なにはともあれ。とりあえずラティは今回の戦闘では活躍出来ない。シトリーもまあ同じくだろう。本体だけで戦うならいけるだろうが、それでも相手は水中なので確実に戦力が落ちる。
「まあしょうがないから、ラティは見学するわ」
「一旦様子見だよぉ……」
そんなことを言う二体を見ながら、では残りは、と思考を巡らせる。少なくとも装備が引き剥がされる、で擬態の体ごと分離するような面子はもういない。なので、ラティやシトリーのような自体になるやつはいないと考えていいはずだが。
「ちぃ!」
触手を爆破していたアリアが舌打ちする。バシャ、と例の粘液を食らって扇が吹き飛ばされた。同時に羽が濡れたことで浮いていた体が地面に落下する。
「アリア、大丈夫か?」
「ダメージ自体は大したことないわ。ただ、このベタつきで羽も上手く機能しないし、装備も飛んじゃうしでもう最悪よ」
いたた、と地面に落下したお尻をさすりながら立ち上がるアリア。いやちょっと待った。立ち上がるな。そのまましゃがんでいてくれ。
「何をいきなりそんな――」
俺のその言葉を受け、振り向いたアリアはそこで動きを止めた。止めるな、思考を放棄するな。
何でかって? 一緒に水着も飛んだらしくて裸なんだよ。それもこっちに振り向いて硬直したせいで丸見えのまま動きを止めて。
「エミル! シトリーちゃんだけでなくアリアちゃんにまで」
「だから違うってば! アリアも! ほら、早く水着着ろ!」
「はっ!? そ、そうね」
大慌ててで吹き飛んだ水着を回収してアリアに渡す。大事な部分を隠しながら物陰に移動したアリアがゴソゴソやっているのを出来るだけ見ないようにしながら、こいつはかなり厄介だぞと触手を見た。
そもそも、まだこいつの全貌も明らかになっていない。一体全体どういう感じのモンスターかすら不明なのだ。
「それはそれとして。スロウ、お前は大丈夫なのか!?」
「今のとこ捕まえられてるだけでそこまで苦しくないですし、だいじょーぶですよ。まあただおかげでみんなへの支援ができませんけど」
それは結構な問題ではなかろうか。相手が余裕で倒せる相手ならともかく、現状は全貌が不明なモンスター。スロウの支援はあった方がいい。
そんなことを思い再び魔法剣で触手をぶった切ろうとした矢先、糸で作られた鎌が飛来し触手を見事に切り裂いた。わ、と再び水面に落ちたスロウを即座にキャッチし、こちらに運ぶ。触手を切り裂いた当事者であるクーヤの方を見ると、ぶい、と指を二本立てていた。
「クーヤ。武装、自前。分離、問題、無用」
「成程。確かにそれならいけるか」
装備というより糸で作り出した体の一部みたいな扱いってことだな。水着も同様だからさっきのアリアみたいに脱げて真っ裸になることもない、と。
「……今アリアちゃんの裸思い出してませんでした?」
「……ちょっとだけ」
「むー。わたしも裸くらい見せられますよ!」
「知ってる知ってる! お前の裸は何回も見てる! だから脱ぐな!」
「飽きちゃったんですかわたしの体!?」
「飽きるか! お前はいつでも魅力的だよ」
「ふぇ!? えへへ、そーゆーなら仕方ないですね」
テンパりだしたスロウを強引に抱き寄せて口付けをする。柔らかい唇とねっとりとした舌の感触を味わいつつ、いや待て今こんなことやってる場合だったっけかと思い直しスロウから離れた。
「ラティにとってはいつ見ても問題ないわ!」
見学組になっているラティが親指を立てる。ああそうかい、と軽くそれを流しながら、俺はクーヤとコイナの横に立った。
「エミル様、大丈夫なんですか?」
「大丈夫って、何が?」
「えっと、その……また、水着が吹き飛ばされませんか?」
「……他の誰かの水着が飛ぶよりはマシだろ」
コイナの心配を振り払うようにそう述べ、俺は剣を構える。そうしながら、一応聞くけど、と後ろのスロウに声を掛けた。
「あの装備の引き剥がし液って、状態異常耐性とかでどうにかならないか?」
「多分無理ですね。状態異常とは毛色が違いますし。んー、そー考えると結構この手の耐性って穴がありますね」
むむむ、と悩むスロウだったが、とりあえず当たらなければ大丈夫だとばかりに俺達に支援を掛けた。能力を上げて回避出来るように、ということだろう。
それはともかく。結局こいつなんなんだ?
