アスカさんの魔法剣とアリアの鱗粉の爆発は相殺され、お互い距離を取る。その頃にはリナさんが次の一撃とラティに斧を振り上げているところであった。
「わ、わわわわわ!」
目を見開きながら、しかし銃を乱射して少しでも向こうの勢いを削ぐ。さっきと同じように斧を振り回して、とはいかないらしく、振りかぶっていた斧を盾のように構え直して銃撃を受け止めていた。
「おっとっと」
「何でそれでダメージ食らってないのよ!」
ラティが文句を叫ぶが、まあ実際食らってないものは仕方がない。ふふんと笑みを浮かべているリナさんは、斧を攻撃用に構え直すとそのまま横薙ぎに振るった。
ひぃ、とラティが全力でバックステップをする。風圧でちょっとだけ服が切れていたが、まあそんなことを気にする余裕はないだろう。
「装備の回復はわたしでもできないですしね」
「それ以外は出来る時点でおかしいんだよ」
のほほんとそんなことを述べるスロウにツッコミを入れる。そうしながら、そう言えばさっき盛大にぶった切られた割に服に傷がついてないな、と俺は自身の装備を眺めた。
「エミルとアリアちゃんの服はわたしたちの素材でできてますからね。そう簡単には壊れませんし、壊れても私の回復で修復しますよ?」
またしてものほほんとそんなことを述べるスロウ。マジかよ、じゃあこの装備実質耐久値無限ってことか。スロウの回復で、というのがまあ条件付きと言えばそうかもしれないが、スロウがいないことの方が少ないのでほぼないも同然だし。
しかし、今回の模擬戦、この防具がなかったらと思うとゾッとする。スロウの支援無しでも戦えた理由の一つは間違いなく新しい冒険者服だろう。こいつの防御力のおかげで、バクスやクロードの攻撃に耐えられた。いやまあ、さっきの戦闘は耐えきれなかったけど、この服がなかったらもっと前の攻撃でぶっ倒されていただろうし。
「確かに、その装備は素晴らしいですね」
す、とクロードが俺達の会話に参加する。いいのか、審判が油売ってて。そんなことを述べると、まあ今は拮抗していますからね、と笑みを浮かべられた。
してるか? 拮抗。リナさんとアスカさんの方が有利に見えるんだけど。
「シトリーさんも復帰して、ラティも体勢を立て直し、アリアさんも余裕を取り戻した。きちんと拮抗していますよ」
「そんなもんかね」
今度はぶつかり負けない、と踏ん張っているシトリーを見る。成程、一応は当たり負けないようになっているな。ラティはそんなシトリーを援護しているし、アリアはアスカさんの魔法剣を警戒しながら全体を見据えている。純粋にぶつかり合うと不利だが、その分連携で同等に持っていくといった感じか。
「個人的には、個々の能力もそう負けているわけではないと思っていますけどね」
それこそさっき言ったように、装備も充実しているので。そんなようなことを続けたクロードは、シトリーの大剣、アリアの扇とドレスを見てから俺の方に視線を向けた。スロウの手甲や俺の悪徳の剣と冒険者服を指差しながら、こちらは流石にそれには敵わないと笑う。
「何だか装備だけだって言われてるみたいで気に入らん」
「そんなつもりではないですけどね。実力が拮抗しているのならば、装備の差で覆せる。そういう場合だってあるでしょう?」
「装備の差があるのに負けた俺に対する嫌味に聞こえるな」
ジロリとクロードを睨むと、まさかそんな、と苦笑された。まあこいつの場合胡散臭いだけでそういうことを言うような奴ではないのは分かっている。だから俺が勝手に卑屈になっているだけなんだけど、でも実際装備の差があるのに引き分け――まあ実際はほぼ俺の負けになったというのは紛れもない事実なわけで。まあそれを言うとバクス相手でも似たようなものではあったけど、あっちと今回はちょっと毛色が違うしな。
「まーでも実際、装備充実してるのにこっちが勝てないってことは、やっぱり向こうのほうが強いってことなんですよね」
「これでも皆さんより勇者級を長くやっていますしね。先輩として負けるつもりはありませんよ」
そう言いながら、まあ模擬戦ではない場合はそうでもないでしょうけど、とクロードは肩を竦める。それはつまり、ここでのんびり観戦しているパーティーの切り札のことを言っているんだろう。本気の殺し合いになったのならば、スロウが参戦したのならば。
その時の結果はこうはならない、と言っているのだ。その辺はバクスも言ってたな、スロウがいるとこっちは勝てないとかなんとか。
ともあれ。そんな話は今の戦況とは関係ないわけで。ラティが追加されているとはいえ、アリアとシトリーではあの二人と戦って勝つにはなかなか厳しいと言わざるを得ない。そういうことだろう。
「でも」
そんな結論にスロウが待ったをかける。確かにそうかもしれないけれど、と言葉を紡ぐ。
「アリアちゃんたちを嘗めてはいけないですよ」
「それは勿論。リナだってアスカだって、彼女達の強さは十分知っています」
