そんなわけでオルの《テレポート》で送ってもらって目的地に辿り着いたわけだが。アリアとシトリーにはスロウの足止めをお願いしているので、いるのは俺一人だけ。まあ所詮買い物だし、そう気にすることもないとは思う。
「それで、どこで買うんですか?」
俺の横でアルがそんなことを聞いてくる。場所は王都、俺を送ったら今度は教国にも行ってみようかと思っているという話だったので、王国の飛竜港の近いここを選んだのだ。
ともあれ。特に何か問題があるわけでもなし。素直にスパイスを見繕えばそれで終わりだ。
「……んん?」
「どうしたのよ」
が、しかし。スパイスの売っている場所を聞き、その店へとやってきたのだが。お目当ての品物が置いていない。どういうことだと店員に尋ねてみると、丁度今切らしているのだという返答が来た。
「ついてないですね」
「他の店にもないんだろうか」
アルの言葉に頷きながら、店員にその事も聞いてみると、どうやらスパイスの類はここが一番品揃えがいいらしく、ここにないとなると他の店にもないだろうということであった。
とはいっても、売り切れなだけなら他の店にもあるんじゃないか。そう一縷の望みをかけて店を回ってみたものの全滅。ついでにそのスパイスが切れている理由も判明した。
「モンスターの襲撃、ねぇ」
スパイスを乗せた行商人がモンスターの襲撃を受け、流通が滞っているらしい。普段ならそれでも討伐依頼が終わるくらいまでは持つであろうスパイスの在庫が、どうやら俺が作ろうとしていた料理が今流行っているおかげで売れてしまった、とそういうわけである。
「本当についてないですね」
はぁ、と溜息を吐いた俺を慰めるようなアルの言葉を聞きながら、はてさてどうするかと頭を抱えた。アリア達に足止めを頼んでいるが、まあぶっちゃけてしまえばバレバレなのでスロウは楽しみに待っているはずだ。そんなスロウの期待を裏切るのは、流石にちょっと。
「仕方ない」
「何かアイデアでもあるの?」
ああ、とオルに告げると、俺は王都のギルドへと足を運んだ。色々あって有名人になった俺の顔を見たギルドの受付はギョッとした表情になるが、すぐに笑顔を作るとどうしましたかと問い掛ける。別にこっちも本部みたいに乗り込みに来たわけじゃないんだから落ち着いて欲しい。
そんなことを思いつつ、ちょっと聞きたいことがあるとさっきのスパイスの流通の件について尋ねた。それを聞いた受付は、確かに現在その依頼は張り出されています、と向こうの依頼掲示板を指差す。
「ですが、勇者級の冒険者が受けるような依頼ではないと思いますよ」
「そうかもしれないけど、俺にも事情があるんでな」
そう言いながら依頼掲示板の流通を滞らせているモンスターの撃退、という依頼の紙を手に取った。これを受けるんで、依頼人と交渉したい、と受付に述べる。
分かりました、と即座に受付は依頼人の承認に連絡を取ってくれた。いやだから別に言うこと聞かないと暴れるとかそういうんじゃないってば。
程なくしてやってきた依頼人の商人に、こうこうこういう理由でスパイスが欲しい、と伝えると、そんなことで勇者級が依頼を受けてくれるのならば喜んでという返答が来た。よし、じゃあ早速そのモンスターを討伐に行こう。
「ちょっと待ちなさいよ」
では出発、と足を進めようとしたそこに声。どうしたんだ、と振り向くと、オルがジト目でこちらを見ていた。
「お前、ひょっとして私達を戦力に入れてないでしょうね」
「あ、私はエミルさんのためなら喜んで協力しますよ」
「アルは黙ってる」
ジロリとオルがアルを睨む。しゅん、と引き下がったアルを、大事な妹を変な依頼に巻き込みたくないのと抱きしめたオルは、それでどうなんだと改めて問い掛けた。
「いや、流石にこの程度の依頼なら俺一人でもなんとかなるから、別にここで待っててくれていいぞ」
「本当ね?」
「嘘ついてどうする」
そうきっぱりと述べた俺を見て、オルはふぅと息を吐く。それじゃあ自分達はここで待っているから、終わったら来い。そんなようなことを述べた。
「お、おねえちゃん」
「何? 別にこいつ一人で大丈夫だって言うんだから」
「そうだけど……見学とかも、だめ、かな?」
そう言って上目遣いでオルを見るアル。そんな妹の視線を受けてのけぞったオルは、盛大に溜息を吐いてから仕方がないと呟いた。
「見学だけよ。変に協力とかしちゃ駄目」
「う、うん」
「信用ないな俺」
