こういう時に魔力の痕跡を感知出来るような能力を持っていると手っ取り早いのだが、いかんせん俺はそういうのがさっぱりだ。アリアが多少出来る程度で、シトリーも俺と同じくさっぱりである。一番それっぽいことの出来るのがスロウだったが、今ここにスロウがいない。
「とはいっても、スロウもどういう魔法が使われたのかとか、そういう感知ができるわけじゃないか」
そんなことをぼやきながら、人影が消えた場所を見たり、スロウが立っていた場所を見たりする。なにか仕掛け、と言うほどでもないがそういうのがありそうな雰囲気は感じるが、よく分からない。
「まあ単純に考えると魔法か何かでしょうけど」
ふむ、と顎に手を当てながらアリアがそう呟く。確かに普通に考えればそれだ。だが、どういう魔法を使ったのか、とかの痕跡を辿れない俺達では、予想を立てるくらいしか出来ないわけで。
「誰かが、魔法を使って、スロウちゃんを攫ったのかもぉ……」
「うん、きっとそうですね。とかスロウなら言ってくれるかしら」
「どうだろう」
そもそも、問題はそれを使ったのが何か、だ。幽霊にしろ魔物にしろ人にしろ、そこが分からないとどうにもならない。
そして、それを絞る証拠らしきものが見付からない。
「見付からないっていうことは、幽霊かなぁ……」
「それも安直だけど、まあ確かに現状その可能性は高いわね」
「でもそうなると、スロウがあっさり捕まったのも気になる」
いやまああいつのことだから油断してたとかは全然有り得そうだが、相手が幽霊ならそれこそ《ターン・アンデッド》で消し飛ばして終わりである。異空間にいるなら指輪なり《テレポート》なりで飛んで戻ってくればいいので、現状スロウがここにいない理由にならない。
「かといって、別に人間でも魔物でも同じでしょ?」
「まあな」
それこそ人間なら犯人が勇者級だったとかでもない限りぶっ飛ばして後は指輪か《テレポート》、魔物も魔王級が相手ではない限りぶっ飛ばして以下略だ。そうなると、大人しく捕まっている理由がある、あるいは別にさっさと抜け出せるので余裕ぶっこいている、のどちらか辺りだろうか。
「状態異常耐性あるから、眠らされるとかも無理だしな」
「そうなると、エミルの言ってた理由だと後者寄りかしら」
向こうで情報収集でもしながらのんびりしている。アリアの述べたそれが微妙な説得力を持っているような気がして、俺は小さく溜息を吐いた。まああいつがやられるなんてことはないだろう。そう信じているからこその溜息だ。
そう考えると、昔はもう少し心配してた気がするな。あいつが大魔王級になってからは、心配より信頼の方が勝ったから今みたいになったけど。
「……まさか」
「どうしたの?」
「いや、あいつがさらわれたままの理由に、一つ思い当たる節ができて」
「何があったのぉ……?」
「いや、俺に心配して欲しいのかなって」
俺のその呟きに、アリアとシトリーはああ成程と合点がいったように頷いた。そうしながら、じゃあさっさと指輪で移動した方がよかったのかもしれないわね、とアリアは苦笑した。
「あたしが止めちゃったから」
「ワタシも止めちゃったよぉ……」
「いやまあ、いざとなったらお前らの静止を振り切っても飛ぶつもりではあったけど」
心配さ加減がその程度だった、と言われてしまえばそうである。今でもあいつの心配はしている。しているが、大丈夫だろうという信頼の方が強くなってしまった。
だから、もしかしてスロウが戻ってこない原因は。
「ひょっとしてあいつ拗ねてるのか……?」
「そうなると、別の意味で問題ね」
「多分今から飛んでも手遅れだよぉ……」
だよなぁ。こんなのんびり痕跡探しして、思い出したかのようにスロウを迎えに行ってもあいつは絶対に拗ねたままだ。まあ拗ねたスロウも可愛いんだけど、今はそういう場合じゃない。
こうなったら普通にこの事件を解いて、スロウを救出する、という方向に持っていくしかないな。
「それはそれで大丈夫かなぁ……」
「まあ、エミル次第でしょ」
そんなことを言いながら、ただ、とアリアは顎に手を当てる。
「最近あの娘、あたしやシトリーとエミルがいかがわしいことをするのに結構敏感だから」
「何もしてないけどな」
「ひょっとして、スロウちゃんがいない内に、エミルくんと、え、えっちなことしてると思われちゃうのぉ……!?」
「しないしない」
何で彼女が攫われてるタイミングで仲間とそういうことをせにゃならんのだ。ただの浮気男じゃないか。え? 俺そういう風に見られてるの?
