始まりがこれ?
第百六十四話
朝である。目を覚ますと、今日も今日とてスロウが横に。
「エミルくん……おはようだよぉ……」
「うおぁぁぁ!?」
シトリーがいた。横に寝ているのはシトリーで、勿論服は着ていない。えっとつまりそれはそういうことか? そんなことを一瞬だけ考えた俺は、寝ぼけていた頭が即座に覚醒したことで冷静になった。
「おいスロウ」
「スロウちゃんなら朝ごはんの準備をしているよぉ……」
「スロウ」
「だから、スロウちゃんなら」
「スロウ」
「……ぶぅ、ちょっとは騙されてくれてもよくないですか?」
「お前は、俺が、シトリーとそういうことをするのがいいと、そう思ってんのか?」
「よくないですけど」
「じゃあなんでやった」
「ちょっとした背徳感を味わいたくて。きゃっ」
えへ、と笑うスロウの頬を思い切り引っ張る。が、見た目がシトリーなので何か俺が悪いことをしているような気がしてきた。引っ張っている手を離すと、むー、とシトリーの皮を被ったスロウがこちらを睨んでくる。
お前が怒る理由はどこにもないからな、一応言っておくと。
「何でですか。こないだも言ったけど見た目がシトリーちゃんなだけで中身はわたしですよ?」
「見た目がシトリーなのが問題だっつってんだろうが」
このままイチャイチャしたり致したりしたら浮気になる、ような気がする。いやだってシトリーっぽく変装とかならともかく、シトリーの皮を被っているのでまんまシトリーなのだから。
「シトリーちゃんも好きに使っていいって言ってたんですし、何の問題もないです」
「問題大有りだよ」
そんな俺のツッコミなどお構いなしにシトリーの大ボリュームなそれを俺に触らせようとしてくる。いい加減にしろ。
がぁ、と叫ぶとベッドから下りた。こないだ言ったのにまだそんなことするようなやつはもう知らん。そんなことを言いながら、俺は部屋を出ようとする。
「エミル」
「何だよ。今謝れば許してやらんことも」
「元気になってるみたいですし、鎮めてあげますよ。このおっぱいで」
「謝っても許さんからな!」
勢いよく扉を開けて、閉める。そのままドシドシと一階に降りると、朝食をもぐもぐと食べている本物のシトリーを見て俺は溜息を吐いた。
「あ、おはよう、エミルくん……。どうしたのぉ……?」
「いや、お前に当たるのは筋違いだよな」
「あ、捨てた疑似餌の話ぃ……?」
「まあな」
そう言って再度溜息を吐く。あいつこないだから完全にふざけたおしてやがる、と悪態をつくと、シトリーはあははと苦笑していた。
「でも、スロウちゃんも悪気があってやったわけじゃないと思うよぉ……」
「悪気ないからたち悪いんだよ」
あいつ割と本気で新しいプレイの一環くらいのノリでやってやがるからな。そして何が問題ってシトリーが別に古い疑似餌だし何に使っても、とか本気で思ってるところが厄介だ。人と感性が違うっていってもほどがある。そういうのも込みで一緒にいるんだから仕方ないといえば仕方ないんだけど。
「それで、スロウちゃんにお説教でもするのぉ……?」
「したよ、でもケロッとしてやがる」
幼馴染の以心伝心が悪いところに出ているというか、本当の本気で俺があいつを嫌いだと思ってないのを察しているというか。心の奥底では俺も変ないたずらしやがって程度に考えているのを見抜かれているというか。
とにかくあいつをちゃんと反省させるには何かが足りないのだ。何かあいつの嫌がることでもしてやろうか、本当に。
「エミルくん、悪い顔してるよぉ……」
とはいっても、何をどうするとあいつが反省するのかというと、こんな内容で何をどう反省させようというのかとなるわけで。戦闘とかで俺が死にかけるとか、そういう方向でもないし、俺はあいつを嫌いになるとか別れるとかそういう考えも持てないし。
「なんだかんだ二人はラブラブだからねぇ……」
「……まあ暫くスロウとは口聞かない方向で行くか」
「それ、エミルくんが耐えられないんじゃないのぉ……?」
「嘗めんな。あいつが先に音を上げるようになるから見てろよ」
朝食を終えた俺はそう言って立ち上がる。スロウが下りてくる前にさっさと外に出てしまおう、そういう腹積もりだ。スロウを見たら、ちょっとでもシュンとされたら俺の意志がぐらりと揺れる気がしたからだ。
「駄目そうだよぉ……」
