幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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汝は我、我は汝的なやつ?


第百三十七話

 向こうの黒い何かが一つの形を作っていく。それは、俺。真っ黒い影の形をした俺が、アリアとシトリーを殺そうとしているところであった。

 

「アリア! シトリー!」

 

 咄嗟に二体の前に出て攻撃を付け止める。黒い俺はそんな俺を見て見下すような表情を浮かべた。

 

「何故止めた。スロウは死んだ。俺の世界はもう壊れたんだ」

「だからって、アリアとシトリーを殺すのは間違ってるだろ」

「スロウを守ってくれなかったそんな奴らに何の価値がある?」

 

 黒い俺は剣を振り被り、憎悪の籠もった目で俺達を睨む。俺も同じように剣を構え、真っ直ぐに黒い俺を睨んだ。

 

「アリアもシトリーも大事な仲間で、友達だ。守るのなんて、そんな理由で十分だろ」

「スロウよりも大事なものはない! スロウ以外に大事なものなんかありえない!」

「前者はまあ、同意してやる。後者は全く同意できないな」

 

 黒い俺の攻撃を受け止めた。そのまま相手を押し返し、黒い俺を蹴り飛ばす。吹き飛ばされ転がった黒い俺は、血の涙を流しながら叫んだ。スロウ、スロウ、と。

 

「ひょっとして。俺って周りにこう思われてるんだろうか」

 

 まあ確かにスロウが死んだら生きてはいけないとは思うが。この場合の生きてはいけないっていうのは、一人だとさっくり死んでしまうだろうという意味でもあるわけで。こんな世界を滅ぼそうと暴走するような意味に取られていたとしたら誠に遺憾である。

 

「本当か?」

「本当だよ」

「お前は本当に、スロウのいない世界に耐えられるのか?」

「だから耐えられないって言ってんだろ」

 

 それとこれとは話が別だ。耐えられないから世界を滅ぼそうとかどんな魔王だ。あれか? 実は俺のほうが大魔王だったとかそういうオチか? くだらない。

 息を吐き、周囲を見る。アリアとシトリーの姿はいつの間にかなくなっており、今この空間に存在するのは俺と、黒い俺、そしてスロウの死体だけだ。スロウの死体は黒い俺の足元に転がっており、鳴き声のようにスロウスロウと黒い俺は叫んでいる。

 どうでもいい。こんなわけの分からない空間でわけの分からない悪夢を見させられるのも。そんなことを思いながら、俺は黒い俺をぶった切らんと剣を構え。

 

「本当にそれでいいんですかねー」

 

 悲鳴彫刻家の声が聞こえた。周囲を見渡してもその姿はどこにもない。眼の前の光景が生み出した新しい幻影か何か。そう考えることも出来るが、しかし。

 一応あいつは今回は味方だと言った。ならば、一応、それを信じてもいいだろう。

 

「どういうことだ?」

「どういうことも何も。眼の前の光景をくだらないで一蹴していいものなんですか、って言ったんですよー」

「くだらないんじゃない。どうでもいい、だ」

「それ違いあります?」

 

 そう言って笑う悲鳴彫刻家の声。そうしながら、まあそこに違いがあるのならば一応尊重しますけれどと言葉を続けた。次いで、でも問い掛けとしては変わらないと述べる。

 つまり、本当にそれでいいのか、だ。奴の声の言っていたことを反芻し、そして答えは変わらないとばかりに息を吐いた。

 

「おや捻くれ者」

「別に捻くれてない。俺はスロウが死んでも世界を滅ぼそうと暴走なんかしない」

「ええー、本当ですかー?」

 

 滅茶苦茶煽り口調が響く。それに腹が立ったが、冷静になろうと息を吸い、吐いた。そうしながら、本当だ、と返した。

 

「じゃあ眼の前のエミルさんはなんなんでしょうかね」

「さあな。誇張された俺のイメージかなんか何じゃないのか?」

「おや捻くれ者」

 

 うるさい、とどこかにいるであろう悲鳴彫刻家に向かって叫ぶ。邪魔しかしないなら帰れと追加で文句を述べると、俺は改めて黒い俺に向かって剣を構える。

 本当にいいんですか、それで。さっきまでの人を小馬鹿にしたような口調とは違う、どこか真面目な口調の悲鳴彫刻家の声が聞こえてきた。

 動きを止める。眼の前の黒い俺は、スロウの死体を抱きしめて血の涙を流している。スロウがいない世界などいらない。そう泣き喚いている。

 

「まあ、実際」

 

 多分スロウを失った俺はこんな風に取り乱すだろう。こんな世界いらない、は思うかもしれない。

 でも、多分行動には移さない。世界を滅ぼそうとか思わないし、アリアやシトリーに憎悪を向けたりもしない。

 

「三日三晩くらい泣いて、その後はきっと抜け殻みたいになるだろうな」

 

