「ど、どういうつもり!?」
「お、おねえちゃん……」
金の姉蜘蛛がこちらに食って掛かる。いやまあ当然の反応だよな、と思いながら、まあ落ち着けと姉蜘蛛を宥めた。銀の妹蜘蛛の方はその辺り素直らしく、はい、と頷いている。
「えっと、そもそもお前らを蘇生させたのは勘違いというか」
「勝手に蘇らせてまた殺すってこと!? そんなに私達を殺したいの!?」
「いやそうじゃない、けど、確かに誤解を招く言い方だったな、ごめん」
「あ、い、いえ。お姉ちゃんも急に蘇ったので混乱しているんだと思います」
「ちょっとアル! 私は別に混乱なんて」
「落ち着いて、おねえちゃん。どっちみち、今ここで戦ってもまた殺されるだけだよ」
「ぐぅ……」
アルと呼ばれた妹蜘蛛に言われ、姉蜘蛛も引き下がる。が、しかしこちらを睨み付けるように見ながら、続きを話せと促した。
分かった、と頷いたものの、続きと言われても何をどうすればいいのかさっぱりである。いやまあ、蘇生した理由を知りたいんだろうけど、ぶっちゃけスロウが勝手にやったことだし。
「いーんですかそれで」
つんつん、と俺を肘で突きながらスロウが言う。良いか悪いかで言うとそれでいいんだけど、しかしそれを迷惑に思っているかどうかというと。
……ふう、と俺はこちらを睨む姉蜘蛛と心配そうに見ている妹蜘蛛を見て安堵の溜息を零した。
「とりあえず、復活してよかった」
「なんでよ」
「おねえちゃん……」
「だってそうでしょ? 私たちどう考えても討伐対象だったじゃない。何で復活してよかったなのよ」
「まあ、それは確かに」
首を傾げたアルは、こちらを見てどうしてですかと問い掛ける。そんな素直な疑問に、俺は思わず視線を逸らした。
「いや、まあ、なんていうか。……殺すほどでもない、と思ったから?」
「思い切り叩き切っておいてよく言うわ」
「おねえちゃん」
「だってそうでしょ? アルも私も、こいつに一撃で斬り殺されたのよ?」
まあそこら辺は戦闘の結果だし言い訳のしようもない。かといって謝ることでもないので俺は無言を貫く。ちなみに横のスロウはそんな蜘蛛姉妹をじっと見ていた。やっぱり殺しましょうとか言い出さないよな?
「エミル、わたしがそんなこと言うとでも思ってんですか?」
「いや、思わないけど。何か睨んでるっぽかったから」
「いや、別にちょっとクーヤを思い出してただけです」
自分達はあれほど仲良くないよな、とかちょっと思っていたらしい。いや、心配しなくてもクーヤは姉様大好きだから。
そんなスロウのフォローをしていると、横合いから声がかかった。アイラさんとリィンさんだ。一応大人しく見ていたけれども、と述べ、そうして俺達から蜘蛛姉妹に視線を移す。
「流石に討伐したモンスターを蘇生させるのは」
「いやぁ、それやっちゃって良いんだって思ったよね」
苦笑しながらそう続ける。話しぶりからすると、俺達の行動を咎める、というわけではなさそうだ。妖精姫からその辺りの話を聞いていたと言うので、まあ多分コイナやラティ辺りのエピソードのことだろう。
「二つも前例がある時点でまあいつものって言われてもしょうがないわよね」
「というか……ワタシたちがそもそも最初の前例だよぉ……」
アリアとシトリーがそんなことを話しているがとりあえず聞かなかったことにする。よくよく考えると確かにそんなことばっかりやってる気がするが、これでも一応考えてはいるんだぞ。
「はいはい。で、その考えた結果この二体は助けるの?」
「それは、話し合い次第、だと思う」
アリアが肩を竦めながらそう述べた問い掛けに、俺は少し歯切れ悪く答えた。アリアやシトリーの時みたいに最初から友好的なわけじゃないし、コイナの時みたいに助けを求められたわけでもない。事例としてはラティの時が近い気もするが、でもこいつらとはちょっと事情も違う。
だから、結局これからの会話で、場合によってはもう一度討伐をする必要がある。
「なあ、姉蜘蛛」
「なによ。私はオルって名前があるんだからちゃんと呼んで」
「じゃあオル。お前は結局どうするんだ?」
「どうする、って生きたいかどうかってこと? そんなの生きたいに決まってるじゃない。何で好き好んでもう一回死ななきゃならないのよ」
