第百四十八話
「任せてください」
そう言ってキッチンで気合を入れるのはスロウである。一体全体どうしてこうなったか、などというのはまあ考えるのも面倒くさいのだが。
事の始まりは、村でのおばちゃん達とスロウが会話をしていたことである。彼氏彼女でラブラブみたいな話を噂好きのおばちゃんにも堂々と言ってのけるスロウのせいで、村ではもう俺とスロウが付き合っていることを知らない人間はいない。
もっとも、そこまで大きな村でもないし、そんなことがなくても結果は同じになっていたとは思うが。
ともあれ。そんなこんなでおばちゃんと話していたスロウは、そこでこんな話題を提供されたらしい。
「わたしがエミルの胃袋を掴んでみせます!」
そういうわけである。やっぱり彼女の手料理とか彼氏は憧れているんじゃない、みたいな話をされたらしく、散歩から戻ってくるなり妙なやる気でキッチンに向かっていった。
じゃあ早速と料理を始めようとしたスロウであったが、そもそもお前料理やったことあるのか、という至極当たり前の疑問にぶち当たった。経験無しでゼロから一体でやろうとしているのならば、悪いことは言わないからやめろ。お願いだから。
「む。エミルはわたしを見くびっていますね」
「正当な評価だよ。経験値ゼロならまずは誰かの手伝いをするところから始めろ」
「むー。まあ、確かにエミルの言うことももっともです。じゃあ料理のできる人、っていうとやっぱりエミルのママさんですかね」
まあ滅茶苦茶妥当な人選である。が、間の悪いことに現在うちの両親は温泉旅行に行っているので不在だ。それまでの家事を俺と居候で分担してやることになっていはいたが、料理だけはどうにもならないので、宿の飯屋で済ませようとか思っていたところだったりする。
だからこそ現在のスロウの暴走をどうにかする相手がいないわけで。いや、まあ料理の出来る相手を探そうとしているのでギリギリ持ちこたえているか。
で、だ。
「何であたし呼ばれたの?」
「料理ができそうだったからです」
「……」
「こっちを見るな。俺も今頭抱えてる」
呼んできた相手はアリアである。いやまあ、確かに、スロウの《テレポート》のおかげで殆どやらないけどたまーにやる野営の簡単な料理はアリアが担当してたりするが。一応言うと、そういう簡単なやつなら俺も一応出来る。あくまでちょっと焼いたりとかその程度だけど。
話を戻す。そういうわけなのでよろしくお願いします、と言われているアリアは、何とも言えない表情のまま静かに頭を抱えていた。
「なあアリア、出来ないなら出来ないって素直に言ったほうがいいぞ」
「出来ないことはないわよ。アリアンロッテならそのくらいこなせて当然だもの」
「お前の中の悪役令嬢像どうなってんだよ」
料理するよりさせる方だろ悪役令嬢。まあいいや、アリアが出来るならそれに越したことはない。けどさっき頭抱えてたよな。
「いや、何から教えたらいいのかしら、って思って」
「包丁で材料切るくらいはできますよ」
「うん、それは知ってる」
じゃあまずは卵焼きでも作らせるか。そんなことを言いながら、アリアはスロウに指導をし始めた。とりあえず基本的な料理ではあるが、だからこそ奥が深い。そんな卵焼きをスロウが作るとどうなるかと言えば。
「……」
「だ、駄目でした?」
「いや、駄目というか、まあ普通?」
不味くはない。けど、美味いかと言えばちょっと。そんな感じの味である。そこは美味しいって言いなさいよ、というアリアの視線が突き刺さるが、いかんせん俺はその辺の性根が捻くれているので、幼馴染相手の遠慮ない物言いが出てしまったわけである。
「むー。まあでも普通ならとりあえずは問題ないってことですね。アリアちゃん、次行きましょう次!」
「やる気満々過ぎて怖い」
お手数おかけします。そんなことを思いながら、アリアが少しずつ料理を教えていく姿を俺は眺めていた。まあ少なくとも胃薬が必要な事態にはならなさそうで一安心。
スロウを嘗めてた。最初の卵焼きで油断したところに次の料理で見事なボディブローを叩き込んできたのだ。というか二品目に煮込み料理は選択として正しいのか?
