そういうわけで、とメイド服姿のスロウとシトリーもこちらに合流し、武器を構える。とはいえ、相手の戦力的なことを考えるとぶっちゃけスロウがいれば俺達は何もしなくても問題がないくらいだ。
「んー」
「何だ、何か問題か?」
「いや、問題とゆーか。この地下にも何らかの幽霊に関する効果があって、《ターン・アンデッド》ぶっ放すとまとめて吹き飛ぶ可能性あるんですよね」
「大問題じゃねえか」
幽霊と一緒に地下も吹き飛びました、とか洒落になっていない。というか、あれか。地下だから朽ちてないと思ってたが、その効果できれいな状態を保ってたってことか。
「多分そこの干からびた人の、そこのコボルトが言っていた呪いの効果ってやつでしょうね」
「呪い、ねぇ」
それは呪いとは違うものなんじゃないかと思うんだけど。そうスロウに述べると、わたしもそう思いますよ、と頷いた。
まあそれはそれとして、破魔呪文で祓われることには違いない、と。その辺融通聞かないんだよな。まあそうじゃなきゃ呪文詠唱者のスロウにまで効果範囲内だとダメージ行くとかなるわけないか。
「しかし。そうなると面倒だな」
「そうね。普通のアンデッドならともかく、幽霊は物理じゃ倒しにくいし」
「ワタシ、役立たずになるよぉ……」
向こうの戦力がどのくらいあるかは知らないが、ゾンビとかの肉体がある系のアンデッドならともかく、幽霊は物理がほぼ効かないので大分不利になる。そして現状コボルトの周囲には幽霊が三体いるわけで。
というか向こうは物理干渉するのにこっちは物理が効かないとかズルだろ。
「しょうがない、シトリーはそこの人達を守っててくれ」
「了解だよぉ……」
「破魔呪文撃てないとわたしも幽霊に対抗できませんよ?」
「まあいつも通り支援と、いざとなったらぶっ放す用に準備だけは頼む」
「はーい」
そういうわけで、俺とアリアで幽霊に対抗するわけだが。まあ多少身構えたがアンデッドとはいえ魔王級に匹敵するようなものじゃないだろう。こちとら勇者級、今更普通のアンデッド相手に遅れを取るつもりはない。
「なんか、さくっとさらわれたわたしを責めてる感じしますね」
「気のせいだ。というか結局どうやってさらわれたんだあれ?」
「幽霊の転移で持っていかれましたね。まあこのくらいならすぐエミルが助けに来てくれるだろう、って思ってたらちっとも来ないんで拗ねましたけど」
「ごめん」
謝りつつ、そうなると他の人達も同じく幽霊の転移で攫われたんだろう。そんなことを考え、厄介な要素が増えたなと呟く。再び転移でここにいる町の人を向こう側の人質にされたりされると面倒なことになる。改めてシトリーにしっかり守るように、と振り向いたそこで、ふと気付いた。いや、待てよ。
「スロウ」
「はい?」
「《テレポート》でとりあえず町の人だけ逃がせないか?」
「あ。そーいえばそーですね。すっかり忘れてました」
はいじゃあ、と《テレポート》を唱えて捕まっていた町の人をそこに放り込む。このまま俺達も逃げ出せるが、その場合事件が解決しないので何の意味もないわけで。
これで後は元凶を倒すだけ。そんなことを思いながら改めて武器を構えた。
「ワタシ、役立たずになったよぉ……?」
町の人を守る役割が無くなったシトリーがぺしょる。俺やアリアと違い、攻撃が物理のみのシトリーは確かにこういう時活躍出来ない。その辺りは我慢してもらうとして、まあ犯人であるコボルトの確保に動いてもらうとしよう。
「まったく、勝手に使用人を追い出すとは。礼儀がなっていないな」
「悪いな、こちとら田舎の村のクソガキでね。そういう敬意ってのを持ち合わせてないんだよ」
ふん、と鼻を鳴らしたコボルトは、杖を一振する。幽霊がコボルトの周囲を漂い、そしてそれに伴って多数のゾンビが現れた。この辺のモンスターと、野生動物の死体。それらを漂う幽霊が転移で運んでいるらしい。
「この規模が出来るのに、何であの夜はスロウだけをさらったんだ?」
「何を言う。その女は自らここに来たのだろう? 知らぬ間にここにいたのだから間違いない」
となると残りはただの付き添いだろうとお前達は見逃した。そんなことを述べた後、翌日屋敷にやって来るくらいだからあの日全員雇えばよかった、とコボルトは笑っていた。