「それなら」
「あんたの使役にでもなれってこと? 何で一度自分を殺した相手に媚びへつらわなきゃいけないのよ!」
「おねえちゃん!?」
「まだ何も言ってないし、別にそれが嫌ならならなくてもいい」
まあオルの考えはもっともだしな。ラティにみたいに自分をぶっ倒した相手と仲良くしてるのが特殊というか。
そんなことを思ってはいたが、妹蜘蛛、アルの方は意外とそんなしがらみはないらしい。それで生き残るのならば、と頷いていた。
「ちょっとアル!?」
「でもおねえちゃん、このままだとまた殺されて今度こそおわりだよ?」
「アルこそ落ち着きなさいよ。今こいつ言ったわよ? 別に嫌ならならなくてもいいって」
「交渉決裂で改めて討伐、でしょ、その場合」
ですよね、とこちらを見るアル。訂正、しらがみがないとかじゃなくて単純に怯えられているのかもしれない。溜息を吐きながら、俺はしないしないと首を横に振った。
そうしながら、ただし、と指を立てる。
「まあこれから先、討伐対象になるようなことをしなければ、だけどな」
「人食い? 別にするなって言うならしないけど」
意外にもその話にさらりと答えたのは姉蜘蛛、オルの方であった。アルの方は、姉に追従するようにしませんもうしませんと首をコクコク縦に振っている。
「あら、今回のような騒ぎもですよ」
アイラさんが俺の言葉を引き継ぐようにそう述べる。まあつまり人に迷惑をかけるなということなのだが、正直モンスターである以上それは中々に厳しいであろう。
「それは魔王級として成長するなってことでしょうか?」
「うーん。普通の勇者級の意見としてはその通り、なんだけど」
そこのところ大魔王さんはどうなの、とリィンさんがスロウと俺を見る。スロウは当然というか、それはエミル次第ですね、と答えていた。
「別に成長するなってわけじゃない。騒ぎを起こさなければいいってだけだ」
「あれもだめ、これもだめ、で成長なんか出来っこないわよ」
「そーですか? わたしなんか下級のミミックロウラーでしたけど、エミルと一緒にいたおかげで大魔王級になりましたよ?」
「大魔王?」
そうか、モンスターにはまだその辺浸透してないのか。そんなことを思いながら、属性頂点が魔王級を超えたモンスターとして認めた存在だ、とまあ色々端折った説明をする。キララもその辺を知らなかったのか、それは凄いですわね、と頷いていた。
ともあれ。別に人を襲わず、人に迷惑をかけず――これはまあ微妙なラインな気もするが、多分大丈夫だろう――成長した実例がここにいる以上、出来ないということはないはずだ。
「それって結局あんたたちについていかなきゃいけないんじゃないの?」
ジト、とオルが俺を見る。別にそんなことしなくても、安全な魔王級認定されればまあ問題はないはずだ。ヤマタノオロチみたいな実例もあるし。
よくよく考えるとあいつ何で安全な魔王級扱いなんだ? まあいい、考えていると頭が痛くなりそうなのでやめよう。
「あ、そうだ」
そんな折、リィンさんが良いこと思い付いたとばかりに手を叩いた。まず大前提としてそこの二体は死にたくない。そうリィンさんが問い掛けるとオルもアルもコクリと頷く。
「で、成長もしたいわけだよね?」
「もちろん」
「は、はい」
「でもエミルくんの方に頼りたくはない、ってことだ」
「リィン、貴女まさか」
「私たちに頼るってのはどうかな?」
帝国のギルド、の横にあるカフェにて、事情を説明された妖精姫が頭を抱えていた。
「嘘っスよね……まさかエミルさん以外にこんな発想をする人がいるなんて……」
はぁぁぁぁ、と床に溜まるほどの深い溜息を吐いた妖精姫は、しかしまあしょうがないと視線を向けた。
金髪のツインテールをしているツリ目の美少女と、銀髪のツーサイドアップのタレ目の美少女を見て、妖精姫は表情を真面目なものに変える。それを見た二人の美少女、否、二体の擬態した蜘蛛のモンスターはビクリと震えた。まあ相手は属性頂点、勇者級である俺にも勝てないんだから二体は絶対に敵わない相手だしな。文字通り吹けば飛ぶ存在だ。
「オルとアル、双子の姉妹蜘蛛。成長するために、そこの二人を後見人にして冒険者をやる……で、あってるっスか?」