「これは材料入れて煮込めばいいだけだから比較的簡単なのよ」
「なるほど……」
結果がこれだけどな。ゲホゲホ咳き込みながら出来上がった煮込みを一皿食い切った俺は、心配そうな表情でこちらを見るスロウに向かって料理の感想を簡潔に述べた。
「まずい」
「うぅ……」
味付けが失敗してるのと、煮込んでいるはずなのに材料に微妙に芯が残ってるのと、まあ大まかな失敗としては多分そんな感じだ。アリアも出来上がったものを味見して、どうしてこうなった、と苦い顔を浮かべていた。
「つ、次はちゃんと成功してみせます!」
「その前にこれ片付けないとな」
材料に芯が残ってるのはまあもっと煮込めばどうにかなるだろう。味付けは、これどうすればいいんだろうか。
「ちょっと……いいかなぁ……」
ひょこ、とシトリーが割り込む。鍋の煮込み料理をひょいぱく、と味見して、これなら、と普段のぽやぽやぶりが嘘のようにテキパキと味付けをしていった。
「シトリー、お前も料理できたのか!?」
「料理自体はできないよぉ……。こういう味の調整くらいなら、なんとかぁ……」
はいどうぞ、と小皿を渡される。どれどれとそれを口に入れると、さっきまでとは別物のような味わいが広がった。
「美味い」
「よかったぁ……。これで晩御飯は大丈夫だねぇ……」
そう言って微笑むシトリー。そんなシトリーを見ながらありがとうとお礼を述べた。
ちなみにその間スロウが凄い顔でこっちを見ていた。いや別にお前の料理が悪いって言ってるわけじゃ、いや言ったな。まあでもほら、まだ料理習いたてなんだしそこら辺はこれからの成長次第ってことで。
「言いましたね! じゃあ絶対成長して、エミルにおいしいって言わせて、大好き愛してるって言わせてみせますから!」
「別に最後のは料理関係なく言ってやるぞ」
「じゃあ言ってください」
「スロウ、大好きだ、愛してるぞ」
「えっへへー」
にへら、と表情を崩したスロウは、しかしそれを元に戻すとでは特訓ですと気合を入れた。いやまあ、今日の飯はもう出来てるし、また明日だけどな。
というわけで翌朝。今度は朝から気合を入れたスロウが卵焼きとトーストを用意してくれた。お、昨日より全然美味い。そんなことを告げると、当然ですとばかりにスロウは胸を張った。
朝飯を食べた後は、村をのんびりと散歩する。勇者級の仕事もまあ最近はそうそう無いし、平和な日常を過ごさせてもらおう。いやまあ、スロウの作る飯というちょっとしたアクセントはあるけれども。
まあでも朝の感じからすると昼も夜もちゃんとしたものが出てきそうなのでとりあえずは一安心かな。そんなことを考えつつ適当に時間を潰し、では昼食だとちょっとだけ期待しながら家へと戻った。
「あれ?」
家に戻るとコイナがいた。ぺこりと頭を下げられ、こちらもつられて頭を下げる。そうしながら、どうしたんだ、と問い掛けた。最近はベルンシュタイン公爵家のメイド業の方を専門にしていた気がしたんだが。
「スロウ様に頼まれたのです。料理を教えて欲しい、と」
「いやまあ、確かにコイナは適任か」
流石に専門にはアリアも敵わないだろうしな。いや、ベルンシュタイン公爵家のメイドは料理しないな。そう考えると専門ともちょっと違うか。
「元々エミル様達に喜ばれるように学んだので。料理も任せてください」
「そーゆーわけなんで、コイナちゃんの指導でわたしもレベルアップしますよ」
ふふん、と胸を張るスロウ。何だか別の意味でまた心配になってくるが、少なくとも料理の指導はコイナがいるので問題ないだろう。
そんなこんなでどうぞと提供された昼食はオムライスである。バターの香りが食欲をそそり、口に入れると卵は程よい焼き加減で、チキンライスもしっかり味がついており美味い。二日目でコツも掴んできたのか、あるいはコイナの教えが上手いのか、スロウも失敗することなく料理をこなせている。
