こちらの排除にもある程度重きを置き始めたのか、わらわらと集まってくる町の住人達もこちらに回し始めた。キララの拘束自体は続けているので、あくまでこちらがメインというわけではなさそうだ。
「そういえば」
「どーしました?」
「アリアやシトリー、リィンさんと違って街の人は完全に操られてるっぽいな」
「一応、ある程度の冒険者は多少抵抗しているようですが、下級冒険者や町の住人は催眠に近い状態になっているようですね」
ただただ操られるままの町の住人達をいなしながらそんな会話をする。蜘蛛の巣自体にそういう要素も含まれているのだろう。魔王級だけあって、完全にそれに抵抗出来るのは実力者のみ、というわけだ。
まあそれでも操られてはいるんだけど。
「文句を言いたいところだけど、実際操られてるから何も言えないわ……」
アリアの悔しそうな声が聞こえてくる。いやまあ、俺も何とかする手段がたまたまあったから大丈夫だっただけで、あと一歩遅かったらそっちの仲間入りだったしな。その辺りをとやかく言うつもりはそこまでない。
「アリアちゃんの今の状態はそこまで戦力になってないですしね」
「まあ、向こうの操り方のおかげでその辺は助かってるわね」
物理攻撃しかしてこないアリアをいなしながらスロウがそう述べる。そう、蜘蛛の巣で操られているという特性上、羽が蜘蛛の巣にくっついているアリアでは普段の戦い方が出来ない。鱗粉を使ったあれそれが出来ない以上、やれる強力な攻撃は魔法だが、精神を操れていない状態なのでそれも無理。結果としてただ殴ってくるだけのアリアの出来上がりだ。スロウでも捌けるレベルなので、向こうの戦力としてはぶっちゃけ役立たずである。
そういう意味では分離攻撃が出来ないシトリーも真価はまるで発揮出来ないのだが、通常でもちゃんと戦える分厄介さはかなりのものだ。
とはいえ、最後の一人に比べるとまあ、という部分はあるのだが。
「リィン」
「ひぃん、怒らないでお姉ちゃん!」
リィンさんの攻撃をいなしながらアイラさんが目を細める。動きだけは完全に操れるという蜘蛛の巣の特性上、単純な攻撃の強いリィンさんが現状一番厄介だ。何とか抵抗できないか、と本人も試しているみたいだが、自分の意志では体に力はまるで入らないらしい。なまじっか思考は問題ないのでその表情は非常に申し訳なさそうであった。
「うぅ、こんなことなら完全に操られていたほうがマシだったかもしれない」
「馬鹿なことを言っていないで。どうにかする方法を考えるの」
「まあそうなんだけど。お姉ちゃん、チャクラムで蜘蛛の巣どうにかならない?」
「さっきからやっているわ」
蜘蛛の巣の除去は何度か試しているらしいが、取り除いたそばから新しい蜘蛛の巣が現れてキリがないらしい。一回の除去で完全に取り除けなければ、欠片から新しい蜘蛛の巣が湧くわけだ。それはアリアやシトリーの方も同様で、特にアリアの場合羽にくっついている以上除去が不可能に近い。
「ん?」
「どうしたのよ」
「そういや、羽に蜘蛛の巣ついてるなら何で動けるんだ? お前普段から飛んでるだろ?」
「ああ、これ、飛んでるんじゃないわ。糸で浮かされてるのよ」
げんなりした表情でアリアが述べる。多分シトリーとリィンさん、そしてうじゃうじゃいる街の人達も同様だろう、と言葉を続けた。成程、地面に立っているように見せているだけで、実際は蜘蛛の巣で浮かされているのか。
「成程。リィンの攻撃の鋭さが足りない理由はそれですか」
「機動力とかは落ちてるよね、っとと」
リィンさんの短剣を受け止める。さっきは動きの完全トレースかと思ったが、つまり本来はもっと鋭いのか。アリアもシトリーも。そしてリィンさんもちゃんと全員操られている分だけ弱い、と。
まあそれが分かったっところで何だって話なんだけど。
「そーかもしれないですけど」
「何かあるのか?」
「弱いって分かったらちょっと気が楽になりません?」
