「ところで、泳ぐのってどーゆー風に教えたらいいんでしょうか」
「確認。同意」
「駄目じゃねえか」
自信満々でやろうやろうと言っていた芋虫どものそれにツッコミを入れつつ、俺はやれやれと溜息を吐く。そうしながら、他に泳げる奴ら、とシトリーとラティを見た。ラティはなんかこうボディの出力でどうにか、みたいなことを言っていたので駄目らしい。
「というかお前、本体が水に浸かってても大丈夫なのか?」
「操っている間は五感をこっちに移しているもの。呼吸もこっちで出来るわ」
へぇ、と思わずラティを見た。勝ち気な瞳と、まあ人形だから当然かも知れないが整った顔立ちは非常に可愛らしく、そして体付きもしっかり大きく形もいいしくびれてるしで水着だと中々目に毒ではある。そんなことを考えていると、ラティはこっちを見てないでスロウを見てろと文句を述べた。そう言われても、とスロウを見る。教え方が分からずクーヤと二体で変わらず首を傾げていたので視線を外した。
「ちなみにシトリーはどうだ?」
「え……?」
「泳ぎ、教えられるのか?」
「ん~……。とりあえず、水に顔をつけられるかどうか、かなぁ……」
基本中の基本だが、それを提案するものすらいなかったこの状況では大変ありがたい。じゃあそういうわけだ、とアリアとコイナに告げた。何がそういうわけかいまいち分からないが、とりあえず泳ぐ泳がないの前に水に顔をつけられるか試そう。
「流石にそれは出来るわよ」
ザブンと水に潜るアリア。まあ苦手ってだけで泳げないわけじゃないみたいだし、とりあえずその辺は出来るのだろう。
じゃあコイナは、とそちらを見ると、一応それは出来るようであった。が、水の中で目が開けられない、と困っている様子。
「じゃあ、まずはその辺りから練習するよぉ……」
ちょっと待ってて、と砂浜に戻ったシトリーが持ってきたのは水中メガネ。これがあれば大丈夫、とコイナに渡して、ちょっとずつ慣らしていこうと笑顔を見せていた。何か、思った以上にちゃんと先生やれているな。
「それに比べて」
「エミルが冷めた目で見てますよクーヤ」
「義兄様、非情」
「いや実際お前ら役立たずだったじゃないか。ちょっとシトリー見習って練習してこい」
ぶぅぶぅと文句を言う芋虫姉妹にそう言いつつ、そんなスロウの扱いを見てジト目を向けるラティを無視しつつ。
「そういうあんたはどうなの?」
「一応冒険者の訓練で泳ぎは習ったからな。苦手なやつに教えることくらいはできるぞ」
そう言って同じくジト目でみていたアリアに手を差し出す。そんな俺の手を取ったアリアは、本当でしょうねと疑惑の目を向けていた。
「不満なら向こうでシトリー達と一緒に訓練してくれ」
「……ま、いいわ。今回は素直にあんたの言うとおりにしてあげる」
そう言って俺の手を取る。それでどうするの、と聞いてきたので、とりあえず足の動きを練習しようと返した。多分泳ぎが苦手な一番の原因はそこだろうからな、アリアの場合。
手を握っててやるから、とその両手を掴む。そうしてとりあえずバタ足から言ってみようかと促した。
「むぅ。確かに、そうね。足の動かし方がイマイチって感じ」
「逆に言えば足さえ動けばちゃんと泳げるってことだ」
これでだんだんと足を動かせるようになれば、アリアが泳げるようになるのはすぐのはずだ。少なくとも向こうで四苦八苦しているコイナよりは、よっぽど。
そんなことを思っていると、でもいいの、とアリアが声を掛けてきた。
「スロウと海で遊びたかったんじゃない? あたしに無理に付き合うこともないわよ?」
「泳ぎの特訓しようって言い出したのはスロウだしな。俺はそれに従っただけだ」
