廃屋敷の扉を開く。鍵は掛かっていない。まあ、ここで鍵が掛かっていたら怪しいと言っているようなものだし、仕方ないか。
そうは思ったが、掛かってようが掛かってなかろうが怪しいことには違いなかった。アンデッドが徘徊している時点でもうアウトである。
「ここに来るのも久しぶりね」
少しだけ焦げたエントランスホールを見てアリアが呟く。そうだな、と言いながら、俺は二階に続く階段を見た。確かお前はあそこから下りてきて、そして悪役令嬢アリアンロッテを名乗ったんだ。
「その前にスロウに驚いたんだっけか」
「あれは仕方ないわよ。いまだにあの娘の擬態だけはわけ分からないわ」
「クーヤも似たような感じになってるぞ」
「クーヤの場合は属性頂点に鍛えられた下地があってこそ。ついでにスロウほどの精度と持続性は持ってなかったわ。今は魔王級になったことである程度克服したでしょうけど」
それでもスロウのあれは次元が違う。そんなことを言いながら、アリアは自身の身体を見た。そう考えると、多分一番自分が擬態としては下手になる。そんな自嘲をした。
「そうか?」
「まあ最近は常時足を人間のものに変化させているけど、基本下半身は虫のままだったもの。この下半身だって、ようやく慣れてきたくらい」
そう言ってスカートをたくし上げるアリア。太ももとガーターベルト、そしてフリルの付いた下着が思い切り俺の眼の前に顕になって思わず目を見開く。そこまで上げる必要ないだろ。下げろ。
「あら、やっぱりあたしの体に欲情するの?」
「そういう意味じゃない。いや、その、魅力的だとは思うが」
「あら素直。今はあたしと二人きりだから?」
「別にそういうわけじゃないが」
「そ。なら、あたしといやらしいことでもしちゃう?」
そう言って俺に近付いてくるアリア。シトリーやスロウより小さいとは言え、きちんと出るとこ出ているアリアの柔らかいそれが俺の胸板にむにゅりと触れ、俺は思わず体が固まってしまう。そんなに緊張しなくて大丈夫よ、と微笑んだアリアは、そのままゆっくりと俺の唇に自身の唇を。
ガタタタタッ、と一階の奥の扉の音が鳴った。そこで動きを止めたアリアは、あそこみたいね、と俺から離れる。
「な、何が?」
「スロウのいる場所」
「……そのために?」
「あら、続きをご希望?」
そう言って笑うアリア。そんなことは言っていないだろうと苦い顔を浮かべた俺を見てその笑みを強くさせたアリアは、じゃあ行きましょうかと踵を返した。
が、そこで動きを止めると振り返る。表情は変わらず笑みを浮かべたままだ。
「別にいいわよ。スロウがいいって言うなら、続きをしても」
「からかうのやめろ」
「あ、酷いわね。結構本気なのに」
そう言ってクスリと微笑んだアリアは、再び扉の方を向くとさっさとそこに行ってしまった。何いってんだあいつは、と溜息を吐いた俺も、アリアの後を追いかける。
そうして扉を開けた俺達だが、しかしそこには既にもぬけの殻であった。
「あら? スロウのことだから抵抗して残ってると思ったのに」
「さっきので拗ねて抵抗しなかったんじゃないのか?」
ジト目でアリアを見る。成程、と頷いたアリアは、じゃあ後で謝っておくわねとあっけらかんとした表情でのたまった。お前な、スロウはともかく、一般人も捕まっている可能性あるんだぞ。
「そういえばそうだったわね」
「やっぱりなんだかんだお前もモンスターだな」
「失礼ね。でもまあ、いざとなったらスロウに蘇生してもらえばいいじゃないって思ってるのは否定しないわ」
ある意味仲間を信用しているということなのだろう。が、それはそれでスロウの負担に――は、ならなそうだな。あいつ凄い軽い調子で蘇生するし。村単位で蘇生しても疲れたで済むし。被害者がどれだけいるか知らないが、まあ魂さえ残っていれば別段問題ないだろう。
何だか俺も染まってきている気がする。死んでないに越したことはないぞ、うん。
「まあとにかく。この部屋にスロウがいたのは間違いないでしょうから、痕跡探しをするわよ」
「ああ」
考えられるのはこの部屋から更にどこかに通じる道があることだが、見た感じそういう道は見当たらない。極々普通の部屋、とはいえ一応元立派な屋敷なので広いのだが。
「アリア、お前はここに住んでたんだから、その辺分からないのか?」
「棲み家にはしてたけど、元々の屋敷の主じゃないんだから、部屋の構造なんか全て把握してないわ。だからもし隠し通路とかあったとしても、あたしは知らない」
「……それもそうか」