それはまあ、確かに? 勇者級がその力を十全に奮ってくるとなると大分厄介だが、そうでないと考えれば付け入る隙はある。というか、すり抜けるだけならなんとかなる。
「アイラさん」
「はい」
「リィンさんは抑えられるか?」
「ええ、勿論」
笑顔で頷かれたので、じゃあよろしくと頼み込む。スロウに追加の支援を貰い、足止めをされているリィンさんの横を一気に駆け抜けた。
人間の子供程度の大きさの、キララの影に隠れてコソコソしていた割には目立つ金の体色をした蜘蛛。魔王級へと距離を詰めた俺は、向こうの吐く糸を左右にステップして躱しながら剣を振りかぶった。マリオネットを操るように蜘蛛の足を動かした魔王級は、その動きでアリアとシトリーを呼び寄せていたが、遅い。俺の剣がお前を真っ二つにする方が、二体が来るよりも。
「っ!?」
ギシ、と体の動きが止まった。どういうことだと視線を動かすと、金色の蜘蛛の魔王級に隠れるように、もう一体、同じ大きさの銀色の蜘蛛が糸を吐いているところで。
「二体目!?」
思わず目を見開いたが、そんなことをやっている場合じゃない、さっきと同じように魔法剣で糸を断ち切ると、完全除去のために自身ごと爆発。ゴロゴロと地面を転がりながら距離を取ると、そこには非常に申し訳ない顔をしたアイラさんと、滅茶苦茶悔しそうな顔をしているスロウが。
「申し訳ありません。奇襲の対処が遅れました」
「あーもう!」
蜘蛛の巣に絡め取られ、俺の敵に回っていた。
「まずいな」
「むー。支援と回復の狙いが上手くつけられません」
ジタバタもがくスロウに大丈夫だと鞘で回復をした俺は、さてどうしようかと前を見た。蜘蛛の巣に囚われたスロウ、アリア、シトリー、アイラさん、リィンさんを乗り越えて向こうの蜘蛛の魔王級に辿り着かなきゃいけない。しかも相手は実は二体ときたもんだ。
「キララの影に隠れたのがいて、更にその影に隠れたもう一体がいたって感じか」
色合い的に姉妹か何かだろうか。姿を現した銀の蜘蛛は金の蜘蛛に寄り添うように立っている。仲が悪い、ということは無さそうなので、その辺りが弱点という感じにはならないだろう。
現状の一番の問題としては、戦力が俺一人になってしまったことである。他の面々は皆囚われてしまったので、どうにかして全員をかいくぐらなければいけない。
が、しかし。
「ごめん、避けて!」
「すいません。回避を」
「うわっとぉ」
リィンさんとアイラさんの短剣とチャクラムが肌をかすめる。どうやらアイラさんの方も能力を十全には出せないようで近接攻撃になっているが、リィンさんとのコンビでの攻撃はそれだけで十分脅威である。
それにくわえて。
「エミル!」
「エミルくん……!」
「エミルぅ!」
アリア、シトリー、スロウの攻撃までもが飛んでくる。とはいっても、この三体だと注意しなければならないのはシトリーだけで、スロウとアリアはそこまで気にする必要はない。だから、実質アイラさんが増えたことだけを気にすればいい。
「だからお前は気にするなよ」
「気にしますよ! エミル、邪魔だったらさっさと私を殺してください」
「全然邪魔じゃないから心配するな」
半泣きになっているスロウをなだめつつ、さてどうしたもんかと向こうを見た。このままだとジリ貧である。あの面子を掻い潜るのは至難の業だ。
何より俺一人というのがよくない。油断するとサクッと死んでしまいそうだ。今この状態で死んだら間違いなくスロウが後を追おうとするので絶対死ねないが。
「お困りのようですわね」
「何の用だ変態」
「あら、手を差し伸べようとしている相手に何たる言い草」
「いや、お前もう大分グルグル巻きじゃねえかよ」
キララの蜘蛛の巨体は、操られた町の住人の手によるグルグル巻きが完成しょうとしていた。そろそろ身動きも取れなくなってくる頃だと思うんだけど、何をどうするとその状態から手助けが出来るんだよ。