「捻くれてるわね。けど、ふふっ、じゃあ今回は甘えちゃおうかしら」
ちゃんと教えなさいよ、と笑みを浮かべるアリアに、そりゃ勿論と俺は返した。
そうして足の動かし方を練習することそこそこ。予想通りというか、アリアの泳ぎはあっという間に上達した。やっぱり体の動かし方に慣れてないだけだったな。そんなことを思いながら、泳げるようになったアリアを見て笑みを浮かべる。
「よし、これでまたアリアンロッテに近付いたわ」
「そいつはよかった」
「あんたのおかげよ。ありがと、エミル」
「どういたしまして」
そんなやり取りをしながら向こうを見る。はてさてコイナはどうなったか。アリアと一緒に向こうに合流してみることにした。
「あ、エミル。アリアちゃんはどーなりました?」
「おかげさまで、泳げるようになったわよ」
「おおー、それはよかったです」
そう言って笑顔を見せるスロウ。そんなスロウを見ながら、それでコイナの方はどうなんだと問い掛けた。
ふむ、と問われたスロウは暫し考え込む。
「とりあえず水中で目は開けられるようになったんで、泳ぎを始めたところです」
「順調なんだな」
「んー。順調かどうかは」
視線を動かす。ばしゃばしゃと盛大な水しぶきを上げながらあまり進んでいないコイナを見て、どうなんでしょうか、と苦笑した。
「速度、鈍足」
「泳ぎ方が悪いのかしらね。もっと勢いが必要なのかも」
クーヤとラティが思い思いの意見を言っている中、シトリーはううむと何かを考え込んでいるようであった。そうして、なるほど、と手を叩く。
「コイナちゃんだけ泳ぎな苦手な理由がちょっと分かったよぉ……」
「そうなのか?」
「うん……多分だけど、コイナちゃんだけ、人型が擬態じゃないからだよぉ……」
マンドラゴラは元々人型のモンスター。そのため、擬態している他の面々より環境の変化に弱い。そういう理屈らしい。
「特にワタシの場合、疑似餌に入っているからぁ……」
成程、シトリーは擬態していること自体が水中服を着ているようなもんなわけだ。だから水に別段何も感じない、と。そういやラティも似たようなこと言ってたなさっき。アリアが泳ぎ苦手だったのも、下半身の擬態に慣れてない、だったし、擬態って結構そういう部分でも役に立つのか。
「魔王級になったモンスターが人型になれるのも、そーゆー環境適応とかの意味合いがあったりするんですかね」
「まあ、通常だと人型になれないモンスターが擬態できるようになるのも、その辺りがあるんでしょうね」
「しかしそうなると、マンドラゴラは魔王級になっても人型だもの、あんまり恩恵なさそう」
スロウやアリア、ラティがそんなことを話しているが、コイナはそれを聞いて苦笑するばかりである。
どのみち、まだ私は準魔王級止まりですので。どこか寂しそうにそんなことを述べた。
「とりあえず、少しは泳げるようになったので。後は練習あるのみですね」
むん、とコイナが気合を入れる。その調子です、とスロウが練習に付き合ってコイナの手を取ったので、俺はそんな二体の練習を眺めることとなった。
「スロウがいなくて寂しい?」
「何でだよ」
「ラティは物足りないわ。もっとこう、見せてよ。イチャイチャ」
「何でだよ」
別にお前に見せるためにやってるわけじゃない。ぶぅぶぅ文句を言うラティにそんなことを言いつつ、まあしかし実際ちょっとスロウに構って欲しくもあったのでコイナの練習の方に近付いた。後ろで目をキラキラさせている短剣は無視で。
「あ、エミル。どーしました?」
「コイナが練習してるのにのんびり遊ぶのもな、と思って」
練習付き合うぞ、と二体に言うと、スロウは嬉しそうに、コイナは苦笑気味に返事をした。ひょっとして申し訳ないとか思ってないか?
