「エミル! って、あれ? わたしたちだけ除け者ですか?」
「たまたまだ。というかそもそも最初にお前達を探そうと思ってたんだぞ」
向こうも恐らく街全体が騒ぎになったことで急いでいたのだろう。そう時間は掛からずにスロウとシトリーに合流した俺達は、これまでこっちで起きたことを二体に説明した。
成程、と頷いたスロウとシトリーは、じゃあその魔王級として成ったであろうモンスターを探せばいいのかと述べる。
「んー。といっても、ちょっと難しいですよね」
ふぅ、と糸を吐いたスロウは、暫くするとむむむと顔を顰めた。街全体が大騒ぎになっているせいで、糸での捜索が上手くいかない。そんなことを言いながら、少し考え込むような仕草をした。
「まあそれならそれでやりようはありますけど」
「いけるのか?」
「ふっふっふー。わたしをなんだと思ってるんですか? 大魔王聖女スロウさまですよ」
「出たな欲張りランチセット」
そんな軽口を叩きながら、それで何をどうするのかとスロウに問い掛ける。まあ見ててくださいよと笑みを浮かべたスロウは、もう一度糸を吐いて街に張り巡らせる。ブツブツと切れているそれを確認していたスロウは、お目当ての一本を見付けるとこれだと手繰り寄せた。
「何がこれなんだ?」
「大騒ぎになっている場所を探知して逆算しました。一箇所だけ妙に静かな場所があります」
「成程。操っている大本がそこにいるかも、と」
「そーゆーわけです」
ふふん、と胸を張るスロウの頭を撫でる。こいつはこんなんだが自分で天才とか言うだけあってこの手の頭の回転は早い方だ。一時いた学院での成績も優秀だったし、見た目にはよらない、いや、見た目だけなら聖女だし美少女だし見た目通りか。中身の割に、が正しいな。
「撫でられて嬉しいはずなのになんかムカついてきました」
「気のせいじゃないか?」
「いーや、エミル今わたしのこと馬鹿にしましたよね?」
「ちょっとだけな」
「素直に言えばいいってもんじゃないんですよ!」
そう言ってポカポカ俺を殴ってくる。いや、普通にゲシゲシに音が変わって痛い。習った体術を使ってないですかスロウさん? 痛い、痛いってば。
「ふん。エミルなんか……まあ大好きなんですけど」
「そうか、俺も大好きだぞスロウ」
「もー」
抱きついてくるスロウを受け止めながら、それで話を戻すか、と述べた。そろそろ周りが話進めろよみたいな視線になる頃だ。
「いえ、まあ話には聞いていたのでこちらとしてはそれほど気になりませんが」
「お姉ちゃんに同じく。ラブラブでいいねぇ」
アイラさんとリィンさんの言葉を聞いてたははと頬を掻いた俺達は、こほんと咳払いを一つ。スロウに視線を向けると、こっちですと道案内を始めた。
違和感のある場所に向かっているわけだが、それが確実に魔王級のいる場所であるとは限らない。まずはそこを明確にしておこうとスロウは述べる。あくまで街が騒ぎになっている中、一箇所だけ妙に静かな場所がある、という探知だ。
「そーゆーわけなんで、もしいなくても怒らないでくださいね」
「大丈夫よ。その辺りは別に疑ってないから」
「うんうんうん……」
アリアとシトリーは当然といったように頷く。それに同意するように、アイラさんとリィンさんも大丈夫だと答えた。
キララに引き寄せられていない町の住人の間を縫うように避けながら、俺達は目的地へと向かう。そうして辿り着いた場所は、なんと街のギルド。俺達の調査の開始地点であり、キララを拘束して転がしておいた場所でもある建物だ。
「これは流石に罠だったんですかね」
「うぅん、確かにぃ……?」
「まあ、もしここに潜んでいたなら気付かないはずないだろうし」
「いえ」
ううむ、と難しいを顔をしたスロウやシトリー、リィンさんとは違い、アイラさんは周囲を観察すると成程と頷いていた。アリアも何かを察したのか表情を真剣なものに変えている。
「ひょっとしたら、最初から私達が見逃していたのかもしれません」
「そうね、アイラさんの言う通り」
「どういうことだ?」
俺の問い掛けに、恐らくだけど、とアリアは指を一本立てた。
「キララの出している存在感の影にずっと隠れてたのよ、こいつは」
「既に強力な状態になっている魔王級。そちらが目立っている影で、こそこそと動き回っていてもばれにくい」
魔王級に成りかけのこの魔物は、そうしてキララの起こす騒ぎに乗じて自身の強化を完成させたのだろう。アリアとアイラさんはそう説明した。成程、と頷いた俺達は、じゃあつまりは、とギルドの建物を見やる。