「まあ冗談は置いておいて。できるだけ速く見付けてあげたほうがスロウの機嫌も良くなるでしょうね」
それはまあそうだろ。でもって指輪で助けに行くのはタイミング的にもう遅いと向こうは思っているかもしれないわけで。
しょうがない、と俺は頭をガリガリと掻いた。とりあえずさっさと今回の事件を解決しよう。
「それなんだけど、そういやあの幽霊の服装。アリアに似てなかったか?」
「あたしに? どこが?」
「いや、正確には最初に出会った頃のアリアのドレスに似てなかったかな、と」
「そ、そうなのぉ……?」
「言われてみれば?」
二体も記憶を辿りながら首を傾げる。そんな二体を見ながら、そういえば、ともう一つ思ったことがあった。
「アリア、お前今は足も人型だよな」
「そうね。何? 見たいの?」
「そうじゃなくて。お前、基本移動は超低空飛行だったから、足音は当然しなかったよな?」
「そうだけど」
「で、以前廃屋敷の呪われた令嬢って噂になった」
「主に町の権力者のドラ息子が吹いて回ったやつよね」
そこまで言うと、アリアはふむ、と考え込んだ。それってつまりこう言いたいわけ? そう問い掛けながら、指を一本立ててそれを自分に向ける。
「あたしが幽霊の正体だ」
「正確には、幽霊の噂の元になったのはここにいた頃のアリアじゃないか、ってことだけど」
「じゃ、じゃあさっきの幽霊はぁ……?」
そこなんだよな。と俺は頭を悩ませる。幻影呪文なりなんなり、そういう呪文を唱えていたとして、痕跡の一つでも見付かれば色々と話は進むんだけど。
まあ少なくとも噂の元ネタはあの頃のアリアで、犯人はそれを使って何かをしようとしている。辺りまでは推測出来たということにしておこう。後はその辺を踏まえてもう一度話を聞いてみたりする必要があるか。
「明日までかかったら、怒るかな、スロウ」
「最初に止めちゃったのはあたし達だし、代わりに怒られてあげるわ」
「うんうんうん……」
そういうわけで翌日。もう一度聞き込みである。廃屋敷の呪われた令嬢の話を聞いてみたところ、何とほぼ全員がその噂を知っており、そして幽霊はそこからやって来ているのだと話し出した。昨日と違う人に話を聞いたからとはいえ、昨日言われなかった情報がそうポンポン出てくるものだろうか。不思議に思ってちょっと聞いてみると、そもそも幽霊の騒動の会話をするのも嫌だから、という返答をもらった。
ともあれ。これで幽霊の出処が何なのかは知れた。そして、そうなると必然的にこの騒動を起こした犯人の目的地も予想出来る。
そんな事をもったタイミングで、あぁ! とこちらを見て驚く声が聞こえた。振り向くと、いつぞやのドラ息子がこちらを指差して固まっている。
まあ別にもうこっちにしがらみは無いし、どうしたんだ、と声を掛けたところ、今この町が大変なんだと捲し立てられた。そして出たのは幽霊の話。それなら今調査しているところだ、と返すと、ああ何だそれなら安心だ、と胸を撫で下ろしていた。
「ん? で、でも調査を依頼した人間も消えているんだろう? 大丈夫なのかい?」
「ああ、それなら」
依頼ではなくそういう騒動があるという話を聞いてやってきただけなので。そう答えたものの、確かに少し心配になったので後で確認に行こうと俺達は頷く。
しかし、まあドラ息子もこの騒動をちゃんと解決したいと思ってたんだな。
「当然だろう? 自分の町なのだから」
「あら、意外と性根は真っ直ぐなのね」
アリアがそんなドラ息子を見てそんなことを言う。まあこいつと出会った時の出来事がアレだったので印象も良くないのだろう。かく言う俺も別に印象が良くない。そもそも最初は権力に物を言わせてスロウを掠め取ろうとした奴だしな。
そんな俺を見てあの時は非常に申し訳なく、などと言っていたドラ息子は、おや、と首を傾げた。聖女はどこに行ったんだい、と俺達に尋ねた。
「今幽霊にさらわれてるところだ。だから情報を集めて乗り込もうとしてるんだよ」
「一大事じゃないか!?」
大げさに驚くドラ息子。いやまあ確かに聖女が幽霊に攫われているという字面だけ見ると大分厄介な、というかドラ息子の言う通り一大事だ。でも聖女だぞ? 俺の知っている聖女を見る限り、攫われた? ああじゃあ向こうで暴れるなこれ、みたいな感想しか出てこないぞ?
