と、いうわけで。
「ぐぅ……」
「よろしくお願いします」
修行の時間である。オルは渋々、アルは素直に俺達の提案を受け入れた。ギルドの訓練場を貸し切り、あのサラマンダーを討伐出来るくらいまで鍛えるのが目下の目標である。
まずは力試し。サラマンダーとの戦いで実力は分かっているが、自分でも確かめてみようとそういうわけなのだが。
「あ、あの、また真っ二つにされたりとか」
「しないしない」
俺が剣を構えるとアルはビクリと反応した。いやまあ、一回殺してるしね。とにかく今は大丈夫だと改めて言い聞かせ、とりあえず攻撃してこいと述べる。その言葉に気合を入れたアルは、一足飛びで間合いを詰めて斬撃を放った。実力としてはまあまあ。少なくとも中級ならばやっていけるだろう。擬態した人間の体にも慣れてきている感じだ。
「けど、まあ、そんなもんか」
「あうっ」
向こうの斬撃を受け止めてかち上げる。思い切り無防備になったそこに、切れ味を落としに落とした悪徳の剣でぶった切った。斬撃というより打撃のそれを食らい、アルが地面に倒れ伏す。
「ひぅ……手加減とか、してくれないんですね……」
「いやしてるしてる」
涙目で俺を見上げるアルにそう告げると、絶望したような顔で項垂れた。いや、といっても本気で殺しにかかってないという意味なので、まあそういう意味では手加減していないと言わないこともないか。そう伝えると、慰めになってません、と返された。
「しかし、本当に搦め手以外の能力は貧弱だったんだな」
「そうはっきり言われると傷付くんですけど」
うう、と泣きそうな顔のアルの頭をまあ成長はしてるぞ、と撫でながら、とりあえずモンスターの能力を擬態状態でも十全に使えるように鍛えるところからだと続ける。スロウ、アリア、シトリーもその辺が出来るからこその魔王級だろうし。スロウはなんか違う気もするが。
それで思い出したようにスロウの方を見る。とりあえずオルの方はスロウが見る、という話だったので任せてみたが、いったいどうなっているのか。
「こ、こんな感じ?」
「お、いー感じですよ」
オルがスロウに何かを掛けている。いや、何か、というか支援魔法だ。そういえば擬態したオルは金髪碧眼。まあ所詮擬態なので参考程度でしかないが、一応聖女の素質を持っている扱いでもいいのだろう。そう判断したらしいスロウは支援や回復魔法をオルに学ばせているようであった。
「わ、おねえちゃん、凄い」
支援魔法を学んでいるオルを見てアルが目を輝かせている。どうやら姉が活躍しているのが誇らしいようだ。
「じゃあ負けないようにこっちも鍛えないとな」
「は、はい!」
返事をしたアルが剣を構える。真っ直ぐに俺を見て、そして間合いを詰める。ここまではさっきと同じ。だが、さっきより動きが鋭くなっている。やっぱり魔王級として成長途中なんだな。
そういう意味では、あの時まだ成りたてのこいつらを討伐出来たのは運が良かったというべきか。
「っと」
「え?」
まあまだ甘い。アルの攻撃を受け止めた俺は、力を抜いて向こうの体勢を崩し、鳩尾に剣の柄を叩き込んだ。きゃう、という可愛らしい悲鳴とともにアルがぶっ飛び地面に転がる。
「うぅ……痛い……」
「痛いで済んでるんだからマシだ」
普通の中級程度なら割と気絶してもおかしくない勢いでぶっ飛ばしたので、まあその辺りは流石魔王級。この調子なら模擬戦で成長させて行く方向で良さそうだ。
「ちょいやー!」
向こうは向こうで声が聞こえる。視線を向けると、オルがスロウにぶっ飛ばされるところであった。まあ支援を増し増しにしたスロウ相手は相当厄介だからああなるのも仕方ないというか。普段後方支援に徹しているから忘れがちだが、ああ見えてスロウは聖女、通常戦闘もこなせるのだ。他の聖女と違ってバフで無理矢理戦闘能力を底上げした力押しではあるけれども。
