さて。コボルトは自滅というか自爆というかをしたわけだが。
問題は眼の前の赤いドレスの幽霊だ。そこの干からびた死体が幽霊になったものだと思われるその女性は、じっとこちらを見詰めたまま動かない。敵意はない、でいいのか?
「どーなんですかね。わたしをここに送り込んだの多分この幽霊ですよ」
「それは、どういうことだ?」
「わたしも分かんないですけど。とりあえず、まあ少なくとも、ランク付けするならば魔王級の幽霊なのは間違いないです」
だろうな、と頷く。スロウをさくっと攫えるんだから、そのくらいはないとおかしい。でもその割にはそこのコボルトのネクロマンシーに力使われてたような。
ジロリと睨まれた。どうやら禁句だったらしい。申し訳ない、と素直に謝る。
「それで、その幽霊の令嬢はあたし達に何かして欲しいの?」
アリアがそんなことを幽霊に問い掛ける。アリアを一瞥した幽霊は、小さく微笑むと視線をスロウへと移動させた。
「わたしですか?」
幽霊がコクリと頷く。少し考え込む仕草を取った幽霊は、視線を彷徨わせるとアリアで止めた。す、とこちらに近付くと、そのまま体をアリアに重ねる。
「ちょ、何を――仕方ないでしょう? この方が話しやすいのだもの」
アリアの話が途中で止まり、まるで別人のような声色で言葉が紡がれる。俺達はそんな状況を見て、即座に武器を構えた。アリアを乗っ取ったのか、と眼の前の幽霊を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないで頂戴。今言ったでしょう? この方が話しやすいの」
「大事な仲間の体乗っ取られてはいそうですかって頷けるか」
「もう。愛されているのね、この娘。……人じゃないのに」
「人だとか人じゃないとか関係あるかよ。アリアはアリアだ」
「そーゆーことさらっと言うからモンスターたらしとか言われるんですよ?」
「うんうんうん……」
何でだ。そんなツッコミを二体に入れつつ、いいからアリアを解放しろ、と剣を向けた。
そんな俺を見て、アリアに取り憑いた幽霊は寂しそうに笑う。そうしながら、表情を戻すと、じゃあどうやって引き剥がすの? と述べた。
「それは……」
俺の攻撃では間違いなくアリアごと真っ二つだ。シトリーでは多分アリアしか切れないし、そうなるとスロウの《ターン・アンデッド》に頼るしかないわけだが。さっきのように極小範囲でアリアにだけぶっ放せば。
駄目だ。アリアはモンスターなので一緒に浄化されてしまう。
「方法はなさそうね。なら、素直に話を聞いてもらおうかしら」
ぐ、と歯噛みする俺達を見て笑みを浮かべた幽霊は、でもさっきも言ったようにただ話がしやすいからこの方法を取っただけだと告げた。
「わたくしは、ここの屋敷に幽閉されていたわ」
呪われた令嬢とされ、秘密裏に作られた地下の空間で、物心付いた頃から日の目を見ることも出来ずに。そんな生活をしていれば、いずれ心も壊れてしまう。
「それを家族は願っていたのでしょう。一人朽ちることを願っていたのでしょう」
後は、自身の能力への恐怖。そこまでを述べ、ふう、と幽霊は息を吐いた。
「でも、皮肉なものよね。わたくしの特異が、この屋敷に一番長く留めてしまうなんて」
廃屋敷となった今、残っているのは自分だけ。そんなことを呟きながら、さて、とこちらを見た。
「わたくしはネクロマンサー。生前から人族では扱えないそれを行えたことによってここに幽閉された哀れな令嬢」
「自分で言うのかよ」
「あら、じゃあこの地下で日の当たる場所にも出られないわたくしが幸せだとでも?」
