「何よエミル。ちっとも変わっていないじゃないの」
「いや、そう言われても」
現在の場所はギルドの取調室である。何がどうなってこうなったかといえば、ネクロマンサーの犯罪者であるコボルトがギルド本部に移送されて、そして俺達がギルドにメアリーのことを紹介しにいくところからだ。
かつて呪われた令嬢として地下に死ぬまで幽閉された、人族でありながらネクロマンサーの能力を有している令嬢。
そういえば意外と若いよな。まああんな場所で呪われた存在として幽閉されていたらすぐ死んでもおかしくないか。
「食事に毒も混ぜられていたもの。じわじわと病死に見せかける類の」
あっけらかんとそう述べるメアリー。まあそれで死んだ後は若い姿のまま何十年も幽霊やってたわけか。知られざる地下空間を棲み家にしていたおかげで、アンデッドとして討伐もされずにここまできた、と。
「そういえば、あたしがあの廃屋敷を棲み家にしていた時は特に文句を言わなかったのね」
「上の部分なんかどうでもよかったもの。地下に来ていたら容赦しなかったわ」
当時の実力では敵わなかったであろうことを思い返し、アリアが苦い顔を浮かべる。まあ結果として問題なかったのだからよしとしよう。
そんなこんなで、メアリーの事情も軽く聞きながら、ギルドへと向かい、受付にちょっと相談事があるので上層部を通してもらいたいと告げて。
何の理由かと言われたので、メアリーのことを伝えて、今に至る、と。
即お縄ではなく、事情を聞きたいと取調室に押し込められたが、まあ大分横暴な話ではある。ような気がしないでもない。ネクロマンサーだからって絶対犯罪者ってわけじゃないんだぞ。そうでない事例が見付かってないだけで。
うん、駄目かもしれない。
そんなことを思っていると、申し訳ない、と迷宮の管理者が取調室に入ってきた。土属性頂点がなんで、と驚いているメアリーを見る限り、幽霊をやっていただけあってその辺の事情にはやはり疎いのだろう。
「ギルドは色々ゴタゴタもあって、今総括を迷宮の管理者がやってるんだ」
「あくまで臨時の手伝いですけどね。後はまあ、突拍子もない事例を持ち込んでくる勇者級の対応窓口とか」
貼り付けた笑みのまま迷宮の管理者はこちらを見る。何だよ、他の勇者級だってクセの強い連中ばっかりだろ。そう反論すると、それはそうだね、と笑っていた。
「さて、その中でもダントツに突拍子もない勇者級エミルだけれど、今回はなにをやらかしたんだい?」
「別に何もやらかしていない。ネクロマンサーの能力を持った人を連れてきただけだ」
「ふむ」
貼り付けた笑みを崩さず、迷宮の管理者はメアリーを見る。成程ね、と頷いた迷宮の管理者は、これはまた向こうに相談を仰ぐ案件かな、と肩を竦めた。
「向こうっていうと、月の大聖女と傀儡人形、妖精姫か」
「その通り。ギルドは表向きはどこの国にも属さない世界独立機構だけれども、まあ大国三国に真っ向から逆らうような組織でもない。ネクロマンサーの能力を持った人族を、こちらの一存で処遇を決めることは出来ないよ」
「普通のネクロマンサーと同じじゃ駄目なのか?」
「現状これまで現れたネクロマンサーは例外なく犯罪を犯しているし、世界の理に反するネクロマンシーは使用した時点で教会が黙っていない。その辺りはどうです?」
ううむ。そう言われると、そもそもネクロマンサーの効果で何十年もアンデッドやってた時点で割とアウト気味ではある。これまで討伐されなかったということは、それ以外で人に危害を加えるようなことをしてはないと思うが。
