こんにちは、とセフィに挨拶をされ、俺達は同じように挨拶をした。が、そんな俺を見たセフィが不思議そうに首を傾げる。
「エミルさん、何だかお疲れのようですね」
「……ここ最近色々あってな」
シトリーの古い疑似餌騒動で割と疲れ切っていた俺は、セフィの言葉にそう返す。大丈夫ですか? と心配してくれるセフィにまあ気にするなと述べた。
いやだって本当に気にされると困る騒動だったからな。スライムの作った偽物とは違う、ある意味本物のシトリーに抱いて欲しいと迫られたようなものだ。あの時のたっぷんたっぷんと揺れるおっぱいとか、トロリと溢れる蜜とか。そのことを思い出すとシトリーからつい顔を逸らしたくなるほどで。
「エミルくん……?」
「はっ、いや、な、なんでもないぞ」
「それなら、いいけどぉ……」
割と露骨なのか、シトリーもそれに気付いて俺に問い掛ける。ここでシトリーのエッチな姿を思い出していましたとか素直に言えるはずもないので誤魔化した。誤魔化せているかどうかは知らない。
「じー」
「大体お前のせいだからな」
「分かってますよーだ。……まあ、でも。エミルにとってわたしが一番なら、しょーがないので認めてあげます」
「何をだ何を」
「シトリーちゃんとえっちなことしても」
「しないしない」
「じゃあアリアちゃんですか?」
「しないっつってんだろ」
本当に? とこちらを見てくるスロウに一発チョップを叩き込んで、今はそんな話をしている場合じゃないだろうとセフィを見た。ちらほら聞こえてくるワードで何かを察したのか、セフィは少し考え込むような仕草を取ったが、あえて触れようとはしなかった。非常に助かります。
「それで、今回皆さんをお呼びしたのは、例の服が完成したことでして」
「ああ、スロウ達の素材で作った布のやつか」
はい、とセフィは笑みを浮かべる。それぞれ、俺とアリアの要望を聞いて作ってくれたそれを、こちらですと指し示した。覆われている布を取り払うと、俺用の冒険者服と、アリア用のドレスがお披露目される。俺の方はあまり過度な装飾等を施さず、あくまで冒険者の服装に仕立て上げたらしい。見た目は今の服を少しグレードアップさせたような感じだ。しかし、既製品と比べると間違いなく一級品であることを感じさせるそれは、成程勇者級の装備というのはこういうものかと思わせてくれる代物であった。
アリアの方はもっと顕著で、悪役令嬢の名にふさわしい装飾が施されている。特殊な加工が施してあるらしく、ドレスの色はアリアの好きなように変えられるらしい。色が変わるだけでも大分雰囲気が変わるだろうそれは、冒険の際にドレスを変えたがっていたアリアの悪役令嬢ロールプレイをある程度反映させたものなわけだ。
試しに着てみますか、というセフィの提案を受け、俺とアリアは新装備に身を包んでみた。おお、流石にこれまでのものとは格段に着心地が違う。自分の体にぴったりだという確信を持てるほどのそれと、確実に守ってくれるだろうという安心感がひしひしと伝わってくる。
今のこれならば、魔王級にだって傷を受けずに倒せるかもしれない。そんな自信さえ湧いてきた。
「これは……っ!」
アリアの方も同じような感触を得たらしく、ありがとうございますセフィーリア様、とそのドレスのまま綺麗なカーテシーを決めていた。
「俺の方も、ありがとう、セフィ」
「どういたしまして。しかし、このぐらい大したことはありませんわ」
実際、素晴らしい素材をただ加工しただけですので。そうセフィは続けたが、その加工するだけがどれだけ大変か。そう返すと、そう言ってもらえるのならば、お抱えの職人も喜ぶでしょうと笑みを浮かべた。
さて。新しい装備をもらったことだし、流石にちょっとどうなのか試したくはある。が、新しい服を汚したくないというわがままも同時に湧いてきた。
まあ暫くは汚れなくてもいいか。そんなことを考えていた矢先、それで皆さんに丁度いい依頼がありまして、とセフィが口を開いた。
「丁度いい依頼?」
「はい。これはおそらく以前エミルさんが受けたものだと思うのですが」
そう言って一枚の依頼書を取り出す。街道のハーピーの撃退。ああ、確かに俺が以前受けたやつだ。スパイスが欲しくて受けて、結局オルとアルの蜘蛛姉妹と一緒にコカトリスを討伐したんだったか。
