「いらっしゃいませー」
やってくる客に声を掛け、席に案内する、そして注文を聞く。流石に注文の品を作るところまではやらないので、俺達がやることはそのくらいだ。とはいえ、足りなかった人手が急造とは言え四つ増えるのは店にとっても重畳であるらしい。多少のミスは目を瞑ってでも助かる、といった感じである。
「それはそれとして」
視線を向こうに向ける。接客をしているスロウを他の客がジロジロと見ていた。こんなに可愛い店員さんいたっけ、とか話しているのも聞こえている。
「はいはい妬かない妬かない。というかあんたね、これまで散々へたれておいていざ彼氏彼女になったら独占欲丸出しはかっこ悪いわよ」
「ぐふぅ」
ぐうの音のも出ない。いや、声は出たけど。ともあれ、まあ確かにその辺りは言われるまでもなく、いや、言われて改めてというべきか。はぁ、と溜息を吐くと、俺をばっさりといったアリアに視線を向けた。
「というか、そういうアリアも人気だろ」
「アリアンロッテはね、こういう仕事も完璧にこなしてこそなのよ」
「あ、そこはそうなるんだ」
ふふん、と胸を張るアリアを見ながらそんなことを呟く。悪役令嬢ってカフェで給仕とかするんだろうかとか考えるが、まあアリアのイメージするアリアンロッテに準じているのならば何も言うまい。
そうしながら、最後の一体を見やる。なんというかこういう時ドジをするポジション、というイメージがついているシトリーであったが、まあ、あわあわしてるしぺしょぺしょしてもいるものの、仕事自体は大きなミスもなくこなせていた。
それはそれとして、メイド風の給仕服にギッチギチに収められたそれが揺れるたびに客は思わず視線を向けている。何か別の意味で大きなミスが起きそうだな。
「っと、いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」
そんなことを考えていたらお客さんが来た。テーブル席に案内し、注文をうかがい、かしこまりましたと一礼してキッチンへとそれを届ける。
そんな姿を見ていたスロウが、むむぅ、と不満げにこちらを見ていた。
「どうした? 何か俺ミスしてたか?」
「そーじゃなくて。今のお客さん、エミルのこと格好いいって。そりゃエミルは格好いいんですけど、でも、ぶぅー」
何だかよく分からんが、スロウはご危険斜めらしい。いや、まあ多分さっきの俺と同じような感情ではあるんだろうけど。でも、こう、俺は自分のことをそんな風に思ったことがないのでいまいちピンとこないのだ。
「エミルは格好いいんですよ。ねえ、アリアちゃん、シトリーちゃん」
「へ? まあそうね、見た目はそんなに悪くないんじゃないかしら」
「うんうんうん……。エミルくん、格好いいよぉ……」
今更だが、仲間にそういう評価をされると照れるというか。いや仲間だから多分贔屓目が入っているとは思うが、擬態した姿とはいえ美少女達にそう言われるとまんざらでもないというか。
「あ、でもアリアちゃんにもシトリーちゃんにもエミルはあげませんからね」
「分かってるってば」
「うんうんうん……」
がばり、と俺に抱きついたスロウがそんなことを述べる。いつものそれに苦笑したアリアとシトリーがそんな言葉を返した辺りで、またお客さんがやってきた。はいはい、と向かうスロウ。そんなスロウをアイラさんが笑顔で眺めていた。
「思った以上に戦力になって助かっています」
「そりゃどうも」
俺達としてはこういう仕事はほぼ初体験なので勝手が分からない。助かっていると言われるのならばまあ間違ってはいないのだろう。
そんなことを思っていると、アイラさんは何かを考え込むような仕草を取り、そして苦笑した。
「ただ、リィンの言っていたような効果が本当に出てしまったのは、少し申し訳なく思っています」
「リィンさんの言ってたことっていうと……?」