「野盗とかその辺りは殺したわよ。死体も操ったわ」
「素直に言うんだね」
「属性頂点の前で取り繕っても無駄でしょうし。そもそもアンデッド時代の話だもの。存在自体が禁忌に触れているでしょう?」
さらりとそう述べる。そうしながら、それで自分はどうなるのだ、と迷宮の管理者を真っ直ぐに見た。
そんな彼女を、迷宮の管理者は貼り付けた笑みのまま見つめ返す。やったことだけを考えれば、捕縛、あるいは討伐対象である。そんなようなことを述べた後、ただ問題は、と顎に手を当てる。
「もうそのアンデッドは存在しないことだ。生前、あるいは蘇生後にネクロマンサーの能力を使っていないのならば、こちらとしては捕まえる理由がない」
あくまで禁忌を犯した場合が犯罪者となるのであって、生まれつきの能力を持っていただけでではその限りではない。そういう抜け道、と言っていいのか、まあ前代未聞の話なのでそうせざるを得ないというか。
「生前、かどうかは定かではないけれど。アンデッド化した時点で多分ネクロマンサーの能力は使っているわね」
「成程」
そんな流れで行くかと思ったら、メアリーはそんなこと言い出した。ネクロマンサーの能力は生前にも使っている、とのたまった。
「そもそも、能力を使ったから呪われた令嬢として幽閉されたんだもの。物心ついてすぐくらいだけれども、記憶はあるわ」
「あくまで自分はネクロマンサーの能力を使用した、と」
「そこから目を背けても何にもならないでしょう?」
成程、と迷宮の管理者は頷く。笑みを浮かべたまま、少しだけ考え込むような仕草を取った迷宮の管理者は、そういうわけなので、と後ろを振り向いた。
いつの間にかやって来ていた月の大聖女、傀儡人形、妖精姫がそれぞれの表情で立っていた。そんな三体を見て、とりあえず移動しようか、と述べた迷宮の管理者の案内で取調室から応接室へと向かう。
俺達とメアリー、対面には月の大聖女、傀儡人形、妖精姫、迷宮の管理者という状態で、話し合いの続きが行われることになった。
「この間のハーピー騒動から一ヶ月も経ってないっスよ……」
もう、と苦笑した妖精姫は、まあエミルさんですからね、と言葉を続けた。その感想は皆同じなようで、月の大聖女も傀儡人形も迷宮の管理者も頷いている。
「でも、今回はこの間みたいにはいかないわよ」
そう言っていつになく真剣な表情を浮かべているのは月の大聖女だ。教会の総本山として、アンデッドに甘くするつもりはないとその表情が述べている。
「あら、心配性なのね」
それに対し、傀儡人形はこの間と大して様子が変わっていない。まあいつも通りの胡散臭いままである。ただ、そのいつも通りが今回には少しありがたいような気がした。
「傀儡人形。流石にこの事例を甘く見るつもりは」
「私だって甘く見てはいないわ。でも、件のアンデッドはもういない。そうでしょう?」
「だとしても、その能力を持っている以上、捨て置くわけにはいかないわ」
「あら、その理屈だと、そこの大魔王はどうするの? 何十年も前の死体を蘇らせた、なんて、世界の理の調停者としてはあら凄いで見逃すものではないでしょう?」
「スロウにはエミルくんが」
「さっき能力を持っている以上捨て置けないといったのに」
クスクスと笑う傀儡人形と、悔しそうに歯噛みする月の大聖女。いやちょっと待て、ネクロマンサーの処遇の話のはずだけど、今なんかとんでもないことを言われなかったか?