「そういうわけじゃない……けど、まあ、確かに軽率だった、ごめん」
「エミルのそーゆーとこ、デリカシーないですよね」
「うんうんうん……」
はぁ、とスロウとシトリーにも呆れられる。いやまあ、確かに今回は俺が悪いか。自称どころか本気で哀れな令嬢なんだからここはツッコミを入れる場面じゃなかった。
そんな俺の謝罪を受けた幽霊の令嬢は、まあいいわ、と小さく笑みを浮かべる。こんな幽霊にも素直に謝ってくれるのね、と令嬢が呟いた。
「わたくしは生前にも人扱いされなかったわ。呪われた令嬢として、化物でも見るような目で見られていた」
ネクロマンシーは人族では扱えない術だ。亜人やモンスターの使用する技を人族が使う。今なら新たな可能性とかいって重宝されたかも知れないが、一昔前だと流石に無理だろう。
いや、今でもネクロマンサーは違法になるから厳しいか。まあ昔よりはマシのはず。少なくとも死ぬまで幽閉、なんてことにはならないはずだ。
「そうして死んで、高位のネクロマンサーの効果なのか、幽霊として蘇って。それでもわたくしの魂はここに縛られたまま。この地下を棲み家にしたただのモンスターのまま」
だから、あんなネクロマンサーに目を付けられ、棲み家をいいように扱われた。憎々しげにボロ雑巾になったコボルトの成れの果てを睨んだ。
「わたくしが夜の町を散歩している間に、この馬鹿は地下室に入ってきて、そして勝手に棲み家を掌握したの。そういう能力には長けていたみたいね」
まあアンデッドをきちんと制御出来ていた以上、ネクロマンサーとしては魔王級犯罪者に名を連ねてもおかしくなかったからな。
「おかげで能力も半減させられて、わたくしの部屋なのに、地下に自由に出入りできなくなって」
どうにかしてあのコボルトを退治してくれる者はいないかと街をうろついていた。と令嬢は述べた。
「そうしたら、丁度いい聖女がいるじゃないの」
「話変わってきたぞ」
さっきの予想が確信に変わった。やっぱりお前がスロウを連れ去ったのか。俺の言葉にそのとおりと悪びれることなく述べた令嬢は、とりあえずあいつの連れてきた人達のいる場所に転送して様子を見ることにした、と続けた。
「でも、聖女のわりには動く気配もないし、何だか拗ね出すし。これは外れかしらと思っていたのだけれど」
「転移は驚きましたけど、連れてこられた場所はそう大した脅威も感じませんでしたしね」
「所詮あのコボルトだもの」
まあ待っていても問題ないだろうと思って迎えを期待していたらそのまま朝になったことでスロウは拗ねたらしい。もう知らん、とふてくされていたら依頼をした人とシトリーまで運ばれてきて。
「ちょっとまずいのかなーとか思ってたら扉の向こうでいきなりアリアちゃんとエミルがイチャイチャしだすし!」
「あれは俺のせいじゃないだろ」
どうどう、とスロウを宥めつつ。で、そのタイミングでコボルトが連れ去った人達を使用人にするとか言い出してここに転移をして、そして服を着替えさせられていたタイミングで俺達が来て。今に至る、というわけだ。
「コボルトとの戦いを見ていて、この娘ならば出来るんじゃないかしら、と思って頼んで大正解だったわね」
「あの制御結構大変だったんですよ」
多分俺の知っている他の聖女じゃ無理だろうな。だってどっちも物理の方が得意そうだもの。
ともあれ。話を聞く限りこの令嬢はコボルトに乗っ取られた棲み家をどうにかして欲しいと思っていたということでいいんだろうか。
そのわりに要所要所で出てきてアンデッドけしかけなかったか?