「触手のある海の生物、ということしか分かりませんね」
「正体、不明」
「あ、でも捕まった感じからするとタコやイカとかクラゲじゃなさそうでしたね」
あんまり参考にならないな。まあいいや、と迫る触手を相手にしながら、俺達は水際までだんだんと近付いていった。
水面からでは正体がよく見えない。が、なにか巨大なものが水底にいることだけは分かった。
びしゃ、と液体がクーヤに掛かる。が、クーヤは気にすることなく追撃の触手を叩き切った。こいつ相手に一番相性がいいのは間違いなくクーヤだな。
「義兄様。クーヤ、称賛?」
「ああ、今回は一番お前が頼りになるな」
そう言ってクーヤの頭を撫でると、嬉しそうに笑みを浮かべた。えへへ、と笑うその顔は、成程スロウによく似ていて。やっぱり姉妹なんだな、と思わせた。
「……」
「どーしました? コイナちゃん」
「いえ。大丈夫です」
スロウの言葉にコイナの方に振り向く。別段何かなっているようには見えないけれども、しかしどこか思い詰めているようにも見えて。あの表情は、そうだ、一日目で自分だけ準魔王級だからと嘆いていた時と同じだ。
「コイナ」
「……いえ、大丈夫です」
そんなことを思い何か声を掛けようと思った矢先、コイナはその表情を即座に変え、真っ直ぐに前を見た。ふぅ、と息を吐いたコイナは、水面を、いや、水底を睨みつけながらゆっくりと手を掲げる。
「エミル様」
「ん?」
「訂正を、お願いします。――私がこの場で一番頼りになります!」
そう言うと水の中に花粉をばら撒く。水に溶けていったそれは、水中にいる正体不明のそれに染み込んでいき。
悲鳴が聞こえた。ざばりと浮上してくるのは巨大なイソギンチャク。無数の触手をウネウネとさせながら、状態異常を食らっているのかぐったりとして動かない。
言われてみればそうだ。この面子だからそうなのであって、コイナの状態異常は相当のレベル。生半可な耐性だとぶち抜いてしまう、とこの間も思ったばかりだ。
だけどまさか、水に溶かしても効果があるなんて。
「流石にそれは敵わないわね」
見学組に回っていたアリアが呟く。状態異常については間違いなくコイナの方に軍配が上がるというわけだ。魔王級も認める状態異常のそれは、準魔王級だからと嘆いていた彼女の評価を覆すには十分で。
「行きます! はぁぁぁぁ!」
刺突剣型のツタを生み出す。迫りくる触手を切り払いながら、コイナは一気に向こうのイソギンチャクへと肉薄していった。
が、無数の触手が一気にコイナに向かっていくと、流石に近接に特化していない彼女では分が悪い。刺突剣の迎撃より触手の数の方が多くなっていく中、コイナは押し切られ触手に捕らえられた。足の間や胸の谷間を触手がうねり、コイナはそのたび悶えていて。
「コイナ!」
「コイナちゃん!」
まずい、と俺達もイソギンチャクへと突っ込んだが、水底にいた時より自由自在に動かすようになった触手がその行手を阻む。こいつ状態異常でよわっているはずなのに、なんでこんな。
「わきゃぁ!」
「スロウ!?」
今度はスロウも捕らえられた。コイナと同じように足と足の隙間に触手を挟み込まれ、そして胸の谷間にも宿主を突っ込まれ、と散々な状態になっている。そのまま吊られたスロウは、ウネウネ動く触手に弄ばれていた。
「ゃん! あぁん! エミルぅ……!」
「ち、今すぐ助け――」
魔法剣でぶった切ろうとしたが、触手が壁のようになってそれを阻む。だが知ったことか、と連続で魔力の斬撃を飛ばすが、連打が祟ったのか魔力が心もとなくなり思わず膝をついた。
「義兄様。クーヤ、奮闘」
それに続くようにクーヤが触手を切り裂きイソギンチャクへ進んでいく。俺も負けじと足を動かし、一歩一歩モンスターへと肉薄した。
「エミル様……クーヤさん……」
コイナが触手に弄ばれながらそんなことを呟く。表情をキッと変え、動けないならば動けないなりに、と再び花粉を撒き散らした。触手がなまじっか無数にある分、状態異常の花粉は非常によく染み込んで。
「わ、わわわ」
「スロウ!」
触手から解放されたスロウを抱きとめた。同様に、触手から解放されたコイナは、クーヤが見事にキャッチしていた。
「ありがとうございます、クーヤさん」
「クーヤ、コイナ、仲間。至極、当然」
ふふん、とドヤ顔をするクーヤを見て笑顔を見せたコイナは、では、とさらなる状態異常で悶えるイソギンチャクを見る。先程までのようにこちらを狙ったわけではなく、出鱈目に触手を振り回していた。