「ひょっとして、スロウの件も含めてなのか?」
「まあ流石に、アンデッドを《リザレクション》して蘇生させるとかやらかすと、調停者としては説教くらいはしなきゃってなるっスね……」
「死を生に変えるのはよし、って聞きましたけど」
「限度があるのよ……。スロウ、貴女世界の理ごと書き換える気?」
「エミルのためなら」
迷うことなくそう答えたスロウを見て、月の大聖女が盛大に溜息を吐く。珍しいな、こいつがそういう態度を取るのって。
というか、スロウのそれってひょっとして属性頂点にも不可能だったりするのか。それだと確かに流石にまずいかもしれない。
「出来るわよ。わたくしと妖精姫はそういう事の出来る属性だもの」
「でも、普通はやんないっスよ。調停者が自分で理ぶっ壊したら本末転倒っスから」
そりゃそうか。しかしそう考えると、改めて大魔王級というスロウの唯一無二っぷりが浮き彫りになるな。属性頂点に溜息吐かせるってのが良いのか悪いのかは別として。
その一方で、傀儡人形は面白そうに笑っている。こいつはスロウのやったことについてはお咎めなしの方向で行くんだろうか。
「さて、それはどうかしら。この話し合いの結果によっては、処罰する方向に回るかもしれなくてよ」
そう言ってクスクスと笑う傀儡人形。そんなタコ女を見て顔を顰めた俺は、しかし現状味方と言えるのがこいつしかいないことに気付いて溜息を吐いた。多分迷宮の管理者はこの後は傍観者を貫くと思ったからだ。
「とりあえず。メアリーがもうネクロマンサーの能力を使わなければ問題ない、って感じで締めるのは駄目なのか?」
スロウの方も気になるが、まずはこっちだろう。俺がそのことを口にすると、月の大聖女は糸目をこちらに向けた。そうして何かを言おうとして口を開き、しかし飲み込んで黙ってしまう。
「生まれつき持っていた才能、という意味では、封印してしまうのは申し訳ないけれども。こればかりは流石の私でも使用許可は出せないわね」
「言われなくとも。こんな力、もう使う気はないわ」
そんな月の大聖女の代わり、といっていいのか。傀儡人形がそんなことを述べ、メアリーがはっきりとそう宣言する。それはよかった、と笑みを浮かべた傀儡人形は、それならばもう言うことはない、と引き下がっていく。
「傀儡人形? 貴女は一体どういうつもり?」
「どういうつもりも何も。エミル君の持ってきた案件で、これまでは使ったとは言えない程度でしかなく、当事者がもう使わないと宣言した。ならもう責める意味はないでしょう?」
勿論そのための署名等はしてもらうだろうけれども。そんなことを述べた傀儡人形に、月の大聖女は口をパクパクとさせ、そして絞り出すように、そんなに信頼しているの? と問い掛けた。
勿論傀儡人形は、一体誰のことを言っているのかしら、などと惚けたが。
「エミルくんよ。貴女、いつからそんなに彼のことを」
「おかしいかしら? 大魔王に相対する彼の特異性を買うのは不思議でも何でもないのではなくて?」
「それは、そう、だけど」
グギギ、と悔しそうに呻いている月の大聖女は、こちらに視線を向けると、その糸目をカッと見開いた。急なそれに驚いた俺だったが、何だ何だと彼女の夜の海のような瞳を見つめ返すと、はぁ、と小さく溜息を吐かれる。糸目に戻した月の大聖女は、そういうところよね、と呟いた。
「エミルくん」
「な、何だよ」
「ネクロマンサーの件、貴方達のパーティーも保証人として署名をしてもらうわ。何かあった場合、その咎は負ってもらう」
「まあ、そうだろうな」
スロウやアリア、シトリーもまあそんなものだろうと頷いている。一種の脅しだったのか、迷うことのない俺達のそれを聞いた月の大聖女は、もう一度溜息を吐いた。
「妖精姫はどうかしら?」
「急にこっちに話を振らないで欲しいっス。あちきはまあ、エミルさんが連れてきた人だし、持って生まれた能力だったって話だし、これ以上使用しないんだったらまあ。って感じっスかね。大体傀儡人形と同じ考えっスよ」