何かあっただろうか。そんなことを考え首を傾げると、アリアはああなるほどとアイラさんと同じように苦笑する。
「あれよ、新たな集客効果ってやつ」
「ああ、あのスロウ達が可愛いから、とか言ってたあれか」
確かに現在のカフェの人の入りを考えると俺達がいないと大変だっただろうと思う盛況ぶりだが、これひょっとして逆か。スロウやアリア、シトリーが店員やってるからこの量になったのか。
「エミルくんもだよ」
ひょこ、とリィンさんが顔を出す。注文をキッチンに提出すると、集客効果はバッチリだね、と親指を立てた。
「リィン」
「あはは。でもいいじゃないお姉ちゃん。売上増えればマスターも喜ぶよ」
「まあ、ここのところのギルドの迷走もありましたし、趣味のこちらが好調になるのはいいかもしれませんけれど」
そういえば帝都のギルドのマスターの趣味でやってるんだったっけかこのカフェ。二つのマスターを兼任しているのは大変そうだが、まあ好きでやってるんだろうし気にすることでもないのかもしれない。
とはいえ。俺達も帝国に来るたびに寄っていたイメージがあるが、それほど寂れている感じもなく、別にテコ入れをするほど問題がなかったようにも見えなかったんだが。
「ところが、これが意外と競合他社が入ってきてね」
リィンさんが指を立てる。何でも最近有名チェーン店が本腰を入れ始めたらしく、ギルド併設、という程度でその他には別段売りのないこのカフェは一気に客足が遠のいたのだとか。
「向こうのほうが値段は安くて味も上だしね」
はっはっは、と笑うリィンさん。まあそんなわけでギルドに用事がある冒険者がちらほらしか来ない程度に落ち込んだカフェは、雇う人手もなくなって。見かねた最近暇してた勇者級冒険者が手伝いを申し出た、ということらしい。
ちなみにボロクソ言われたマスターはバックヤードで凹んでいた。
「趣味とは言え、多少はプライドを持っているからね」
はははと力なく笑うマスター。最近のギルド上層部の迷走に加えてこれでは確かに色々と大変そうだ。
そこまで考えて、そういえば、と俺はマスターに声を掛けた。
「どうしたんだい?」
「帝都のギルドマスターやってるってことは、それなりに地位は高いんだよな。今回の件についてはどういう立場なんだ?」
「勿論反対派だよ。いや、スロウちゃんを大魔王級にする、だけならまあ別に反対する理由もなかったけど、それに付随する諸々がね」
この間の魔物等級変更の際の連中がまた出しゃばってきて、あの時の失態を挽回しようと全力で裏に手を回していたらしい。その結果がこれで、再び属性頂点に怒られるのが確定してるんだからまあ救いようはないな。
「それなんだけれど。迷宮の管理者様の署名があるとか言っているんだよね、その連中」
「はぁ?」
属性頂点はスロウが原因ではないことは分かっているはずなのに、何故。そんなことを考えたが、まあそうなると十中八九捏造だろう。
「捏造だとすると、迷宮の管理者様が抗議しないのが気にはなるんだけど」
「基本見守り型の性格してるから、そのせいなんじゃないのか?」
あとはまあ、俺達が来るのを待っている、とか。それは流石にちょっと自惚れが過ぎるかもしれないけど。そんなことを言いつつ、俺もお客さんの対応に行こうと足を踏み出した。
「しかし、本当に沢山お客が来るなぁ」
「ですがマスター。エミルさんたちが要因なら、この手伝いが終わったら再び閑古鳥ですよ?」
背後で何とも物悲しいマスターのうめき声が聞こえたが、俺は聞かなかったことにした。
そんなこんなで数日、新しい看板娘の登場で盛り返したカフェは客足も大分増えてきた。
「でも」
「どうしました?」
「いや、アイラさんやリィンさんも美女美少女だろ? 看板娘になるには十分じゃないのか?」
「私達は帝国冒険者に顔を知られていますから」
「勇者級が何やってんのか、くらいにしか思われないんだよね」