それをもう一度取り出すということは、結局あのハーピーは懲りずにまた街道に進出してきたってことか。そうなると流石に庇えないから討伐になるな。
「いえ、その。ハーピーは街道の人を襲っているのではなく」
「ん?」
「エミル、エミル、と街道を通る人々の周りを飛び回ってはそう鳴いているのだとか」
意味の分からない鳴き声に困っているものの、直接害されているわけでもないのでどうしようかと悩みつつギルドに相談したところ、その鳴き声に心当たりがあるということで依頼が回されることになったらしい。それを聞きつけたセフィが、その依頼書を受け取ってこちらに持ってきた、と。
「何で俺……?」
「またモンスターたらしこんだんですか? アリアちゃんやシトリーちゃんとかならともかく、流石にその辺のハーピーは許しませんよ」
「何の話だ何の。俺は別に何もしてない」
コカトリスとそいつの側についていたハーピー退治はしたけど、あれは俺だけじゃなくてオルとアルもいたし。
「どうせ余計なこと言ったんじゃないの?」
「そんな心当たりはない」
いや実際なんか向こうに好かれるようなことをした覚えもない。だから多分オルとアルが呼んでいた分俺の名前のほうが覚えやすかったとか、その程度の理由だろう。
「どっちにしろ、エミルを呼んでるには違いないんじゃないです?」
「言われてみれば……?」
あの時の名前を呼んでいるということはまあそうなるのか。ということは、とりあえずハーピー達に会いに行ってみるのがいいかもしれないな。まあ確かに、普通のハーピー程度ならばもし戦闘になっても問題ないし、この間みたいにコカトリスとか出てきても、それこそ新装備の丁度いいテストになる。
「分かった。じゃあこの依頼、受けてみる。で、いいか?」
「エミルが大丈夫ならわたしはいーですよ」
「そうね、別に問題ないと思うわ」
「うんうんうん……」
スロウ達も同意してくれたことだし、じゃあその場所に行ってみるとしますか。
以前も来たことのある街道。だが、来たのは俺だけだったので《テレポート》は使えず、王都から馬車で向かうことになった。揺られること少し、この辺りです、と指定された場所に辿り着くと、成程確かに上空にハーピーが数体飛んでいた。そのまま旋回しながら、ゆっくりと下降してくる。
「エミル、エミル……エミル!」
依頼書の通り、俺の名前を鳴きながら下りてきたハーピーは、しかし俺を見付けると突然嬉しそうに鳴き始めた。エミル、エミル、とはしゃぎながら馬車の周囲を飛び回る。
「本当にたらしこんでないんですか?」
「だから知らんっつってんだろ」
「エミル、エミル! 大好き! 大好き!」
「じとー」
「本当に知らん!」
そもそもハーピーのそれは鳴き声の一種であって、そこに本当の意味があるかどうかは微妙なところだろ。この間の時だって、助けて、と鳴きながら襲いかかってきたからなこいつら。
まあそれは置いておいて。俺を見付けたハーピー達は嬉しそうに鳴くと、こっちだとばかりに移動を始めた。どうやら街道を飛んでいた理由は、エミルを、つまり俺をどこかに案内するつもりだったらしい。
「どーします?」
「いや、どうするもこうするも。行くしかないだろ」
「大好きとか言われてますもんね」
スロウの視線が妙にチクチクする。いや別にそんなことはないって言っているのだが、どうにも聞いてくれる感じがしない。助けを求めるようにアリアとシトリーを見たが、何とも言えない表情でこちらを見るのみだ。
「別にお前が一番で、お前を愛してるのは変わってないぞ?」
なんともかんとも助けがない。そんなことを思いながらスロウにそう述べると、ぶぅぶぅ、と文句を言いながら分かってますよ、と両手を広げた。ハグ待ちである。勿論抱きしめた。
「わたしのいない時にたらしこんでたからちょっと拗ねただけです」
「だから違うっての」
それにこの時はお前のための料理を作る材料探しだったからしょうがないってこともあるしな。そんなことを続け、抱きしめたまま頭を撫でると、それもそうですね、と頷いていた。
「ところで、あんたは結局何でこんな好かれてるの?」
「だから知らんっての」
「まあ、いつものエミルくんで、大好きになるのも十分かもしれないよぉ……」
アリアはともかく、シトリーは何をそんなにしみじみ言っているんでしょうか。まあいつものことだ、とか何を納得しているんですか?
