とりあえずあの蜘蛛の巣を破壊すればいいんだろうか。そんなことを思いながらアリアを見ると、まあとりあえずはそれで、と返事をされた。
操られている人影の束縛攻撃を躱しながら蜘蛛の巣に近付くと、成程何だか嫌な感じがプンプンする。これ触ると俺も操られるんだろうか。
「と、なると遠距離攻撃の方がいいな」
それも魔法剣の斬撃とかその系統じゃなく纏めて破壊出来る方がいいかも。そんなことを思いながら、じゃあこっちだと鞘に魔力を込めた。
「アリア、行くぞ」
「ええ。そっちが合わせなさいよ」
発動するのはアリアの能力。なので勿論アリアの攻撃に合わせるのは当然なわけで。アリアの鱗粉の爆発に続き、俺も同様の爆発を叩き込んだ。
爆発によりあっさりと吹き飛ぶ蜘蛛の巣。それによって操られているのから解放されたらしい人影がドサリと倒れた。駆け寄って状態を確認するが、一応命に別状はないようである。アリアの麻痺が残っているっぽいけれども、まあ誤差だろう。
「向こうの被害者はどうだ?」
「こっちも命に別状はないわね」
無理矢理拘束されたことで多少の怪我は負っているが、まあかすり傷だ。スロウに回復してもらうまでもない。
そんな二人をとりあえず安全な場所に運ぼうと持ち上げ、路地裏を出る。その途中に何か他の気配がないかと注意をしていたが、その様子もなさそうであった。
そうした後は再度見回りである。犯人があれだとすると、この見回りもやり方が少々違ってくる。蜘蛛の巣が張ってありそうな場所を探す、に変わるわけだ。
「他のペアにもこの情報が共有できればいいんだけど」
「遭遇すれば分かるんだし、向こうも多分承知じゃないか?」
「だといいけど」
そんな会話をしながら、俺達は路地裏の角や道の行き止まりなどを調査する。普通の蜘蛛の巣が張ってあるのを見かけはしたが、さっきのような何かを操る巨大な蜘蛛の巣は見付からなかった。
というか、よくよく考えるとそう簡単に見付かるものではないのでは?
「さっきはなにかの拍子に見えるようになっただけで、普段は隠されているって可能性もあるわよね」
「そもそも、蜘蛛の巣が張ってあるんなら被害者の近くで見付からないわけないもんな」
ううむ、と悩む。そうなるとやっぱり最初のように普通の見回りをするしかないのだろうか。
そんなこと考えていると、何やら騒ぎの声が聞こえてきた。何だ、とその場所に向かうと、そこはさっき被害者達を移動させた場所。そこで、被害者が再度束縛されていた。いや、違う、逆だ。束縛されていた被害者が操っている方を束縛している。
「どうなってんだこれ!?」
「蜘蛛の巣が原因じゃないってこと?」
そう言いながら確認するように背後を爆発させたアリアは、そこで蜘蛛の巣が浮かび上がったことで目を見開いた。なんだこれ、と俺も思わず口に出す。
「糸が勝手に巣に広がってる?」
「まあ確かに俺達糸をしっかりと処理はしなかったけど」
まさかそんなことになるとは。そんなことを思いながら、俺達は再度広がった蜘蛛の巣の駆除に取り掛かった。蜘蛛の巣自体に攻撃力があるわけではないので、操られている人の動きにさえ気を付ければ別段問題なく排除出来る。懸念点としては、その際に蜘蛛の巣に触れた場合、こちらも操られるのか、あるいはそこを起点に新たな蜘蛛の巣が広がるのかだ。
「とりあえず糸は念入りに除去しておいたほうがよさそうね」
「そうだな」
さっきの二人に残っていた糸を細かく刻み、燃やす。そこまでしてから、俺達は改めてふうと息を吐いた。
「これ。想像以上に面倒だな」
俺の言葉に頷いたアリアは、少し考え込む仕草を取ってから、やはり一度合流した方がいいかもしれないと提案した。まあ確かに、この辺の情報共有はしておきたいし、向こうは向こうで俺達の知らない何かを知っている可能性もある。
よし、と俺達は見回りをしつつ合流する方向に舵を切った。三方向に分かれているので、他のペアの見回り箇所へと向かえば合流出来るはずだ。
「あれ?」
「いないわね」
そう思ってスロウとシトリーのいるであろう見回り区画にやってきたが、探せど探せど二体がいない。ぐるっと一周しても合流出来ないのは流石におかしい気がするが。
「考えられるのは、同じ事を考えたかだな」
「向こうもこっちに合流しようとしたから行き違いになったってことね」
なら俺達の見回り区間に行けば。そう考えて移動すると向こうも移動して、となる可能性も全然ある。そうなるともうすれ違いにすれ違いを重ねて絶対会えない、なんてこともありうるわけで。
どうする? とアリアに問い掛けた。まあそうなると仕方ないから、全体を見て回ることにしようと提案してきた。
