途中頭が痛くなるような出来事もあったが、まあおおよそ問題はなく二日目は過ぎ、三日目。今日は自分の部屋で寝ているらしく俺の横にいなかったスロウをちょっと寂しく思いながら起きた俺は、さてでは今日はどうするかと顎に手を当てた。
海で遊ぶのも流石に三日連続は飽きてくる。なので、それ以外の観光をするのもありかもしれない。そんなことを思いながらスタッフに尋ねてみると、何個か観光スポットになるような場所を教えられた。
それらを教えられてから、ただ、と悩むような表情を浮かべる。
「沖の向こうにある洞窟は綺麗なんですが、まだあまりおすすめできません」
何だか観光スポットになりそうな場所だけど。そんなことを思い尋ねてみると、まだ安全かどうか確信が持てない場所だから、ということらしい。それはつまり、モンスターなり何なりがいるかもしれないってことか。
そう尋ねると、スタッフの人はコクリと頷いた。皆様でしたら問題ないかもしれませんが、一応ご注意を。そう続け、ではごゆっくり、と去っていった。
「沖の洞窟、ねぇ」
まあ危険かもしれない場所に無理に行く必要はないし、今日は島の観光でもメインにするか。そんなことを思いながら、俺はそろそろ起きているだろうみんなへと合流しに向かった。
そうして集まった面々と一緒に観光である。成程、この島、昔は誰かが住んでいたらしく、そういう遺跡みたいな場所が結構ある。それらを観光スポットにしているのは中々の手腕かもしれない。
そんなことを思いはしたが、いかんせんこの手の遺跡にロマンを感じるような面々が俺のパーティーには殆どいない。
なので、結局灯台とかその手の場所の方が人気になるわけで。
「わー。向こうまで見渡せますね」
スロウはそんなことを言いながら身を乗り出している。おい、危ないぞ、落ちたら怪我では済まないんだから。いや、スロウの場合怪我で済むかもしれないけど。
「確かに。綺麗な景色ね」
「お前の場合飛べるんだからいつも見てるんじゃないのか?」
「それとこれとは話が別なのよ」
そんなもんかね、と俺は思う。そう言えば確かに今のアリアは足も人間と同じにしてきちんと地面に立っている。今回のリゾートはその方向で行くのかもしれない。
そんな感じで灯台でのんびりしていると。あれ、とスロウが声を上げた。
「どうした?」
「あそこ、ちょっとボートとか船とかで行けそうな場所に洞窟あるみたいですよ」
指差した先には、成程沖の方に小さな島のような洞窟のような場所が見える。その周囲は青い海に囲まれていて、向こうに行くと綺麗な光景が見られるかもしれないと思わされた。
そこまで考え、ああ成程あれが例の、と納得する。
「どーしたんです?」
「いや、沖の洞窟は綺麗だけどおすすめできないって言われたのを思い出したんだよ」
「なにか、あるのぉ……?」
「いや、安全かどうかまだよく分からないからって言ってた。モンスターがいるかもしれないんだってさ」
「まだ未完成の観光名所ってところかしらね」
そんなことを言いながら、ふぅんとアリアは洞窟を見る。まあ無理に行く必要はないか、と俺と同じ結論を出していたようであった。そうしながら、まあこちらにモンスターが来てないところを見ると、と呟く。
「実際にはもういないんでしょうね。確実じゃないから、念の為ってところかしら」
「魔物。全滅、確定、困難」
「そうね。ひょっとしたら隠れ住んでるかもしれないもの」
アリアの言葉にクーヤやラティがそんなことを述べる。俺の考えているように魔物がまだ出る場所、というよりは安全そうだというのが皆の出した結論らしい。まあ確かに言われてみれば、確信が持てない、っていう話だったしな。いないとは思うけど念の為、くらいなニュアンスか。
「あ、なら行ってもいーんじゃないですか、あの洞窟」
そんなことを考えていたら、スロウがとんでもないことを言い出した。お前話聞いてたか? 危ないかもしれないからおすすめしないっていう場所なんだぞ。
「別にわたしたちが危ないって話じゃないですし。それ、普通のお客さんがってゆーことですよね?」
「まあ、そうだろうな」
俺達が危ないっていう話になると、勇者級でも対処が難しい何かが潜んでいる可能性になって、そうなるとバカンスの島という前提が崩壊しかねない。まあ少なくとも魔王級が実は見付からないように潜んでいた、みたいなオチは待っていないはずだ。
「それなら、丁度いいですし、コイナちゃんの特訓も兼ねて行ってみませんか?」
「コイナの特訓って」
準魔王級から魔王級になりたいっていってた話か。あの特訓でそれなりに経験値は積んだが、まあ確かにまだ胸を張って魔王級だと言えるほどではない。迷いは晴れたが、結果が出ているわけではないのだ。
だからそんなコイナの特訓も兼ねて、向こうの洞窟に行って、もし何かいたら対処する、とそういうわけか。
