王国に帰ってきた俺達は、まず竜のおっさんのところに行って署名をもらってきた。普段はどうにかした方がいいと思わないでもない竜のおっさんの怒りっぽさや威嚇だが、今回みたいにギルドの方に向けられるのには問題ないので宥めることもしない。
ともあれ。これであと署名をもらおうと思っている属性頂点は傀儡人形、迷宮の管理者、悲鳴彫刻家の3体なわけだが。場所がほぼ分かっている傀儡人形からとりあえず行こうとフォーマルハウト公爵家の城下町へと《テレポート》をした。
フォーマルハウトの城では既に承知とばかりに待ち構えていたアンゼリカ嬢が、まずはこれを、と二枚の署名を手渡してくる。公爵家からの署名もある程度有効かもしれませんが、おそらくこちらの方が有効でしょう。そんなことを言いながら渡してきた、彼女自身のものではないそれに記されていた名前は。
「オーウィン第四王子?」
「ええ。恋人を引き裂く悲恋の劇は趣味ではない、とおっしゃっていたので」
そう言ってクスクスと笑うアンゼリカ嬢。王子も王子で食えない人だとは思っていたけど、似た者同士ということでいいんだろうか。そんなことを思いながら、ありがたくその署名は頂いた。
それはそれとして。本命はこれからだ。アンゼリカ嬢の横で静かに佇んでいる傀儡人形に視線を向ける。面倒な駆け引きとかはやってられないので、直球に問い掛けた。署名をくれるのか、くれないのか。
俺のその問いに、傀儡人形は頬に手を当てながら微笑む。そうしながら、俺達を見て言葉を紡いだ。
「属性頂点はこの声明が出鱈目であることを知っているわ。月の大聖女や妖精姫からも聞いたでしょう?」
「ああ」
「でも、それはそれとして。スロウちゃんを大魔王級に認定するのは反対しないわ。これは多分、他の属性頂点も同意見」
まあ、それはそうだろうな、と俺も思う。このギルドの騒動が始まる前に、既に月の大聖女が同じようなことを言っているからだ。スロウは魔王級よりも上の存在だということは連中も認めている。
「けれども、傀儡人形様。その場合、スロウへの風当たりや影響力はどうしても変化してしまうのでは?」
アリアの言葉にええそうねと傀儡人形は軽い調子で頷く。そうしながら、そこに何か問題はあるのか、といった調子で話を続けた。
「より強い脅威は排除より崇拝を生むわ。私達属性頂点がそうであるように。でも、それがいつ牙を剥くか分からない、と恐怖をするのもまた必然」
「だったら」
「スロウはその点、聖女であるという部分が恐怖を減らすことに多大な貢献をするわ。なにせ、大魔王級に認定される経緯が村を二つ救ったことに起因しているもの」
懸念事項としては、と傀儡人形がスロウを見る。その姿が擬態であり、正体は芋虫のモンスターである、ということかしら。そんなことを言いながら、どこか楽しそうに傀儡人形は笑った。
「正体なんかそれこそ関係ないだろ。属性頂点だって」
「ええ。そうね。私もタコの化物だし、隠れ潜む百花や悲鳴彫刻家も正体は虫の化物。けれども、案外人々はそれを知らないのよ」
属性頂点は人型である、と信じて疑わない連中が結構な数いるってことか。でもそれこそ関係ないだろう。この連中が正体を見せたところで、今更属性頂点に対する態度が変わることはないはずだ。
「ふふっ。エミル君、貴方はそうでなくては」
「何がだよ」
「属性頂点全てと繋がりがあるだけの理由の一端がそこにあるのよ」
わけが分からない。結局何が言いたいんだ。そう問い掛けると、傀儡人形は小さく笑った。分からないならそれでも構わない、と言い放った。
「少なくとも、貴方がいる限りスロウちゃんに問題はないということよ」
「他の属性頂点にも言われたな、それ」
まあそれはそれとして。結局面倒な会話を続けさせられた俺は、それで署名はくれるのかどうなのかと傀儡人形に問い掛けた。それは勿論、と笑みを浮かべた傀儡人形は、しかしそれらしきものを取り出す気も書き始める気もなさそうで。
「私が最後の一枚になった時に、改めていらっしゃい」
気付くとダンジョンの中にいた。は? と辺りを見渡すが、スロウとアリア、シトリーも揃っている。当然三体とも驚いた表情をしていた。
「えっと? どーゆーことですか?」
「どうもこうも……何かしらね?」
「さっぱりだよぉ……」
傀儡人形が何かしらをした、と考えるのが一番丸いか。そんなことを考えつつ、じゃあ一体何をしたのかというのが気になるわけで。
突然転移させられたのはまあ《テレポート》なりなんなりだろうと思うからいいとして、じゃあこのダンジョンは何だ。
「ダンジョン、といえば迷宮の管理者だろうけど」
「迷宮の管理者様の領域に飛ばされた、ということかしらね」
