教国である。こないだ来たばかりでまた来る羽目になるとは思っても見なかったが、まあその辺はオルとアルがやらかしたから悪い。
「とゆーか。それならもう最初からこっちで受けておけばよかったんじゃないですか?」
スロウが隣でそんなことを言うが、いやだってまさかあいつらが受けるとは思ってなかったんだからしょうがないじゃないかと返した。というか、そもそもの問題として勇者級以外であんな依頼を受けるような物好きがいるということ自体が。
はいはい、と流される。目的地への道を歩きながら、俺はそんな態度を取ったスロウを横目で睨んだ。
「どーしました? 甘えたいならいつでもいーですよ?」
はい、と手を広げる。違う、そうじゃない。いまのは普通に抗議の視線だろうが。そんなことを述べると、分かってますよと返された。じゃあ何でそんなこと言った。
「エミルといちゃいちゃしたいからですけど。気分転換にどーです?」
「原因はお前だろうに」
「エミルの自爆ですよ。そこは間違えちゃいけません」
それを踏まえてさあどうぞと手を広げてくるが、お前その流れでどうやったら抱きしめる方向になるんだよ。不満げにスロウを見ると、しょうがないですね、と広げていた手を戻していた。
「抱きしめたくなったらいつでも言ってくださいね」
「ならん」
「あ、じゃあアリアちゃんやシトリーちゃんを抱きしめるんですか?」
「なんでだよ」
流れ的に別にそういう方向にはいかない、になるだけだろう。だからアリアもしょうがないわねとか笑いながら言うんじゃない。
「わ、ワタシは、えっと、その……ど、どうぞぉ……」
「だからしないって」
おずおずとハグ待ちポーズをするシトリーを見ながら溜息を吐く。そうなんだ、とホッとするくらいなら最初からやるんじゃない。まったくもう、と再度溜息を吐いた俺は、さっさと行くぞと歩みを進めた。
「シトリーちゃんはホッとしたんじゃなくてガッカリしたんだと思いますけど」
スロウがなんか言ってるが気にしない。アリアもやれやれと肩を竦めているけど、気にしない。
そんなことよりだ。ヤマタノオロチの場所はこっちで合ってるんだろうか。
「依頼書に記入されてた場所はこっちですけど」
もう依頼を受けてしまっているオルアルコンビがいる以上、そこに留まっているかどうかわからないんだよな。これですでに行ったことのある場所ならばテレポートで一発だったんだが、いかんせん未知の場所だ。幸い近くまでは行ったことがあったのでそう時間はかからずに目的地に着けそうではあるが。
そろそろか、と道を行く。魔王級の棲み家、というだけだとイメージ的に森の中とか沼地とか山奥とかそういう感じになりそうだが、意外と普通に道が続いている。そうして暫く進むと、既に人は住んでいないであろう廃教会が目の前に現れた。ひょっとしてここがヤマタノオロチの棲み家なのか、と地図を確認する。
「もっと洞窟とかに住んでるイメージでしたね」
「そうね」
スロウの言葉にアリアも頷く。まあそれはいいとして、というかこの廃教会にあの巨体が住んでるはず無いだろうとツッコミを入れた。棲み家は棲み家だとしても、この周囲にいるだけで中にはいないだろうというのが俺の考えだ。
「でも魔王級ですし、擬態の一つや二つはできるんじゃないですか?」
「……言われてみればそうか」
とはいえ、普段からそんな格好をしているようには思えない、だったら最初の出会いの時点であんな堂々と正体を晒して彷徨いていないだろうし。
そんな俺の考えを裏付けるかのように、何だ何だという声とともに廃教会の裏からのそりと巨体が顔を出した。
「おや、久しぶりの顔ダナ」
九つの首のハイドラ、ヤマタノオロチが俺達を見て笑った。首が九本もあるのでその笑い声が大分うるさい。
「ヤマタノオロチ」
「おう。どうしタ?」
そんなヤマタノオロチに向かい、ちょっと聞きたいことがあると問い掛けた。ここにお前の依頼を受けに来た姉妹が来なかったか、と尋ねた。
「なんだ、お前サンがたあいつらの知り合いカ? ついさっきまでここにいたゾ」
そう言って笑ったヤマタノオロチは、おや、と視線を俺からスロウに向けた。はじめましてだな、とスロウに述べた。
「そーですね。わたしはエミルたちの話でしかヤマタノオロチを知りませんでしたから」
「あん時はヨク似た人間が来てタナ。……お前サン、噂になってた大魔王ダロ」
「分かりますか?」
「見りゃワカル。おーコワ、敵に回したらダメな奴ダナこれ」
そう言って九つ首をゆらゆらと揺らしたヤマタノオロチは、まあそれを差っ引いても、と俺達を見やる。ちょっと見ない間に滅茶苦茶強くなってるな、と笑った。
