「それは、お疲れ様でした」
ベルンシュタイン公爵家の城へと向かい、これまでの話をセフィにするとそんな言葉が返ってきた。そうしながら、迷宮の管理者様はどういうつもりでそんな試験を? と首を傾げている。
「確かに、一体何だったんだろうなあれ」
「当の迷宮の管理者さんがいなかったんで分からないんですよね」
セフィの問い掛けに俺達も同じように考え込む。まあ自分自身と向き合うのが目的のダンジョンであるのは間違いないので、目的としてはそれなのだろうけれども。
だとしても、何でわざわざ、という疑問が湧いてくるわけで。
「その辺りは悲鳴彫刻家様は何も言ってくれなったのよね」
「まあ、あいつはその辺当然というか。むしろ説明してくれる方が気味が悪いと言うか」
いや、そういうことをすることで俺達が驚くならやるな。ということは別段俺達が驚くような理由ではないと判断したか、あるいは。
言わないように口止めされているか。
「前者の可能性は高そうだな」
迷宮の管理者なり傀儡人形なりに口止めされていたとしても、多分悲鳴彫刻家なら俺達が驚くと判断したなら匂わせる。そうでなくとも余計なことを言うのが大好きな性格をしているあいつが何も言わないということは、まあそういうことなんだろう。
「大したことじゃない、ってことぉ……?」
「というか、多分最初に迷宮の説明したのが理由も兼ねてたんだろう」
つまり、自分自身と向き合え、だ。迷宮の管理者が署名を俺達にくれる条件として提示したのがたぶんそれだったんだろう。俺もスロウも、勿論アリアとシトリーも。改めて自分自身と向き合い、答えを出した。それが向こうに満足いくものだったから、多分まあそんなところか。
「あんたとスロウはともかく、あたし達はその辺微妙な気がしないでもないけれど」
「うんうんうん……」
アリアとシトリーがそんなことを述べる。そういえば少しは見たけど、俺は二体の向き合いがどんなものだったのかはっきりとは知らないんだよな。そんなことを思い尋ねると、まあそう大したものじゃないという答えが返ってきた。アリアだけでなく、シトリーもだ。
「あたしはアリアンロッテを目指しているけれど、素のあたしも本当の自分。それをしっかりと受け入れて、とかそんな感じね。その過程で、あんた達への好意も問われたわ」
その辺はこないだやったのに、とアリアは笑う。俺を見ながら、考えは変わってないけれどと述べ、どこか挑発するように笑みを強めた。
「アリアちゃんにはあげませんよ」
「いらないわよ。こんな捻くれ者で寂しがり屋のめんどくさい男は」
そんな笑みのままアリアはスロウにそう告げる。そういうわけで、とそのままアリアは視線をシトリーへと向けた。
「ワタシは、もっと単純だよぉ……。人を食べるか、どうか」
一度食べて不味かったから。ならば、美味しいと感じられるようになったのならば、人食いへと戻るのか。人を食べていい場面になれば、人を食うのか。
「正直、ラミューさんみたいな魔物のこともあるし……人食いについてそこまで深く考えることはなかったんだけどぉ……」
改めて問われて。じゃあ美味しければ食べるか、と改めて考えたらしいシトリーの出した答えは。
「多分、食べない。そう思ったんだよぉ……」
理由は単純で、好きな相手が人だから。だから、食べない。そんなことを自身の影に宣言したらしい。
「あ、好きっていうのは、恋人とかそういう意味じゃないよぉ……」
「エミルはあげませんよ」
「エミルくんだけじゃなくて、他の人たちのこともだよぉ……そもそもミミックロウラーやトリックモスも最近は食べないようにしてるしぃ……」
慌ててわたわたするシトリー。そんなシトリーを見たスロウは、まあ冗談ですけど、と述べた。その割には俺に今べったりとくっついているんですけど。
「エミルとはいつでもベタベタしたいですし」
「はいはい」
とりあえずなすがままにされながら、まあそんな感じで無事試練は通過したということでいいだろうと口にすると、そうですねと横のスロウから返ってくる。