傀儡人形のさっきの話しぶりからすると、残りの二体、迷宮の管理者と悲鳴彫刻家にも話をつけていそうな感じではあった。わざわざ最後の一枚になった時だなんて言い出したのだから、そう考えてもおかしくないだろう。
そんな予想を立てると、ここが迷宮の管理者の領域であるということも説得力が出てくる。そしてこれが迷宮の管理者の署名を手に入れるための試練的な何か、という予想も。
「いやー、流石の驚きでしたねー。いい表情が取れましたよー」
パチパチと音を立て、拍手とともに眼の前に一人の少女の姿をしたものが現れる。腰まで届く青みがかった髪をみつあみでまとめた髪型、くりくりとした赤い瞳。見た目だけならば美少女と言ってもいいそいつは、笑顔でこちらにやってきていた。
「悲鳴彫刻家……。何でここに」
「おやおや、まさか分からないとでも? エミルさんならアタシがここにいる理由くらいは分かると思ったんですけどねー」
「迷宮の管理者のダンジョンだろここは。お前がいたら疑問くらいには思う」
「本当ですかー? 傀儡人形を訪ねて、迷宮の管理者のダンジョンに放り込まれた。そうなると、必然的に最後の一体もいる、って考えるもんじゃないんですかねー?」
それはまあ、考えとしてはないことはなかった。が、実勢に現れると理由くらいは聞きたくなるもんだろう。そもそも何でお前らが組んでいるか、とかな。
「アタシとしてはほら、その方が驚いてくれるかなーくらいの感じでも不思議じゃないような気がしませんかー?」
「まあ、それはそーですね」
「まあ、確かにぃ……?」
悲鳴彫刻家の言葉にスロウとシトリーが頷く。が、アリアはそれを完全に信じてはいないようで、まあその理由もあるだろうけれども、と悲鳴彫刻家を睨んでいた。ちなみに俺もアリアと同意見だ。こいつのことだから碌でもない理由を隠しているに決まっている。
「信用ないですねー。アタシは傀儡人形と違いますよー? そんな悪巧みをするようなことはとてもとても」
「それが信用できないから言ってんだよ」
「おやおや」
「悲鳴彫刻家様。それで、あたし達をここに呼んだ理由はなんですか?」
「おやまあ、なんだかすっかりアタシが黒幕みたいに。困ったものですねー」
そう言って肩を竦めた悲鳴彫刻家は、じゃあこの迷宮の説明でもしましょうかと指を一本立てた。やっぱりお前が黒幕じゃないか。
「違いますよー。アタシは今回はアドバイザー、エミルさんたちの味方なんですよー。属性頂点が味方、何とも頼もしいー」
「まっっったく頼もしくない」
「強調しましたねー」
ぐすん、と泣き真似をしつつ、じゃあ話を続けましょうと悲鳴彫刻家は即座に表情を戻す。そういう態度だから信用出来ないし頼もしくないんだよ。
ともあれ。話は真面目に聞いてくださいと前置きしてきたので、一応それは聞くことにする。
何でもこのダンジョンは心の迷宮という迷宮の管理者の能力の一つで作った場所であり、迷い込んだ者の本質を見極めるダンジョンであるという。
「まあ早い話が、自分自身と向き合いましょうっていうただそれだけですねー。まあ、人間はそれが大変なんでしょうけれども」
そう言って悲鳴彫刻家は俺を見る。まあ言われるまでもなく、俺がそういうのを得意としていないのは分かっている。迷宮の管理者だってそんなことは承知だろう。
「人間は、ということは、あたし達は問題がないと思ってるということでしょうか?」
「それはどうでしょうかねー。モンスターは基本本能で動く、だからこそ裏表なんかない。そういう風に思われてますけど」
ニタリと悲鳴彫刻家の口が三日月に歪む。果たして、本当に? そんな短い問い掛けをした後、悲鳴彫刻家は笑顔を浮かべるのみで口を閉じた。
くるりと踵を返す。コツコツとダンジョンを歩きながら、さあこっちです、と俺達を案内し始めた。
「なあ、悲鳴彫刻家」
「どうしましたかー?」
そうして案内される道中。俺は悲鳴彫刻家に声を掛けていた。奴は振り向かず、だからどんな表情をしているかが分からない。
「お前達はどうなんだ? この迷宮に入った場合」
「それは勿論、自分自身と向き合うんじゃないですかねー」
さらりとそう答える。そう言いながら、だから自分が案内役として出張ったのだ、と続けた。
「こう見えて、アタシは裏表のない素敵な人物だと自負してますからねー。あるいは、それも含んで自分自身だと飲み込んでいるか。エミルさんとしては、どっちのアタシがお好みですかー?」
「好みとか知るかよ。まあ少なくとも裏表がないってのは嘘だな」
「おや辛辣。素直な悲鳴彫刻家ちゃんは泣いちゃいますよー。よよよ」
「勝手に泣いてろ」
