「冤罪ですわ! 冤罪ですわー!」
そういうわけで捕縛したキララを牢屋に転がしているわけだが、当事者であるこいつは冤罪を主張し始めた。何がどうなっても冤罪にはならんだろ。
「そんなことはありませんの。ワタクシがやったのはあくまで束縛を布教する活動のみ」
「やってんじゃねえかよ」
有罪だ。なにをどうやっても冤罪にはならない。よしこれで終わりだな、と二人に視線を向けると、アイラさんもリィンさんも怪訝な表情を浮かべていた。今のどこに気になる点があったんだろうか。そもそも依頼も、束縛をそそのかす変態をどうにかする手伝い、だったはず。
「ええ。そうなのだけれども」
「実害が出始めちゃったんだよね」
「実害?」
というと、束縛をそそのかされた結果束縛されることに快感を覚えた変態が増えてしまったとか、そういうことか。そう尋ねると、違う違うとリィンさんにツッコミを入れられる。
「束縛趣味の人が出てきたわけではなく、束縛される被害者が現れた、とそういうことです」
「そうそう。今のところ死者は出てないけど、束縛される際に怪我をしている人はちらほら」
ほう、とキララを見やる。お前ついにそこまでやらかしたか。そんな思いを込めた視線を受けたキララは、全力で首を横に振った。
「束縛に怪我とか以ての外ですの! 痛くすることはあっても、それが快感になるギリギリを攻めるのが一流。束縛として二流以下でやがりますわね」
ふんす、と胸を張るようにそう主張する変態。いやまあ、個々人の趣味主張についてはそこまで強くは出れないところもあるが、でもこいつの場合もう布教してる時点で駄目だしなぁ。
そんなことを思いながらどうしたもんかとキララを眺めていると、何やら顔を赤くしてもじもじとし始めた。
「おい、どうした?」
「いえ、捕縛された際の縄が思った以上にジャストフィットして……あぁん、これ、いぃ……」
「もうこいつ犯人認定で討伐しちゃえばいいんじゃないか?」
完全に白けた目でキララを見下ろすが、アイラさんはそういうわけにもいきませんと述べた。キララの主張が正しかった場合、この変態とは別の何かが帝国の町で暗躍している可能性がある。と、そういうわけだ。
「まあ、嘘言ってるようには見えませんね」
スロウが束縛に興奮して悶えているキララを見ながらそんなことを言う。いやまあ、こいつはこんなんだが割と素直な性格してたし、こと束縛に関しては嘘は言わなそうではある。
とはいえ、なんだかんだイゼルブの仲間でもあるし、放っておいて無害かと言えば微妙という答えが出るやつでもあるわけで。
「そういえば、イゼルブやイリスはどうしたんだ?」
「イゼルブさんでしたら、今日も元気に束縛されていますわよ。この間の戦闘のダメージと吸血が思いの外深かったのか、大人しくしています」
多分前者より後者の方が割合高いんじゃないかな、と思わないでもないが口にはしない。
「イリスさんは今日も元気に吸血していますの。ああ、もちろんイゼルブさんからですわ。味変はその辺の害悪モンスターだとか言ってましたが、まあ、主食は彼でしょう」
「間違いなくイゼルブの復帰が遅い理由はそれだよ」
まあそのうち見に行って討伐しよう。そんなことを思いながら、じゃあ今回のやらかしはお前が単体で行ったことなんだな、と問い掛けた。その質問に首を縦に振ったキララは、しかし、と言葉を続ける。
「少なくとも怪我人はワタクシではありませんことよ」
「お前の熱意に感化された素人が加減を間違えた、とかは?」
「ふむ。……それを言われると痛いですの」
その可能性を考えていなかったのだろう。視線を逸らしながらそんなことを呟くキララを見ながら、じゃあとりあえずこいつは有罪で、と話を締めにかかった。
「とはいっても。模倣犯? は野放しのままじゃないの?」
そう言いながらううむとアリアが顎に手を当てる。まあ確かに、束縛趣味をばら撒いた元凶を捕まえたところで、実行犯がどうにかなるわけではないからな。俺もその辺りはどうしたもんかと考え込んだ。いやまあ、どうしたものかも何も、こうなった以上そっちを捕まえるしか無いんだけど。
「まあ感化されたんだとして」
リィンさんも腕組みをしながら悩んでいる。それって束縛されていた人達が被害者であり犯人だということなのだろうか。そんなようなことを述べた。
確かに、キララの趣味の束縛は相手がいなければ自分を、という主張だ。そして相手を無理矢理作るものではないという考え。仲間ならいい、という判定はあるが、まあ基本的に周囲を無差別に束縛するようなものではない。
「とはいえ、その主張を相手が全て受け入れるとは限りません」