その話が終わるタイミングで、では改めて、とセフィが二枚の書類を差し出してくる。こちらはベルンシュタイン公爵家の署名です、と告げ、彼女は笑った。
「それと、アンゼリカ様が用意した第四王子殿下の署名ほどの効力はないですが、フレデリク様からも貰っておりますわ」
そういえば教国では会ってなかったっけ。自分の治めている街に行ったのに会わなかった不義理な相手にも署名を渡してくれるというのはどれだけ人が出来ているんだろう。また今度お礼を言いに行こうと思いながら、その二枚をありがたく受け取った。
これで後はバクス達と傀儡人形だ。セフィに別れを告げ、そのまま王都へ。この間相談に行ったバクス達の拠点に向かうと、待っていたとばかりに迎え入れられた。
「よう。ギルドに乗り込むんだろ? 準備はできてるぜ」
「バッチリネ」
「(こくこく)」
そして開口一番これである。大分血の気が多い。首を縦に振るとこのままギルド本部へと突っ込んでいってしまいそうな雰囲気である。
いや、でもどうしてだ? まあ確かに付き合いはあるけど、そんな一緒になってギルドに反逆するほどの覚悟をされるほどだっただろうか。いや、そもそも物理的に反逆はしないんだけれども。
「何言ってんだ? 俺達はお前達にデカい借りがあるんだぜ」
「スロウにメリィを蘇生してもらってるからネ」
「(こくこく)」
そういうわけだ、と力強く拳を握る三人。いや、あれについてはスロウを助けて貰ったから貸し借り無しくらいに考えてたんだけど。そう思ってスロウを見ると、同じようにそこまで深く考えなくても、と手を振っている。
が、バクス達はそれが余計に気に入ったらしい。こんな奴を大切なパーティーから引き抜いてギルド管理にさせようとは、と更に好戦力が高まっていた。
「落ち着いてくれ。俺達は別にギルドに乗り込んでこんな下らない声明を出した連中をボコボコにするとかそういうことを考えているわけじゃない」
「違うのか?」
「違うのネ?」
「(ぱちくり)」
「あんたらの俺達のイメージどうなってんだよ」
というか俺達を理由に暴れたいだけじゃないのか、と勘繰ってしまうほどである。そこら辺どうなのか、と問い掛けると、流石にそこまでじゃないと首を横に振られた。
そうしながら、ただ腹が立っただけだ、と返される。
「まあいい。それで、どうするんだ? 乗り込まないとなると、嫌がらせか?」
「だからそういう方向じゃねえよ。正式に抗議するんだよ。署名もほら、こんなに貰ってる」
バクスの言葉にこれまで集めた署名を見せる。おお、とそのラインナップを見た三人は、成程、とここで俺達の来訪の理由を察したらしい。遅いよ。
「そういうことなら」
早速、とバクスは署名を作り始める。それに続くように、ヴェルとメリィも同じように署名を作り始めた。
ほれ出来たぞ、とバクスが署名を渡してくる。
「こっちも完成ネ」
「(こくこく)」
ヴェルとメリィも同じように作った署名を渡してきた。これで王国の知り合いの署名も集まった。属性頂点も残るは傀儡人形のみ。それさえ手にれれば、後はこれを持って、ギルドの本部に乗り込む。
「やっぱり乗り込むんじゃないか」
「そっちの考えてる乗り込み方じゃないからな。正式な抗議だからな」
「まあだとしても、せっかくだしついて行ってもいいかもネ」
「(こくこく)」
そう言って笑うヴェルとメリィだが、いいのかこれ。連れて行って大丈夫か? いや勇者級なんだから大丈夫には決まってるんだが、なんだかこう変な方向に事態を曲げられそうな。
「信用ないな」
「さっきまで暴れようと考えてた奴らだしな」
それを言われると痛いな、とバクスは笑う。そうしながらも、まあ念の為は用意しておいたほうがいいと思うぞと言葉を続けた。
念の為。というと、署名を握り潰されて無理矢理、とかそういう方向か。だとしても、既に属性頂点は抗議に動き出しているし、俺達をどうにかしたところで結果は変わらないと思うんだけどな。