ぶっちゃけ何を言っているか分からないが、スロウはコボルトが命令して攫ったわけではないということだろうか。いや、この思考回路だと幽霊に自動で命じたことも忘れてそうだからまともに取り合うだけ無駄か。
そこまで考えて、そういえばこいつ、とコボルトを見た。
「どーしました?」
「いや、前ネクロマンサー騒動があったの覚えてるか?」
「あったわね。でも、それがどうかしたの?」
「あの時のネクロマンサーはアンデッドを制御できない三流だったから、その辺の冒険者でも対処できた。でも」
「制御、してるよぉ……?」
そう、思考回路は大分壊れていそうだが、ネクロマンサーとしての実力は一流。アンデッドを制御出来るということは、勇者級が出張る可能性のある犯罪者だということに他ならない。
結局そういう相手かよ。そんなことを毒づきながら、まあでも、とゾンビの群れを見た。
「この程度なら、なんとかなるな」
「ゾンビなら、ワタシも相手できるよぉ……」
迫りくるゾンビをシトリーが大剣でぶった切る。この辺のモンスターの死体ならばアリジゴクの本体を出すまでもない、というわけだ。俺達も別段こいつらに苦戦することもない。下級や中級がアンデッドになって強化されたところで精々上級、自慢じゃないが勇者級の敵ではない。
「ちっ。仕方がない、いけ」
コボルトが幽霊をけしかける。三体いる幽霊は音もなく飛行するとこちらに肉薄した。カウンター気味に剣を振るが、当然すり抜ける。シトリーも同じく攻撃がすり抜けて、そしてそのまま幽霊の手が体にめり込んでいた。
「きゃぁぁ……!」
「シトリー!?」
「ぞ、ぞわぞわするよぉ……!」
慌てて距離を取るシトリー。ちょっと生気を吸われた、と嫌そうな顔をしたシトリーは、これは自分は出番がないかもと眉尻を下げた。剛腕の鍛冶師の大剣で駄目なら、まあアリジゴクの顎でも同じだろう。幽霊は流石のシトリーでも食べられないか。
そうなると俺とアリアの出番である。一番いいのはスロウの破魔呪文であるが、普通にぶっ放すとこの空間そのものが祓われるらしいので使えない。
「いけるかアリア?」
「当然よ」
幽霊の一体を風の壁で拘束した。逃げ道を無くした後、今回は鱗粉を使った爆破ではなく、呪文での焼却を行う。可燃性の鱗粉を燃やす炎と呪文の炎に違いがあるのか個人的にはよく分からないが、まあ幽霊への有効打という意味では異なるのだろう。一応鱗粉で威力を上昇させたわよ、とこちらを見てウィンクしていた。ますます違いが分からない。火種の差異か?
まあ何にせよそれで幽霊を一体撃破したので何の問題もない。ふう、と息を吐いたアリアは、こちらを見て笑みを浮かべた。今度はお前の番だ、とでも言いたいのだろう。
「分かってるよ」
剣を構える。さっきの一撃はすり抜けて空を切った。ならば、今度の一撃は。
剣に魔力を込めた。魔法剣ならば、魔力の斬撃ならば、幽霊にもきちんとダメージが通るはずだ。
「これでっ!」
斬、と幽霊を切り裂いた。袈裟斬りに切り裂かれた幽霊は、そのまま悲鳴を上げて消滅する。まあこんなもんだ、と剣をコボルトに向けると、奴は悔しそうに歯噛みをしていた。
「調子に乗るな。我が妻を守るためならば、何度でも蘇る」
杖を振る。コボルトのそれに合わせ、先程消滅したはずの幽霊が再度出現した。行け、というコボルトの声とともに再度幽霊が俺達に襲いかかる。
「成程、こりゃ厄介だ」
「壊れていても一流ってことかしら。いや、むしろ一流だからこそ壊れているのかも」
「そーかもしれませんね」
「言ってる場合なのぉ……!?」
まあ正直そんな場合かと言えば微妙なところだ。幽霊はこちらの生気を吸収しようとしてくるが、アリアの呪文や俺の魔法剣で迎撃されていく。が、向こうが現状無尽蔵に呼び出しけしかけてくるのでいつまで経ってもこの膠着状態が続くばかりだ。
最初に呼んでいた数では不利だと覚ったらしいコボルトが呼び出す幽霊の数を倍に増やしたせいで、俺達で押さえてシトリーに突っ込んでもらうという手も使えない。
「うぅ……役立たずでごめんなさいだよぉ……」
「普段活躍してるんだから気にするな」
ぺしょぺしょのシトリーにそんなことを言いつつ、魔法剣で幽霊を始末する。とはいえ、このままだと俺達も魔力が尽きてジリ貧になるのは目に見えている。そういう意味では向こうも条件は同じはずなのに、コボルトはあれだけの幽霊を呼び出して何で疲れてないんだ?