妖精姫の返事を聞いて傀儡人形は笑みを浮かべる。じゃあ決まりね、とどこか楽しそうに述べると、迷宮の管理者に書類を用意するよう伝えていた。それならここにある、と机の上にそれらの書類を出してきた辺り、迷宮の管理者も最初からこうなることを見越していたのだろう。
だったら取調室に入れられたのはなんだったのか、ってなるけど。この三体が来るまでの時間稼ぎだろうか。なんにしろ面倒な話だ。
「さて。じゃあ今回の話は終わりかしら?」
「傀儡人形」
「あら、怖い。でも、説教をしたところでスロウちゃんは変わらないでしょう?」
「そうっスね……。スロウさんはそこら辺ブレないっスから」
「だとしても。別に今回はエミルくんは関係なかったでしょう?」
そう言って月の大聖女はスロウを見やる。そこのところどうなのだ、と言わんばかりの月の大聖女の視線を受け、スロウは首を縦に振った。
「そーですね。今回は別にエミルに直接関係はしません」
「だったら」
「だから怒られるのはわたしだけでお願いします。エミルやアリアちゃん、シトリーちゃんは関係無しです」
真っ直ぐに月の大聖女を見て、スロウはそう言い切る。そんなスロウを見て、隣のアリアが口を挟んだ。関係ないなんてことはない、と言葉を紡いだ。
「そもそも、あたしが彼女を連れ出そうとしたのがきっかけだもの。咎められるのはあたしであるべきです」
「アリアちゃん」
「だったら、止めなかった俺も同罪ってことで」
「ワタシも同じくだよぉ……」
「エミル、シトリーちゃん」
そういうわけなので何かあるなら全員で。そんな感じで声を上げた俺達を見て、傀儡人形は楽しそうに笑った。それに対し、月の大聖女と妖精姫は滅茶苦茶苦い顔を浮かべている。
「いやまあ、全員説教される覚悟があるっていうならそれでいいんスけど」
この流れで一体何を説教すればいいのやら。そんなことを呟きながら月の大聖女を見た妖精姫は、相手が同じような表情をしていたのを確認すると溜息を吐いた。
「えーっと。まずはさっきも言ったように、流石にやり過ぎっス」
「死を生に変えるにしても限度があるわ。アンデッドを生者に戻す、というのは、理を外れたものを再び理に戻す所業よ。本来ならば調停者、わたくし達属性頂点の領分」
「でも、出来ちゃうんスよねぇ、スロウさん……」
「いいじゃない。貴女達の手間が省けるわよ」
「傀儡人形は黙ってなさい! ……いいこと? それに加えて、何十年の前も死体を蘇生させるだなんて。本来ならば討伐されてもおかしくないのよ?」
「討伐されるんならエミルがいいです」
「そういう問題じゃない!」
月の大聖女が叫ぶ。その声におおう、とちょっと押されたスロウは、ごめんなさいと素直に頭を下げた。
そんなスロウを見て、月の大聖女が気持ちを落ち着けるように小さく溜息を吐いた。
「……今回の問題は独断で行ったことよ。次は、きちんと誰かを呼びなさい」
「お優しいことで」
傀儡人形がクスクスと笑う。妖精姫もまあ、その辺りが落としどころかと言わんばかりに溜息を吐いていた。
「……俺が言うのもなんだけど、いいのか? 場合によっては討伐されるくらいのやらかしなんだろ?」
「月の大聖女が大げさに言っただけよ。蘇生でなくてアンデッドだったのならば別だけれども、その辺りの実力は疑っていないもの」
「まあ、最近誰かさんがモンスターもポコポコポコポコこっち側の住人にしてるっスからね。過去の人間が増えたくらいどうってことないっスよ」
「ご、ごめんなさい……」
そんな言葉が妖精姫から飛び出してきたのが余計にダメージとなったので、俺は申し訳ないと頭を下げた。
ともあれ。とりあえず今回の件はまとめてお咎め無し。というわけでもないが、大問題勃発、というほどではない規模で収まるようだ。
そんなことを思い、ふぅ、と俺は息を吐いた。