まあ確かに一人だと不安かもしれないけど、これでも勇者級なんだぞ。相手が魔王級でもない限り、もうそう簡単には負けはしない。
そんなことを告げながら、じゃあ早速行こうと俺は目的地へと足を進めた。
飛竜港に直接届いていればこんなことにはなっていないが、件のスパイスは王都から少し離れた場所で栽培されているらしい。
で、その道中にモンスターが縄張りを作ったので、どうにかして欲しいというわけらしいのだが。
「ちなみに相手はなんなの?」
「依頼書によると、ハーピーらしいな」
人に似た体を持った鳥。ともすれば亜人に認定されそうな姿をしていてもモンスター扱いされる理由は、その生態だ。普通に猛禽である。モンスターらしい凶暴さなのである。
これが魔王級とかになると理性を持ったりして対話の余裕もできたりするが、基本の上級レベルの時点では普通にモンスターだ。
ただまあ、厄介なのは見た目が人に近いのでそれに惑わされる冒険者が結構いること。そういう意味では擬態しているともいえるかもしれない。
「だ、大丈夫なんですか?」
「まあよっぽどのことがない限りは大丈夫だと思う」
本当かよ、という目でオルが見てくる。まあこいつにとっての俺は一度殺したモンスターも復活させて説得するような甘ちゃん、みたいなイメージを持っていてもおかしくはない状態だ。アルと違って修行も直接指導したわけじゃないしな。その辺の塗替えは起きてないのだろう。
いや、アルもアルで何か俺のこと凄く優しい人みたいな感じに思ってないか? 大丈夫か、ってモンスターを話し合いでどうにかしようとか考えるんじゃないかって意味の心配だったりするのか?
「……一応言っておくけど、俺は別に普通にモンスターは討伐するぞ」
二体揃って本当だろうかという疑問の目で見られた。解せぬ。いや話し合いでどうにかなる相手だったらまだしも、どうにもならない相手にまで戦うのはよくないとか言い出す頭お花畑じゃないからな。
「私達を蘇生させた時点で十分頭お花畑よ」
「お前らは別に話し合いでどうにかなる相手だっただろ」
「そうですか……?」
なんだかんだ街の人は殺してなかったし、街の人にもちゃんと謝罪したし、アイラさんとリィンさんが後見人になってからは普通の冒険者として生活してるし。ついでにマスターのカフェで新しい看板娘にもなっているし。
「じゃあ聞くけど、そのハーピーに何か事情があったら助けるわけ?」
「それは事情次第だな」
「駄目そう……」
アルにまで言われた。そんな心配そうな目で見なくても、普通のモンスターなら基本的に討伐するんだってば。
目的地の馬車に向かう中でそんな会話をしつつ、俺の中の信用が薄れかけていた頃。この辺りです、と依頼者の用意した御者が述べた。街道沿いの森近く。ここにモンスターが縄張りを作られると、商業的以前に町と町の移動も難しくなる。現状は商業荷物を襲っているだけらしいが、その時点ですでに流通が滞っているので大問題だ。
「この馬車には荷物が乗ってないからか、襲ってくる気配はないな」
「もしくは実力の差を感じて、かもしれないわね。腐っても勇者級でしょ?」
オルが俺を見てそんなことを述べる。まあ俺一人だと若干実力不足な面も否めないが、それでも一応勇者級。ただのハーピー程度には負ける道理がない。はずだ。
まあ襲ってこないなら仕方がない。ここが広げた縄張りだと言うなら、森にもう少し深く入って元々の縄張りに向かおう。そんなことを述べると、俺は馬車から降りて森へと向かった。
分かりました、とアルが当然のようについてくる。溜息とともにオルも同じく馬車を降りた。
「いや、お前達はここで待ってても」
「だめですか?」
駄目か駄目じゃないかで言うなら別にどっちでもいい。それこそこいつらだって腐っても魔王級。搦め手や奇襲意外はてんで駄目だった最初と違って普通の戦闘もこなせるようになった。もし流れ弾がいってもまあいなすことは出来るだろうから、見学する分には何の問題もない。
分かった分かった、と二体の同行を許可し、御者は一旦向こうの町に行ってもらうように指示した。依頼が片付けばそのままスパイスを運んで貰う予定だ。
「ねえ」
「ん?」
「それなら一旦スパイスを積んで襲わせばよかったんじゃないの?」
「……」
言われてみればその通りだ。囮のようになってしまうが、まあ元々そのつもりだったので別に責められるいわれもないし、確実だ。今からでもそうするか、と思わないでもなかったが、まあここまで来たんなら撃退より縄張りを遠くに追いやったほうが確実だろう。