 そうして適当な冒険者の依頼で、さくっと死ぬ。そういう結末が、多分俺だ。

 みんなが思っているほど、俺は強くない。スロウがいないと、本当に大したことのない人間なんだ。捻くれ者、だなんて自称出来るのも、横にスロウがいるからだ。

 そこまで考え、いや、でも、と頭を振った。

 

「なあ、黒い俺」

 

 スロウの死体を抱きしめて動かない影に、声を掛ける。確かにスロウは俺の中で一番大きい。スロウがいなくなったら俺の中がほとんど空っぽになるのは間違いない。

 

「でもさ。他の連中との繋がりを全部放り出して、それだけだって断言するのは違うんじゃないか?」

「スロウといたからこその繋がりだろうに」

「そうだな。スロウがいなかったら、きっとこんな繋がりは出来なかった。だから、だからこそ、この繋がりも、スロウが繋いでくれたものも、大切にしないといけないんじゃないのか?」

 

 スロウそのものは勿論大切だ。でも、そのスロウがいたからこそ出来たこの絆も、同じくらい大切にしないといけないもので。

 どちらも、なくしてはいけないものだ。

 

「欲張りですねー」

「違う。俺は、そう、寂しがり屋なんだ。スロウがいて、スロウが繋いでくれた絆があって。そうじゃないと何も出来ない、ただの甘ったれた子供だよ」

「捻くれ者から寂しがり屋にクラスチェンジですかー」

「なんとでも言え。それが俺だ」

「捻くれた態度は寂しさの裏返し。そういうことなんですねー。ふふっ、いいじゃないですかー。自分と向き合えたんでしょう?」

 

 悲鳴彫刻家の声を受け、改めて前を見る。黒い俺がスロウの死体を抱きしめ泣いている。そんな影に向かい、ああ、そうだな、と頷いた。

 俺は絶対に、こんな結末は認めない。真っ直ぐに黒い俺に向かってそう言い切った。

 

「そもそも、スロウは死なないから、こんな結末にはならない」

「おや捻くれ者」

 

 悲鳴彫刻家の声が響く。そうしながら、まあそうでなくちゃ、と楽しそうな言葉が続けられた。

 ゆっくりと目の前の影が薄れていく。死体のスロウも同じように影とともに溶けていった。

 そうして気付くと、再びダンジョンのだだっ広い空間に戻ってきていた。あ、という声が聞こえたので振り向くと、アリアとシトリーが立っている。どうやら今度こそ本物のようで、しかし俺の顔を見るとどこか気まずそうに視線を逸らした。

 

「あ、エミル。戻ってきたのね」

「おかえりなさい、だよぉ……」

「ああ、ただいま。……どうかしたのか?」

「説明が欲しいですかー?」

 

 ひょこ、と悲鳴彫刻家が割り込んでくる。嫌そうな顔をした俺を見てキシシと笑った悲鳴彫刻家は、それでどうしますか、と尋ねてきた。どうするもこうするも、説明はしてくれよ。

 

「ではでは。まあといっても簡単なことですよー。エミルさんも最初に見ましたよねー? アリアさんとシトリーさんが迷宮の試練を行っていた中継を」

「へ? ああ、そういや見たな。……まさか」

 

 その通り、と悲鳴彫刻家は嬉しそうに拍手をすると、アリアとシトリーへと向き直った。彼女達は、エミルくんが自分の心と向き合ったのをバッチリ見ていたのです。そんなことを言いながら、悲鳴彫刻家はゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「驚きました?」

「……驚くというか」

 

 じゃあ俺はアリア達に、自分は寂しがり屋だって宣言していたのを見られていたということになるわけで。驚きよりも恥ずかしさの方が勝る。

 何とも言えない表情になった俺を見た悲鳴彫刻家は、思ったより驚きが少なかったのが不満らしくぶぅぶぅと唇を尖らせていた。知らん、お前の趣味嗜好はどうでもいい。

 

「まあいいです。じゃあ残った最後のスロウさんのほうの中継も見ちゃいますか?」

「え? そういえばスロウがいない」

 

 正直この手の迷宮に一番囚われるとすれば人間である俺だと思っていたから、スロウがまだだというのには驚きを隠せない。が、悲鳴彫刻家はなんてことのないように、別に同時にやっていたわけではないですからね、と言い放った。

 

「だから一番囚われてたのはちゃんとエミルさんですよー」

「嬉しくない」

 

 それで、スロウは一体どうなってるんだ。そんなことを悲鳴彫刻家に問い掛けると、笑顔ではいこれですとスロウの形をしたゴーレムを指差した。

 それを介してスロウの現状が中継される。広がる光景は、俺が見ていたものとは逆のもの。俺が死んで、黒いスロウがそんな死体を抱きかかえている場面だ。

 

「まあ、実際あったから」

「あの時は大変だったよぉ……」

 