そんなわけで地面に転がったオルはそのまま動かなくなった。やりすぎましたかね、と回復させているスロウを見ながら、俺は向こうも頑張ってるな、と呟いた。
「おねえちゃん!?」
「スロウがいるから死んでも復活するよ」
「そういう問題ではなくて……ああでもそのくらいしないと強くならないのかも……」
そんなことを真面目に悩み始めたアルは、そこで何かに気付いたようにこちらを見た。若干涙目である。
「あの」
「ん?」
「わ、私も、その、殺されるくらいの方が修行になるんでしょうか」
「……いや、それはどうだろう」
別に修行にかこつけてぶっ殺したいわけでもなし。というか全力の全力で行くと間違いなく眼の前のアルは死ぬ。あの時より強くはなっているが、それでも、といった感じだ。
「そもそも、死にたいわけじゃないだろ?」
「し、死にたくないです。けど、中々強くなっている気がしなくて」
しょぼん、と俯くアル。ううむ、まあちょっとずつの成長では中々実感が湧かないというのは何となく分かるが。かといって一気に成長させるきっかけみたいなものでもあるかというと。
「あ、そうだ」
「はい?」
「モンスターの能力をできるだけ使うようにしながら戦ってみてくれ」
「能力、ですか」
そう言われても、首を傾げるアルだったが、とりあえずやってみろという俺の言葉に従うように武器を構えた。そうしながら、口から蜘蛛の糸を吐き出す。
俺はそれを左右に回避して躱して、と?
「ん?」
「もらいました!」
飛んできた糸が蜘蛛の巣に展開された。そういえばこいつらの能力ってこんな感じだったっけか。半身を蜘蛛の巣で絡め取られ動けなくなった状態で、アルの攻撃を捌くのは確かに難しい。だが、出来ないわけでもない。
「え、嘘!?」
まあ出来ないわけでもない、は結構キツイ。とはいえ、まだこの程度の攻撃ならば受け止めきることは。
「ま、負けません!」
「うわっ」
そう思った矢先、アルの動きが目に見えて良くなった。成程、これが魔王級の成長というやつか。一気に上級冒険者くらいにまで斬撃のキレが跳ね上がったアルのそれは、流石に半身が動かない状態では捌ききれないわけで。
舌打ちした。意識を集中させ、アルの動きがゆっくりに見えてくる。向こうの斬撃一撃に対し、俺はそこに三撃叩き込んだ。一瞬で連撃を叩き込まれたアルは、剣ごと腕が弾き飛ばされたことで目を見開いた。
集中を解く。がら空きのボディに剣を叩き込むために剣を振るった。
「まだです!」
バリ、とアルの背中から蜘蛛の足が生えた。それが糸を操るように動き、それと同時に俺の動かなかった半身が俺の意思とは無関係に斬撃を止めようと動き出す。がっしりと手首を掴んだ俺の半身はトドメの斬撃をギリギリの場所で止めていた。
「もらいました!」
「まだまだ!」
そういうことなら、と俺は魔法剣をその体勢のままぶっ放す。自分ごと蜘蛛の糸を無理矢理引きちぎった俺は、そのままアルを蹴り飛ばした。カウンターになったそれによって地面を転がったアルに、追撃とだとばかりに足に力を込めて一足飛びで間合いを詰める。割と無理矢理蜘蛛の糸をぶち破ったせいで、体が痛い。が、気にしない。
げほげほと咳込んでいるアルに向かって、俺は思い切り斬撃を叩き込んだ。手加減なしの全力である。悪徳の剣は切れないようになっているとはいえ、俺のそれをぶち込まれたアルは吹き飛び、バウンドし、そしてゴロリと地面に転がった。当然というか、ピクリとも動かない。
「あ、やば」
「アル!?」
それを見ていたオルが慌ててアルに駆け寄る。覚えたての回復魔法をズタボロになったアルへと使っていた。スロウも手伝おうかと覗き込んでいたみたいだったが、どうやらそこまでではないらしい。うんうんと頷くと、こちらにてててとやってくる。