「簡単なことだ。この空間は我が妻の愛で満ちている。私の力を無尽蔵に変えてくれるのだ!」
スロウの言っていたこの地下の変な力を使ってるのか。まあ間違いなくコボルトに向けた愛ではないのは確かだが、現状それがある限り向こうは疲れ知らず、というわけだ。
なら空間をどうにか、と思っても、やるとなるとここが吹き飛ぶ可能性があるわけで。
「どーします? 地下ごとぶっ飛ばして即逃げる、ですかね」
「ぶっちゃけそれも視野に入れてもいかもしれないな」
スロウの《ターン・アンデッド》で廃屋敷の地下ごと浄化して、コボルトを倒す。地下が吹き飛びそうなら浄化だけして《テレポート》で脱出。大分力技だが、まあそのくらいしないとこのまま終わりそうもない。
さてどうするか。そんなことを思っていると、コボルトの背後に浮かんでいる人影に気が付いた。さっきまではいなかったそれは、今回の事件で散々見てきた赤いドレスの幽霊だ。今回はすぐに姿が掻き消えず、じっとコボルトを見下ろしている。
「なあ、あれ」
コボルトが放ってくる幽霊を迎撃しながらスロウ達に問い掛ける。見えてるよな、と赤いドレスの幽霊のことを聞くと、それがどうかしたのか、と逆に問い掛けられた。
「いや、何であいつだけこっちに攻撃してこないんだろうって」
「お気に入りとかなのかしらね」
「あの死体を妻とか言っておいてそれは……ん?」
「どうしたのぉ……?」
赤いドレスの幽霊を見ていたスロウが怪訝な表情を浮かべた。何かを考えるように幽霊を見て、そして干からびた死体を見る。
そうした後、いましたよ、と言葉を紡いだ。
「何が?」
「あの干からびた死体の魂です。どうやら幽霊になってその辺漂っていたみたいですね」
「ということは?」
「いや、魂が結構古めなんでちょっと難しいですね。とりあえず、あのネクロマンサーとは何の関係もなさそう」
そうか、無理か。いやまて、難しいって言った? やろうと思えば出来るの?
まあその辺は後回しとして、後半の方だ。あのコボルトと関係ない幽霊ってことは、じゃあなんであそこにいるんだ?
「なんというか。コボルトに友好的ではなさそうね」
「こっちの味方でもなさそうだよぉ……?」
見る限り、コボルトを見る目にはどこか恨みがましいものを感じる。あれだろうか、この空間を勝手に使われたから、とかだろうか。何にせよ、好き同士でもない限り勝手に妻宣言するような相手に好意的にはなれんだろうな。
そんなことを思っていると、す、とドレスの幽霊がこちらを指差した。正確にはスロウを、である。
「わたしですか?」
コクリと頷いたドレスの幽霊はゆっくりと浮かび上がり、そして自身の干からびた死体へと移動した。それを指し示すような動きをすると、そのままコボルトに視線を動かす。
「えっと、それはいーんですか? この空間消えません?」
何かを察したのか、スロウがドレスの幽霊にそう述べたが、幽霊はゆっくりと首を横に振った。
「これだけならば問題ないってことですか」
スロウの言葉に、ドレス姿の幽霊が今度は頷く。そうして再度その場から離れると、コボルトの後ろに移動した。
分かりました、とスロウが前に出る。出来るだけ範囲を抑えて、と両手を干からびた死体に向けると、大きく息を吸い、吐いた。
「本来こうやって調節するような呪文じゃないんですよね」
そんなことをスロウが述べると同時、干からびた死体を魔法陣が包み込む。何を、とコボルトが目を見開いていたが、スロウは気にせず呪文の詠唱を終えて。
「範囲極小、《ターン・アンデッド》!」
干からびた死体を包みこんでいた魔法陣が光を放つ。ゆっくりと死体を覆ったその光は、やがて収まり消えた。一見すると何も起こっていないようにみえるが、しかし。
「き、貴様ぁ! よくも、よく我が妻の繋がりを絶ったな!」
「あ、そーゆー意味だったんですねこれ」
コボルトが激昂する。妻との繋がり、ということは、さっき言っていた無尽蔵にネクロマンシーを行える源をさっきの《ターン・アンデッド》で絶ったということか。
それをわざわざドレス姿の幽霊が伝えたということは。まあつまりそういうことなんだろう。
「許さん、許さんぞ! 我が妻も私の繋がりが途絶えたことで激昂している!」
「……ああ、そうみたいだな」
「そうだ! 私も妻も! 貴様らを許すことなど」
コボルトの言葉が途中で止まった。体が金縛りにでもあったかのように動かなくなっており、表情だけは驚愕で目を見開いている。
確かにドレス姿の幽霊は怒っていた。だがそれは、お前との繋がりを絶たれたことではなく。
「な、何だ!? 何が起こっている!?」
何とか絞り出すような声を上げたコボルトは、しかしメキメキと曲がってはいけない方向に体を曲げられたことで悲鳴を上げた。一体何が起きているのかも分からないまま、コボルトは体をねじ切られていく。
「何が、私の身に、何がぁ!」
「何って、そりゃ」
ぐしゃり、と絞った雑巾のようになったコボルトが地面に倒れた。その傍らには、ふう、と一仕事終えたような表情をしたドレス姿の幽霊が一体。
「勝手に妻にされた、彼女の恨みだろ」