「けしかけたのは屋敷の外の野盗の死体一回だけよ。残りはコボルト」
「けしかけてんじゃねえか」
俺の言葉に仕方ないじゃない、と令嬢は唇を尖らせる。余計な人間に来て欲しくなかったのだもの、と言葉を続けた。結果としてコボルトへの手助け――シトリーを幽霊に転送させること――になっていたことについては、苦い顔を浮かべていたが。
「まあ結果として貴方達が地下の隠し扉を破壊してくれたおかげで、わたくしも地下に入ることが出来た。感謝しているわ」
地下に現れたのはそのタイミングか。あれもその後すぐにアンデッドが襲いかかってきたのでコボルトの仕業にしか見えなかった。そう述べると、滅茶苦茶嫌そうな顔をされた。まるで自分がコボルトの手下みたいな扱いをされていたことが気に食わないらしい。
そういわれても、俺達の視点からすると明らかにコボルトの使役する幽霊だったからな。
「流石にそれは聞き捨てならないわ。わたくしだって」
む、と機嫌を損ねた令嬢が反論しようとした矢先。俺達はそこに視線を向けた。
ボロ雑巾になっていたコボルト。それがゆっくりと立ち上がったのだ。ボキボキと骨を鳴らしながら、捻じられていた体を元に戻していく。明らかに普通の人間では不可能な動きだ。
あれはまるで。
「そーいえば、そこの幽霊さんがさっき言ってましたよね。高位のネクロマンサーだからなのか、死んでもアンデッドで復活したって」
「……成程。腐っても高位のネクロマンサーだからか」
「グギギ、グギァ!」
人語ではないうめき声を上げながら体を元通りにしたコボルトは、焦点の合っていない目をギョロリとアリアに、正確には取り憑いている令嬢に向けた。
よくも、よくも。そんな怨嗟の声を発しながら、動く死体となったコボルトはこちらに足を踏み出す。
「我が妻ァァァァ!」
「貴方みたいな輩の妻になった覚えはなくてよ」
「許さん、許さん許さん許さん!」
アンデッドになったコボルトが吠える。先程のような幽霊とは毛色の違う、死霊がコボルトの周囲に集まり出した。
許さん、とそれだけを呟くコボルトは、そのまま死霊をこちらにけしかける。が、まあ幽霊が死霊に変わっただけだ。凶悪さは増しているが、対処法は同じだ。魔法剣でぶった切る。
「おい幽霊、アリアがいないと戦力半減で――」
「大丈夫よ。今ならこのくらいの死霊はこちらの制御下におけるわ」
俺の言葉を聞いた令嬢が、す、と手をかざすと、襲いかかってきた死霊は一瞬で大人しくなった。もう力を奪われていないのだから、このくらいは。そう言って笑った令嬢は、そのままゆっくりと指先をコボルトへと向けた。
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
「わたくしは『呪われた令嬢』よ? このくらい出来ないと、幽閉して殺されたのが馬鹿みたいじゃないの」
死霊に襲われるコボルト、必死で制御を取り返そうとしているが、アンデッドと化して能力が底上げされてなお令嬢のそれに敵わないようであった。アンデッドがアンデッドの魂をどれだけ吸えるのか分からないが、コボルトはそのままうめき声を上げてよろめき、そして倒れた。動いていはいるので生きているらしい。いやアンデッドだから死んでるんだけど。
「流石に死霊でアンデッドにとどめは刺せないようね」
困ったわ、と令嬢が述べる。とはいえ無力化はしているんだから問題ないんじゃないかと返すと、何やら不満げな表情を浮かべた。
「わたくしの部屋にこんなのがいるのは耐えられないわ」
「……まあどっちみち捕縛してギルドに突き出す気ではいたけど」
高位のネクロマンサーなので、まあ討伐でも問題ないだろうが、流石に死体も何も無いはまずいだろう。かといってアンデッド状態のこいつをそのまま突き出すのも。
「アンデッドじゃなくなればいーんじゃないですか?」
「は?」
「幽霊さん、死霊片付けてください」
「え? わ、分かったわ」
「はい、じゃあ《リザレクション》」
「お前もう何でもありだな」
アンデッドをどうにかする方法としてそれって正しいのか? そんな疑問が湧いてくるが、まあアンデッドじゃなくせばいいというのは確かに解決方法としては合っているともいえなくはない。
ともあれ。スロウの《リザレクション》によってアンデッドから生者に強制的に戻されたコボルトは、自分の身に何が起きたのかを理解する前に気絶してもらった。両手両足を縛り、口も塞ぎ、これで突き出す準備は完了である。
そんな光景を見ていた令嬢は、目をパチクリと瞬かせていた。そんな事が出来るの? と呆けたように呟いている。いや普通は無理です。こいつが聖女で大魔王だから出来るだけです。