「魔王級に成った相手はここに巣を作ったんですかね」
「その可能性は高いでしょう。けれども」
言いながらギルドの中に入る。中はもぬけの殻。ギルド職員も冒険者も誰もいない。さっきいたキララが足止めしている連中の中に混じっていたはずなので、まあそうだろうといった感じだが。
「蜘蛛本体も、いなさそうですね」
キョロキョロと辺りを見渡しながらスロウが述べる。静かな理由はこれだったんでしょうか、と眉を顰めていた。
だが、しかし。もし巣を作ったここにいないとなれば、さっきの考察から考えると一択になる。
「キララのところに戻ろう」
「別の魔王級の影に隠れて移動している、でしたっけ」
俺の言葉にスロウがそう返したので頷く。そうなるとさっきのやり取りがなんとも間抜けなものになるのだが、まあキララ自体も気付いてなさそうだったのでよしとしよう。
そんなことを思いながら、俺達は再びキララが喜んで束縛されているであろう場所へと移動するのだった。
「あらみなさん、お早いお帰りで。目的達成したんですの?」
「これからだよ。てか見りゃ分かるだろ」
体の至る所に糸を巻かれながらキララが呑気にそう述べる。現状キララはでかい蜘蛛のモンスターなので、操られた街の人の拘束を食らっても大したことないんだろう。まあそれ以前の問題、というか性癖のせいもあるとは思うが。
ともあれ。これからだと宣言した俺達はキララの周囲を観察する。成程確かに、こいつの存在感に紛れてなにか別の気配がカサカサしているのを感じる。改めてみると、何で気付かなかったのかというレベルだ。
「いや、こいつの変態っぷりのせいか」
「失礼な。ワタクシはどこに出ても恥ずかしくない生活をしてましてよ」
まあ当事者はそうだろうな。そんなことを思いながら溜息を吐いた俺は、まあいいからさっさと、とそのコソコソしている気配の主を探した。
そこ、とアイラさんが空間に投擲をする。何か弾性のあるものに弾かれたそれが手元に戻ってくると、彼女わずかに顔を顰めた。
「どうしたのお姉ちゃん? うわ、蜘蛛の糸でベトベト」
「厄介なのが、この状態でもあわよくば操りの巣を展開しようとしているところです」
もう片方の武器で糸を処理しながらアイラさんがそう述べる。そうしつつ、視線は先程投擲した場所に向けられていた。
キラリ、と何かが光る。キララとは比べ物にならないほどの大きさの、しかし普通の蜘蛛としては明らかに巨大なそれがそこにいた。大体人間の子供くらいの大きさの、蜘蛛のモンスターとしては間違いなく小さなそれがもぞりと身動ぎした。成程、この大きさなら物理的にもコソコソしてたら見付からないな。
「エミル。小さくても魔王級よ。油断は禁物」
「分かってるよ」
アリアの言葉に頷きながら、俺はしかしとりあえず真正面からの攻撃に向かった。別に相手を嘗めているわけではなく、純粋な戦闘力を計りに掛かったのだ。
俺の斬撃を蜘蛛の魔王級はひらりと躱す。どうやら見た目通り、身のこなしは相当素早いものらしい。ひょい、と距離を取った魔王級は、素早く糸を吐くとそこから更に距離を取った。
「ちっ」
「エミル!? 大丈夫ですか!?」
「この程度、なら、お?」
べちゃ、と地面についたそれが瞬時に蜘蛛の巣に変わる。足を絡め取られた俺は盛大にすっ転び、それと同時に体が自分の意志とは無関係に動き出した。視線を動かすと、折りたたんであった足を一本伸ばし、まるでマリオネットのように俺を操ろうとするその姿が。
「な、めんなぁ!」
剣に魔力を込め、その場で魔法剣の斬撃を発動させた。半ば自爆のようなその行動で糸が切れて半身の自由を取り戻した俺は、鞘に魔力を込め自身の周囲を爆発させる。その勢いで吹っ飛んだが、受け身を取って即座に立ち上がった。
「無茶しすぎですよエミル」
「そうは言われてもな」
真っ先に操られるのは流石に勘弁願いたい。いや、二番目や三番目ならばいいという意味でもないが。そんなことを言いながら、とりあえず相手は徹底的に距離を取る戦闘スタイルで、相手を操ることに特化していそうだということを考えた。間接攻撃をしてくる敵は基本的に厄介だ。スライム然り、コカトリス然り。最近こんなのとしか戦ってないな。
「まあいい。アリア、シトリー、とりあえずあいつの巣はどこからでも展開されるらしいから、気を付け――」
「もう遅いんだよぉ……」
ぶん、とシトリーが俺に大剣を振り下ろしてくる。それを寸前で躱した俺は、蜘蛛の巣に絡め取られて涙目になっているシトリーを見た。