やかましい、いいから見てろ。
「それで? 本当にいけるわけ?」
「だからいけるって言ってんだろ」
ギルドでもアリアに呆れられた。そうしつつも、まあ確かにスロウのそれは非常識よね、と俺の意見に同意を見せている。
「それで本物のシトリーにもエミルが襲いかかるようになったらどうするつもりだったのかしら」
「その辺何も考えてないんじゃないのか? ……しないよ?」
シトリーは大事な仲間で大切な友達だ。いやまあ、その、反応することはそれなりの頻度であるっちゃあるんですが、だからといってシトリーとそういうことをするのは違うって思っているわけでして。
だからこそその境界を取っ払いかねないスロウの行動には物申したくなるわけだ。
「まあ、あんたのことだから、その辺は一線を引くでしょうけど。でも、だからこそスロウも遠慮なくそういうことするってこともあるかもしれないわね」
やれやれ、と肩を竦めながらアリアが述べる。そうしながら、まあでも一線を引けるのならもう気にせずやっちゃえばいいんじゃない、と身も蓋もないことを言い始めた。
「するわけないだろ。お前も結局そっち側かよ」
「別にスロウだってこれからずっとシトリーの皮を被ってエミルとエッチしたいってわけじゃないでしょうし、一回やれば満足して片付けるんじゃないの? って思っただけよ」
その一回が致命的な気がするのは俺の気のせいだろうか。多分俺暫く罪悪感でシトリーの顔見れないぞ。
「別にワタシはもう使ってない疑似餌だし、好きに使って問題ないと思ってるんだけどぉ……」
「シトリーもこう言ってるわよ」
「このモンスターどもめ」
けっ、と舌打ちしながら誰か味方は、と話をただ聞いていただけのお姉さんに視線を向けた。俺の視線を受けたマイア姉さんは、えー、と関わりたくないオーラを出しながら溜息を吐く。
「別にエミル君とスロウちゃんのプレイの問題にこっちが口出すものね」
「そういうんじゃないんだよ」
「まあでもとりあえずスロウちゃんのその、シトリーちゃんの皮を被る? 行為をやめさせればいいわけだ」
だったら話は簡単でしょ。そう言ってお姉さんはシトリーを指差した。そうして、シトリーちゃんがやっぱり駄目って言えばいい、と言葉を続けた。
「あ、言われてみればそうか」
シトリー、と俺は彼女に向き直る。そうしながら、スロウに皮を使うのやめてくれと伝えてほしいと頭を下げた。
「で、でも。もうスロウちゃんにあげちゃったし、後から言うのも申し訳ないよぉ……」
「頼む。このままだと俺が保たない」
深々と頭を下げる。そんな俺を見て、シトリーはあわあわと手を振っていた。そうしながら、しょうがないとばかりに息を吐く。
「分かったよぉ……」
「本当か!? 助かる」
「でも、エミルくん……」
「ん?」
「そんなにワタシの体が嫌だったのぉ……?」
純粋な疑問だったのか、それともそういう意味か。どっちかは知らないが、俺はシトリーがしたその質問に思わず動きを止めていた。
えっと、これはどう答えたらいいんだ? シトリーの体は勿論最高だ、とか言えばいいのか? いやそれは違うだろう。じゃあ何だ? 全然嫌じゃない、むしろ望むところ――これも違うな絶対。そもそもこの場合の望むってシトリーそのものじゃなくてガワ被ったスロウのことだからシトリーに失礼なのは変わりないし。
「そ、そんなことはないぞ。俺はお前の中身も大切だしな」
「そうなのぉ……?」
とりあえず当たり障りのない否定をしておく。というかこれ答えになってるか? まあシトリーもそれで納得してくれたような気がするし、これでいけるか。
「エミル……?」
そんなタイミングでギルドの入口から声。視線を移動させると、丁度やって来たらしいスロウが俺とシトリーを交互に見ていた。
「あ、スロウちゃん、どうしたの?」
お姉さんがそんなことを尋ねるが、スロウはどうしたというか、とどこか曖昧な返事をしている。
そうしながら、視線を俺で固定させた。
「嫌がってたのは、体も中身もシトリーちゃんがよかったからですか?」
「何の話!?」
「エミルを譲ったのに後から奪うのは申し訳ないって今」
「んん?」
「本当はシトリーちゃんのほうが好きで、わたしと一緒なのはもう耐えられないんですか!?」
「だから何の話だ!」
あ、そういえば暫くスロウと口聞かないって言ってたのにもうその辺忘れてるな俺。