「それで合流できたら情報共有、敵がいたら迎撃。それでいいんじゃない?」
「まあ、それがいいか」
アイラさんとリィンさんのいるであろう区画の方も見回りに範囲に新たに追加して、俺達は街全体を見て回ることにした。
「あら?」
「どうしたの、二人共」
そうして見回っていると、案外早くアイラさんとリィンさんに合流出来た。二人にさっきあったことを報告すると、成程、と顎手を当て考え込む。
「こちらはまだ遭遇していなかったので、その情報は助かります」
「でもお姉ちゃん。この間の被害者はどうなの? そんなことなかったよね?」
「あの時はそれで一つの事件として対処したもの。糸も即座に除去したでしょう?」
俺達は見回りだったので、というか割と対処が杜撰だったので束縛はそのまんまだった。それが仇となったわけである。まあ操られている方に処置の重点を置いてしまうのは仕方ないというか。
「とにかく。糸は常に念入りに処理をした方が良さそうですね」
「そうだね。後は、操っている大本だけど」
蜘蛛の巣を使っているのだから、まあ蜘蛛のモンスターではあるのは間違いないだろう。そして、こんな事が出来るのだから魔王級。街に魔王級が潜んでいる、というのは中々に恐ろしいが、現状死者が出ていないのが幸いだろうか。
さて、そんな情報共有を終えたところで、まとまった行動するか否か、という問題にぶち当たった。大本の魔王級がどこに潜んでいるかまだ分からない以上、やはり手分けした方が効率は良い。まあこの二人は帝国の勇者級、俺達がいなくたって魔王級相手に負けるとは思えないからそれでもいいのだが。
「いえ、こちらの区画には見付からなかったので、一度合流して範囲を狭めるのもいいかもしれません」
アイラさんがそう提案してくる。別段反対する理由もなし、それに頷いた俺達は、今度は三人と一体の面子となり見回りを開始した。念の為見落としがあるかも、とこの面子でもう一度アイラさん達の見回り区画を確認する。さっきの話を踏まえ、蜘蛛の巣の貼っていそうな場所や路地裏を念入りに確認したが、それらしき痕跡は発見出来なかった。
「そうなると、残りの場所にいる可能性が高まったってことだね」
リィンさんの言葉に頷き、別の見回り区画へ向かう。スロウとシトリーに合流できる可能性も考慮して、そちらの方から見回ることにした。まあとはいえ、向こうも俺達と合流しようとしていたとしたら、なんらかに出会って既に対処している可能性もあるので、もう見付からないことだって。
「あれは?」
そう思っていた矢先、一人の少女がフラフラとしながら別の誰かを縄のようなもので拘束している現場に遭遇した。何をしている、と少女に向かって叫ぶと、ゆらりと揺れた少女は今度は俺達に向かって縄のようなもの、蜘蛛の糸出できたそれを投げ付けてくる。
「お姉ちゃん!」
「ええ」
パチン、とアイラさんは太もものホルスターに仕込んであった武器を取り出す。ブーメラン、あるいはチャクラム。そう称される投擲武器を、彼女は素早く投げ付けた。向こうの蜘蛛の糸を切り裂きながら、少女の背後にあるであろう操っている蜘蛛の巣へと飛来する。
斬、と背後の蜘蛛の巣を切り裂かれた少女は、まさに糸の切れた人形のようにその場で倒れた。戻ってきた投擲武器を受け止めたアイラさんは、先程の話からすると、と束縛されている方にも視線を向ける。
ゆっくりと立ち上がった人影は、先程操られていた少女と同じように蜘蛛の糸で出来た縄をこちらに向かって投げ付けてきた。あれを食らうと、最悪同じように操られる。
「そうはいかないよ」
一対の短剣を取り出したリィンさんが腰を落とす。向こうの蜘蛛の糸をひょいと躱した彼女は、そのまま一気に人影へと肉薄するとその背後に向かって短剣を振るった。
「っと、これも触ったら危ないのかな」
新たに展開された蜘蛛の巣を切り裂き、しかし一瞬手を止め引っ込めると、それに触れないよう器用に糸だけを切り刻んでいく。こんなものかな、と処理を終えたリィンさんは、倒れる人影を抱き留めていた。
「ん? あ、やば」
即座に横っ飛び。一瞬触れた糸が瞬時に蜘蛛の巣に変わると、リィンさんを拘束する何かへと変貌した。が、それよりも早く振るった短剣が蜘蛛の巣を切り裂く。パラパラと落ちた糸を見て、リィンさんはふぅと息を吐いた。
「これ、思った以上に厄介だ」
「出来るだけ遠距離で片付けた方がよさそうね」
「……でも、これさっきとはまた違うぞ」
「そうね。あたし達の時はここまで即反応はしなかった」
どういうことだ、と首を傾げる。まさか同じようなモンスターが二体いるとかそういうわけでもあるまいし。
そんなことを考えていると、恐らくですが、とアイラさんが呟いた。