そうなると、まあアリアが知っているのは部屋の間取りとかそのくらいか。それでも十分ではあるので、一旦この部屋から出て別の部屋の捜索に移ることにした。片っ端から探索して、何か手掛かりを見付けよう。
そうして別の部屋の扉を開ける。倒れている人影を見て、俺は慌てて駆け寄った。
「死んでるな……」
「見る限り町の人じゃないわね。これも野盗……?」
屋敷の外にも中にも野盗の死体が落ちている、というのは中々に変だ。わざと置いてある、というわけでもないだろうから、何かしらがあった結果と見ていいだろう。
まあそう考えると、今の俺達と同じようなことを事をした末路、と考えるのが丸いか。
「こんな廃屋敷を探索する意味があるの?」
「それこそ、呪われた令嬢の噂を聞きつけて、とか」
「別に何かを守っているわけでもなし。この屋敷にも――」
そこでアリアが言葉を止める。そうか、この屋敷に何か秘密があったのならば、そう続けた。
だとしても。秘密があったとして、スロウ達がいなくなったのはどういう仕掛けだ。それとこれとは話が別、とか言い出す気か?
「実際、その可能性も全然あるわよ。あたし達の前からスロウやシトリーが消えた現象がまた発動しただけかもしれないし」
「それも、そうか」
屋敷の秘密と犯人の能力は別物、ということか。そうなると厄介事が増えるわけなんだけど。シトリーやスロウがいないのが痛いな。探索や戦闘に支障が出る。
考察や推理する分にはアリアがいるんで問題はないが。
「あら、ありがとうエミル」
「はいはい。で、だ。アリア、間取りはある程度把握してるんだから、秘密がありそうな場所に心当たりはあるか?」
「そうね……二階には多分ないと思うわ。あたしは基本そこで暮らしていたけれど、怪しい何かは見付けてなかったし」
「じゃあ一階か」
「それなんだけど。この屋敷、多分地下があるのよね」
「地下?」
それは確かに怪しい、というかまず間違いなくそこだ。そんなことを述べたが、そこでふと疑問に思った。多分ってどういうことだ。
「実際に行ったことはないの。最初に見て回った時に、そんな気配がしたってだけ。あたしの鱗粉じゃその手の詳しい調査はできなかったし」
こういう屋敷の隠し通路の探索みたいなのは、ダンジョンの罠発見みたいにスロウの方が得意分野か。となるとやっぱり部屋をひとつひとつ見ながら調査をするしか。
ん? と肩に違和感を覚えた。何かが乗っているような感触、とそこを見ると、手のひらサイズの芋虫の人形が乗っかっている。そして、その人形には糸が繋がっていて。
「スロウがしびれを切らしたのかしら?」
「さっきの部屋から予想外の場所に移動させられたから、ってのもあるのかもな」
それこそ秘密の地下室だとか。そんなことを言いながら、俺は芋虫人形の糸を辿り始めた。
糸の先には一つの部屋。そこの扉を開けると、糸は暖炉の向こうへと続いているのが分かった。まあつまり暖炉に仕掛けがあって、そこから地下室へ向かうようになっているらしい。
「どうする?」
「どうするもこうするも、仕掛けを解くか壊すかの二択でしょ?」
「だからその二択をどっちにするって聞いてんだよ」
「壊すわよ」
「迷うことなく言ったな」
まあしかし俺もその意見には賛成である。どのみちここは既に主のいない廃屋敷、まあドラ息子が出来るだけ壊すなとは言っていたけど、この辺の事情を知っていて、というわけでもないだろうし。
もたもたと仕掛けを解くのに手間取っていると人質も危険にさらされる。そう考えると、暖炉の壁にあからさまに何かをはめるくぼみがあったり、何かを引っ掛ける場所のある絵があったりというあれそれを無視するのは仕方ない。
「行くわよ」
流石に地下が崩れるほどの爆発でぶっ壊すわけにはいかないので、小規模な爆発で暖炉だけを吹き飛ばす。本来仕掛けが作動して動くはずだったその部分を破壊したことで、ぽっかりと穴が空き、そして向こう側に空間が出現した。正規の手順ではないので歩いていくのが少々面倒になったが、まあこのくらいなら許容範囲であろう。
なお、爆発で糸は切れた。
「地下が広かったら面倒ね」
「そこは仕方ないと思おう」
そうして少し崩れた地下への階段を下りると、そこは先程の廃屋敷とは比べ物にならないくらい綺麗な空間が広がっていた。地下にあったからか、この場所はまだ朽ちていないらしい。
手近な扉を開いてみたが、部屋の内装も綺麗なままだった。が、逆に考えると不気味である。何でこんな地下に屋敷と遜色ない空間を?