「その辺分かってたらこんな声明出さないよネ」
「(こくこく)」
そう言われると、まあそうか。じゃあ一応、まだ傀儡人形の署名を貰ってくる予定があるからその後になるが、ちょっと手伝いをお願いしてもいいだろうか。そう尋ねると、任せておけと三人とも力強く返事をしてくれた。
「さ、準備をするか」
「血がたぎるネ」
「(こくこく)」
暴れるんじゃないって言ってんだろうが。大丈夫かほんとに。
バクス達とギルド本部で合流する約束をした俺達は、再度傀儡人形のいる場所へと向かっていた。アンゼリカ嬢にもう一度挨拶をし、もう一度傀儡人形の部屋へと案内してもらい、そして。
「あら、意外と早いお帰りね」
そんな、なんてことないように述べた傀儡人形を見て思わず顔を顰めた。傀儡人形は俺のその顔を見て楽しそうに笑った後、安心して頂戴と言葉を続ける。
「更に追加で試練を出すようなことはしないわ」
「ああそうかい。それは助かるな」
吐き捨てるようにそう言い放った俺を見て笑みを強くさせた傀儡人形は、では約束は守らないと、と一枚の書類をこちらに手渡す。あまりにもあっさりと署名をくれたことで、俺は少しだけ拍子抜けしてしまった。
「これで集められる分は集めたのかしら?」
「多分な」
属性頂点全部と知り合いの勇者級、それぞれの国のお偉いさん。枚数にするとかなりの数になるそれを手にして、俺達はいざギルド本部へと足を進めようとした。
そこに呼び止める声。まあ当然というか、そうだろうなと思っていたので声の主である傀儡人形に向き直る。それで、一体何の用だ。
「あら、書名をあげる代わりに、少しおしゃべりに付き合って欲しい。くらいの願いは聞いてくれてもよいのでは?」
「お前との会話っていうだけで碌なもんじゃない気がするが」
とはいえ、まあ向こうの言うことも一理ある。そも、俺と知り合いという理由で本来ならば静観していてもおかしくない属性頂点が動いてくれるのだ。世界の均衡とは全く関係ないギルドの揉め事に介入する、なんて、ギルドと関わりのある迷宮の管理者以外だと、お人好しの妖精姫でも全くの他人相手だと厳しい気もする。
そういう意味では色々と画策してそうな傀儡人形は割と介入しそうな気がしないでもないが。
「あら、どうしたの?」
「いや、お前だったら別に今回の件に俺達が関わって無くても何かしらしてそうだなってな」
「他の属性頂点はしないのに、かしら?」
俺がさっき思っていたことを見透かしながら傀儡人形は笑う。分かりやすいわよ、と言いながら、クスクスと笑っていた傀儡人形は表情を少しだけ元に戻した。
「まあ、大魔王級の制定と、その大魔王級をギルド管理下に置く。ただそれだけで終わるのならばこちらは口を挟まない可能性が大きかったでしょうね」
でも、と傀儡人形はスロウを見る。ふ、と小さく笑みを浮かべながら、この件については話が別だろうと言葉を紡いだ。
「大魔王の均衡が崩れるもの。貴方達と全くの無関係の立場だったとしても、抗議はしたんじゃないかしら」
頬に手を当てながらそう述べる傀儡人形。そんな傀儡人形を見て、俺はそうかと頷いた。
「勿論、貴方と繋がりがあるから、という理由で動いてくれた属性頂点もいるわ、というよりも大半がそうでしょう。細かいことを考えているのは私くらいかもしれないわね」
「それは、喜んでいいんだよな?」
「ええ。属性頂点からの好感度がそこまで高いのは誇るべきよ」
そこで傀儡人形は言葉を止める。さて、と呟き、話をするはずが、そちらの質問に答えるようになっていたと笑いながら不満を零した。不公平だ、と笑みを浮かべた。
まあ確かに。少し話に付き合って欲しいというということだったのに、どちらかというと俺が一方的に問い掛けていた気がする。そこは素直に申し訳ないと述べ、じゃあそっちの番だと傀儡人形の話を聞くことにした。