「これはワシが暴れても討伐されちまうカモな。ハッハッハ」
「暴れる気はなさそうだけどな」
「そりゃそうダ。ワシは酒飲んで笑えればそれで満足ヨ」
そう言って再び笑ったヤマタノオロチは、それで話はなんだったかとこちらを見た。そうだ、俺達は久しぶりにこいつの顔を見て世間話をしに来たわけじゃない。
オルとアル。ここに先に来た姉妹に、一体どんな依頼をしたのか、と問い掛けた。ついさっきまでここにいたと言っていたからには、どこかに向かって何かをする依頼なのは間違いない。
「でも、そんな心配するほどカ? あちらサンは魔王級だったゾ?」
「いやまあそうかもしれんが。お前の依頼ってのが気になったんだよ」
「カハハハハ。まあそうさな、ワシの依頼なんテ聞いたら身構えるわナ」
笑い事ではない。そんなことを視線に乗せると、ヤマタノオロチは更に笑った。いや、笑い事だ、そんなことを述べた。
そうしながら、別にちょっとした調査の依頼だ、と続けた。
「最近きな臭イ場所があってナ。ワシはほれ、こんなんダロ? 調査ってのがどうにも苦手なんダ」
「じゃあ何で勇者級の依頼だったんだよ」
「ワシを見てマトモに会話できる奴となればそうなるダロ?」
まあ、言われてみればそうか。上級冒険者でも魔王級のヤマタノオロチと相対して平然としていられるのは中々いない。そういう意味では魔王級と慣れている勇者級になるのも当然と言えば当然か。
そういう意味では、魔王級と話し慣れている、というよりも魔王級そのもののオルとアルの蜘蛛姉妹が受けたのはまあ結果としてはよかったと言える、のか?
「エミルエミル。まだその場所が安全と決まったわけじゃないですよ?」
「そういやそうか」
「安全ナラ調査になんか行かせねえヨ」
「それも、そうか」
魔王級モンスターとは言え、実力は俺の知っている魔王級達と比べると若干へっぽこなオルとアルが、はたしてヤマタノオロチの求める調査が出来るだろうか。きな臭い場所、というからには、間違いなく危険が潜んでいるはずだ。それこそこないだの――
「なあ、ヤマタノオロチ」
「おう」
「その場所って、どの辺だ?」
「お前サン達もいくのカ?」
「一応だ」
地図を見せろ、と言うので取り出したそれに、一つの首が器用に印をつける。ここからだと結構離れてるな。まあ近場なら自分で見に行くから当たり前なんだろうけど。
それはそれとして。この間の気になっていた王国の僻地近く、というほどではなさそうだが、距離としては微妙なところだ。そこから流れてきた何かが留まっている、と言われればそうかもしれないと頷いてしまうくらいで。
「気になるなら行ってみますか? 多分急げば追い付けますし」
「いいのか?」
「いいも何も。元々そのつもりで来たんでしょ」
「うんうんうん……」
皆に言われ、そうだな、と頷く。じゃあ俺達も行ってみるとヤマタノオロチに伝えると、そのまま廃教会を後にした。
ついさっき、と言っていたからにはそうかからずに追い付くだろう。そう思っていたが、意外と追い付かない。目的地まで急いでいるが、オルとアルの姿は見当たらなかった。
「これ、追い越してるとかいうオチはないですよね?」
「どうかしら。あの二体がここまで一直線に来ていないっていう可能性も全然あるし」
「道に迷った、ってこともあるかもぉ……?」
一旦歩みを緩める。そうしながら、どうしたもんかと頭を悩ませた。
とりあえず目的地に着くまで進んでしまおうか。手っ取り早いのはそれである。もう着いているのならばそれで合流出来るし、まだならばそこで待っていれば何も問題ない。
「あの姉妹が、自分達だけで依頼をこなしたいって思ってると邪魔かもしれないけれど」
まあその辺りはしょうがないわね、とアリアが肩を竦めた。確かにその辺はもうしょうがない。俺達が勝手に乱入してくるだけなので、まあ我慢してもらうとして。
いや、本当に邪魔だと思われるんなら別に見守るだけにするんだけど。
「どっちみち会ってみないと分からないですしね」
スロウの言葉にそうだな、と頷き、俺達は再び歩き始めた。しかし、でも。そんな言葉が俺の頭に浮かんでくる。
「そもそも、あの時のワームの件だってそこが原因だとは限らないんでしょ?」
「まあ、調査の依頼は来なかったってことは、ギルドとしては別にそこが原因と思ってないってことだろうしな」
「だったら、気にすることないんじゃないかなぁ……」
アリアやシトリーの言う通りである。現状あの辺りに得体の知れない何がかいるかもしれない、なんてのは妄想であり、それについての証拠らしきものは何も無い。ギルドが気付いていないだけ、なんて言うのは簡単だが、それも結局妄想の域を出ないわけで。