アリアがギチギチと虫の顎を鳴らしている。ラティ、と声を掛け、了解とばかりにラティが跳び上がり銃を乱射した。上空から雨のように打ち出されるそれを、リナさんは斧を振り回すことで防御し、それがどうしたと足を踏み出す。
「そこっ!」
「っ!?」
「リナっ!」
盛大な火柱が上がった。炎の渦に飲まれたリナさんは、そのまま燃やされ消し炭に。
などということはなく、燃やされているのにも拘らず斧を振るい炎を切り裂いた。しかしところどころ焦げており、先程までのように動けないのは傍から見ていてもよく分かった。
「リナ、回復は」
「しないよ」
「痩せ我慢にも程があるでござるよ」
「先輩の意地って言って欲しいな」
まあそういうわけなので、とリナさんはアスカさんの背中をぽんと叩く。ぶぅぶぅ、と文句を言いながら、アスカさんは剣を構え前に出た。
そうだよな。この二人の場合、どちらも前衛が出来るので、状況によってその辺を切り替えることが可能なのだ。リナさん前衛、アスカさんが魔法で援護。アスカさんが前衛、リナさんが支援でサポート。どちらも前衛で殲滅。ぱっと思い付く三パターンのどれもが厄介だし、それらを即座に切り替えられるのも面倒だ。そして本来ならここにクロードが入るわけで。
「まあ戦力という意味では、エミルくんがいない向こうが不利なのは否めないでしょうね」
「前衛がシトリーちゃん固定になっちゃいますもんね」
「でも、シトリーが前衛で盾、ラティとアリアで攻撃、は大分厄介だぞ」
「それはその通り。なので、アスカと手負いのリナがその辺りをどう切り抜けるか」
アスカさんが剣を振るう。クロードの攻撃は稲妻のような打ち込みだったが、アスカさんのそれは文字通り稲妻が放たれた。雷撃を受け止めるのは流石にまずいと判断したシトリーは、しかし大剣を盾のように構えると寸前で飛び退った。
盾にした大剣に雷撃が直撃する。それを即座に掴んだシトリーは、突然のそれに虚を突かれたアスカさんに向かって振り上げた。
「負けないんだよぉ……!」
「そんな方法が!?」
受け止めた大剣は雷撃を帯びたままだ。前回のオリハルコンを組み込んだ機能強化で、シトリーの大剣もバージョンアップしている。劇的に変わったわけではない、と言っていた割には、シトリーの大剣は大分能力が様変わりしていて。
ちぃ、と舌打ちしたアスカさんはその大剣を魔法剣で受け止める。カウンターとして相手の威力をそのまま打ち返すことの出来るようになったその武器は、シトリーの新たな切り札と言ってもいいレベルだ。
「あ、しまっ」
「まだまだぁ……!」
そしてその隙をついて、シトリーは疑似餌から飛び出した。アスカさんの足場を流砂に変えたシトリーは、今だとばかりにアリジゴクの顎で彼女を拘束する。
「これ、でぶぎゅ……!」
「させないよ!」
そこに割り込んできたのはリナさんだ。拘束していたアリジゴクを蹴り飛ばすと、今だとばかりに銃をぶっ放していたラティに向かって斧を投擲した。
「嘘ぉ!?」
絶対的な質量を持ったそれが一直線に飛んでくる。勿論銃で撃ったところで勢いは弱まらない。そうなるとラティの取れる手段は回避しかないわけで。
蹴り飛ばしたシトリーを足場に、リナさんは一足飛びに間合いを詰める。危ない、とラティが避けたその場に突き刺さった斧を即座に掴むと、地面ごと思い切り横に振り抜いた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
咄嗟に銃でガードしたラティだが、その銃と腕を丸ごと持っていかれた。ギリギリ体には傷がつかなかったが、斬り飛ばされた、というより捻り潰された腕が宙を舞い、そして地面にドシャリと落ちる。
「こ、んのぉ!」
残っている片手で銃をぶっ放しリナさんの追撃を防いだラティだが、半ば無くなった片腕からはぼたぼたとおびただしい量の血液が流れていた。
「ちょっとラティ、それ大丈夫なの!?」
「どうせ魔導人形の腕だもの。後でくっつければ平気よ。擬似体液が大分流れちゃってるから、動きは鈍くなりそうだけど」
そんなことを言いながら切断面に触れる。べっとりとついた血液を見て顔を顰めたラティは、それよりもそっちはいいのか、とシトリーを見た。
「うぅ……星が飛んでるよぉ……」
蹴り飛ばされた上に足場にされたシトリーがふらふらと揺れる。パンパンと頬を叩いて気を取り直したシトリーは、再び疑似餌に入り込んで息を吐いた。
「あちゃー。これはだいぶマズいですね」
片腕になったラティを見てスロウがそんなことを呟く。まあ確かにあの状態でラティの戦力ダウンは厳しい。ほぼほぼ戦闘不能に近いので、シトリーとアリアであの二人と対決しなければならない。
とはいえ、元々そのつもりだったので当初に戻ったと言えばそれまでなのだが。
「それに、リナも結構無茶しましたからね。さっきのような奇襲はもう体力的にキツイのではないでしょうか」
そういえばさっき燃やされてたっけか。その状態でも回復もせずにあの動きをするっていうのは流石聖女と言うべきか。聖女ってなんだっけ?