「ですです。どーですか? 観光と特訓を兼ねれていー感じだと思うんですけど」
「特訓になるかは分からないんじゃないか?」
「その時はふつーに観光できて問題なし!」
まあ言われてみればそうか。ふむ、と微妙に納得しそうになった俺は、当事者であるコイナの意見を聞こうと視線を向けた。
大丈夫です、とばかりにコイナは頷く。一日目のように落ち込んではおらず、その瞳は真っ直ぐに前を向いていた。
「よし、じゃあ行ってみるか」
他の面子も反対はしなかったので、こうして午後の観光は例の洞窟へと向かうことになった。
ボートだと流石に遠いか、と船をスタッフに用意してもらい、水着に着替えた俺達は例の洞窟へとやって来ていた。洞窟に到着したらスタッフの船はもしもの時のために戻ってもらう。こっちはスロウの《テレポート》で島に帰れるので問題ない。
「わー。本当にきれいですね」
小さな島のようになっているそこは、島全体が洞窟になっており、水の反射でキラキラと輝いていた。洞窟の中にも湖のような場所があり、外の海と繋がっているらしく水は海水だ。その水と洞窟の周囲とかが反射して、入口とはまた別の輝きを誇っていた。
「確かにこれは観光名所にはうってつけね」
「うん、綺麗だよぉ……」
アリアもシトリーもそのキラキラ輝く洞窟を見て目を輝かせている。遺跡にロマンは感じないが、こういう感じの洞窟は気に入るらしい。
「今のところ、問題はなさそうですね」
そんな綺麗さとは別の、周囲を環境を気にしているのはコイナである。モンスターが襲ってこないか、と見渡していたが、しかし別段何もないと判断して肩の力を抜いた。
「まあ別に何もないならそれが一番だしな」
「そう、ですね」
俺の言葉にそう言って笑顔を見せる。若干がっかりしているような気がしないでもないが、まあその辺は焦りは禁物ということで落ち着いて欲しい。
「そーですそーです。まあまた特訓してもよし、戻ってからなにか依頼を受けてもよし。そんな感じでいけば――ん?」
どうした? スロウが何かに違和感を覚えたのか、言葉を止めて周囲を見渡した。いやでもさっきも別に何の反応もなかったし。そんなことを呟きながら何かを考え込む仕草を取ったスロウだったが、次の瞬間急に声を上げた。
「うひゃぁ! な、なんですか!?」
「どうしたスロウ!?」
「い、今足になにか粘っこいものが、って、え?」
足、とそこを指差すと、確かに何か粘性のあるものが引っ付いている。なんだこれ、と触ってみると、手がべっとりと汚れた。色こそ黒ではないけれど、これはまるで。
「タコやイカの墨みたいだな」
「墨がこんなにベトベトしてます?」
「まあ言われてみれば。じゃあこれは」
「あひゃぁ!」
再びスロウの悲鳴。何だ何だとそちらを見ると、一本の触手がスロウの足に絡んでいた。
何が、と思う間もなく、スロウが触手に捕まって吊り下げられる。水着一枚なので、おっぱいがその拍子にたぷんと揺れた。
「スロウ! 大丈夫か!?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば大丈夫ですけど。でも何なんですかこれ!」
よく見るとスロウを吊り下げた触手は洞窟の湖部分から出ている。この水源に何かが潜んでいたということか。あるいは、外の海の繋がっているところからここまでやって来たか。さっきは反応なかったところからすると後者か。
「多分、ここの棲み家にしようとしてたんでしょうね。最近住み着いたやつかもしれない」
「どっちにしろ、倒さなきゃだよぉ……」
アリアとシトリーが水着のまま武器を構える。クーヤとラティも、そしてコイナも同じく戦闘態勢を取った。勿論俺も剣を構える。水着なのが何ともシュールだ。
とりあえずスロウを拘束している触手を切り裂く。一気に間合いを詰めてと駆け出したが、触手は水の中心部に移動していた。剣は届かず、泳がないと近付けない。
まあだから何だという話になるが。魔法剣で魔力の斬撃を飛ばすと触手の根本は綺麗に切断された。
「スロウ!」
「え、ちょ、これほどけないんでゴボゴボ」
そのまま絡んだ触手とともに沈んでいくスロウ。慌てて海に飛び込んだ俺は、水中でもがいているスロウを助け出すと浮上した。
「悪い、スロウ、大丈夫か?」
「まあエミルが助けてくれたんで大丈夫です。にしてもこの触手って」
これ、と自分に巻き付いていた触手を見る。さっきの感じからするとタコかイカの足だろうかと思ってみたが、どうやら違うようだ。
まあとりあえずこの水から脱出しよう。あの触手が一本だけとは思えないし、そもそもこの手のは再生能力だって。
「やぁ、ん!」
「スロウ!?」
そう思っていた矢先、どこからか伸びてきたスロウに再び触手が絡みついた。今度はさっきとは違い、足ではなく胸辺りをグルグと巻いている。スロウのおっぱいが強調されて、しかも水着一枚だけなので突起が。