そんなことを尋ねると、少ししょんぼりしながら、はい、と答えた。
「皆さんの遊ぶ時間を奪っているので」
「別にそんなこともないだろ」
「エミルがさっきそう言ったんですよ。もー、こーゆーときデリカシーないんだから」
「う。……悪い、そういうつもりじゃなかったんだ」
「い、いえ。私が勝手に落ち込んでいる、だけで」
そう言うと練習の手を止め、コイナは項垂れる。そうしながら、ぽつりと、絞り出すように言葉を紡いだ。
「私は、皆さんのお役に立てているでしょうか」
「へ? そりゃ、そうだろ。大事なパーティーメンバーだ」
「ですが、私だけこうして皆さんの足を引っ張っています」
項垂れたままそんなことを述べる。そう言われても、海で遊ぶって話で、泳げなかったってだけで、そんな足を引っ張るなんてところにいかれても困るというか。
スロウを見た。スロウはなにか思い当たるところがあったのか、ふむ、と顎に手を当てて考えている。
「今回のことだけではありません。……パーティーメンバーとしても、私は出来ることの幅が少ないし、他の皆さんは魔王級なのに、私だけ未だに準魔王級で」
ぽたり、と海面に雫が落ちた気がした。俯いているコイナの表情は分からず、そして俺は掛ける言葉も分からない。そんなことない、のは間違いないんだけど、でもそれを言ったところでコイナが納得するかと言えば。
「分かりました」
そんなタイミングで、スロウがうんうんと頷いた。それならば仕方ない、と何かを決めたような表情を浮かべた。
「おい、スロウ?」
「どーしました?」
「何が仕方ないんだ?」
「コイナちゃんが足を引っ張ってるって思ってるって話ですよ?」
「ああ、うん。それで?」
「こーゆーのってわたしたちがそんなことないって言ったとしても駄目じゃないですか」
「そうだな」
「だから仕方ないなって」
何が仕方ないんだ何が。しびれを切らした俺がそう問い掛けると、決まっているじゃないですかとスロウが笑みを浮かべて指を立てた。コイナちゃん、と声を張り上げた。
「泳ぎは一旦切り上げましょう」
「え?」
「その代わり、次の特訓です!」
「つ、次、ですか?」
「はい! この特訓で、コイナちゃんを魔王級にします!」
ずびしぃ、と指を突き付けたスロウを見て、俺もコイナも目を瞬かせた。
砂浜である。相変わらず水着である。その状況のまま、何故か武器だけ持ち出してきた俺達は、一体全体何をするのかとスロウに問い掛けた。
「コイナちゃんの修行をします」
「姉様、説明、詳細」
「さっき言ってたんですけど、コイナちゃん、まだ自分が準魔王級なの気にしてるみたいなんですよね」
なあスロウ、それこうやって皆に大々的に言っていいやつじゃないと思うぞ。さっき俺にデリカシーがどうとか言ってた割にお前の方がデリカシーゼロじゃねえか。
そんな俺の抗議の視線などお構いなし。そういうわけなので、と指を一本立てたスロウは、それをクルクルと回して言葉を続けた。
「特訓です! あ、修行? まあどっちでもいーですね。を、します!」
「スロウ、あんたのやりたいことは大体分かったけど、具体的にどうするのよ」
「まあ実戦じゃないですかね」
さらりとそんなことを述べるスロウ。うん、まあ武器を用意した時点で予想はついた。ついたけど、何で水着でそんなことしなければならんのだ。
「海ですし」
そうだな、海だな。理由になってねえよ。大体だな、水着で戦闘って、そういう風に出来てないだろ水着ってもんは。
そんな俺のツッコミを聞いて、だからいいんじゃないですか、とドヤ顔をした。
「普段の殻を破るには違うことをするのが一番。水着で戦闘するっていうのが今回の場合一番手っ取り早かったのでそーしました」
なんかもうどうでもいいや。そんなことを思いかけたが、いかんいかんと頭を振る。とりあえず水着の理由は分かりたくないが分かった。特訓場所が海だからその辺は仕方ないと割り切るとしよう。
それはそれとして、一番の問題が残ってるだろ。
「何かありました?」
「コイナがやる気かどうかだよ」
お前いきなり泳ぎの練習中断させてこっちの特訓にしただろ。コイナの了承も得ずにこの流れにして、なし崩し的に修行開始しようとしただろ。そうスロウに告げると、それはそうかもしれませんね、と何かに気付いたように顎に手を当てた。
「ラティが言うのもなんだけれど、スロウはもう少し考えて行動したほうがいいと思うわ」
「一応少しは考えたんですよ? でも、コイナちゃんが泣きそうだったから、つい」
泣きそうだった、というか、多分泣いてた。自分がこの中にいていいのか、って葛藤して、足手まといだって悲しんでた。そんな姿を見たから、思わず動いた。それは多分間違ってないし、スロウのいいところだと思う。
「なあ、コイナ」
「はい」
「コイナはどうなんだ? こんな変な流れだけど、特訓、する気はあるのか?」
まあそれはそれとして最初にこれは聞いておけよと思ったので俺はコイナに問い掛ける。実際問題、この面子で模擬戦なりなんなりの実戦経験を積めば準魔王級の殻を破るのも夢ではないと思う。そういう意味ではスロウの提案はコイナにとって願ってもないはずだ。
「……私は、皆さんと一緒にいていいのでしょうか」
俺の問い掛けに、コイナはそんなことを呟く。俺はさっきも言ったけど、勿論大切な仲間だからと返した。
「とーぜんですよ」
「当たり前でしょ」
「勿論だよぉ……」
「至極、当然」
「何変なこと言ってるのよ」
スロウも、アリアも、シトリーも、クーヤも、ラティも。コイナのそれに是と答えた。それを聞いたコイナはありがとうございますと頭を下げ、そして覚悟を決めたように前を向く。
「修行、お願いします。――私は、魔王級になります」