「は、はい!」
「その通りです」
緊張しているのか少し声が上ずっている。微笑ましいな、と思わず笑みを浮かべた俺は、オルに思い切り睨まれた。アルはそんな視線の先の俺を見て少し安堵したのかニコリと微笑む。姉と違って妹は素直で可愛いな。
「娘を見る親の気持ちってこんな感じなんですかね」
「どうだろうな」
横のスロウもオルとアルの姉妹蜘蛛を見ながらそんな感想を零していた。どうでもいいが、娘だとすると大分成長してるぞあの姿。冒険者としてギリギリくらいの年齢だから、俺より少し下くらいだろ。
「姉様。妹、不要?」
「そんなことあるわけないじゃないですか。クーヤは可愛い妹ですよ」
ぎゅー、と妖精姫についてきて見学していたクーヤを抱きしめる。まんざらなでもない表情をしているクーヤを見て、やれやれと肩を竦めた俺は再度視線を向こうに戻した。
「というか、アイラさん、リィンさん。大丈夫っスか? この娘らが何かやらかしたら責任は二人に行くっすよ?」
「その時はその時です」
「ま、大丈夫ですよ」
「エミルさん達に大分感化されてるっス……」
失礼な。俺達だってこういう時はもう少し考える、ような気がしないでもないと思う、多分、きっと。
「基本モンスターたらしの時は考えなしよ、あんたは」
「うんうんうん……」
アリアとシトリーのダメ出しである。聞かなかったことにしながら視線を逸らした俺は、妖精姫の前に出て言葉を紡いだ。まあいざとなったら俺も責任取るから。と、そう続けた。
「蘇らせたのは俺達だしな」
「……まあ、そこまで言うなら仕方ないっスね。あちきとしても別に説教したいわけじゃないっスから」
やれやれ、と溜息を吐いた妖精姫は、それじゃあ、と蜘蛛姉妹を見て、そしてマスターに声を掛けた。適当な依頼を一つやらせてみよう、と述べた。
言われたマスターはそうだな、と依頼帳をペラペラと捲る。ここはカフェなので依頼掲示板は置かれていない。
ちなみに何でカフェでやってるかといえば、ギルド内だと色々面倒なことになりそうだったので、人のいないカフェにしたというわけだ。しかし客足、俺達がいなくなったらあっという間になくなったんだな。アイラさんとリィンさんもいないから余計に、か。
「じゃあ、これでもやろうか。相手は上級モンスターだけど」
「これでも魔王級よ、大丈夫に決まってるじゃない」
「おねえちゃん……」
大丈夫かな、という表情をしているアルをよそに、オルはマスターに言われるがまま上級モンスターの討伐を受けていた。相手はサラマンダー。ラミューの種族であり、強靭な四肢から繰り出す攻撃と火属性の攻撃を組み合わせる強敵だ。まあ準魔王級でもないならば魔王級である蜘蛛姉妹なら問題ないだろう。
そうは思いつつ、まあ最初の依頼だからと俺達も見学がてら一緒に行ったわけなのだが。
「あつっ! あっつい!」
「おねえちゃん!? きゃぁ!」
ボッコボコである。まあ虫系モンスターって割と火に弱いしね。サラマンダーの火属性攻撃に怯んでいる内に尻尾と前足で盛大にぶっ飛ばされた。言っていいのか悪いが、弱い。まあ真正面からの攻撃を得意としていないのは分かっていたが、本当に魔王級か、と言いたくなるくらい直接戦闘が貧弱だ。
「うーん。もうちょっとランク落としてた方がよかったっスかね」
最初こそ警戒していた妖精姫も、ここまでボコされると心配が勝ってくる。まあ割と最初から心配してたけど。本当にお人好しというか。ハラハラしながら見守りつつ、そんなことを呟いていた。
「師匠」
「どうしたんスか?」
「援軍、必要?」
「うーん……」
クーヤの提案に妖精姫が考え込む。まあ確かにあのボコされようじゃそう思っても仕方ないとは思うが。こっちでも、スロウがちょっとくらい支援しましょうかと提案していたくらいだ。
「いらないわよ!」
そんな会話が聞こえていたのだろう、オルが振り向かずに叫んでいた。こんちくしょう、とメイスを構えて突撃している。
「おねえちゃん!? もう」
