロウ。はいはい、とそんなスロウの頭を撫でながら、アリアとシトリーも似合っているぞと俺は述べた。
「ま、スロウのついででしょうけど、一応お礼は言っておくわ」
「ありがとうだよぉ……」
そんなタイミングでリィンさんがやってくる。着替え終わったら早速仕事を、とこちらにやってきた彼女は、そこで俺達を見ると動きを止めた。
「これは……ひょっとして新たな集客効果を見込めるのでは」
「リィン?」
「はっ。ごめんお姉ちゃん。でもほら見てよ! スロウちゃん達は可愛いし、エミルくんは格好いいし」
「確かに、似合っていますね」
そう言ってクスリと微笑んだアイラさんは、でも、とリィンさんを見た。臨時のアルバイトに集客を任せるのはいただけません。ぴしゃりとそう言い切って、ごめんなさいねと俺達に謝った。いや、何を謝罪されてるのかこちらとしてはさっぱりなんですが。
「変に売上を増やそうと考えたリィンの悪知恵について、ですかね」
「うぅ、お姉ちゃん辛辣ぅ」
そんなリィンさんの頭をアイラさんが軽く小突く。そうして話を終えた二人は、では早速、と俺達を見た。
「お手伝いを、してもらいましょうか」
お願いしますね、と微笑むアイラさんに、了解と俺達は頷いた。