ぺしょぺしょになりながら着替えの下着とスカートを穿いているアスカさんの方はまあ見ないようにして。
模擬戦を終えた三体に向かい、どうだ、と俺は声を掛けた。何かレベルアップはしたかと問い掛けた。
「どうかしら……。まあ全力がきちんと通用するのは分かったけれども」
「まあ、私下半身吹き飛ばされましたからね」
着替えたアスカさんがそんなことを述べる。さっきのショックで口調は素の状態のままだ。ちなみにそれを指摘する者はいない。クロードやリナさんも知ってて流している。
「全力で攻撃する。切り札なんてそんなもんだよ。私だってこれが切り札です、なんて胸張って言えるようなものないし」
「そうですね。なので、通常切り札がこれだと言えるほうが珍しいんですよ」
そう言ってクロードが俺を見る。何だよ、まあ確かに、俺は切り札と言われれば思い当たるものが一つあるけど。でもあれも言ってしまえば全力で攻撃しているだけだしな。
ともあれ、アリアはなんだかんだ成長したって考えていいんじゃないだろうか。そんなことを思いながら、じゃあシトリーやラティは、と視線を動かす。
「ラティは分からないわね。まあこれからはちょっとクロード達と特訓するのもいいかもって思ったわ」
同じ街に住んでいるんだし、いいでしょう? そんなことをラティはクロード達に述べ、向こうも何の問題もないと頷いていたので問題自体は解決と言っていいだろう。
「ワタシは、どうだろぅ……」
ううむ、とシトリーが悩む。アリアみたいな全力で攻撃することで超火力を出せるということを身を持って知ったわけでもないし、これが切り札、と宣言できる何かを身に付けたわけでもない。そんなようなことを言いながら、でも、と顔を上げた。
「新しい武器の使い方を手に入れたし、みんなの盾になれることは改めて分かったからぁ……。多分、レベルアップはしていると思うんだよぉ……」
戦いの中の一つ一つを思い出しながら、シトリーはそう結論を出した。思い悩んでいたことは解消に向かっている、ということでいいのだろう。どことなくスッキリした顔をしている。
そうしながら、でも、と大剣を取り出し首を傾げた。
「あの時のカウンター、どう発動するのかまだちょっと分かってないんだよぉ……」
「わた――拙者の魔法剣を受け止めて跳ね返した時のことでござるな」
「うん……。なんとなくやれそうな感覚はあったんだけどぉ……。前回の模擬戦ではできなくてぇ……」
「今回でやれるようになったのなら、それは立派なレベルアップじゃない?」
リナさんが笑顔でそう述べる。ゼロが一になったのならば紛れもない成長だ。そんなことを言いながら、後は出来るように頑張ればいいと言葉を続ける。
「新しい技の特訓なんてそんなもんよ」
「そう、かなぁ……」
ううむ、と首を傾げたまま、しかしそう言われるのならばそうだろうと頷いた。リナさんの言う通り、これから特訓で身に付けていけばいい、ということにしたようだ。
というわけで教国の修行はこれにて終了。続けるのならば次は帝国、ということになるのだが。まあどっちにしろ行くのは今日ではないので、また後日だ。
「ああ、そうだエミル君」
そんなタイミングでリナさんから声。どうしたんだと尋ねると、修行しているなら、ついでにこの依頼受けてみないか、言葉を続けた。
「この依頼?」
「リナ、エミルくん達に押し付ける気ですか?」
「別にそういうわけじゃないよ。けどまあ、結果的にはそうなっちゃうのかな?」
笑いながら、実は受けようか迷っている依頼があったんだ、とリナさんは述べる。教国の依頼だからこちらが受けるのがまあ道理ではあるのだけれど。そんなことを言いながら、ちょっとだけ顔を顰めた。
「依頼者がね、ヤマタノオロチなの」
「碌な依頼じゃなさそうだ」
「そういうこと。どう?」
「今の流れで受けると思うのかよ」
「ま、そうだよね。しょうがない、クロード、こっちで受けとく?」
「とりあえず保留にしましょう」
お前らも受けたくないんじゃないかよ。そんなことを思いながら視線を向けると、まあそれはそうでしょうという返事が来た。碌でもないのが確定しているような依頼だし、そこは仕方がないか。
「あ、でもあっちの後輩勇者が受けたりはしないのか?」
「成程。確かにその可能性はありますね」
「怪しい依頼には飛びつかないよう言い含めているでござるよ?」
「見るからに怪しい依頼だもんね」
教国で野放しになっている魔王級からの依頼だ。依頼者の身分は証明されているかもしれないが、それ以外が怪しすぎるわけで。