 はぁ、と溜息を零すアリアとシトリー。悲鳴彫刻家はそんな二体の言葉を聞いて一瞬だけ目を見開いていた。

 黒いスロウは俺の死体を抱いたまま呪詛を零す。エミルのいないこんな世界なんかいらない。そうして、恐らく向こうにもいるであろう幻影のアリアとシトリーを殺そうと黒いスロウがゆっくりと立ち上がった。

 

「させませんよ」

 

 ば、とアリアとシトリーを守るようにスロウが立ちふさがる。黒いスロウは俺の時と同じ言葉を放っていた。エミルを守ってくれない奴らに価値はない、と。

 

「大事な仲間で、友達ですよ? 価値なんかそれで十分です」

「エミルと同じようなこと言ってるわね」

「流石だよぉ……」

 

 俺の中継も見ていた二体がそんなことを言っていたので思わず視線を逸らした。当然ながらそんな状態でも当然向こうの中継は続くわけで。

 

「エミルより大事なものなんかないです! エミル以外大事なものなんかありえません!」

「なに言ってるんですか。エミルが一番大事ですけど、それ以外にも大事なものなんかたくさんありますよ」

 

 ばっさりと向こうの言葉を否定し、まあでも、とスロウは笑った。その大事なものは全部、エミル由来ですけど。そう言葉を続けた。

 

「本当に同じようなこと言ってるわね」

「ラブラブだよぉ……」

「そこは多分幼馴染だからじゃないか?」

 

 そんな俺の意見はさらりと流され、向こうのスロウは別段悩むことなく、黒いスロウの言葉に受け答えしていく。

 

「じゃあ、エミルのいない世界に耐えられるっていうんですか?」

「耐えられませんよ」

「なら」

「だからエミルがもし蘇生出来なくなったとしたら、わたしは死にます」

 

 迷うことなく即答したスロウは、でも、と小さく笑った。黒いスロウに向かって、言葉を続けた。

 

「わたしが先に死んじゃった場合は、エミルには生きてて欲しいですね。エミルのことだからすぐ死にそうなんで、アリアちゃんかシトリーちゃんあたりと付き合って引っ張ってもらわないとですけど」

「……エミルの一番じゃなくなりますよ?」

「そーですか? そんなことはないと思いますけど」

 

 黒いスロウにそう告げると、さて、とスロウは踵を返した。話は終わりですよね、と黒いスロウに振り向くことなく問い掛けたスロウは、いつの間にか出来ていた眼の前の扉へと歩みを進めて。

 ぽん、と俺達の空間にスロウが現れた。

 

「んー、やっぱりエミルさんが一番面白かったですかねー」

 

 悲鳴彫刻家がそんな評価を下している。人の心の向き合いをエンタメにするんじゃない。そんなことを思いながら悲鳴彫刻家を睨んだが、当然ながらどこ吹く風だ。

 そんな悲鳴彫刻家は、姿勢を正すと拍手をした。おめでとうございます、と言葉を続け、ピラリと二枚の書類を取り出す。

 

「はい、ではこれ。アタシと迷宮の管理者の署名ですよー」

「迷宮の管理者のも?」

「ですです。今ちょっと迷宮の管理者は、ほら、やらかしの連中の総入れ替えとかおもーい処分の執行準備とかで忙しいですから、アタシが代理でもらってたんですよー」

 

 そう言って笑う悲鳴彫刻家だが、それってつまりもうギルドの方では色々動いてるってことか。じゃあこの署名とか無駄なんじゃ。

 

「そうでもないですよー? そういう大義名分がないと、いざ執行、っていかないですからね。人間のお役所仕事って面倒ですよねー。あ、何か今隠れ潜む百花みたいなこと言っちゃいましたねー」

 

 そう言ってケラケラ笑う悲鳴彫刻家。そうしながら、ちなみにさっきの発言でも驚いてくれてよかったんですよ、と笑みを浮かべた。

 まあその辺はどうでもいいが、とにかくこれで属性頂点七枚の署名が手に入った。残り一枚になったら取りに来いと言っていたので、傀儡人形からの八枚目も確定と言っていいだろう。

 

「となると後は」

 

 王国勇者級バクス達の署名と、王国の双翼のもう片方、ベルンシュタイン公爵家の署名。それで王国の署名も集め終わる。

 そうして集まった署名は。教国名誉枢機卿、帝国第三皇子、王国第四王子と双翼の公爵家、それぞれの国の勇者級と、属性頂点全部。

 一部はまだ予定だが、それくらいあれば向こうが何を言っても反論出来るものはないだろう。迷宮の管理者も動きやすくなるはずだ。

 よし、と頷いた俺は、スロウに《テレポート》を出してもらい、残りの署名の確保に向かうのだった。傀儡人形はまあ最後でいいから、先にセフィかな。

 

 

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