そんなことを思いつつ、もう一度俺はスロウに尋ねた、一体何の話をしているのか、と。
「ちょっとからかいすぎたかな、って思いながらギルドに来たら。シトリーちゃんが、わたしに譲ったのに後から言うのは申し訳ないって言ってて」
「ああ、それなら」
「そのすぐ後にエミルがもう保たないって、シトリーちゃんの体だけじゃなくて中身も大事だって」
なんか凄い切り取り方してるな。そんなことを思いながらも、勘違いしているスロウは話を自分で勝手に纏めていった。俺はシトリーのことが好きで、スロウの気持ちを知っていたシトリーは俺をスロウに譲って、でも俺はこれ以上耐えられなくて。そしてシトリーの体だけじゃ満足出来ない俺は中身も求めてシトリーに頼み込んで。
「なあ俺すげぇ酷いやつになってないか」
「最低ねあんた」
「笑いながら言うのやめてくれないか」
あと相当支離滅裂だからな。ちょっとでも冷静になったらすぐ分かるやつだからな。
そんなことを思いながら、とりあえず落ち着け、とスロウを抱きしめる。心配しなくても、俺が愛してるのはお前だけだ、と耳元で囁く。
「あふぅ。そ、そんなことされても騙されませんから。もっとギュッとしてください」
「はいはい」
「さっきまでの会話なんだったのかしらね」
「だいたい予想ついてたよぉ……」
はっ。確かに、スロウをちょっと反省させるはずが、気付いたらスロウを抱きしめていた。今のタイミングがまさにスロウを反省させる丁度いい状態だったじゃないか。何で俺はスロウを慰めてるんだ。
「まあエミル君には無理だったってことだよ」
やれやれ、と呆れたように肩を竦めているお姉さんを横目で見つつ、俺はスロウからそっと離れる。あ、と名残惜しそうにしているスロウが可愛い。
じゃなくて。深呼吸をした俺は、それはそれとして、とスロウを見た。
「どーしました?」
「今朝の話だ」
「シトリーちゃんの皮を被ってエミルとえっちしたやつの話ですか」
「してないしてない。まだしてない」
「まだってことはこれからするのね」
「アリアお前ちょっと黙ってて」
完全に俺をからかう方向に舵を切っている蛾の化物を一睨みして、俺はスロウに向き直る。お前本当に悪いと思ってないのか、と問い掛けた。
「エミルはそんなに嫌だったんですか?」
「シトリーにも失礼だからな」
「むー。でもそれってシトリーちゃんがいいよって言っててもですよね。何でですか?」
「何でって。……そりゃ、あれだ。俺が気まずいっていうか」
本物としてないのに、ってなんか意識しちゃうと言うか。そんなようなことを考えつつ当たり障りのない言葉を述べた俺を見て、スロウはむむぅと唇を尖らせた。お前が機嫌悪くする場面ないだろ。
「でもなんだかシトリーちゃんとえっちしたいって言ってるみたいに聞こえて」
「そんな疑問の湧く下地を作ったのはお前だからな、間違えるなよ」
あとそんなことは言ってない。そう続けながら軽くスロウの頭を小突く。小突かれた方であるスロウは、微妙に納得していないような顔で、しかし分かりましたと頷いた。
エミルがそこまで言うなら諦めます。そんなことを述べたスロウは、じゃあやっぱりの疑似餌は燃やした方がいいですかね、と言葉を続ける。
「そうだな」
「今ちょっともったいないって思いませんでした?」
「思ってない」
本当だぞ。シトリーの皮を被ったスロウとエッチするのは気持ちいいだろうなとかまったくもって思ってないぞ。
「やっぱり取っておきますか。エミルの気が変わるかもしれないですし」
「だから処分しろって言ってるだろ」
「はいはい」
そんなことを言いながらスロウはじゃあ片付けるために持ってきますねとギルドを後にする。そんなスロウの背中を見ながら、俺はぜーはーと肩で息をしていた。
アリアもお姉さんも予想通りと言わんばかりの表情を浮かべている。別にやめさせることは出来たからこれで問題ないんだよ。
「エミルくん……」
「何だ?」
「もし欲しかったら言ってねぇ……。疑似餌、用意するからぁ……」
「ご心配無く!」
そう言って叫んだタイミングと、スロウが戻ってきたタイミングが丁度一致した。何やら慌てているようで、一体どうした、と皆スロウに視線を向ける。
「大変です!」
「どうした?」
「シトリーちゃんの古い疑似餌、どっか行っちゃいました!」