確かにアイラさんの言う通り。キララがそういう主義主張だったとしても、布教を受けて目覚めた変態が無差別に束縛することを是とするタイプになった場合、犠牲者が増えてしまうことになる。そして今回の場合、そういうタイプが犯人である可能性がある。
「やっぱりこいつが元凶じゃないか」
「ワタクシが悪いと!? ただ束縛の良さを布教して回っただけですのに!?」
「とゆーか。どうして急にそんなこと始めたんですか?」
「仲間を増やすと束縛は楽しい。イゼルブさんと出会ってからそう思うようになったんですの」
「元凶イゼルブかよ」
「いいえ。そもそも仲間に憧れたのはあなた達を見たからですのよ。ああ、素敵な仲間達、あんな方々がいれば、きっとワタクシの生活も楽しくなる、と」
遠回しに俺達が元凶って言われたぞ。いやそんなこと言われても、素敵な仲間のいるパーティーを見たから仲間が欲しくなって、いざ仲間を見付けたら実際に楽しくて、仲間を増やすことに目覚めて束縛仲間を増やそうと動き出す、とか。何がどうなってこうなった状態だ。
「えっと、どうするのぉ……?」
「いやどうするって言われても」
とりあえずこいつはまあ捕縛して放置しておけば束縛の自己完結して大人しくしてるだろうからよしとして。
問題は、まだ街にいる別の束縛犯だな。
「とりあえず、また見回りをするとして」
「エミルさん達にもう一度お手伝いを依頼しても、よろしいでしょうか?」
リィンさんとアイラさんにそんなことを言われたが、別に頼まれなくても協力する気だったので、俺達は二つ返事で頷いた。
六人、正確には三人と三体だが、のため、三手に分かれ見回りをすることになった。色々組み合わせのパターンは考えられたが、まあ連携は慣れてる相手の方がいい、ということでアイラさんとリィンさんがペアで。そして俺達はまあどの組み合わせでも連携は出来るので適当にくじで決めることにした。
「流石の絆だね」
「ええ、本当に」
二人はそんなことを言っていたが、実際どうなんだろう。そんなことを思いながらペアになった面子、アリアを見た。
「どうしたのよ。やっぱりスロウがいないと寂しいの?」
「違う。アイラさんとリィンさんの言っていたことを考えてたんだよ」
パーティーの絆ってどんなものなんだろう。そんなことを尋ねると、アリアは一瞬首を傾げ、そして肩を竦めた。そんなもん知るかと言わんばかりの態度に、俺の表情も少し怪訝なものになる。
「今更でしょ。このメンバーの絆なんて」
「……言っててちょっと恥ずかしくないか?」
「あら? 普段から似たようなことを言ってる奴がいうセリフじゃないわね」
そう言ってアリアがクスクスと笑う。む、まあ、確かに思い返してみると確かに似たようなことは割と言っている気がしないでもない。そう考えると確かに今更だし、恥ずかしいことも別にない、か。
「まあそんなことより」
「ん?」
「あの二人の実力をちゃんと見る機会があまりなさそうなのは残念よね」
こうやって見回りをしている状態だと、まあ確かに遭遇したら即戦闘ないしは捕縛に移行するので、他の面子と合流することはほぼ無い。アイラさんやリィンさんがどんな戦い方をするかをこの目で見るタイミングは、確かに当分こなさそうだ。
そんな雑談混じりの会話をしながら街を歩く。キララが活動していたのはこの街なのだから、今のところ他の場所を気にする必要はないはずだ。だから、犯人をどうにかすれば束縛事件も終りを迎えると思う。
などと考えていた矢先、路地裏で何やら揉めている声が聞こえた。顔を見合わせ頷き合うと、俺達はその声がした場所へと一直線に向かう。といきたいところだがいかんせん見知った場所でないので少し迷った。
そうして辿り着いた先では、一人の青年が縄のようなものでグルグル巻きにされている姿。周囲には既に誰もおらず、犯人は既に逃げた後で。
「エミル!」
アリアの声に反応してバックステップ。俺のいた場所に何やら縄のようなものが投げつけられていた。何だ、と視線を向けると、なにか人影がゆっくりとこちらに歩いてくるところだった。どうやら逃げてはいなかったらしい。
「人……だよな」
「モンスターの擬態ではなさそうね」
その人影が手を振り上げる。持っているのは縄のようなもの。さっきから、ようなもの、と言っているのは、本当にそれが縄かどうか判断がつかないからだ。どちらかというと、あれは縄というより。
「キララが使ってる蜘蛛の糸みたいな感じだな」
「でも、あれは人よ?」
明らかにただ縄を投げたとは思えないスピードと鋭さで縄のようなものが迫る。それを横っ飛びで回避した俺とアリアは、先程投げたものと今回のものの両方を回収している人影を見た。じっとりとこちらを見詰めているその瞳は、正常な人間のようには思えない。