「大変だよぉ……!」
「そうみたいだな」
「何が問題って……背中に蜘蛛の巣がくっついてるから、疑似餌が脱げないんだよぉ……!」
ああ、いつもの脱出方法も使えない、と。そりゃ大問題だな。そんなことを思いながら、俺は後ろを振り向き、そして。
「で、お前もか?」
「誠に遺憾だわ」
扇を振り下ろしていたアリアの一撃を体をずらして躱した。何だか滅茶苦茶悔しそうで、それでもって嫌悪感を丸出しにしているが、そんなに操られたのがまずかったのか。
そうアリアに尋ねると、勿論それもあるけど、と顔を顰める。
「羽が、蜘蛛の巣に絡まってるのよ! これ強引に取ると絶対傷付くし……あぁもう!」
ジタバタもがきながらアリアはこちらに攻撃してくる。ああ、成程、直接攻撃しかしてこない理由はそういうことか。シトリーもアリアも、ただ操られているだけなので普段の戦闘はまるで出来ない。やれることは馬鹿の一つ覚えの直接攻撃のみ。まあ操ることに特化しているといっても所詮はそんなもんか。
「いえ、それは恐らくお二方が特殊だからでしょう」
横合いから声。どういうことだ、とアイラさんへと向き直ると、ごめーんという声とともに滅茶苦茶鋭い斬撃が飛んでくる。寸でのところでぎりぎり躱した俺は、申し訳なさそうな顔をしているリィンさんと目が合った。
その背中には、べったりと蜘蛛の巣が。
「下手に動くとすぐ蜘蛛の巣がくっついちゃうみたい。私はそれでほらこの通り」
だからごめん、という言葉とともにリィンさんが一対の短剣でこちらを攻撃してくる。さっきの戦闘の時に見ていたそのままの動きを再現するかのようなそれに、俺は舌打ちしながら悪徳の剣で弾き返そうとした。が、向こうの方が手数が多い。間違いなくこのままだと競り負ける。
その寸前で飛んできたチャクラムに短剣が弾かれ、リィンさんの攻撃は俺の頬をかする程度で済んだ。同時に周囲の蜘蛛の巣を切り刻み、こちらが動ける空間をアイラさんが作り上げる。
「ありがとう、助かった」
「礼には及びません。なにせ、妹の不始末ですので」
「うぅ……お姉ちゃん怒ってる?」
「いいえ。相手の戦力を見誤ったのは私も同じだもの」
成りたての魔王級、という言葉に惑わされたのだろう。まあそういう意味では俺も同じだ。魔王級になったばかりで、キララの影にコソコソ隠れているようなモンスター。そんな印象を持っていたから、別にそう考えずともどうにかなる。どこかでそう思っていた。
結局最初の突撃も、偉そうなことを言っていたけど結局嘗めてたんだ。
「まあ反省は後にして。とりあえず今はあれをどーにかしないと」
スロウの言葉に我に返る。それは確かにそうだ。まずやることは眼の前の魔王級をどうにかすること。
そこまで考えて、待てよ、と俺は動きを止めた。一応だけど、と俺は向こうの魔王級に声を掛ける。
「話し合いでどうにかなる相手だったりは、しないよな」
俺の言葉を理解したのかしていないのか、眼の前の魔王級はキュキュ、と蜘蛛の割には可愛らしく鳴き、蜘蛛の巣に絡まったシトリー、アリア、そしてリィンさんをこちらに突っ込ませてきた。どうやら穏便に済ませるような性格はしていないらしい。まあそれで済むような相手なら街全体を操ろうとか考えないわな。
「とゆーか。さっきまでは拘束だったのにこっちはふつーに殺しにかかってきてますよね」
「そういやそうだな。倒す相手として認識してるからか?」
「というより、能力の試しが終わったからでしょう」
操りの能力がどこまでいけるか。それを試し終わったから本格的に動こうとしている。大体そんなところか。
そんな会話をしていると、絶賛拘束中のキララがもっと大きな理由がありますわよ、と会話に割り込んできた。
「多分こいつ、ワタクシ食おうとしてやがりますわ」
「へ?」
「より強い魔王級を食らって進化しようとでも考えたのでしょう。結構な上昇志向ですのね」
「成程。今の本命はあくまでキララさんを捕食することで、私達はそれを邪魔する相手」
ふむ、とアイラさんが頷く。そうなるとこちらに殺意を向けているのも理解出来る。そんなことを言いながら、まあしかし、と言葉を続けた。
「私達のやることは変わりませんね」
「ま、そーですね」
スロウが俺達に支援を掛ける。状態異常じゃないから回復でもあれはどうにもならないんですよね、とぼやきながら、蜘蛛の巣に囚われているアリア、シトリー、リィンさんを見た。