俺達の心配を他所に、ギルドからの調査依頼はこなかった。まあまだワームの一例だけであるし、心配しすぎと言えばそうなのだろう。
そんなわけで俺は肩の力を抜き、いつも通りの日常に戻った。今のところハーピーがどうとかいう依頼も来ていないので、あいつらは別段問題を起こしていないのだろう。早々に起こされても困るが。
「まあ、ということはエミル君は暇なんだね」
「何かあるのか……?」
そこに降ってくるお姉さんの声。暇ならあれやってよだのこれやってよだのいう何かが起きる、そんな予感が、というか確信のあるその声を聞いて、俺はあからさまに嫌そうな顔をした。
「そんな顔しないでよ。相談事自体はそう大したことじゃないと思うからさ」
「本当かよ」
表情を戻さずにお姉さんの話を聞く。ここで嫌だ、と言うのは簡単だが、言うにしても一応話だけは聞いておいたほうが後々役に立つ可能性がある。知らない内に同じ依頼に巻き込まれた、とか。
「実はね、幽霊騒動なんだけど」
「アンデッド関係か」
「うーん。どうなんだろうね」
「は?」
そこら辺が謎である、とお姉さんは首を傾げている。幽霊が出ているのは確からしいんだけど。そんなことを言いつつ、でもそれもちょっと怪しいんだよね、と言葉を続ける。
「なんだか凄くふわっとしたただの噂って感じなのに、みんなそれを信じちゃってる」
「それのどこが大したことなさそうなんだよ」
「魔王級とかが関わってくる感じはしないでしょ?」
「そう、かなぁ……?」
後ろで聞いていたシトリーがそうぼやく。まあ確かに、思わぬところから変なものと戦うのがここ最近の出来事であるわけで。実は大したことのある依頼だったとかはざらなわけだ。
「まあでもアンデッド関係ならわたしで一発ババーンとやれば終わりますし、そう大したこともないんじゃ?」
「全然関係ない魔王級だったらどうするんだよ」
「そこまで考えてたらキリなくないですか?」
「そういう心配の話をしてたんだよ、なあシトリー」
「ふぇ……? まあ、うん、そうだねぇ……」
シトリーが頷く。ほれどうだ、とスロウに勝ち誇ると、むぅ、とむくれた表情を浮かべた。そうしながら、シトリーちゃんの方がいいんですか、と見当違いの文句を述べる。
「まあ、でも確かにシトリー派だな、これについては」
「ということは、最近はシトリーちゃんとえっちなことを?」
「極々普通の話をしてた気がしたんだけどな。少しは色ボケ芋虫をやめたらどうだ?」
言葉と同時にチョップを放つ。ちょっとした冗談じゃないですか、と涙目になるスロウを気にすることなく、話の続きを促すためにお姉さんに視線を向けた。
「いたた……。最近エミルわたしの扱いぞんざいじゃないですか?」
「そんなことはないだろ」
「そーですか? その割にはわたしに優しくない気がしますけど」
「変なことばっかり言ってるからじゃないのか?」
そんなことより話の続きだ。お姉さんにそう述べると、じゃあ受けてくれるんだね、と笑顔を向けられた。別にそういうわけじゃない予定だったんだけど。でもまあ確かにこの流れはその頼み事を受けるやつだ。
「ほらわたしの扱いぞんざいにするから」
関係ない、とも言い切れないのが悔しいところである。が、さっきの流れでお前の扱いを一体全体どうすればよかったのか教えて欲しい。ああそうだ、俺は最近シトリーとそういうことがしたいとか乗っかればよかったのか? 絶対怒るだろお前。
まあもうその辺はどうでもいい。どうせ暇だし、お姉さんの言う頼み事を聞いたって別に問題もないし。
そこまで考えて、おや、と俺は首を傾げた。さっきから相談事だの頼み事だの、言い方はふらふらしているが依頼ではなさそうな話しぶりだ。
「そこなのよ」
お姉さんが指を立てる。ギルドに正式依頼すればもっとちゃんと調査出来るんだけど。そんなことを言いながら、立てた指をクルクルと回した。