そう考えると、スロウの料理が俄然楽しみになってきた。次は何を作ってくれるのだろうか、とちょっとワクワクし始める。
「本格的に胃袋掴まれてるわね」
アリアが肩を竦めながらそんなことを述べる。いやまあ、そうしたいって言ってたし、などと言い訳をしながら、俺はギルドのカウンターにだらりと体を預けた。
そんな姿を見て、お姉さんが苦笑する。まあそれもいいけれど、と俺に声を掛けた。
「せっかくだし、お返しにエミルくんも料理してみたら?」
「……まあ、確かにそれもありか」
体を起こす。ふむ、と考え込みながら、しかし料理の腕は正直最初のスロウを笑えないレベルの俺では、今のスロウのお返しになるような料理は作れそうにない。
どうしたものか、と悩んでいると、そんなエミル君にいいものがあります、とお姉さんが一枚の書類を突き付けてきた。何かのレシピらしく、手順もそれなりにある煮込み料理のようだ。
「これ、俺がいけるのか?」
「大丈夫大丈夫。この通りに作ればいい感じになるはずだから」
そう言って親指を立てるお姉さん。本当かよ、と思いながら材料を眺めるが、野菜や肉はともかく結構な量のスパイスが必要らしく俺は思わず顔を顰めた。この種類を用意するのは中々大変だぞ。
「まあ無茶はせずに基本のスパイスを集めればいいよ。これと、これと、これ、あとこれかな」
この辺は家にもあるやつだけど、こっちは別途用意しないといけないやつだ。とりあえずベルンシュタインの城下町か王都にでも行けば多分用意出来るとは思うが、問題はそれをするためにスロウの協力がいることなんだよな。普通に行くと二日とか掛かってしまう。
「スロウの《テレポート》がどれだけ便利か実感するわね」
俺とお姉さんの話を聞いていたアリアが呟く。そう考えると、いや、考えなくても、俺達の冒険者としての動きはスロウに支えられていると言っても過言ではない。というか本質だ。
「そんなスロウちゃんに胃袋まで掴まれちゃったら、エミル君は本格的に駄目になるね」
「……駄目になるな」
改めて突き付けられるととんでもないことだ。俺はもうスロウ無しでは生きていけない。いやまあ、元々そうなんだけど、色々な意味で。
よし、と立ち上がった。まあお返しになるかは分からないが、スロウのために、俺も一つ料理を作ってみようではないか。
「その調子その調子」
「で、移動はどうするのよ」
「そこなんだよなぁ……」
結局スロウに頼ることになる。まあサプライズ、というわけでもないが、スロウへのお返しのためにスロウにお願いするというのはちょっと、と思わないでもないわけで。
はてさてどうしたもんか。そんなことを思いつつ夕食の時間になった。気合い入れました、というスロウが用意してくれたのはひき肉で作ったステーキ。肉汁たっぷりで美味かった。あの状態からここまで成長するか、というくらいのレベルアップっぷりである。
「エーミル」
「何だ?」
「美味しかったですか?」
「ああ、美味かった」
「それはよかった。じゃあ、はい」
そう言ってスロウは俺の前で手を広げる。ハグ待ちポーズである。まあ断る理由もなし、そのままスロウをぎゅっと抱きしめ、そしてついでにキスもした。夕食も美味しかったが、スロウの唇も甘くてデザートにピッタリだ。
「えへへ。エミル」
「ん?」
「この後、ね?」
「……ああ」
この後何をするかといえば、まあ言わずもがなであろう。俺はたっぷりとスロウを堪能したとだけ言っておく。
「仲が良くて何よりだよぉ……」
「ええ、本当に」
俺が言うのもなんだが、それで流すシトリーとコイナも中々である。
で、だ。完全にスロウに色々握られてしまった俺は、ちょっとしたお返しとしてお姉さんに言われた料理でも作ろうかと考えていた。材料はまあ肉や野菜は村でも手に入る。特定のスパイスさえどうにかなれば、といったところで結局躓いているのだけれども。