「そうね。でも、さっきの質問に答えるのも意外と楽しかったのよね」
「話すことはないってことか?」
「いいえ。そうね、じゃあ、今度はこちらから質問をしようかしら」
どうして最後の一枚になってからでないと署名を渡さなかったのだと思うか。傀儡人形の問い掛けはそれだった。どうせ碌でもないことを考えていたのだろうと流していたが、確かに改めて聞かれると何故だと悩んでしまう。
いや、こいつのことだからそうやって俺が悩むのを見たかったから、とか言いそうだな。どっちにしろ碌でもないのは間違いない。
そう思い、そのままそれを口に出すと、傀儡人形は楽しそうに笑った。そんな風に思われていたのね、と笑みを強めた。
「いや、今更だろ」
「そうでしょうね。そこは否定しないわ。けれど」
今回はちゃんと意味がある。そう続けた傀儡人形は、俺を見て、スロウを見て、アリアを見て、シトリーを見て。
一通り俺達を見て、満足そうに頷いていた。
「迷宮の管理者へ、貴方達を心の迷宮に招待するよう頼んだのは私よ」
「だろうな」
改めて考えればそうとしか思えない。俺がそう答えると、傀儡人形はクスクスと笑う。いやだって、迷宮の管理者なら当事者が出てくるだろうし、悲鳴彫刻家ならアドバイザーはせずにもっと煽ってきたはずだ。その点、送るだけ送って遠くで観客をしていた傀儡人形は非常にらしい。
その辺りの説明をすると、傀儡人形は大正解と拍手をしてきた。よく言う、分かって当然だと思っていたくせに。そんなことを思い顔を顰めると、傀儡人形は楽しそうに微笑んだ。
「さて、ではそれを踏まえて、先程の質問の答えを聞こうかしら?」
「何でそれを踏まえるんだよ」
まあつまりあのダンジョンに送った後の反応が見たかったってことなんだろうけど。それを見てどうするんだ。自分自身と向き合った姿が見たかった? こいつがそんなことに意味を見出す気がしない。少し前に考えたように、迷宮の管理者の思惑だった、の方がまだ理解できる。
「そう、じゃあ他の皆はどう?」
「え? 今のエミルの言ってたのが答えだと思いますけど」
「ええ。あたしもそう思いますわ」
「うんうんうん……」
と、思ったらスロウ達はそこが答えだと言いやがった。そんなまさか。と傀儡人形を見たが、相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべるのみだ。
「エミル君、私もたまには成長する若者を見守りたいという気持ちを持っても不思議ではないでしょう?」
「不思議だよ」
「あらあら」
それは困ったわね、とちっとも困ってない表情で傀儡人形が頬に手を当てる。そうしながら、ならどうすれば信用してもらえるか、などと言い出した。
「これから抗議に同行する、くらいはしないと信用してもらえないかしら?」
「は?」
いや待て。同行する? 同行するって、一緒についてくるってことか? この署名を持って抗議に行くのに、傀儡人形がついてくるってことか?
「属性頂点は頂点で別に抗議するって話じゃなかったのかよ」
「ええ。それはそれで月の大聖女や妖精姫がするでしょうから、私は貴方達の付添よ」
しれっとそういうことを抜かす傀儡人形。この様子だともう既についてくるのは決定事項らしい。まあここで俺が分かった信用するって言ったところで嘘にしかならないしな。
つまりはまあ、そういうことなんだろう。最後の一枚になってから来いって言った理由は。
「最初からこのつもりで」
「人聞きが悪いわね。私はあくまで、貴方に信用されるための行動をしているのに」
「タコだろお前」
どこ吹く風で、では行きましょうかとか言い出す傀儡人形を見ながら、俺はさっき会話なんかせずにさっさと帰ればよかったと後悔していた。
属性頂点八枚、勇者級八枚、国のお偉いさん六枚の署名
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バクス達三人と傀儡人形の付き添い