そんなことを思いながら森を歩くと、どこからか歌声が聞こえてきた。こんな場所で歌っている奇特な人物がいるはずもなし。ハーピーの鳴き声だとその歌声の方に向かう。
「いた」
翼のついた少女の姿をしたモンスター。ハーピーが数体、とまり木で歌っている。その下には行商人から奪って荷物らしきものが散乱していた。回収しても多分使えなさそうだな、あれは。
さてと。とりあえず縄張りの拡大を防げばいいんだから、適当にボコして追い払えば依頼自体は完了だ。俺は歌っているハーピー達へと足を踏み出した。歌声を止め、こちらをジロリと睨むハーピー達。
「悪いな。これ以上街道を縄張りにされないために、追い払わせてもらうぞ」
剣を構える。それに反応するように、ハーピー達も臨戦態勢を取った。空を飛び上がり、木々をスイスイとすり抜けながらこちらに急降下してくる。
「エミルさん!?」
「だから心配しすぎだっての」
そんなハーピーの鉤爪を、俺は剣で受け止めた。そのまま剣をかち上げて体勢を崩させると、俺はその少女のボディに回し蹴りを叩き込む。きゃぁ、と悲鳴を上げて吹き飛んでいくハーピーを見ながら、次、と飛んでくるハーピーを見た。
空中で停止し、羽根を飛ばしてくる。その先端は鋭く、当たるとただでは済まなさそうだ。まあ勿論当たってやるつもりもないので弾いたり躱したりで攻撃を避けると、跳び上がり剣で切り裂く。
「いやぁ! やめてぇ!」
その直前でそんな声を上げられたので、寸前で切れ味を落として殴り飛ばすだけに留めた。しまった、そういえばハーピーの特徴として、会話は出来なくても人の声を発することは出来るというのがあるんだった。正確には人の声っぽい鳴き声だが、それでも実際に相対すると結構厄介に感じる。
「ほらやっぱり」
「エミルさん!」
「いや別にピンチにはなってないからな」
まあ確かにスロウやアリア、シトリーがいればそれがどうしたと攻撃してくれるし、俺も割り切れるが、一人だとそういう意見を言ってくれる相手がいない。一応オルとアルが見学してくれているが、その辺は微妙だしな。
「助けて」
「いじめないで」
「痛いのは嫌」
思い思いの鳴き声を発しながらハーピー達はこちらに向かってくる。少なくとも全員ボコさないと街道を縄張りにするのは諦めてくれそうにないな。突っ込んでくるハーピー達をいなしつつ、俺はそんなことを考え。
「おっと」
背後からの強襲をしゃがんで躱した。鳴き声でやりにくいとはいえ、所詮上級モンスターだ。準魔王級や魔王級と違って、通常のモンスターと変わりない動きしかしない。別段苦労することもなく、蹴り飛ばしたり殴り飛ばしたりでハーピー達を墜落させていった。
しかし、と撃退しながら俺は思う。戦ってみた感じ、急に縄張りを広げた理由が分からない。新しいリーダーでも出来たのかと思ったけど、見た感じそんな様子もなし。どうした急にそんなことを。
「助けて」
「助けて」
「助けて! お願い!」
「ああもう、鬱陶しい!」
ぎゃあぎゃあ言いながら俺達の周囲を旋回するハーピー達にそう文句を言いながら、何がどうなって助けて欲しいのか言ってみろと思わず叫んだ。それがハーピーの鳴き声であるのにも拘らずだ。
それに反応するように、ハーピーが鳴き出す。助けて助けて、そんなことを言いながら木々に止まったハーピーは、視線を俺ではなく森の奥に向けていた。
「何だよ。奥に何か」
「エミルさん!?」
アルが叫ぶ。咄嗟に横っ飛びして回避した俺は、立っていた場所が石化していたことで顔をひくつかせた。こいつは、もしかしなくても。
咆哮が聞こえる。ガサリと木々を掻き分けてやってきたのはコカトリスが二体。魔王級でないので通常の個体だろうが、しかしなんでこんなところに。
「助けて!」
「助けて!」
「ああもう! こいつぶっ倒せば街道襲わないんだなお前ら!」
厄介なモンスターがどこからかやってきたおかげで縄張りを追われたのかこいつら。あるいは、そうやっておびき寄せる役をやっているか、だ。まあ後者だった場合こいつを倒してから改めて退治すればいいだろう。見る限り、二体いるがどちらも魔王級には及んでいない。あの時の、村に現れたコカトリスと比べれば雑魚だ。
「エミルさん、お手伝いします」
「ちょっとアル!?」
「……だめ?」
「……まあ、いい経験値稼ぎにはなるわね」
「妹にダダ甘だなお前」
「うっさい!」