スロウに頼らずに移動するとなると、どうしても日数がかかる。そしてその分スロウに心配かけることになるわけで。お返しのつもりが余計な心配かけるなら、まあいっそスロウにばらして頼み込むのが一番手っ取り早いともいえるが。
「どうしたもんか」
「何突っ立ってるのよ」
そんな風に悩んでいた俺は、急に掛けられた声に思わず変な声を上げてしまった。慌てて振り向くと、そこには呆れたような表情をした金髪ツインテールの美少女と嬉しそうにこちらを見ている銀髪ツーサイドアップの美少女が。ついこの間も見た顔だ。というか帝国の冒険者やってるはずだろうに、なんでこんな王国の田舎の村に。
そんなことを思いながら、オル、アル、と彼女達の――蜘蛛姉妹の名前を呼んだ。
「せっかくだから色々世界を見て回ってるのよ」
「それで、王国に来たのでせっかくだからエミルさんの顔を見たいなって、おねえちゃんに頼んで」
腰に手を当てながらそう述べるオルに対し、アルはどこか恥ずかしそうにそう告げる。別にこの間の騒動からそう経ってもいないだろうに。そんなことを思いながら、しかし迷惑でしたかと眉尻を下げたアルに、そんなことないと返した。
「お前、恋人いるのにうちの妹に手を出すんじゃないわよ」
「なんでそうなる」
ジロリとオルに睨まれた。別にそのつもりはないし、俺はスロウ一筋である。昨日だってスロウと散々そういうことやったし。
それはともかく。帝国から王国に来るなんて大変だったんだろうに。そんなことを二体に言うと、まあ確かに行きは色々と大変だったと笑っていた。
「行き?」
「帰りはスロウさん直伝の《テレポート》があるもの。帝国のマスターのところまでひとっ飛びよ」
「《テレポート》!?」
「な、なによ。私が使えるのがそんなに意外? あの大魔王聖女スロウさんに習ったんだから、それくらい出来ても不思議じゃないでしょ?」
俺が急に叫んだのでオルが若干引き気味になりながら、しかしどこか自慢げな態度で述べる。アルは流石おねえちゃん、とそんなオルを見て拍手をしていた。
そして俺は、今の発言に目を見開いていた。降って湧いたこのチャンスを、逃がしてなるものかとオルの手を取った。
「な、なによいきなり!?」
「お願いがあるんだ」
「はぁ!? 何よ、言ってみなさい」
「ちょっと諸事情があって、スパイスを買いに行きたいんだけど」
まあそう言いつつ諸事情、で流さずに話をした。最近、というか基本的にスロウに頼りきりだったのについに料理まで頼るようになってしまい申し訳ないので、お礼も兼ねて俺もお返しに料理を作りたい。そんなことを述べ、レシピを見せ、必要なスパイスがこの村にはない事も伝えた。
「成程。まあ、スロウさんへのお礼やお返しなんだし、スロウさんに頼るわけにはいかないわよね」
「ああ。そういうわけで、もしよかったら《テレポート》で俺を送っていってくれないか?」
「まあ、いいけど。王都も城下町ももう立ち寄ったから移動できるしね。けど、帰りはどうするのよ?」
「……送り迎えをお願いします」
はぁ、とオルが溜息を吐く。そうしながら、アルを見て、こんなののどこがいいのかと項垂れた。
顔を上げる。まあいい、と再度溜息を吐いたオルは、仕方ないと俺に指を突き付けた。
「あんたのためじゃないわよ。スロウさんへのお礼やお返しって聞いたからよ」
「ああ、ありがとうオル」
「後、私はスロウさんほど魔力が底なしじゃないから、《テレポート》は連発できないわよ、二回使ったら一日は回復が必要だから」
だから行き帰りを加味するといけるのは一箇所だけだ。そう告げたオルは、それでどうするのかと俺に問い掛けた。行くならば、城下町か、あるいは王都か。それとも、いっそ帝国の帝都という手もある。
そんなことを考えながら、俺は助かる、とオルに頭を下げた。