スロウもアリアも同意するんじゃない。
そんな俺が一方的に疲れる会話をしながらハーピーの案内で森を進むと、そこは以前も来た場所。ハーピーの集会場らしきそこには、多数のハーピーが木に止まっていた。
「エミル!」
「エミル!」
「大人気ね」
「もういい……」
アリアの言葉に溜息を吐きながら、それで、とハーピー達の前に一歩踏み出した。わざわざ俺を呼び出して何の用だ。そんなことをハーピーに問い掛けた。なんだかんだ上級モンスター。言葉は理解しているはずだから、後は適当に会話が出来れば。
「私が呼んだのよ!」
そんなことを思っていたタイミングで声。何だ、と視線をそこに向けると、一匹のハーピーがこちらに向かってダイブしてくるところであった。うわ、とそれを受け止めると、ハーピーは俺をギュッと抱きしめる。
「エミル! 会いたかった!」
そのままぎゅうぎゅうと俺を抱きしめるハーピー。いや待て、俺はお前に心当たりがまったくないんだけど。
そんなことを思い、口にするよりも前に、今度は別の木の上から声が降ってきた。
「何やってるのよ! エミルを呼んだのは私!」
声と同時に再び俺にダイブ。最初に抱きついてきたハーピーから奪い取るように俺を抱きしめたもう一体のハーピーが、会いたかったとはしゃいでいる。
だから俺はお前らに心当たりがないんだってば。ようやくそれを口に出来た俺は、二体のハーピーを引き剥がした。
「きゃ」
「やん」
可愛らしい声を上げて転がるハーピー。見た感じ姉妹のようで、それぞれ左右に結んだサイドテールの向きが違うくらいで顔立ちはとても良く似ている。双子か何かだろうか。
それよりも気になるのが、明確に会話をしたことだ。つまりはこいつらは。
「ハーピーの魔王級ですね」
「結構面倒そうな相手だけど」
「やってやれないことはないよぉ……」
一応念の為、と戦闘態勢を取る三体。俺もそれに合わせて剣を構えながら、お前達は一体何の目的で俺を呼んだ、と問い掛けた。
その問い掛けにハーピーの双子はキョトンとした表情をする。聞いてないの? と問われたので、コクリと頷いた。
「私! あの時助けられたハーピーよ!」
「私もよ! むしろ私のほうが助けてもらった!」
はいはい、と手を上げてそう主張したハーピーの双子は、次の瞬間何だと、とお互いを睨み始めた。なんというか、仲悪いなこいつら。
そんな俺の表情を見たのだろう。双子は小さく溜息を吐くと、そういうわけなの、と項垂れる。
「何が?」
「私たち、仲が悪いでしょ? だから群れの統率が上手くいかなくて」
「せっかく魔王級に成って群れを率いる立場になったのに、逆に群れの雰囲気が悪くなっちゃって」
羽の指をちょんちょんとしながら双子のハーピーはそう述べた。このままだとまた討伐対象になってしまう。そんなことを心配した双子は、どうにか出来ないかと頭を悩ませ、そして喧嘩をして更に泥沼に陥って。
「そんな時、ぱっと思い付いたの。あの時助けてくれた大好きな人」
「思い付いたのは私! コカトリスから守ってくれた、大好きなエミル!」
「私よ! コカトリスの肉もくれて、討伐されてもおかしくなかったのに見逃してくれた優しいエミルのこと思い付いたのは!」
「何よ!」
「何よ!」
そう言って再びガルルと唸り始めたハーピーの双子を見ながら、どうするんだこれと俺は溜息を吐いた。えっと? つまり? 俺が呼ばれた理由は、お前達をどうにか群れの統率者として鍛えて欲しいとかそういう感じか。
「鍛えてくれるの? 私を!」
「鍛えてもらえるのは私よ!」
「あんたは黙ってて! 私が!」
「あーもう、うるさい! 現状ぶっちゃけ群れを乱してるってことでお前らを討伐して違うリーダーを用意するのが一番手っ取り早いんだぞ」
「うぅ」
「ぐぅ」
俺の言葉に静かになるハーピーの双子。まあ実際にやるかどうかは別だが、一番手っ取り早い手段はそれだ。魔王級の出現によりハーピーの群れの統率が乱れている。となると原因の魔王級を倒すのが常套手段だ。
が、いかんせんこの間も思ったが、自分に好意的な相手を殺すのは非常に精神に悪い。大して自我のない古い疑似餌ですらあれだったのに、明確な自我を持っているこのハーピーの双子をこの場で殺すとなると。
「まあ、エミルじゃ無理でしょうね」
「いつものパターンよね」
「うんうんうん……」
何かスロウ達も何かを納得したような、というか諦めたような表情でこちらを見ている。何だよ、俺がこれから何をするのか分かるっていうのか?
「ハーピーを助けるんですよね?」
「仲良くさせるなり、群れの統率が出来るようにするなり、まあ色々考えるんでしょ?」
「ちゃんと手伝うから、安心していいよぉ……」
悩むこと無くそう言い切ったスロウ達を見た俺は、いやまあそうなんだけど、と視線を逸らすことしか出来なかった。