「ん? じゃあそれ依頼でもなんでもないのか」
「そう。あくまで相談事。こっちとしても依頼にすればいいって言ったんだけどね。変な噂が立つのは嫌だって。もうとっくに手遅れだと思うんだけど」
お姉さんの話ぶりだと割と近所の話っぽいな。この村ではなさそうだったから、隣町辺りか。でもまあ確かにそういう騒動があるってもう知られている時点で手遅れだろう。
「そうそう。だから何か別の意味があるんじゃないかって私は睨んでる」
「別の意味?」
「公にできない隠し事、みたいな」
「だったらギルドの受付やってるお姉さんに頼むのは悪手だろ」
「まあ、最近のギルドが信用できないってこともあるかもしれないわね」
作業をしていたアリアが口を挟む。あの二度の失態で最近のギルドは信用度が大分落ちた。おまけに失脚した連中の詐欺でとどめである。ギルドが対処したとは言え、元関係者がそんなことをやっていれば当然現関係者にも厳しい目が行くわけで。
それでもギルドに依頼しないとどうしようもないものは多々あるし、ギルド自体は改めて真面目に運営しているので、ギルド自体が破綻するなんてところまではいっていない。でも一部の人達は本当にギルドに任せて大丈夫かと不信に陥ることもまあ、ある。
「面倒だな」
「まあギルドのせいですし」
「そりゃそうだ」
こればっかりは仕方ない。諦めてギルドには真面目に信用回復をしてもらおう。そんなことを思いながら、でもこの間のアロー達の件で、上の連中迷宮の管理者に丸投げした結果属性頂点三体が並ぶとかいうことをやらかしやがったしな。元通りになるのは遠いかもしれない。
話が逸れた。まあどっちにしろ、今回はギルドとは関係ない相談事として対処するってことでいいんだろうか。お姉さんにそう問い掛けると、そうなるね、と苦笑された。
「まあエミル君たちが暇なら、でいいよ?」
「そーいわれると、暇ですね」
「暇だな」
ちょっとした頼み事を聞いてやれるくらいには暇である。が、面倒そうな話でもあるので聞きたくないと思う気持ちもまあ、ある。
「どーします? エミル次第だと思いますけど」
「そうだな。マイア姉さん、これ、俺が受けなかった場合どうなるんだ?」
「私もただ相談受けただけだし、ギルドの依頼にしたほうがいいって言ったけど聞いてもらえなかったから、どうにもならないね」
「それ、いいのか?」
「うーん。知り合いの町での事件だし、よくはないかな」
だから最悪こっちで勝手に依頼にしてみようかな、とは思っている。そうお姉さんは続けたが、その場合依頼料は払う人がいないのでタダ働き、あるいはお姉さんが身銭を切ることになるわけで。
「どっちみち俺達に回ってくるなら一緒か」
「素直じゃないわね」
「うんうんうん……」
アリアとシトリーがそんなことを言っていたが、俺は知らんと無視を決め込み、お姉さんに向き直った。じゃあしょうがないから、その頼み事を受けてやる。そう続けた。
「ありがとう、エミル君」
「まあ姉さんの依頼ってことにするから。今度ご飯でも奢ってくれ」
「それくらいなら……シトリーちゃんが手加減してくれればね」
「さ、流石にマイアさんに奢ってもらう分と満足する分は分けるよぉ……」
食べないという選択肢はないんだ。そんなことを思いながら、とりあえずその依頼というか相談事というかを受け、隣町へと出発するのだった。
で、隣町に辿り着いたのだが。こっちの方だったんだな、と俺はどこか懐かしい感じで町を見る。
「アリアちゃんと出会った場所ですね」
「そうね。まだあの廃屋敷、残ってるのかしら」
シトリーと出会う前、まだ俺のスロウの一人と一体だった頃。スロウが聖女になったばかりの頃。
その時の依頼でアリアと出会ったのだ。そういえばまだあの頃はもう少ししっかりと悪役令嬢をやっていたな。