「誰かが住んでいた、と考えるべきなのかしら」
そう述べたアリアの視線の先にはあのドレスの幽霊。再び掻き消えたのと同時、部屋の扉が開いてメイド服と使用人服のゾンビがこちらに迫ってきた。誰かが住んでいたのを後押しするような使用人の成れの果てってことか。
「その割には新しいわね」
扇をパチンと閉じながらメイドを燃やす。これもさっきと同じような野盗じゃないかしら、と焼け焦げ動かなくなった死体を見下ろしながらアリアは呟いた。
「少なくとも一般人――攫われた人って感じでもなかったわね」
「じゃあわざわざそういう連中の死体をそう仕立て上げたってことか? 趣味悪いな」
うへえ、と顔を顰めながら俺はゾンビを片付ける。元々の住人でも、攫われた人でもない、恐らく野盗の成れの果て。そういうことならまあ、遠慮もいらない。
邪魔者を始末した俺達は、幽霊の消えた場所へと向かう。やはりと言うべきかそこには何もなく、しかし逆にその事であの幽霊は本物だろうという結論を出せた。
「となると、攫った方法も幽霊が連れて転移した、でいいんだろうか」
「恐らくそうでしょうね。この調子だと、出会うと連れ去られる、も噂で終わらずに被害者がいる可能性が高まったわね」
「そうなるな」
とにかく、この先の奥の部屋。他の部屋と比べて明らかに大きなそこにこの事件の犯人はいる。こくりとアリアと頷き合い廊下を進んだ。突き当たりにあるその扉に手をかけ、そしてゆっくりとそれを開く。
「な、んだこれ?」
そこに広がっていたのは、一種異様な光景であった。
予想通りの大きな部屋、装飾からすると令嬢の部屋だろうか。そこに鎮座する大きなベッドの上には、干からびた死体が横たえられていた。その死体に、幽霊の一体が使用人のように甲斐甲斐しく世話をしている。干からびた死体はアンデッドでも何でもないただの死体なため、その世話は全て無駄に終わっているが。
そんな部屋の横では、別の幽霊によって使用人服とメイド服に着替えさせられている人達がいた。スロウとシトリー以外には四人ほどで、そのうち一人は俺達に相談してきたあの人だ。
「あ、エミル、遅いですよ」
「悪い、色々あってな」
ぶぅぶぅ、とメイド服姿のスロウがむくれる。その横では、同じようにメイド服姿のシトリーがホッとした表情で溜息を吐いていた。
「で、これどういう状況だ?」
「わたしが聞きたいですね。さっきまでは普通に捕まってたのに、やはりちゃんとした使用人が必要だ、とか言って急にここに飛ばされて着替えさせられたんですもん」
さっきまで、というのは俺がアリアに迫られてスロウが反応した時だろう。暴れたから、とかそういうわけではなく、丁度タイミングが重なっただけってことか。あるいは両方か。
ともあれ。そんなわけで変な場所に連れてこられたので糸を伸ばして俺のところに案内をよこしたスロウは、そのまま着替えて俺が来るの待っていた、と。そういうわけか。
「そーです。わたし、寂しかったんですけど」
「それはごめん」
「じゃ、お詫びください」
抱きしめろ、とハグ待ちポーズをする。メイド服のスロウをそのまま抱きしめると、俺はスロウに口付けした。暫しスロウを堪能した後、ゆっくりと唇を離す。これ俺にとってはご褒美みたいなものなんだけどな。
「それで、その変なことを言い出したのは」
俺の言葉を遮るようにベッドの影から人影が現れる。人、といってもその頭は犬の顔をしており、体毛もしっかりと生えている。人族ではない人間、亜人種のコボルトだ。その表情は招かれざる俺達を睨んでおり、持っている杖でコツコツと地面を叩いていた。
「何の連絡もなく夫婦の寝室に入ってくるとは、失礼なやつだ」
「そいつは悪かったな。でも俺は攫われた仲間と町の人を探しに来ただけなんで、見逃してくれると助かる」