「意外といける感じです? エミル結構全力でしたよね?」
「あー、うん。思い切りぶった切った」
逆に言えば、普通に魔王級と戦ったくらいの意識であったというわけだ。中級冒険者程度であった強さが、模擬戦で修行をして一気にちゃんと魔王級に跳ね上がった、と見てもまあいいだろう。
「これならリベンジできるかもな」
「そーですね」
修行は一旦終了。次は結果を試す番だ。一旦保留になっていたサラマンダーの討伐依頼、それを再開しようと前回の場所へとやってきていた。
「いけるか? オル、アル」
「当然よ」
「大丈夫です」
オルもアルも自信を持ってそう頷く。今度は妖精姫は監視しておらず、俺達とアイラさん、リィンさんだけだ。まあ勇者級が見守っている時点で大分過保護ではあるが。
「一応私達は後見人でもありますから」
「そうそう。初依頼がどうなるか、改めて見ておかないとね」
そう言って笑うアイラさんとリィンさん。修行は上手くいったのでしょう、と問い掛けてくるので、まあぼちぼちと答えておいた。
この間追い払われたサラマンダーが姿を見せる。今回は自身をぶっ飛ばしたクーヤがおらず、そして戦うのはこの間叩きのめした二体だということで安堵しているようであった。これならば脅威を排除して、そして問題なく暴れられる。そんなことを考えているのか、笑うように咆哮をあげたサラマンダーは、火属性のブレスを二体に向かって放った。前回はこれで一気に崩れた。
「流石にもう喰らわないわよ!」
「おねえちゃん、いくよ!」
ブレスを難なく躱す。と、同時に自身とアルを支援魔法で強化したオルは、前回の恨みだとばかりにメイスで殴りかかった。サラマンダーの脳天に鈍器が叩き込まれ、ほんの僅かだが相手がぐらつく。
「アル!」
「了解!」
その隙をアルは逃さない。剣を構え、一気に間合い詰めるとサラマンダーを袈裟斬りにした。とはいえ、まだ威力が足りない。流石に一撃で倒せはしなかったが、しかしサラマンダーに小さくない傷が出来る。
サラマンダーが吠えた。前回とは違うと判断したサラマンダーは、炎を周囲にばら撒きアルのさらなる接近を防ぎ体勢を整えていた。
「あの炎が厄介ね」
「どうしよう、おねえちゃん」
修行をして攻撃力は上がったものの、防御力は劇的に変化してはいない。相変わらず彼女達は蜘蛛のモンスターなので、火属性攻撃に弱い。シトリーくらい成長すれば弱点属性の攻撃を食らってもなんとかなるレベルになるだろうが、いかんせんまだ魔王級なりたて、弱点は弱点のままだ。
サラマンダーはそんな攻めあぐねている姉妹を見て笑った。火属性攻撃をメインにしながら、ゆっくりと確実にオルとアルと追い詰めていく。
「どーします?」
スロウがそんな状況を見て俺に問い掛ける。いやどうするもこうするも、あいつらがまだ頑張ってるんだから見守る以外に選択肢はない。そんな言葉を返すと、まあそうですよね、とどこか満足そうにスロウは頷いた。
「でも、どうなの? あそこから逆転出来るわけ?」
「結構、厳しいんだよぉ……」
アリアとシトリーもそんなことを述べる。まあ確かに弱点属性の相手というのは中々に厄介だ。どうにかするとすると、シトリーみたいに弱点を補うくらいに耐久値を高めるか、アリアみたいにその攻撃を喰らわない遠距離から攻撃するか。そのどちらも、オルとアルには持ち合わせていない。
まあそうなると後は気合と工夫でどうにかするしかないわけだけれども。
「おねえちゃん」
「どうしたのよ」
「私が突っ込むから、おねえちゃんは支援をお願い」
「ちょ、ちょっとアル? 大丈夫なの?」