はん、とそんな悲鳴彫刻家を鼻で笑うと、それで一体どこまで案内するんだと述べる。そんな俺の質問に、どこまで? と悲鳴彫刻家はとぼけたような言葉を返した。
「案内ならとっくに終わってますよー」
「は?」
「心の迷宮は己自身に向き合うこと。今頃皆さんも辿り着いているんじゃないですかねー」
皆さん、という言葉に振り向くと、いつの間にかスロウもアリアもシトリーも姿が消えていた。いるのは俺一人。そして眼の前で振り向かない悲鳴彫刻家だけ。
いや、違う。眼の前の悲鳴彫刻家は。
「おや、気付きましたか? 驚いては――いませんね、がっかり」
そう言うと影に溶けるように悲鳴彫刻家の姿が消えていく。悲鳴彫刻家は案内役だと言っていた。つまり、案内したらそこで役目は終わり。そういう意味で。
否、ちょっと待てと動きを止めた。違う、案内役だとは言った。言ったが、それ以外にもあいつは確かに言っていた、確か。
「……アドバイザーで、味方なんだろ? 少しは助言なりヒントなりくれてもいいはずだよな?」
「最初から頼るのはよくないって誰かに言われませんでしたかー?」
「悪いな、俺はそういうのに従わない捻くれ者なんだよ」
そう述べると、悲鳴彫刻家が再度姿を現した。笑みを浮かべながら、まあそんな捻くれ者さんにはしょうがないのでヒントをあげますと指を立てる。
「エミルさん。貴方の本質は捻くれ者ですか?」
「は? そんなの」
決まってる、と言い切る前に悲鳴彫刻家は再び影に溶けて消えていった。おい、と呼んでも返事はなし。今度こそ本当に観客になってしまったらしい。
はぁ、と溜息を吐く。周囲を見渡してもダンジョンの無機質な壁が広がるばかりで、他は何もない。闇雲に歩いて出口が見付かるとは思えないが、ここが自身と向き合う迷宮だというのならば、歩いていればやがてなにかに辿り着けるはずだ。
そんなことを思いながら俺は足を踏み出した。悲鳴彫刻家の言っていた言葉の意味を考えつつ。
「俺の本質、か」
やがて辿り着いた空間には、何かが立っていた。近付いてよく見ると、それはアリアとシトリーを模したゴーレム。
ひょっとしてこの二体と戦えとか言わないよな。それならスライム戦で散々やったぞ。そんなことを思いながら俺は剣を抜き放ち。
『あたしはエミルが好きよ』
『エミルくんのことは、好きだよぉ……』
ゴーレムから放たれた言葉に動きを止めた。なんだこれ、と剣を戻しゴーレムを見る。アリアとシトリーのゴーレムはこちらを見ておはおらず。何か別の場所で別の何かと会話をしているように見えた。
「これ、ひょっとして。あいつらの今の状況を中継してるのか」
だとすると、さっきの言葉は何だ? アリアと、シトリーが? 俺のことを好き?
『でも、それがどうしたのよ。別に恋人になりたいっていう好きじゃないのなんか、とっくに分かってるでしょ』
『勿論、スロウちゃんもアリアちゃんも好きだよぉ……。え? うん、そういう好きだよぉ……』
そんな困惑をぶち破るように、アリアとシトリーの言葉が再度聞こえてくる。そうだよな、この前そんな話もしたしな、わざわざ確認するまでもないよな。
「でも、アリアとシトリーのその意見は、スロウがいるから。そういう意味にも取れるかもしれないですよ」
どこからか声。男とも女とも取れないようなそれは、まるでこの部屋が喋っているようで。
「どうですか? スロウがいなかったとして、あなたは、アリアやシトリーと付き合いますか?」
「言っている意味が分からん。スロウがいないっていう時点でもう俺の世界は終わってる」
「ほう。では――」
景色が変わる。場所はどこかの草原。状況は多分戦闘中。
足元には、腹を貫かれて事切れているスロウ。
「スロウ!?」
慌てて抱き起こす、が、息はしておらず、四肢は力なく垂れ下がっている。目も既に光を映しておらず、口はだらしなく半開きに。
「エミル! 気をつけなさい!」
「エミルくん……!」
声が聞こえた。スロウの遺骸を抱きかかえたまま周囲を見ると、真っ黒い何かと戦闘をしているアリアとシトリーが。戦況はこちらが不利で、手助けに向かわないといけないと思わせる状況で。
「でも、スロウはもういない。エミルの世界は終わっている。だから、もう抗う必要はない」
声が聞こえる。スロウがいない世界に意味はない。そんな世界はもうどうでもいい。そう、説明するように、諭すように声が聞こえる。
「俺には、スロウさえいればいい。だから、スロウがいないのならば、アリアとシトリーはどうでもいい」
声が聞こえる。それは、先程までの男とも女とも取れないような声ではなく、明確に男の声。
俺の声で、そんなことを言い放った。
シリアス?気味なような、そうでもないような?