ふん、と斧を肩に担いで構えるリナさん。さっきまでとは構えが違うが、そこに込められている殺気はこれまでとは桁が違うように感じた。
「おいクロード。体力的にキツイんじゃなかったのか?」
「それは間違いありませんよ。リナがあの構えを取るということは、ただただ相手を叩き潰す方向に舵を切ったということ」
「さっきまでは違うのかよ」
あれ以上があるのか。そんなことを思っていた矢先、先に動いたのはアスカさんだ。相手に、シトリーに肉薄すると、向こうが構えるよりも速く斬撃を放つ。
「させないわよ!」
小さな爆発が起こった。シトリーとアスカさんの丁度真ん中、針を通すような正確さでそこを爆破したアリアは、扇を開くと風で無理矢理にシトリーを下がらせた。
「流石でござる。でも!」
そのまま風の壁で四方を囲んだアリアに対し、アスカさんは魔法剣の斬撃で壁をあっさりと切り裂いた。
しかし前回の勇者級、ヴェルとメリィの戦いで壁は壊されれるものだと承知の上。アリアはそんなこと気にせんとばかりに爆発をぶっ放す。
「ん、なっ!」
「アリアちゃん……!?」
その寸前に、自身の腕が氷で地面に縫い留められているのに気付いた。先程のアスカさん魔法剣の斬撃は、壁を切り裂くのではなくアリアを拘束するためのものだったようだ。
ギシリ、と動きを止められたアリアが驚愕で目を見開いているその隙に、リナさんが肩に担いだ大斧を振りかぶっていて。
「む!?」
「間に、合ったよぉ……!」
シトリーがその寸前に割り込み、リナさんの斧の一撃を受け止めた。が、明らかに向こうにパワー負けしており、このままではアリアは守れてもシトリーが叩き潰される。
「このぉ!」
ラティが苦し紛れに銃を放つが、銃撃は全てアスカさんの魔法剣で迎撃され、そして返す刀で氷柱がラティに襲い掛かる。きゃぁ、と悲鳴あげながら、ラティは貫かれて動かなくなった。
「はぁぁぁぁ!」
「く、うぅぅぅぅ……!」
裂帛の気合を入れた一撃。リナさんのそれにより、シトリーが叩き潰された。ぐしゃり、と斧により地面に叩きつけられたシトリーは、そのまま潰れて動かなくなる。
ふぅ、と息を吐いたリナさんも、流石に限界だとそのまま倒れた。
「まったく。回復もせずに無茶するからでござる」
さて、と拘束を解いたアリアを見やる。これで残るは、と武器を構え、決着をつけんと足を踏み出し。
「まだ負けてないよぉ……!」
がばぁ、と飛び出したアリジゴクによって虚を突かれた。目を見開き、叩き潰されたシトリーを見ると、確かに背中がぱっくりと割れている。
「そういうことよ!」
そんなことを言いながら、動かなくなっていたラティも銃を構える。本体が短剣である以上、美少女姿のボディがいくらズタボロでもあいつは体は動かせる。最初に戦った時も顔を潰されたのに動いてたしな。
「成程。しかしっ!」
魔法剣の氷撃がラティを襲う。氷漬けにされたラティは身動きが取れなくなり、短剣が文句を叫ぶだけに成り下がった。
次いで、こちらを拘束しようとするアリジゴクに視線を向ける。剣を構え、これならどうだとばかりにアリジゴクの顎に向かって剣を振り抜いた。
「きゃぁぁぁぁ……!」
魔法剣の雷撃がシトリーの全身を襲う。プスプスと焦げながら、しかしまだいけるとばかりにギリギリと顎でアスカさんを締め上げた。
「くっ! ならばこれなら」
「へ……? きゃぁ……!」
斬撃から生まれるのは水。水球がシトリーを包みこんだ。虫ならばこの体の状態では動けないだろうと睨んだであろうその攻撃。だが、シトリーはこの程度ならと水球を突き進んだ。
「なんとっ!?」
「忘れられがちだけど、ワタシ、植物モンスターでもあるんだよぉ……!」
「失念でござる!」
「後、海辺育ちだから水は平気だよぉ……!」
「それはズルじゃないですか!?」
口調戻ってる。そんなツッコミを入れられるのは観客である俺達くらいで、まあ向こうの全力なので気にしない。