そんなことを考えている場合ではない。再び触手に捕らえられたスロウを助けるべく俺はその場で魔法剣を。
「ぶはっ、なんだこれ!」
水中から跳んできた何かが体に掛かる。ねっとりとしたそれは、俺の持っていた悪徳の剣と鞘を弾き飛ばした。洞窟の壁に辺りガシャンと音を立てるそれを思わず目で追ってしまった俺は、追撃の触手を思い切り食らってしまった。
「エミル! この」
アリアが鱗粉で爆発を羽を顕現させ扇を構えたが、伸びてくる触手の方が僅かに速い。横っ飛びで回避したアリアは、その体勢のまま触手を一本爆破させた。
ざばん、と水中から触手が何本も伸びてくる。それらをシトリー、クーヤ、ラティはそれぞれの武器で対処した。奇襲でなければこのくらいは。
「私だって!」
そしてコイナも、刺突剣型のツタで触手を迎撃する。セフィのそれに似たような連続突きで、迫りくる触手を千切れ飛ばした。
そんな一行の反撃を見ながら、俺は体勢を立て直し飛ばされた武器を探す。悪徳の剣も鞘も、どちらも明後日の方向に飛んでいってしまったので、探すのが大変だ。
「きゃあ!」
そんなことを思った矢先、アリアが俺を見て悲鳴を上げた。何だ何だ、俺に何があったんだ。そう思いアリアの視線をよく見ると、俺というより俺の下半身を見ているようで。
視線を落とした。水着がいつの間にか脱げてどこかに飛んでいってしまっていた。あれか、さっきの攻撃。あの粘液は装備を吹き飛ばす効果があって、それを全身に浴びた俺は武器と一緒に水着も吹き飛んでしまった、と。
「いいから履きなさいよ!」
「ああ、ごめん」
武器より何より先に水着を取りに向かう。慌ててそれを履き直すと、皆に気を付けろ、と声を掛けた。触手も厄介だが、飛ばしてくる粘液も厄介だ。装備を強制的に吹き飛ばす効果を持っているおかげで、それを食らうと。
「あ、あー! ほんとーです! わたしのガントレットあんなところに!?」
触手に捕まってるスロウがジタバタ藻掻きながらそんなことを叫ぶ。視線の先を見ると、成程普段腕輪になっているスロウの装備が洞窟の墨の転がっていた。
自分の剣を回収するついでにスロウの装備も回収する。その時に気付いたのだが、装備を無理矢理引き剥がす効果を受けたにも拘らず、左手の指輪はそのままだった。
「二人の愛の絆ですからね。そー簡単には外せません!」
「何か呪いの装備みたいだな」
いや、外す気はないんだけど。
ともあれ。向こうの正体は分からないが、とにかく謎の触手と装備を引き剥がす何かを吐き出してくるということは分かった。厄介ではあるが、これまでの相手と比べると命の危険性は随分低い気がしないでもない。まあ魔王級のモンスターでもないからそんなもんだろうとは思うが。
「きゃん!」
そんなことを思っていると、ラティが粘液を食らって装備を引き剥がされているところで、ってラティの装備っていうと。
カランカラン、と地面に落ちるラティの本体。そして、こっちに飛んでくる動かなくなったラティのボディ。
「うわっぷ」
思わず受け止めたそれは、非情に柔らかかった。そっとそれを地面に下ろすと、動けなくなった短剣のラティを拾い上げた。
「こいつ、ラティと相性悪いわ!」
「そうみたいだな。とりあえずこれ以上装備引き剥がされないように」
「分かってるわよ。あ、でもそうなると」
「きゃぁ……!」
今度はシトリー。同じように粘液を食らったシトリーは疑似餌と本体を無理矢理引き剥がされている。
そして引き剥がされた疑似餌は洞窟の壁へと一直線。危ない、と思わずそれをキャッチしに行ってしまった俺は、物凄いボリュームのそれをがっしりと受け止めてしまったわけで。
「あ、エミルくん……大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
ひょこり、とこちらにやって来たアリジゴクに、疑似餌のボディをそっと差し出す。よくよく考えればラティと違ってシトリーの場合は繋がってるんだから別に大丈夫なんじゃ、と思ったがもう遅い。そもそも普段から切られたりふっ飛ばされたりしてるんだから、この程度の壁に当たったくらい平気だよな。俺何しちゃってるんだろう。
「と、とにかく。ラティだけじゃなくてシトリーも相性悪いみたいだな、こいつ」
「そうだねぇ……。スロウちゃんをはやく助けないといけないのにぃ……」
「それは俺達に任せてくれ」
そう言うと俺はシトリーから視線を外す。普段の服より更に薄着の、水着でのおっぱいをがっつり掴んでしまったことは早く記憶から消そうと心に誓った。
「エミル! まーたシトリーちゃんのおっぱい揉んでる!」
「ふぇ……!?」
「ご、ごめんなさい」
それについては言い訳のしようもないので、俺は全力でシトリーと、ついでにスロウに頭を下げた。