とはいっても、束縛趣味に目覚めた変態が極まったらああなるのかもしれない。とか言われると納得してしまいそうにはなる。
「馬鹿なこと言ってないで、来るわよ!」
縄の数が増えた。明らかに常人では操れないその縄さばきは、束縛のプロと称すればいいのだろうか。そんな頓珍漢な思考に陥ってしまうほどに、相手の動きはおかしかった。
「どうする?」
「どうするったって……。まあ普通の人間なら」
羽を出現させたアリアは、ぶわりと鱗粉をばら撒く。最近爆発や火炎にしか使ってなかったが、トリックモスの鱗粉には状態異常を起こすものもある。それを吸えば、流石に縄さばきの上手い変態と言えども身動きが取れなくなるはずだ。
「……普通の人間じゃなさそうね」
「あるいは、束縛を極めると麻痺毒が効かなくなるか、だな」
自身の意志で束縛されるかどうかを決めることの出来るのは極まった変態の特殊能力だ。いや流石にそんなことはないだろうから、普通の人間じゃないと考えた方がよさそうではある。
あるが、しかし見る限りでは普通の人でしかない。
「スロウがいないから試しにぶっ殺すも出来ないしな」
「あんたも段々思考がモンスター寄りになってきたわね」
「……それはちょっと」
だってしょうがないだろう。こんな明らかに常人離れした行動や状態異常耐性を見せられて、ただの人間だなという結論を出す方が難しい。これならばまだ。
そこまで考えて、待てよ、と俺は動きを止めた。相手は普通の人間であって、かつ状態異常が効かなかった理由付けにもなる。
「操られてるのか?」
「成程。自分の意志で動いていないから麻痺毒も効かない、と。確かにその可能性はあるわね」
現状その可能性が高いという判断でいこう。そうアリアに伝えると分かったと頷かれる。
というわけで、相手をどうにかして行動不能にするか操っている手段を破壊するかしないといけないわけだが。前者はもう既に麻痺毒で試して駄目だったので、そうなると。
「どちらにせよダメージを与えないといけなくなるよな」
「操られている一般人相手、と考えるとちょっとためらうわね」
そしてその場合出来るだけダメージは抑えたい。となると、アリアの攻撃手段はほぼ全て封じられるわけで。
現状向こうもこちらを束縛させようとしかしていないのでダメージはないが、これで何かしら攻撃に転じてきてしまうと面倒なことになる。
「来るわよ」
「ああ」
操られているらしい人影が縄を投げる。いつの間にか数は四つに増え、明らかに普通の人間が操れる規模を超えていた。よほど束縛道に精通しているものか、あるいは。
「待った」
「どうしたんだ?」
「さっき操られてるって言ったけど、ひょっとして」
そんなことを言いながらアリアは扇を開く。再び鱗粉を飛ばすと、人影の背後でそれを爆発させた。街中なので最小限に抑えられたそれにより、眼の前の人影が少し揺れる。
同時に、その人影から伸びている糸のようなものが見えた。
「蜘蛛の糸!?」
「こいつ、魔法とかで間接的に操ってるんじゃないわ。糸で直接操ってるのよ」
そうは言ったが、しかし爆発によって見えたそれを確認したアリアは舌打ちをした。確かに糸で操っているのは合っていたが、しかし。
「なにこれ? 蜘蛛の巣?」
「巣に絡まった人影が動いてるな。糸で操るけど間接的に、って感じか」
視線を蜘蛛の巣の周囲に向ける。そこから伸びている糸が振動し、蜘蛛の巣を自在に操っていた。とはいえ、その糸も本体に伸びている様子はなく、どこか壁にでもくっついているのだろうことが感じられて。
「巣を作る時点でそういう操る罠を仕込んでおくってことかしら」
「だとすると、相手は大分厄介だぞ」
ついでに、目的もまだ分からない。ただ束縛して何になるのか。適当に捕まえてほとぼりが冷めたら回収でもするつもりだったのだろうか。
「その可能性はあるわね」
「キララの変態行動とたまたま重なったのか」
「そうじゃないでしょうね。多分意図的に重ねてるわ。今のところ適当に捕まえてるのもそのためよ」
アリアのその言葉に、俺も大体言いたいことは分かった。まあつまり、その辺の木っ端なモンスターではやらない行動だ、といいたいわけだ。
つまり。
「まあ、魔王級でしょうね」
「ここまでうじゃうじゃ湧いてくると、ギルドの心配もまあ分からんでもないって思えてくるな」
「あの騒ぎがなかったら、とっくに討伐されてた個体かもしれないわよ」
「成程、じゃあ駄目だ。まあどのみちスロウにあんな提案をした連中だし許さないけどな」
そんな軽口を言いつつ、さて、では眼の前の蜘蛛の巣を排除にかかろうと俺達は武器を構えた。