まあ後輩勇者が被害を受けないためにも、そっちで受けておくことをおすすめするぞ。そんなことを話しながら、俺達は帰る準備をし始めるのだった。
さてでは次は帝国か。そんなことを考えつつギルドでいつものように過ごしていると、お姉さんがこれどうする、と一枚の書類を差し出してきた。
勇者級が対象の依頼なんだけど。そんなことを言われたので差し出された書類を手に取ると、そこにはどこかで聞いたような項目が目に入る。
すなわち、依頼者、ヤマタノオロチ。
「これクロードが受けるって言ってたやつじゃないのか?」
「そうなの? でも現状放置されてるよ?」
「何かあったんですかね」
にゅるり、と芋虫が俺の書類を覗き込む。今日はオフなので完全にだらけた芋虫モードのスロウがそんなことを言いながら、ちなみに内容って何なんですかと書類に目をやった。
「受けたら話す。……なんですかこれ」
「ギルドの依頼としてこれ問題ないのかよ」
「うーん。まあ教国の盟約結んでいる魔王級の依頼ってことでお目溢しされてるのかもね」
「これができるならわたしもてきとーに依頼出せますよね」
「まあスロウちゃんの場合冒険者登録もされてるし、エミル君の使役モンスターって扱いもついてくるから。多分エミル君の方に話が行くんじゃないかな」
「エミルには内緒で、って付け加えればいけます?」
「それなら多分」
「おい俺に内緒で何をする気だ」
ジト目で芋虫を見やる。例え話ですよ、とは言っていたが、多分何かしらあるなこれは。やるかやらないかは別として。
まあでもどっちにしろ依頼として処理されたら張り出されるから俺にはバレるんじゃないのか。そう述べると、言われてみれば、とスロウは考え込んだ。多足をワシワシさせながら、じゃあ指名依頼にしますね、と笑みを浮かべる。そこまでするならもう直接頼めよ、勇者級知り合いばっかりだろ。
話を戻すぞ。で、このヤマタノオロチの依頼なんだけど。他の誰かが受けた記録とか、そういうのも何も無いわけなのか? そうお姉さんに尋ねると、ちょっと待ってねとカウンター横の魔道具端末を操作し始めた。
「そうだね。誰かが受けて失敗した、とか、そういう記録は今のところないよ」
「じゃあクロードも受けてないってことか」
まあ受けようか迷っている、とか、保留にする、とかそんなこと言っていたから受けなくても不思議ではない。俺だってこんなあからさまに怪しい依頼を受ける気にはなれないしな。
「じゃあエミル君も受けるのやめとく?」
「まあ、ぶっちゃけ受けたくはないな」
「了解。じゃあこっちでもこれは受けない、と」
「こっちでも、って?」
お姉さんの言葉になにか引っかかりを覚えたのか。スロウがそれを問い掛けた。それに対し、別に大したことじゃないとお姉さんは笑う。王国の勇者級はどっちも受けないって判断したっていう話、と言葉を続けた。
「バクス達ももうスルーしてたのか」
「そうみたいだね。さっきの話じゃないけど、端末情報には一旦受けないと返事した勇者級が二組記録されてたよ」
一つはあの教国の後輩勇者、確かカイルとかいう名前だったっけか。そしてもう一つはバクス達。これで三組目に俺達が入るということになるわけだ。
「まあ、依頼内容自体は上級でも問題ない、らしいから、このまま他の勇者級が受けなければそっちに回されるかもしれないね」
「受けたら話す、けど上級でも問題ない……。怪しさに拍車がかかってないかそれ?」
「そうだね。だから多分これは塩漬けクエストになるんじゃないかなって私は思ってるけど」
「まあそんな変な内容を受けるような物怖じしない上級冒険者もそうそういないだろうしな」
まあこの話はここまでだな、と依頼書を片付け始めたタイミングでギルドに人がやってくる。まあこんな村なので知らない顔だということも殆ど無く、俺と同年代の冒険者達だ。
ただ、その中に今回は新顔も混じっていた。
「あらエミル。ごきげんよう」
そう言って髪を掻き上げるメアリー。冒険者生活も中々板についてきたのか。そんなことを尋ねると、まだまだ学ぶことがいっぱいだ、と笑みを浮かべた。
「頼りになる先輩もいるから、わたくしは一気に成長するわよ」
頼りになる先輩扱いされた元同級生の冒険者達はでへへとだらしない顔を浮かべる。まあ美少女に頼られるっていうのが嬉しいんだろう。
でもな、そいつ見た目は十代かもしれないけど中身は何十年もアンデッドやってた年上だぞ?