「大丈夫。エミルさんとの修行で私、強くなったんだよ?」
「……何であいつをそんなに信頼してるか分からないけど。じゃあ、信じるわよアル」
「任せて!」
そんな会話をしながらアルがサラマンダーに突っ込んでいく。無謀な特攻だと判断したのか、サラマンダーはそんなアルの動きを見て笑うように吠えた。炎を撒き散らし、アルの動きに制限をかけてから、炎のブレスで消し炭にしてやろうと大口を開ける。
「蜘蛛の巣は、こういう使い方もあるんです!」
糸を連続で吐き出す。眼の前に盾のように出現させた何重ものそれで、真正面からのブレスを受けきった。そういやあれ除去が結構大変だったな。成程、除去のし辛さを逆手に取ったわけだ。
「それから」
サマランダーの口に糸を吐いた。べちゃ、とサラマンダーの大口に張り付いたそれは、やつのブレスを封じて火属性攻撃を行わせない。
それならばと前足を振り上げたサラマンダーは、アルの剣でそれを受け止められたことで驚愕で目を見開いた。前回とは違い、そのまま均衡を崩すことも出来ず、相手はびくともしない。
「エミルさんの攻撃のほうが、ずっと強い」
ぐぐぐ、と徐々にサラマンダーが押されていく。オルの支援も込みで、アルの強さがサラマンダーのそれを上回ったのだ。
サラマンダーの前足を弾き飛ばしたアルは、そのままその前足を蜘蛛の巣で拘束する。回避も出来なくなったそれに向かい、アルは剣を構え直した。
「おねえちゃん! 今だよ!」
「了解。いくわよ!」
裂帛の気合を入れ、二体がサラマンダーに突っ込んでいく。オルはメイスを、アルは剣を、それぞれ回避が困難になったサラマンダーに向かい、全力で叩き込んだ。
頭部を叩き潰されたサラマンダーは、ぐらりと揺れ、そのまま倒れて動かなくなる。流石にもう動き出すことはないだろう。見事に討伐完了である。
「や」
「や」
『やったぁぁぁぁ!』
倒したサラマンダーを見て、そして喜び抱き合う二体。俺達もそんな姉妹を見て、よくやった、と笑みを浮かべていた。
「とりあえず、この調子ならば冒険者も順調にこなせるでしょう」
「帝国の新しい勇者級になってくれると万々歳だね」
笑みを浮かべたままアイラさんとリィンさんもそんなことを述べる。そういえば帝国は勇者級は二人しかいなかったりするのか。
「一応候補は何人かいるけれど」
「まあこの間のゴタゴタで認定もされなくなっちゃって。当分増えないかなぁ」
ああ、成程。それはご愁傷さまというべきか。ゴタゴタがあったから新しい勇者級候補が生まれたと喜ぶべきか。
そうやって会話をしている間に、オルとアルがこちらにやってきていた。オルはスロウに向かって、ありがとうございましたと頭を下げている。あいつ、素直にお礼とか言えたんだ。
そんなことを思っていると。
「エミルさんっ!」
「うわ」
「ありがとうございます! エミルさんのおかげで、私、私」
抱きついてきたアルを受け止める。いや、俺は言うほど何もしてないぞ。ただボッコボコにしただけだしな。強くなったのは単純にアルが魔王級として成長したってだけだ。
そんなことを言ったのだが、アルは気にせず俺に抱きついて離れない。
「エミル」
「え? 俺?」
スロウがジト目で俺を見た。いやこれ俺悪くないだろ。というか別に誰も悪くない。
「まあそーなんですけど。彼女としては嫉妬しますよ?」
「それもそうか。アル、いい加減離れてくれ」
「あ、はい、ごめんなさい」
名残惜しそうに俺から離れるアル。そんなアルを見て、俺は小さく溜息を吐くと、その頭をゆっくりと撫でた。
「ま、頑張ったな」
「――はいっ!」
「だからそーゆーことすると。もー、このモンスターたらし」
なんか隣でスロウが拗ねた。心配しなくても俺の愛する彼女はお前だけだよ。
9章はここまで