「別にそんなもの、この束縛から解放されればすぐですの。それで、どうするんですの? ワタクシの手助け、必要でして?」
キララの言葉に嘘はなさそうである。あのグルグル巻きはまあすぐに脱出できるみたいであるし、こちらの手助けをしようとしてくれているのも本当らしい。だから俺は、その提案を受けるか拒否するか、それを答えればいいだけなのだが。
「一応聞くけど。俺の仲間を傷付けるような真似は」
「しますわよ? 殺さないようにはしますが、流石に怪我一つさせないという約束はできませんわね」
迷うこと無くそう言い切った。しかし、それは逆に本気でこちらの手助けをしてくれるという証左でもある。魔王級の、ぶっちゃけ人間側でもないモンスターがそこまで譲歩してくれている。
「分かった。でも、出来るだけ」
「分かっていますわよ。では、ふんっ」
グルグル巻きを体を捻ることで強引に解除したキララは、さて、と向こうの蜘蛛姉妹を見た。ビクリと反応した金の蜘蛛と銀の蜘蛛は、後ろに下がりながら先程までキララの束縛に使っていた町の住人をけしかける。が、キララはそんなものともせずに前進していた。
「エミルさん」
「何だ?」
「ワタクシの背中に乗ってくださいまし」
「あ、ああ」
ひょい、とキララの背中に乗る。そのままゲシゲシと前進するキララは、町の住人を強引に押しのけ蜘蛛姉妹へと迫っていった。
させない、と金の蜘蛛と銀の蜘蛛が足を動かす。スロウ達が動き出し、キララの進軍を止めようと攻撃を開始した。
「おーっほっほっほ」
が、スロウやアリアの殴りでは当然ながらキララはびくともしない。シトリーの攻撃はちょっとだけ痛そうだったが。
それならば、と金の蜘蛛がリィンさんを、銀の蜘蛛がアイラさんを動かした。流石にあれはちょっと、と顔を顰めたキララは、背中の俺を引っ掴むとそのまま強引に投げ飛ばした。
「ちょ、何を!」
「こっちはワタクシに任せてくださいまし」
そう言うとリィンさんとアイラさんの攻撃を巨大な蜘蛛の足で受け止める。別の蜘蛛の足を行ってらっしゃいとばかりにひらひらとさせていた。
そうしてそのまま投げられた俺は、空中で体勢を整えて蜘蛛姉妹の眼の前に着地する。ビクリと俺に反応した蜘蛛姉妹は、金の蜘蛛も銀の蜘蛛も操らんと糸を吐き出していた。が、流石にもう何度も見た攻撃である。真正面からならば食らってやる道理はない。それらを躱し、地面についたそれから広がる範囲も確認しながら、俺は金の蜘蛛に向かって剣を振るった。
「あ……」
金の蜘蛛から案外可愛らしい声が漏れる。喋れたのか、それとも戦闘中に魔王級として更に成長したのか。まあどちらでも関係がない。そのまま剣を振り下ろして、真っ二つにするだけだ。
「だめぇぇぇぇ」
銀の蜘蛛が金の蜘蛛を突き飛ばす。剣の斬撃は、そのまま金の蜘蛛を庇った銀の蜘蛛へと叩き込まれた。斬、と銀の蜘蛛が斬撃で真っ二つになる。
「お、ねえちゃ……に、げ」
「あ、ああ、いやぁぁぁぁ!」
切り裂かれた銀の蜘蛛を見て金の蜘蛛が悲鳴を上げる。もう動かない妹の死体に縋っていた姉蜘蛛は、キッと睨むように俺を見た。
なんというか、急激にやりにくくなった。とはいえ、町の住人を操ってキララを食おうとしていた魔王級だ。そもそも話し合いに応じるか、という提案をした時に断ったのはそっちだろうに。
「まだ、しっかり喋れなかったし。強い魔王級を食べれば、成長できるって思って」
「まあ結果としてそうしなくても成長したわけだ。……じゃあ、今なら話し合いできるのか?」
「私の大事な妹を殺しておいて! 許すわけないじゃない!」
そう言うと姉蜘蛛はこちらに飛びかかってきた。蜘蛛の糸を吐き、俺の回避ルートを潰しながら俺の喉笛を食いちぎろうと迫りくる。