「まるで今はもう悪役令嬢をやっていないみたいな言い方ね」
「やってないだろ」
あの時と比べると喋り方はほぼ素の状態だ。見た目はまあしっかり悪役令嬢を保っているが、口を開けば。
まあ、素の状態でもちょっとお転婆で可愛い令嬢、で済むと言えば済むが。でもそれじゃあアリアの目指すアリアンロッテではないだろうし。
「あら、何? あんたあたしのこと可愛いって思ってくれててたのね」
「そりゃな。美少女でそれなりに常識持ってて、ぶっちゃけ頼りになる度合いで言うとかなりのものだし」
「珍しいわね。あんたがそんなに素直に褒めるって」
「そうか?」
目をパチクリとさせたアリアがそんなことを述べる。が、別に俺はアリア相手にそこまで捻くれた評価をした覚えはない。まあアリアの悪役令嬢観についてツッコミを入れることはそこそこあったが。
「わたしには捻くれた評価ばっかりなのに」
「それはお前の自業自得だろ」
「ぶーぶー」
唸るスロウをスルーしつつ、それで幽霊騒動について詳しく話を聞こうとお姉さんの知り合いに会いに行く。宿屋に併設された酒場で待ち合わせ、テーブルにつくと彼女はゆっくりと口を開いた。
曰く、最近この町には幽霊が散歩をしている。おかげで夜は誰も出歩かなくなった。要約するとこんな感じである。単純明快だが中々の問題だぞ。やっぱりギルドに依頼したほうがよかったんじゃないか。
「そう思ってギルドに依頼しようとした人が、次の日に消えたって……」
成程。変な噂になったらどうだとかはあくまで咄嗟の言い訳で、そっちが本命か。幽霊に消されたくないから、依頼にしていない、と。
でもまあギルド所属のお姉さんに相談した時点で、依頼したようなもんじゃないのかな。そう思って問い掛けると、やっぱりそうなりますか、と顔色を悪くしていた。
「私も幽霊に消されてしまうんでしょうか……」
「いやまあ今のところその様子もないし、調査もするから大丈夫だとは思うけど」
それで幽霊のもう少し詳しい情報はないだろうか。そうお姉さんの知り合いの人に尋ねてみたのだが、さっき言った基本的なこと以外はほとんど分かっていない、ということらしかった。どんな幽霊だとか、数はどのくらいだとか、その辺の情報は一切不明。ただ、幽霊が徘徊しているという噂と、そのおかげで街の人は夜出歩かなくなったという事実があるだけだ。
「ん? ちょっと待ってくださいよ」
「どうしたスロウ」
「幽霊、誰も出会ってないんですか?」
お姉さんの知り合いに問い掛けると、そうですね、と何かを考え込む仕草を取った。そうした後、出会った人間は皆消えているので目撃者はいない、と述べた。
「誰も出会ってないのに幽霊がいるっていう話だけ伝わっているの?」
「不思議だよぉ……」
不思議というか、ただの噂が想像以上に大きくなっているだけというか。これ、ひょっとして本当は誰も出会っていないし、幽霊も存在していないんじゃないのか。
そう彼女に聞いてみると、分かりませんと首を横に振られた。
「仮にそうだとしても、それを確かめる方法がないですし」
「そのために俺達がいるんだろ」
「そーですね。幽霊の正体、見極めましょう」
そういうわけで、暫く時間を潰し夜になるのを待って、それから調査を開始することにした。ついでに幽霊の目撃情報も聞き込みする。勇者級の肩書はこういう時役に立つ。
で、その結果。やはり幽霊を見た人はいなかった。皆その噂を信じているし、幽霊に出会うと消されると信じている。依頼をしても消されると思っているため、俺達が調査をしていると言う話を聞いた時依頼者は無事なのかと尋ねられた。
「完全に浸透しているわね」
「見たら消される、言ったら消される。本当にいるなら結構めんどーなやつですね」
「本当にいるなら、かぁ……」