「やっぱりわたくしの目に狂いはなかったわ」
それを噛み締めた令嬢が頷き、スロウに声を掛ける。お願いがあるの、と述べる。
「アリアちゃんの体勝手に使ってる状態でそんなこと言われても」
「それは謝罪するわ。だから」
「……めんどーなことじゃなきゃ一応聞いてあげます」
ふぅ、と息を吐いてスロウが令嬢に述べる。ありがとうとお礼を述べた令嬢は、取り憑いていたアリアから離れると、自身の干からびていた死体に寄り添った。
自分を、消滅させて欲しい。そう言って令嬢は笑った。
「それは、ここでがっつり《ターン・アンデッド》をぶっ放すってことであってますか?」
スロウの言葉に令嬢は頷く。一人で存在していくのに飽きた。呪われた令嬢として、アンデッドとして、そのあり方に嫌気が差した。そう続けた。
「そーなると、ここは完全に潰れます。呪われた令嬢の話を全部、無かったことにするんですか?」
コクリ、と迷うことなく令嬢が頷いた。そのまま、俯いた体勢のまま、もう疲れたのよ、と呟いた。
「さっきから体使われて喋れなかったけれど」
そんな令嬢に、アリアが言葉を紡ぐ。それってつまり、ただ寂しいだけでしょう。そう続けて、そしてなぜか俺を見た。
「あたしもその呪われた令嬢の噂に一役買っちゃった身だし、きっとあんたが浄化されるだけじゃ噂は消えないわ」
だから、とアリアは手を差し出す。少しだけ、賑やかにしてあげるわ。そう言って、こちらに来るように促した。
「珍しいですね、アリアちゃんがそんなこと言うなんて」
「誰かさんの受け売りよ。さっき取り憑かれたことでちょっと気持ちを共有したってのもあるけど」
スロウの言葉にアリアはそう返す。そうしながら、さあ、と令嬢の手を取り。
令嬢は、それをゆっくりと振りほどいた。だとしても、アンデッドとして存在するのはもう。そう言って、しかしどこか嬉しそうに笑った。ありがとう、そんなことを言ってくれて、と続けた。
「あ、じゃあアンデッドじゃなくなればいーんですね?」
「さっき聞いたセリフよねそれ」
「干からびてますけど肉体もあるし、魂もしっかりと存在してる。まあ難しいですけど、いけます」
「いけるのぉ……!?」
「ちょっと集中して――――《リザレクション》!」
「お前もう本当に何でもありだな」
「めでたしめでたし」
「本当かよ……」
廃屋敷から戻ってきた俺達は、ギルドにコボルトを突き出し、今回の事件の犯人はこいつ、と宣言した。これで夜出歩いても大丈夫だ、と告げた。ギルド職員も噂のことは当然把握しており、ありがとうございます、とお礼を言われる。
そうしながら、そこの方は大丈夫なのですか、と述べた。
「ああ、気にしないでくれ。歩くのが久しぶりで慣れてないんだってさ」
フラフラと危なっかしい歩き方をしている赤いドレスの令嬢は、四苦八苦しながらも、しかしどこか嬉しそうに大地を踏みしめている。まあそりゃそうか。呪われた令嬢だなんて言われてずっと地下室に幽閉されてたんだ。外を出歩くなんて、初めての経験だよな。
「生身で、という言葉が付くけれども」
俺のそれに笑みを浮かべながらそう返す。そうしながら、さあ、行きましょうとフラフラしたままギルドを飛び出していった。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫よ。わたくしは」
「もう今生身だから普通に怪我するだろ、っと!」
自慢げに前に進もうとして案の定バランスを崩してすっ転びかけた。慌てて抱き寄せ、体勢を立て直させて溜息を吐く。お前な、生き返ったばかりなんだからもう少し落ち着け。
「落ち着いていられますか。何年、いえ、何十年ぶりだと思っているの!? 生身よ! 生きているのよ!」
「そりゃ、まあ」
そうかもしれないが。はぁ、と溜息を吐きながら令嬢――メアリーを見ながら、俺はスロウに視線を移した。
「まあいーじゃないですか」
「いや、いいんだけどさ」
「流石にこれを咎めるのは野暮ってものよ」
「うんうんうん……」
眼の前では盛大にすっ転ぶメアリーの姿。ドレスが土で汚れたにも拘らず、彼女は笑顔を浮かべていた。痛い、痛い、ととても嬉しそうに笑っている。
「土に触れられる。息を吸える。わたくしは、生きている。……あは、は、あはははははっ!」
「分かったから、とりあえず立て。変な人だと思われるぞ」
「構わないわ。だってわたくしは呪われた令嬢だもの」
「もう呪いは卒業なんだよ。ほれ、これからギルドの本部に説明に行くんだから」
メアリーの手を取って立たせる。これでまた本部の連中に色々言われるんだろうな、とか思いながら、まあそれも今更かと開き直ることにした。