そうだな、と不安を振って散らした。まあ魔王級が調査を依頼するくらいだから結局何かしらはあるんだろうけれど、あるかどうかも分からない不安と結びつけるのはやめにしよう。
そうして道を進む。流石に調査の目的地は道が舗装されていたりとかするような場所ではないので、木々をかき分けながら足を進めるわけだが。
「誰かが通った跡がありますね」
「ということは、もうオルとアルはここを通ったってことか」
じゃあ何でこれまで見当たらなかったということになるが、恐らく通ったルートが違ったんだろう。まあさっきも言ったように道があるわけでもなし、進み方なんかそれこそ無数にある。
だとしても、ヤマタノオロチがついさっきまでいたと言っていたはずなのに、ここまで追い付かないのはどういうわけなのか。
「ついさっきの感覚が違うんじゃないの? それか酔っ払ってたか」
後者かな。あいつ常に酒飲んでるし。
ともあれ、そうなると既にオルとアルが調査を開始している可能性が高く、向こうが自分達で依頼をこなそうとしているならこっそり見守っていたほうがいいかもしれない。
「別にこっそりする必要はないと思うよぉ……」
「言われてみればそうか」
合流して、助けはいらない、ならそのまま見学していればいい。シトリーの言う通りである。
よしじゃあそれでいこう。そう結論付け、俺は既に通った痕跡のある場所を追い掛ける。目的地まではもう少しで、そこで調査をしているオルとアルがいるはずだ。
「あ、いた」
そうしてガサガサを木々をかき分けた先。そこに、金髪ツインテールのツリ目の美少女、オルと、銀髪ツーサイドアップのタレ目の美少女、アルの二体がなにやら難しい顔をしている光景に出会う。
スロウの声にビクリと反応した二体は、しかし俺達だということを認識すると今度は驚きで目を見開いた。
「エミルさん、どうしてここに?」
ぱぁ、と表情を笑顔に変えてててとアルが駆け寄ってくる。いや、どうしてと言われると、お前達が心配で、という大分ありがた迷惑な答えが出てきてしまうわけなんだけど。
「何? 私達がそんなに信用できなかったわけ?」
まあそうなるよな。俺はそこは素直にごめんと頭を下げた。実際問題、信用していなかったのは事実なので怒りはもっともである。
「おねえちゃん……」
「こればっかりはアルが何と言おうと変わらないわよ」
「まー、そうですよね」
そこの意見を変えてもらうつもりもないので、スロウも素直に頷いている。そうしながら、まあ余計なお節介なんですけど、と二体に述べた。
「どーですか? 調査、すすんでます?」
「あ、はい。まだそこまでですけど」
スロウの言葉を受け、オルが素直に返事をする。鍛えてもらったからか、スロウには懐いてるんだよな、あいつ。
「ふふっ、大丈夫ですよエミルさん。おねえちゃん、エミルさんのことも好きですから」
「そうは思えないけどな」
そんなことを呟きながら、俺もアルに調査の状況を尋ねた。同じようにまだそこまで進んでいないと返したアルは、でも、と顎に手を当てる。
「何も無いってことはないと思います」
「そうね。少なくとも心配の通りの何かはいるわ」
アルの言葉にオルも頷く。そうしながら、もう少し調査の範囲を広げようと提案をして。
ん、と視線を動かした。何かが蜘蛛姉妹の探知に引っ掛かったんだろう。何かが来ます、とアルは告げ、戦闘態勢を取った。
そうして木々をかき分け現れたのはハイドラ。首は五つなので上級レベルだが、生息域この辺だったっけか。流石に教国のハイドラの生息域まで覚えてはいない。それは俺以外の面子も同様のようで、これが調査の異常かどうかは判別がつかない様子である。
「あ、いえ。この辺りにハイドラはいないはずです」
「教国のハイドラの生息域は広いけど、この辺りはヤマタノオロチの影響で住んでいないはずよ」
そう思っていたら、オルとアルがそんなことを言い出した。どうやらその辺りの知識をちゃんと持ち合わせているらしい。帝国住みなのによく教国のこと知ってたな。
「その、ヤマタノオロチのことを調べる際にたまたま」
「魔王級に会うなら事前の準備は必要でしょう?」
成程。なんというか、基本行き当たりばったりな俺達とは偉い違いだな。
ともあれ。この辺に生息していないはずの上級のハイドラが現れたということは、これは異変ということでいいんだな。
「そうなります」
「よし、じゃあ」
「お前は下がってなさい。これくらい、私達だけでどうにかなるわ」
「そーですよエミル。邪魔しちゃダメですって」
抜き放った剣を仕舞う。まあ確かに邪魔は駄目だな。そんなことを思いながら、俺は既に下がっていた面々の下へと歩みを進めた。