スロウの言葉にシトリーが呟く。そう、スロウの言う通り、この幽霊が本当に存在するか中々に怪しい。目撃者がいないのは消されたからだ、なんて言う割に、じゃあ一体誰が消えたかの正確な名前は出てこない。俺達の村と比べるとこの隣町はそこそこの規模だ。ほぼ全員顔見知りみたいな状況ではないため仕方ないかもしれないが、町の向こうの方の誰かが消えた、くらいのふわっとした情報だけだ。向こうの方ってどっちだよ。
「あ、でも幽霊の情報は増えましたね」
「物凄いスピードで迫ってくるから逃げられない、だっけ? 見た人間が全て消えてるのに何でそんな情報残ってるのよ」
「赤い服を来ている、もあったよぉ……」
「だから何で目撃者全員消えてるのに情報があるのよ」
手に入った情報にツッコミを入れるアリア。まあ俺も同意見だ。そういう意味では最初のお姉さんの知り合いのように情報なんか何もない方が正常だと思うんだが。
やっぱりこれ噂だけが独り歩きして大きくなっているだけで、実際は何も無いっていうことなんじゃないだろうか。そんなふうにまで思えてくる。
「でも、そうなると。何でそんな事が起きたのか、って謎が残るわ」
「そうなんだよな」
噂を広めて、夜に人が出歩かないようにして一体何があるのか。今のところそれが謎である。
そうなるとやっぱり幽霊でも何でもなく、夜に魔物が徘徊しているだけ、だとか。いやまあ幽霊もアンデッドの魔物であることには違いないのだけれども。
「もしくは、人、かしらね」
「噂を広げて夜の町を自由に動き回れるようにしている誰かがいる、ってことか」
考えていてもキリがない。まあ実際に人ならその場で捕まえて話を聞けばいいし、本当の幽霊なり魔物なりだったなら、退治するなり追い払うなりすれば終わりだ。
そろそろ日も暮れる。段々と夜の帷が下りてくるタイミングで、街の人達はせわしなく家路についている。店も、宿屋も、酒場も、皆一様に夜は営業を取りやめているようであった。
「店にとっては死活問題になるな」
「でも、閉めてるってことは幽霊のほうが怖いってことなんですよね」
そこまで浸透している、あるいは信じている理由は。
そう思っている内に夜だ。明かり無しでは道も見えない。そして俺達以外に町を出歩いているものは皆無。何とも異様な光景に、俺は少しだけ顔を顰めた。
リン、と何かが鳴る音が聞こえた。振り返ると、そこには赤い服を来た人影が。いつのまに、そんなこと思いながらその人影に声を掛けると、ふっと掻き消えるように姿が見えなくなった。
「幽霊、か?」
「見た感じそんな気がしましたね」
「となると、今度は目撃者であるあたしたちを消しに来るってことになるけど」
「ど、どうなるのかなぁ……」
どうなるも何も。そんなことを思いながら周囲をうかがうが、さっきの幽霊が再度現れる様子はない。
何だ、と拍子抜けしたように息を吐いた俺は、そこで気が付いた。
「……スロウは?」
「え?」
「い、いないよぉ……!?」
スロウの姿がない。さっきまで一緒にいたのに。どこか調査をしているのかと思い探してみたが、近くにあいつがいる気配はどこにもなかった。
まさか本当に消えた? そんなことを思った俺であったが、そこでふと自身の左手の薬指を見た。
「これを使えばスロウのいる場所に」
「ちょっと待ちなさいよ。あたしたちを置いていく気?」
「それに、スロウちゃんならよっぽどのことがない限り大丈夫だよぉ……」
アリアとシトリーに言われて我に返る。確かに、あいつは聖女で大魔王だ。こんな木っ端な幽霊程度に負けるはずもない。何らかの手段で何処かに飛ばされたのだとしても、あいつのことだから自力で戻ってくるはずだ。
そうは思っても心配だからいざとなったら飛ぼう。そんなことを思いつつ、俺は何か痕跡がないか周囲を探し回ることにした。