「エミル。今何か余計なこと考えなかったかしら?」
「気のせいだろ」
そう言って惚けた俺をじっと見ていたメアリーは、まあいいと視線を逸らした。そうしながら、なにか新しい依頼でも、とカウンターにやってくる。俺達は一旦休むよ、という冒険者達の言葉に分かったわと返したメアリーは、しかし気にせずお姉さんに話し掛けていた。
「下級か中級の依頼ならあっちの依頼掲示板のほうがいいよ」
「でも、わたくし一人ではまだ無理でしょうから。何か一人でも出来そうな依頼があるといいのだけれど」
「そういう時は無理をしないものよ」
横合いから書類の整理をしていたアリアが口を挟む。ネクロマンサーの能力を使うわけでもないメアリーは現状認定されたクラスの冒険者相応の実力しかないのだから、無茶は出来ない。そんなことを言いながら、まあ素直に体を休めることねと言葉を続けた。
それを聞いたメアリーもむぅと唸るが、素直に頷く。これで無茶をして再度アンデッドになったらもう庇い立て出来ないしな。普通に死ぬだけなら問題ないという意味ではない。
「わかったわ。じゃあ、勇者級の見学ならいいのかしら」
「ん?」
「何か依頼受けるんでしょう? それとも、この間みたいな修行? どちらにせよ、それを見るのも十分勉強になるわ」
「依頼は受けてないし、修行は今日は休みだよ。ほれ、望むもんはないから帰れ」
「あら。勇者級って案外暇なのね」
「その分どでかい厄介事が舞い込んでくるんだよ」
ふぅん、とメアリーは俺達を見る。なら、その大きな厄介事が舞い込んできた時がチャンスなのね、と彼女はニンマリと口角を上げた。
どっちにしろまだ中級になれてもいない冒険者に出番はないぞ。そう言い含めると、ほれ帰った帰ったとメアリーを追い払う。文句を言いたげであったが、言っていることは正しいと納得してメアリーはそのままギルドを後にした。
「用事ないなら帰れ、はエミル君達にも当てはまるよ?」
「勇者級がいつでもギルドに居るってだけで頼もしいだろ」
「まあずいぶんと捻くれた返し方。あ、いつもか」
うるさいよ。
そんなこんなで数日経った。そろそろ帝国の方に修行に行くのもありか、などと思い始めていたそのタイミングで、あれ、とお姉さんが声を上げる。
「どうしたんだ?」
「例のあの依頼、受けられてるね」
「例の、ってあのヤマタノオロチのやつか」
まあ俺やバクス達が受けなくても、そのうちクロードが受けるだろうと思ってたので別段驚きはない。むしろやっとか、となるほどである。
が、お姉さんはどことなく不安げであった。これ本当に大丈夫なのかな、とその表情が物語っている。
「何でそんな顔してるんだ? 受けたのってクロード達だろ?」
「ううん」
「は?」
違うの? じゃあ一体、と思ったが、別に残っている勇者級は他にもいる、それこそこれから修行の相手をしてもらおうと考えていたアイラさん達だってそうだ。
が、しかし。それならお姉さんが不安がる必要もない。勇者級が受けるのならば別段問題はないのだから。
ということは、勇者級が誰も受けなかったから上級にも範囲を広げて、そこでこんな胡散臭い依頼に飛びつく馬鹿がいたって話になるのだろう。
「そうそう。上級冒険者みたいなんだけど、この依頼を別に気にせずに受けたみたい。勇者級を目指しているにしても、無茶するね」