まあそんなわけでとりあえずスロウは無事だろうと確信しているという話をしながら、後は乗り込む場所を特定する必要があると俺は続けた。とはいえ、この流れからするとその場所というのもほぼ確定しているようなものだが。
ドラ息子に、例の廃屋敷に最近出入りしているものはいるか、と聞くと、町の人も怖がって近付かないからそんなものは分からないと言われた。誰もそれは分からない、と述べられた。
「ってことは、決まりだな」
情報提供に感謝しながらドラ息子と別れる。その際、一応屋敷を壊すようなことは避けて欲しいという言葉を掛けられた。いや別にそんな派手なことをするつもりはないんだけど。
分かったとドラ息子に伝え、まずは依頼者、というか相談者の様子を見に行く。さっきの会話で少し気になったので確認を取るためだ。家を尋ねると、昨日より顔色を悪くしていたが、きちんとそこにいた。やっぱり噂は噂だったんだな、と伝えると、青白い顔を幾分かホッとした表情にしていた。
じゃあ、と俺達は踵を返す。そんな背中に頑張ってください、と声を掛けられ、まあすぐに解決してみせると振り返り。
「へ?」
さっきまでそこにいた人が、消えていた。どういうことだ、と申し訳ないが家に入らせてもらったが、誰もいない。文字通り、ふっと掻き消えた。
「幽霊の仕業?」
「どういうことだ? 幽霊の正体は昔のアリアの噂じゃなかったのか?」
「噂の元ネタはそうだけど、ってことかもぉ……」
スロウと同じように攫われたのだとすると、これは本格的にまずい。スロウだけならばともかく、普通の一般人は流石に長くは耐えられないだろうし。
「……それこそ、幽霊を見かけて消えた人達っていうのも本当にいたのかもしれないわ」
「スロウだけだと思って油断した」
眼の前で人か消えた以上、噂だった人達もひょっとして、となるのは当然だ。急がなくてはと頷いた俺達は、そのまま犯人がいるであろう場所、町外れの廃屋敷へと駆け出した。
その道中、アリアとシトリーがん? と周囲に反応する。
「何かが死んでる気配がするわね」
「おい、それって」
「確認してみたほうがいいかもぉ……」
シトリーの言葉に頷き、周囲を散策する。すると、何かに殺害された様子の野盗らしき死体が倒れていた。その表情は驚愕で目を見開いており、何か恐ろしいものを見たような。
「エミルっ!」
アリアの言葉に振り返る。そこには昨日の夜も見た赤いドレスの幽霊が佇んでいた。
ゆっくりと手を上げると、そのまま姿が掻き消える。逃がすか、と足を踏み出そうとして、何かに足を掴まれた。
「こいつら……っ!」
「死んでいたはずだよぉ……」
さっきの幽霊の合図で起き上がったとでも言うのだろうか。野盗達の死体が起き上がり、ゆっくりとこちらに向かってくる。その動きは緩慢で、所詮動く死体の域を抜け出さないレベルだ。
はっきり言って敵ではない。
「ネクロマンサーか?」
野盗の死体をぶった切りながらそんなことを呟く。普通に切っただけでは動きを止めないので、四肢と頭をそれぞれ切断した。その後アリアに焼いてもらう。流石にバラバラになった上で灰になれば蘇ってはこないだろう。それを可能にするのはスロウの《リザレクション》くらいだ。
「となると、あの幽霊もネクロマンサーの使役する幽霊ってことかしら」
動く野盗の死体を処理した後、俺の呟きを聞いたアリアがそんなことを述べた。俺としてはあの幽霊自体がネクロマンサーの能力を持っている説を押したいが、確かにそっちの可能性も全然あるな。
どちらにせよ、あの廃屋敷に行ってみないことには何にもならない。
「そうね。勝手に住んでいたとはいえ、昔の棲み家を荒らされるのはちょっとムカつくわ」
「まだあそこにいるとは決まってないけどな」
「いなかったらそれはそれで問題だよぉ……」
シトリーの言葉にそれもそうかと頷く。まあ廃屋敷に向かっている最中にこんなことがあったんだから、ほぼ間違いないと言っても。
「ん?」
何かがやって来る気配。そちらに振り向くと、この辺にいたであろう犬の魔物と野犬が群れをなしてこちらにやってきていた。
そしてそのどれもが、無理矢理動いている死体で。
「これは、向こうに来てほしくないってことで間違いなさそうだな」
「そうね」
まあどちらにせよ、こんなのに苦戦する俺達じゃない。さっきと同じように処理を済ませると、俺はアリアとシトリーと共に廃屋敷へ。
「ん?」
「どうしたのよ」
「シトリーは?」
「え?」
ば、と周囲を見渡すが、シトリーが見当たらない。いつの間にか姿が消えていた。
「……まあ、目的地は変わらないし。行くしかないでしょ」
「そうだな」