だから、名前はともかく顔は知られていないスロウ達が看板娘になった、と。そういうことか。
しかし逆に言えば、名前と顔が一致すれば俺達も集客効果が減少するというわけか。特にスロウは今話題の『大魔王』だ。むしろ遠ざける原因になる可能性だってある。
「あはは。それを気にしてたら仕事の手伝いなんか頼まないよ」
そう言って笑うリィンさんにその通りだと頷いたアイラさんはそれに、と言葉を続けた。この数日共に働いて分かったことがあります、と述べた。
「少なくとも悪人ではない、というのは確かですね」
「もー、お姉ちゃん。もっとちゃんと言ってあげようよ。私達はみんなを信用するよ、って」
「リィン」
駆け引きとかもあるでしょうに、と溜息を吐くアイラさんに、別にそういうのいらなくない? と笑うリィンさん。そんな二人は、改めて、とこちらに向き直り声を掛けた。
帝国勇者級の署名を渡す、と言い切ってくれた。
「ああ、ありがとう」
「そんなに気にしないで、ほら、私達友達でしょ」
「リィン、あなたはもうすぐにそんな」
「いや、そう言ってくれるとスロウ達も喜ぶ」
なんだかんだここ数日一緒に仕事してこっちとしても人となりは分かったからな。さっきのアイラさんの言葉ではないが、彼女達はまず間違いなく善人の部類だ。まあ勇者級やってる時点で悪人ではないのは確かなんだけど。
そういう意味では、モンスターをこれだけ引き連れている俺達がその辺りを心配されるのはまあ、至極当然とも言えるか。
「ん?」
そんな会話をしているタイミングで、向こうから声が聞こえる。何だ何だとそちらを向くと、どうやらシトリーがお客に絡まれているようで。
「何かやらかしたのか?」
見ていたであろうアリアに尋ねると、首を横に振った。どうやら看板娘の集客効果は悪い意味でもあったらしく、少々たちの悪いお客を呼び寄せてしまったらしい。
それはいいが、ここ冒険者ギルドの併設カフェだぞ? そんなことやらかしたら冒険者が即座にすっ飛んでくると思うんだが。
「シトリー」
「あ、エミルくん」
そんなことを思いつつ、とりあえず絡まれているシトリーに声を掛けた。俺の顔を見ると嬉しそうに表情を輝かせる。どうやらどう対処したものか悩んでいたらしい。
そうだよな。見た目をいくら可愛く擬態してても、こいつらは虫でモンスターだ。対処、とかまあ血なまぐさい結果にしかならんよな。でもシトリーは人は不味くて食わないから最悪の結果にはならないだろうけど。
「あぁ? 何だお前?」
「何だと言われると」
そっちの命を助けに来た、とか言っちゃったほうがいいのか? それも何か違う気がするが、まあとりあえず当たり障りなく騒動を収めに来たと述べた。が、その言い方が気に入らなかったらしく、お客は今度はこちらに絡んでくる。
「と、いうかお客さん酒臭いな。こんな時間から酔っ払ってるとか」
「うるせぇ!」
そう言うとお客もとい酔っぱらいは拳を振り上げてきた。まあ見た感じ冒険者でもない普通の酔っぱらいだ。拳も普通。早い話が食らう道理はない。ひょい、とそれを躱すと、さてどうしたもんかと頭を悩ませた。
「マスター」
「どうしたんだい?」
「こういう場合ってどうすればいいんだ?」
「追い出しちゃって構わないよ」
「了解」
マスターからの許可も出たことだし、じゃあ遠慮なく追い出すとしますか。そんなことを思いながらなるべく店の被害は出さないようにと拳を握り。
「ちぇすとー!」
そんな俺の心配をぶっちぎってスロウが店の客を蹴り飛ばしていた。
「おい、スロウ」
「どーしました?」
「何でだ」
「え? 今やっちゃって構わないって言われましたよね?」
「……まあ、言われたな」
盛大にぶっ飛んだので店の備品が何個か駄目になった。テーブルや椅子が壊れていないのが幸いか。一応念の為、とぶっ飛んだお客の息があることを確認する。一応その辺の手加減はしたんだな。視線をスロウに向けると、どうだと言わんばかりのドヤ顔である。あのな、死んでなきゃいいってもんじゃないんだぞ。