そう言いながら小さく溜息を吐く。依頼で最悪冒険者が犠牲になるというのは、よくあることではないが無いとは言い切れない、仕方のない事態だ。それでもギルドの職員としては、そういう人物を少しでも減らしたいと思って仕事をしているだろうから、こういう時心配が勝ってしまうのだろう。
「エミル君たちくらい無茶苦茶だと、安心して送り出せるんだけど」
「一応俺も一回死んでるからな?」
そう言うと、まあスロウちゃんがいるし、と返される。いやだから蘇生出来るから大丈夫、じゃないんだよ。そうツッコミを入れると、そういう意味じゃないし、そもそももう死なないでしょ、と笑顔で返された。
「エミル君はスロウちゃんを悲しませないし」
「いや、まあ、それはそのつもりだけど」
「えっへへー。エミル大好きです」
「俺もだよ」
がばりと抱きついてくる芋虫を抱きしめ返した俺は、まあそれは置いておいて、とスロウを椅子に置く。ウネウネする我が彼女を横目に見ながら話が逸れているとお姉さんに述べた。
「その上級冒険者が心配なのか?」
「そうそう。えっと、二人組の姉妹みたいでね。名前は、どこかで聞いたような気もするんだけど」
「それだけだとアリアさんとリィンさんの情報と被るな」
「流石に勇者級とは間違えないよ。あ、そうだ。それで思い出した」
ぽん、とお姉さんが手を叩く。帝国勇者級の姉妹が後見人になったってことでちょっと話題になった娘だよ、と言葉を続けた。
いやちょっと待て。アイラさんとリィンさんが後見人になってちょっと話題になった冒険者で、姉妹って、ひょっとして。
「そういえば、エミル君たちも話してなかったっけ? この姉妹」
「名前は?」
「ん?」
「その姉妹の名前は!?」
「うわ、びっくりした。えっと、これこれ、オルとアルっていう美少女姉妹」
思わず立ち上がる。その横ではあらら、とその名前を聞いて目をぱちくりさせているスロウの姿も見えた。
「あ、やっぱり知り合い?」
「ああ」
「エミルがたらしこんだ面々の一体です」
「あー」
「人聞きの悪いことを言うな」
なにか納得したようなお姉さんと変なことを言ったスロウを睨み付けてから、俺は暫し考え、そして盛大に溜息を吐いた。
「まあ、エミルならそうすると思ってました」
「まだ何も言ってないぞ」
「分かりますよ。付き合い長いですし、彼女ですし、愛してますし」
「あらスロウ、それなら悪いけど、あたしも言う前に分かっちゃったわよ」
「ごめんなさいスロウちゃん……ワタシも、分かっちゃったよぉ……」
「むむ。やっぱりアリアちゃんもシトリーちゃんも、ってことですか?」
何がだ。何の話だ。というかこれだけ分かられたということはただ単に俺の行動パターンが読みやすいだけじゃないのか? そんなことを思ったし口にしたが、スロウはぶぅぶぅと唇を尖らせた。
「わたしがエミルのこと一番分かってるのに」
「そりゃそうだろ」
わしわしと芋虫を撫でる。えへへ、とされるがままになっていたスロウだったが、気を取り直して、とぐねりと体を捻ると人型の美少女に擬態した。
「オルちゃんとアルちゃん、心配なんですよね?」
「……まあな」
「じゃあ、依頼じゃないですけど、ちょっと行ってみますか」
「そうだな」
スロウが《テレポート》の魔法陣を生み出す。それじゃあちょっと行ってきますね、とスロウがお姉さんに伝え、アリアとシトリーも連れて、俺達は再度教国へと向かうことにした。