だが、その程度の攻撃でやられるほど俺は甘くない。相手の攻撃に合わせる形で、カウンターの斬撃を姉蜘蛛に叩き込んだ。魔王級とはいえ、成りたて、それも恐らく戦闘スタイルは搦め手でどうにかするタイプだろう。こんな風に真正面から戦うには圧倒的に能力が足りていない。
「痛い……痛いよ……」
袈裟斬りにされた姉蜘蛛はその場にぼとりと落ちる。致命傷を受けたその体を引きずりながら、真っ二つにされた妹蜘蛛の下へと這っていった。
「ごめんね……私……仇、取れなかった……」
その言葉を最後に、姉蜘蛛も動かなくなる。二体寄り添うような形になった死体を見下ろしながら、俺はなんというかものすごい後味の悪さを感じていた。
「殺しましたのね」
いつの間にか人型に擬態したらしいキララがひょいと死体を覗き込む。まあ人間の街にこれだけ迷惑を掛けたのだから、それも仕方ないと言葉を続けた。
「そういう意味ではお前も討伐対象なんだけどな」
「あら、ワタクシは束縛を勧めただけですのよ?」
しれっとそういうことを抜かすキララ。そうしながら、ところで、と話題を変えるように俺を見た。
「他の方々の無事を確認しなくていいんですの?」
「あ。そうだな」
その言葉に慌てて振り向く。操りからは解放されたものの、蜘蛛の巣そのものは消えなかったらしく、皆除去に手間取っていた。特にアリアは羽への被害が甚大である。
「どうしたのよ、そんな顔して」
そんな状態にも拘らず、アリアは俺を見るとそんな言葉を掛けてきた。いや別に何でもない、と返したが、アリアは信用しておらずジト目を向けてくる。
「まあ、言いたくないならいいけど、スロウが見たら一発よ?」
「わたしがどーしました?」
ひょこ、とスロウが現れる。そして俺の顔を見て表情を変えると、向こうでキララが見下ろしている死体に視線を向けた。
「またですか」
「な、何がだよ」
「いやまあ、町の住人に盛大に迷惑はかけましたけど、確かに人死は出してませんしね」
「ああ、そういうこと?」
スロウの言葉にアリアもなにか合点がいったらしい。やれやれ、と肩を竦めている。
そんなタイミングでシトリーもやってくる。どうしたのか、と首を傾げていたので、何でもない、と俺は答えた。答えようとした。
「エミルがさっき殺した魔王級を助けたいとか言い出したんですよ」
「言ってない言ってない」
「顔が言ってるのよ。後味悪いって」
「ああ、いつものぉ……」
シトリーも成程といった様子でぽんと手を叩く。なんだよいつものって。
「モンスターたらし」
スロウが即答した。何だよそれ、俺がいつそんなこと言われるようなことをしたんだよ。そんな意味を込めて睨んだが、スロウはどこ吹く風である。
「わたしとしては、わたしを操ってエミルに攻撃させたってところは許せませんけど」
「別にそう大して脅威でもなかったけどな」
「……むー。庇うんですか向こうを」
「違う、お前が気にしないようにだ」
大体お前以外の全員に攻撃されたんだから正直そこら辺はもうどうでもいい。だから気にするなともう一度言いながらスロウの頭を撫でた俺は、それで、と話を戻すように言葉を続けた。いや、正直戻したくはないが、そうしないと誤解が加速してしまう。
「ま、いーです。じゃあとりあえず《リザレクション》しますね」
「人の話を聞け。だから俺は」
「《リザレクション》」
ててて、と死体まで移動したスロウが《リザレクション》を掛ける。真っ二つと袈裟斬りにされていた蜘蛛の体が、何事もなかったかのように再生していった。
「え……?」
「あれ……?」
むく、と起き上がる蜘蛛姉妹。確かに死んだはずなのに、とキョロキョロと周囲を見渡すその姿を見て、俺は。
「安心したって顔してるわね」
「してない」
「ふふっ、素直じゃないんだよぉ……」
「そんなことはない」
「まあ、エミルですしね」
アリア、シトリー、スロウに言われて、俺はふんと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。