いや、こいつの場合死んでてもいいだからもはや何でもありか。それはそれで大問題である。
「というかスロウ。お前今の自分の状況分かってるよな?」
「エミルと一緒にいられなくする悪のギルドを滅ぼす道中ですよね」
「言い方。いや、まあやってることは間違ってはないんだけどさ」
まあもうそれでいいや。とにかく、その最中に心象が悪くなるような行動は出来れば避けたい。そう述べると、別に何の問題もないだろうという返事が来た。
なんかもうそれでいいや、と溜息を吐いた俺に、絡んできた客の仲間がなにしやがると立ち上がった。見た感じこいつらも酔っ払いのようである。昼間っからベロンベロンになるまで飲んでるんじゃねえよ。
「させないよぉ……」
こいつ、と殴りかかってきた酔っぱらいの一人はシトリーが受け止めた。受け止めたというより殴られたと言ったほうが正しいが、まあびくともしていないので受け止めたでいいだろう。そのまま酔っ払いを掴むと、倒れている最初の酔っぱらいの上に投げ飛ばす。
ぐえ、と言う音とともに最初の酔っ払いが動かなくなった。おいこれ大丈夫か? というか何で俺が迷惑客の方を心配しなけりゃいけないんだ。ちなみに投げられた方の酔っぱらいはちょっと嬉しそうだった。理由は言うまい。
「で、残ったお客はどうするんだ?」
最後の酔っぱらいに視線を移す。流石に仲間が二人ぶっ飛ばされると酔いも醒めたようで、いやぁなどとヘラヘラしながら、じゃあ自分ではこれで、と帰ろうとし始めた。まあそれはそれで構わないけど、伸びた仲間もちゃんと連れてけよ。
そんな感じで騒動とも言えないようなそれも終わり、店は普段通りに戻っていく。
「むやみにお客を増やすとこういうこともありますね」
「うーん、その辺は要改善だね」
そうしてそろそろ客足も減ってきた時間。アイラさんとリィンさんがマスターとそんなことを話しつつ、お疲れ様でしたと俺達に声を掛けた。俺達のアルバイトもこれで終わりというわけだ。
「みなさんのおかげで、久しぶりにカフェに活気が戻りました」
「変な騒動もあったけどね」
そう言って笑った二人は、これは少ないけれどとお金の入った袋を差し出してくる。マスターはちょっとした依頼料だと思ってくれと笑っていた。
「そしてこちらは、お約束の品です」
アイラさんが一枚の書類を俺達に手渡す。大魔王級スロウの扱いに対する抗議の署名、アイラさんとリィンさん二人の名前がそこに記されていた。
「いーんですか? 自分で言うのもなんですけど、今日結構無茶苦茶しましたよ?」
「大丈夫大丈夫。あれはスロウちゃん達がやらなきゃ私かお姉ちゃんが似たようなことやってたし」
なんてったって勇者級冒険者だしね。そう言って、リィンさんはどこからか短剣を取り出しクルクルと回す。その動きは洗練されており、成程流石は、と思えるようなものであった。
それはそれとしてあの時の酔っぱらいを短剣でどうにかしようとしているなら大分問題では?
ともあれ。俺達は無事に帝国勇者級冒険者の信頼を勝ち取った、と考えていいらしい。
教国では名誉枢機卿と月の属性頂点、勇者級の署名。帝国では第三皇子、光・火・木の属性頂点、そして勇者級の署名。これは大分いい感じにギルドの声明を覆す代物が集まってきた。
「出来れば属性頂点の署名は全部集めたいところね」
「竜のおっさんはいけるとして、傀儡人形もまあ大丈夫だろう。迷宮の管理者は出会いさえすればいけるか。……悲鳴彫刻家はどうなんだ?」
どこにいるのかも分からないあいつが一番厄介だな。まあいい、とりあえず確実に集められる面々から行くとしよう。
「じゃあ一旦王国に戻りますか」
そう言ってスロウが《テレポート》を唱える。マスターやアイラさん、リィンさんに別れを告げ、俺達はスロウの生み出した魔法陣へと飛び込んでいった。