「今まさに魔王級に成っている最中なのでしょう」
「だから最初は拘束しても転がしたままで、操れるようになって、その操りも拘束も進化していって……」
「うわ、それって最悪じゃん。めんどくさい」
「もっと早くに対処できてれば、ってことか」
ギルドのゴタゴタがなければ上級か準魔王級で片付けられたモンスターが、あの騒ぎで放置された結果魔王級に成ってしまいました、と。そういうわけだ。ほんと碌な結果残さないなあの連中。結局クビになって今頃路頭に迷っているだろうからもうどうでもいいが。
そういやブライアンさんやアルガスさんはどうなったんだろう。素直に派閥闘争やめたんだろうか。
「どうしたのよ、難しい顔して」
「あ、いや、余計なこと考えてた」
アリアが俺の顔を覗き込んでくる。美少女のドアップが急に現れたので驚いて後ずさってしまった。それが気に食わなかったのか、アリアがジト目でこちらを見てくる。いや、考え事してた時に急に覗き込んでくる方が悪いだろ。
「ま、いいわ。で、余計なこと考えてたってことは、これからのことは考えてないわけね」
「まあ、そうなるな」
やれやれ、と頭を振られた。いやそれはごめんなさいと素直に謝る。そうしながら、アリアの方はなにか考えがあるのかと問い掛ける。考えというか予想だけれど、とアリアは指を一本立てた。
「操る能力が段々と強くなっているわ。ということは多分」
ざ、と誰かがやってくる音がした。何だと振り向くと、町の住人がそれぞれ縄のようなものを持ちながらこちらに歩いてくるところで。
「無差別に操り始めたわね」
「……予想の範囲内ではありますね」
「言ってる場合!? お姉ちゃん、どうするの!?」
流石に街全体は分が悪い。そんなことをぼやきつつリィンさんが短剣を構えたそのタイミングで、どこからか高笑いが聞こえてきた。
「おーっほっほっほ!」
視線を巡らせると、家の屋根に立ったままグルグル巻きにされているキララが。おい、いつの間に抜け出してきたんだよお前。
「仕方ありませんわ。ワタクシの監視している人々もこちらの集団に変わりやがりましたもの」
そう言いながら自身の束縛を解く。とう、と言う声とともにこちらに着地したキララは、またこれは、と呆れたような呟きをした。
「束縛としては二流以下ですわ。仲間でもなければ、双方の同意もなしに、一方的に束縛を強いる。ああ、何という野蛮な」
「仲間同士で同意があって束縛してればいいってもんじゃ……いやまあ、その条件ならまあ確かに?」
「エミル、真面目に考えたら負けよ」
危うくキララのペースに乗せられそうになった俺はブンブンを頭を振る。そうしながら、それでお前は何しに来たんだとキララに問い掛けた。
「あら、ワタクシがここに来る理由など一つですの。すなわち、正しい束縛を広めるために」
「帰れよ。帰ってイゼルブをグルグル巻きにしてろ」
「それはそれで帰宅後ゆっくり行うのでご心配なく。それよりも、今は眼の前の対処ですわ」
そう言いながら、メキメキとキララの姿が変化していく。そう言えばこいつの美少女姿も擬態なのか。そんなことを思いながら、眼の前で巨大な蜘蛛の化け物になったキララを見て、だからどうしたと問い掛けた。
「勿論、向こうの束縛を一身に受けようと、そういうわけですの!」
巨大な蜘蛛の化物が訳分からんことを言いだした。えっと、なんだって? 向こうの束縛を一身に受ける?
「まあ早い話が目の前の相手の壁役になってあげますので、さっさと元凶を始末してくるのがよろしくてよ」
「最初からそう言ってくれないか」
「ワタクシにとってあくまで束縛がメインですので」
ああそうかい。頭痛くなってきた。楽しげに鼻歌歌いながら向こうの拘束を全身に浴びているキララを一瞥し、よしじゃあ行くかと皆に述べた。
「えっと、結局、あのキララっていう魔王級は放っておいていいの?」
「まあ、現状変態なことを除けば無害だし」
「大分除くべきところが大きい気もしますが、分かりました」
リィンさんにそう答え、アイラさんが頷いたのを見て、じゃあ急ごうと俺達は踵を返す。いってらっしゃいましー、という何とも気の抜けた声を背中に受けながら、元凶であるキララとは違う蜘蛛の魔王級の下へと。
「……いや待った。そいつどこにいるんだ?」
あ、と皆の動きが止まった。そうだ、操る規模が増えたのを確認しただけで、元凶がどこにいるかはまだ分かっていない。
カッコつけて移動しようとした俺達のその間抜けな動きに、壁になっているキララも若干呆れたような顔を向けていた。
「……こういう時に探知できるのがスロウだから、まずはスロウと合流しよう」
『了解』