そう言うと、ふん、とコボルトは鼻を鳴らした。そこの使用人達のことを言っているのか、と言葉を続けた。
「こいつらは私が雇った使用人である。それを勝手に持っていこうとするとは、失礼千万」
「雇われた覚えはありませんけどね」
「うんうんうん……」
コボルトの言葉にスロウとシトリーが反論する。それ以外の人はまあ攫われた被害者なので怯えていてそんな余裕はなさそうだった。
ジロリとコボルトが二体を見る。何を言う、と笑みを浮かべ、我が夜に出歩いていただろうと言葉を紡いだ。
「町には伝えてあったはずだ。夜には私が使用人を雇いに向かう、とな。我が愛しき妻であるこの屋敷の令嬢に仕える権利を与えてやろう、とな」
「これ……」
「成程」
こいつの謎宣言で合点がいった。これと昔のアリアの噂が混ざったのが幽霊騒動の正体で、実際に夜に遭遇すると連れ去られるのは本当のことで。
確認するまでもないが、犯人はこいつだ。
「いや、じゃあそこの人やシトリーは? 攫われたのは夜じゃなかったぞ?」
「使用人募集の話をしていたのだろう? だから迎えに行ってやっただけのことだ。そこの胸のでかい女は夜も出歩き、この屋敷にも近付いたのだから、当然招き入れてやるのが道理というもの」
何だその理由、と反論しようとしたが、よく見るとコボルトの目は完全に据わっていた。恐らく何を言っても無駄というか、向こうに都合の良いワードに変換されるのだろう。
成程、こんなんが町に潜んでいたら、そりゃ夜は誰も出歩かなくなる。
「……で? その使用人は何をするんだ?」
「何を? 決まっているであろう? 我が妻の世話だ」
妻、とコボルトが指し示したのは干からびた死体。いつからそこに寝かされていたのか分からないそれは、動く気配は欠片もなく。アンデッドでも何でもない、ただの死体でしかないようであった。
「スロウ、あれって」
「あそこには魂もなーんにもないですね。《リザレクション》は不可能です」
スロウが匙を投げるということは、手の施しようがないということだ。そんな死体を妻だと宣言したコボルトは、まあ凡人には理解できんだろうと鼻を鳴らした。
「我が妻はかつてこの屋敷に住みし、呪われた令嬢と噂された偉大なる女性だ。死してなおその名が広まるほどにな」
「それってぇ……」
「あたしのことね」
どうやらコボルトの話を鵜呑みにするのならば、ここの屋敷には元々そういう令嬢が住んでいたらしい。そして廃屋敷になった後アリアが住んだものだから、呪われた令嬢の噂が再発して。
「なんだか気の毒ね、あの死体の令嬢」
アリアがそんなことを呟く。まあ生前は呪われた令嬢だとか言われて、死してなお噂に踊らされたコボルトに弄ばれて、勝手に妻宣言までされて。
「……一応聞くけど、そこの令嬢は本当に妻なのか? 生前から付き合っていたとか」
「ふざけたことを聞くのだな。私はここで眠る彼女の姿に一目惚れをし、彼女もそれに答えてくれた。それが全てだ」
そう言って笑うコボルト。どうやら生前の彼女をずっと想って、みたいな過去はなさそうである。まああのコボルトまだ若いし、どうやっても干からびる前の令嬢に出会えたとは思えないしな。
「しかし、ようやく生きた使用人も揃ってきたというのに、このままでは屋敷の掃除もままならないではないか」
「そいつは悪かったな。ん? 生きた使用人?」
「野盗どもの死体を使った使用人はろくな仕事もできなくてな」
やれやれ、と肩を竦めるコボルト。しょうがないので幽霊を侍女代わりに使って世話をしていたが。そんなことを言いながら、視線を攫ってきた人達に向けた。
「人数も集まった。これで我が妻も過不足なく生活できて喜ぶであろう」
「申し訳ないが、そいつは無理だな。ここの使用人は全員解雇で頼む」
スロウ達を庇うように前に立ち、剣を構える。何のつもりだ、とこちらを睨んだコボルトに向かい、今言った通りだよと返した。