「とどめを刺させてもらいます」
「クーヤ、連携」
「ふふっ。ではクーヤさん、行きますよ!」
「承知!」
コイナの刺突剣型のツタの連打がイソギンチャクのボディに突き刺さる。体液を撒き散らしながら悲鳴を上げるイソギンチャクに、更にクーヤの鎌が襲いかかった。
「これで!」
「決着!」
コイナの突きとクーヤの斬撃。それらを受けたイソギンチャクは、切り裂けら穴だらけになり、触手がぐたりと動かなくなった。同様に、本体ももう動かない。見事討伐成功というわけだ。
そんなイソギンチャクの死骸を見て、コイナは目を輝かせた。自分が、支援だけではなく、こうして戦闘の役に立てた。そんなことが己の実感になったのだろう。彼女らしからぬはしゃぎように、俺達も思わず笑顔になる。
「やりました! やれたんです! 私も!」
「コイナ」
「クーヤさん」
「称賛」
そう言ってクーヤは片手を上げる。最初それの意味が分からなかったコイナも、そういうことかと目を見開き、そして笑顔でそこに自分の手を合わせる。
パァン、と気持ちいハイタッチの音が、洞窟内に響いた。
洞窟内の脅威は排除したので、観光を再開し、満足した後俺達はリゾートのホテルへと戻った。
向こうはどうでしたか、とスタッフに問い掛けられたので、素直に今回の事の顛末を告げる。申し訳ありませんと言われたが、こちらがその辺も織り込み済みで行ったので問題ないと伝え、これで多分向こうも観光出来るようになるだろうとついでに述べた。
まあでも結構疲れた。変な粘液まみれになるわ触手は出てくるわ、何か出てくるだろうと予想していたとはいえ、出てきたものは予想外だ。あの感じからすると魔王級でなかっただろうが、それでも準魔王級くらいはありそうだったし。
それはそれとして、コイナの修行の役に立ったのは丁度良かった。準魔王級の殻を破る切っ掛けににもなったんじゃないだろうか。まだ正確に認定はされてないから分からないが、魔王級に手が届き始めているのは間違いない。
元々そうなるポテンシャルはあったはずだ。なにせセフィと戦闘訓練をしているんだから。多分、足踏みしていた理由は自信の無さ。それが今回の戦闘で身に付いたのだから、これでもう問題はないだろう。
「そーですね。これで見事エミルのパーティーは全員魔王級になるわけですか」
俺の横でそんなことを言いながら体を洗うスロウ。ちなみに現在の場所は温泉である。イソギンチャクの粘液やら何やらは簡単なシャワーでは流せず、俺達はそのまま温泉へと直行する羽目になったのだ。
何でスロウがいるかって、そりゃここが混浴だからだよ。
とはいえ、流石にこの間のようなことにはならない。俺も自重しているし、何より。
「場合によっては変な噂が広がるかもしれないわね」
「変な、噂っていうとぉ……?」
「多分、偽物騒ぎの時みたいな勘違いのことですね」
「警戒」
「まあでも言うほどのものじゃないと思うわ」
アリアも、シトリーも、コイナも、クーヤも、ラティも。全員この場にいるからである。
何でだよ、お前らは女湯行けよ。
そんなことを思ったが、別にいいじゃないかと流された。いやまあ、そっちがいいならいいけどさ。
「それとも何? エミル、あたし達に興奮しちゃうの?」
「む。アリアちゃんにもエミルは渡しませんよ」
そう言って笑うアリアから引き剥がすようにスロウが俺を抱き寄せる。だから裸でそういうことするなって。
ちなみに言った方のアリアは楽しそうに笑っていた。知ってるよ、お前が俺を、というかスロウをからかっただけってのは。他の面子も大体似たような感じだろうし。
「そんなことは、ないよぉ……。ワタシはただ、仲良しのみんなと一緒にお風呂って楽しいなぁって思っただけだよぉ……」
シトリーはワタワタしながらそんなことを言っているが、まあお前がそういうからかいをしないタイプってのは知ってるから。だから落ち着け、おっぱい溢れる。
「やっぱりシトリーちゃんのおっぱいがいーんですか?」
「誤解だ誤解。俺はお前の体が最高だよ」
「それはそれで割と最低なセリフじゃない?」
アリアはちょっと黙ってろ。後ラティは無言で堪能するのもやめろ。
「ふふっ。皆さんの仲が良くて嬉しいです」
「同意」
そんな中マイペースに温泉に入っているコイナとクーヤを見て、いやまあその方が俺はありがたいんだけどと思ったり。
シトリーのレベルが上がった