そんなオルを見て、アルもまた剣を構えると駆けていった。人型に擬態した際、それぞれ冒険者らしい武器を、ということで用意されたそれを使いながら、二体は再度サラマンダーに接敵する。こんにゃろう、とメイスでサラマンダーを殴りつけたオルは、しかしカウンターを受け再度ぶっ飛んだ。そんな姉を一瞬目で追ったアルは、しかし真っ直ぐに前を見ると向こうの攻撃を剣で受け止める。思い切りの良さはともかく、人型の戦闘センスは妹の方が上のようだ。
「んー」
「どうしたスロウ?」
「流石にちょっと見てらんないですね」
「まあな」
すっ転がっているオルを見る。まだまだ、と立ち上がっているが、もう割と限界そうであった。向こうでサラマンダーの攻撃を受け止めているアルの方も同様だ。このままだとそう遠くない内に二体とも倒されるだろう。今回はこうやって見守り組がいるから死ぬことはないだろうが、そうでなかった場合の結末は言うまでもない。
「クーヤ」
「何? 姉様」
「とりあえずあのサラマンダー、追い払ってください」
「了解」
糸で鎌を作り上げたクーヤが一気に駆ける。剣を弾かれ無防備になったアルに追撃をしようとしていたサラマンダーに割り込む形になったクーヤは、その鎌でサラマンダーをぶっ飛ばした。盛大に宙を舞い、そしてバウンドするサラマンダー。何かこの間より更に強くなってないか? いやまあ、属性頂点二体に鍛えられてるんだから当然だろうけど。
「上級。相手。余裕」
「……まあ、それもそうか」
「とはいえ、もうクーヤも魔王級を名乗っても問題ないくらいにはきてるっス」
まあ、確かに。そこで伸びてるのとへばってるのが魔王級なのに、クーヤが準魔王級止まりってのは考えにくいしな。
そんなことを思いながら、大丈夫か、と俺達はオルとアルに駆け寄る。ちなみにサラマンダーはさっきの一撃で力の差を感じ取ってさっさと撤退していった。
「うぅ……こんなはずじゃ」
「ボロボロです……」
がくりと落ち込む二体。魔王級に成ったからには、この程度余裕だと思っていたのだろう。会話も出来るようになったし、人に擬態も出来るようになった。力は着実に蓄えられている。
「まあでも、能力があれの時点で、直接戦闘はそうだろうなと薄々思ってた」
「そーですよね」
蜘蛛の糸で操る、が主な攻撃方法だと必然的にこうなるというか。擬態状態で同じ手段を使うという発想も出てない時点でまだ未熟というか。俺がそう述べると、はっ、と気付いたように目を見開いたのでまあそういうことなのだろう。
「じゃ、じゃあ今度こそ」
「やめとけ。それやったってきっと結果は同じだ」
「何よ。あんたに何が分かるのよ」
「少なくとも戦い方とか、その辺は分かるぞ」
そう述べるとオルがぐぬぅと唸る。まあ自覚があるならまだマシだろう。アルの方はもっと顕著で、目に見えて落ち込んでいるのが分かった。
さてではどうするか、と考える。まあ一番堅実なのはランクを下げて、普通に下級冒険者から始める方法だ。実力的にはまあ多分中級くらいがいいかもしれないが、どっちみち下の方で戦うのは変わりない。
が、こいつらは魔王級として成長したいという目標がある。中級に格下げして改めて、とか言うとアルはともかくオルは暴れるかもしれない。
「でも、そこはしょうがないっス」
妖精姫も同じ結論になったらしい。仕方ないから中級に格下げしてもう一度依頼を受け直そう。そう提案すると、アルは仕方ないですと項垂れ、オルは妖精姫の言葉なので逆らえないが明らかに不満そうであった。
「エミルさん、スロウさん」
そんな二体を見て、妖精姫がこちらに視線を向けた。どうした、と問い掛けると、申し訳ないがお願いがある、と言葉を続ける。まあ大体予想つくが。
「二体の修行、やってくれないっスか?」
「別にいいけど、後見人のアイラさんやリィンさんの方がいいんじゃないのか?」
「私達と彼女達の戦闘スタイルがあまり合わないので」
「そうそう。正直教えられることが少ないんだよね」
そういうわけなのでこの通り。そう言ってアイラさんとリィンさんに頭を下げられる。
妖精姫も合わせて、そんな面子に頭を下げられたら、断ることなんか出来ないわけで。
「よく言うわよ。最初からその気だったでしょ?」
「そういうところは捻くれ者だよぉ……」
「まあ、エミルですしね」
「何だよお前ら」
仕方ない、とその修業の申し出を受けた俺を、三体が生暖かい視線で見守っていた。