ともあれ、雷撃も水球もくぐり抜けたシトリーは、がっしりとアスカさんを掴むと、逃さんとばかりに流砂の中に巻き込もうとする。これで拘束すれば、後はアリアが止めを刺して終了だ。
それはまずい。そんなことを呟いたのが倒れていたリナさんだ。ゆっくりと起き上がると、持っていた大斧を流砂に無理矢理叩き込んだ。
「わわわぁ……ぶぎゃ!」
「無理矢理過ぎですよリナ!」
「文句言わない。はいこれが正真正銘最後のアシストだから、後はよろしく」
アリジゴクから力尽くで釣り上げられたアスカさんは、そのまま空中で体勢を立て直すと剣を構える。目標は勿論。
「くっ!」
突っ込んでくるアスカさんを複眼の瞳で睨んだアリアは、節足を飛び出させ、虫の顎をギチギチと鳴らしつつ、残っている全力を叩き込まんと扇を広げた。
アスカさんもまた、己の全力を叩き込まんと魔法剣を構える。
「はぁぁぁぁ!」
「こんのぉぉぉぉ!」
そうして生まれた二つのそれは、最初のぶつかり合いとは桁が違うもので。
「おいおい。これアリアやアスカさん体残ってるのか……?」
生まれた大爆発に思わず呟く。いやまあスロウなら蘇生は出来るだろうけど、流石に木っ端微塵だと大変じゃないのか。
そんな俺の呟きに、大丈夫ですよ、とスロウは答えた。それはどっちの意味の大丈夫だ?
「体残ってます」
「……え? 死んだ?」
「下半身吹っ飛んでますけど、まあかろうじて生きてますね」
そうして爆煙の晴れたそこには、スロウの言った通り上半身だけになったアスカさんとアリアが。いや呑気に言ってないで、回復しないと死ぬぞ。
「大丈夫ですよ。アリアちゃんは私が治しますし」
向こうは向こうで聖女がいますから。そう言って視線を向けた先では、リナさんがアスカさんに回復を行っているところであった。大丈夫か? 言っちゃなんだが俺はリナさんの聖女としてのそういう部分は欠片も信用ないぞ?
「ははは。まあ確かにそう思われても仕方ないでしょうね」
クロードは呑気に笑っている。まあアレでも勇者級の聖女ですから、と言葉を続けたクロードの表情には彼女を信頼していることが伝わってきた。
事実、アスカさんの傷はみるみる癒えていく、というか下半身が再生していく。おお、スロウ以外にもあれ出来るんだ。
「そりゃね。スロウちゃんほどじゃないけど、《リザレクション》だって当然使えるよ」
そう言えばリナさんのさっきの戦闘のダメージは既にない。勝負が終わることを見越して回復したのか。
「だから言ったじゃないですか」
アリアとラティ、シトリーを回復させながらスロウが述べる。こっちはこっちであのズタボロ状態を片手間みたいな感じで治してるんだから凄い。
「そこはね。多分聖女の力でスロウちゃんに敵うのは属性頂点くらいだよ」
アスカさんの治療を終えたリナさんが笑う。大魔王級の聖女ってもう扱いそのレベルなのか。それこそ別の大魔王級でも出てこない限りは。
「うぅ、酷い目にあったでござる」
そんなことを話しているとアスカさんが目覚めた。流石に下半身ふっ飛ばされるのは彼女にとっても相当堪えるらしい。まあアリアは二回目だし慣れてるよな。
「なんでよ。慣れるわけないでしょ」
もう、と起き上がったアリアが俺に文句を言う。新装備ごと吹き飛ばされたのだから正直大分堪えている、と眉尻を下げた。
「まあでも、その装備は再生するみたいだし、いいじゃない。ほら、アスカみたいに下半身スッポンポンにならずに済んでるから」
そう言って笑うリナさん、そして、え? とゆっくりと視線を下に動かしていくアスカさん。
「い、いやぁぁぁぁぁ!」
「だからちゃんとクロードのマントで隠したでしょ?」
「そうですけど! でも私これ取ったら丸出しじゃないですか!」
「着替えは今用意させているから」
「そういうもんだいじゃないですよぉ!」