とはいうものの。大丈夫だ、と言われたが、本当に大丈夫か? そんなことを思いながらオルとアルを見やる。オルはそんな俺を見てふんと鼻を鳴らして、アルは任せてくださいと笑みを浮かべていた。
「さあ、いくわよアル」
オルが支援をしながらアルに声を掛ける。はい、と元気よく返事をしたアルは、そのまま蜘蛛の巣を加速台にして一気にハイドラへと肉薄した。
「やぁぁぁぁ!」
斬、と首を一本切り裂く。そのまま糸を吐きハイドラと自身を接続すると、そこを起点にして回り込みもう一本の首を切り裂いた。
二本の首を切り裂かれたハイドラが悲鳴を上げ、そして毒霧のブレスを吐き出す。
「させないわよ」
それよりも前に、オルの吐いた糸がハイドラの口を縫い付けた。口を塞がれたハイドラがもがいている内に、アルがチャンスだと攻撃を繰り出す。
嘗めるな、とハイドラが尻尾を振り上げた。が、繋がっている糸を手繰り寄せるようにその攻撃を掻い潜ったアルがそのままハイドラの残った首を切り裂く。
「おー」
スロウがパチパチと手を叩いた。苦戦することなく、オルとアルはハイドラを討伐してしまった。こんなものか、と力を抜いたオルは、お疲れ様とアルに声を掛ける。
「おねえちゃんもお疲れ様。それで、どうでしたかエミルさん」
「ん? いやまあ、コカトリスの時に見ていたから戦い方自体は驚かなかったけど、強さ自体は成長してるな」
「はいっ。ありがとうございます」
そう言って俺に抱きついてくるアル。そんなアルの頭を撫でながら、俺は横のジト目を見た。いや、これは違うだろ。そういうんじゃないだろ。
「そーですか? わたしは違わないと思うんですけど」
「えっと? どうしましたかスロウさん」
「アルちゃんがエミルのこと大好きだって話ですよ」
「あ、はい。そうですね」
ほら、とスロウがこちらを見やる。いや、でもそれはあくまで師匠と弟子みたいな、先生と生徒みたいな感じの間柄だろ。オルがお前に懐いているのと一緒のやつ。
というか、何でオルも俺のこと睨んでるんですかね。
「妹の気持ちを踏みにじったゲス野郎」
「ボロクソ!?」
「おねえちゃん!? 何でそんな」
「アル。あんたもあんたよ。そんなゲス野郎のこと好きになっちゃいけないわ。そいつはね、モンスターとなれば見境なく口説く変態外道なの」
「人のこと滅茶苦茶言いやがって」
流石にそんなことはないだろう。そう思って視線を巡らせたが、スロウもアリアもシトリーも何故か同意するような表情をしていた。え? ちょっと待って。俺ひょっとしてそんな風に思われてるの?
「何よ。この間だってハーピー口説いていたでしょう?」
「あれは」
誤解だ、と言おうとしたが、アローとオーテのことを思い出して何とも言えない表情になる。とはいえ、別に俺としては口説いたつもりなどないし、ただ向こうを見捨てると寝覚めが悪いとかそんな感じだったから助けただけで。
「まあ、エミルとしては口説いてるつもりはないんでしょうけど。だから余計に問題なんですよね」
「そうね」
「うんうんうん……」
むしろなんというか、モンスターに好かれやすい体質的な何かがあるのかもしれない。そんな風に真面目に考え始めたスロウ達を見て、いやなんでだよと思わずツッコミを入れた。
入れたのだが、何故か揃って俺を見ると溜息を吐かれた。オルとアルも同じような状態である。
「とりあえず、アルちゃん。そこのエミルにはちゃんと言っておいたほうがいーですよ」
「え、あ、はい。エミルさん、私、エミルさんのことが好きです」
「へ? あ、ああ、ありがとう」
スロウの視線が厳しくなる。そんなこと言われてもどうしろと。いやあれか、俺にはスロウがいるからお前の気持ちには応えられない、とかそういうことを言えということか。というか、これそこまでの話なのか。
「にぶちん」
「捻くれ者」
「ダメダメだよぉ……」
スロウ達からダメ出しが入る。いやそんなことを言われても。そもそも俺が一番好きなのはスロウだってアルも分かってて言ってるんだろうし。
……分かってるよな?
「なあ、アル」
「はい」
「俺はスロウと付き合ってるし、スロウが一番だし、大好きだし、愛してる。それは、知ってるよな?」
「知ってますよ。でも、好きなんです」
真っ直ぐにそう言われた。そうなると、俺としてもしっかりとそれを受け止めて返事をしないといけない。
そんなことを思いながら、ごめんと口にしようとして。
「わたしが一番なら、まあいーですよ」
「何がだ」
「アルちゃんの好きを断らなくても、って話です」
そもそも、とこの間のハーピー達にすらそういう態度を取らなかったのにアルだけ断るのは可哀想過ぎる、とスロウのお叱りが入った。
いや、だったらさっきまでの反応なんだったんだよ。じゃあ別に好きですありがとうのやり取りで終わって問題ないじゃないか。
「アルちゃんのはちゃんとした告白なんですから、そこはきちんと受け止めないと」
「……そう、なのか」
「そーですそーです」
いやちゃんとした告白ならちゃんと応えなきゃ駄目だろ。向こうのハーピー達はちゃんとした告白じゃなかったから別にって考えなんだろ? 俺の方が合ってるじゃないか。
「あ、あのエミルさん。私、別にエミルさんと付き合いたいとか、そういうわけじゃなくて」
そんなことをスロウと言い合いっていると、アルがそんなことを言い出した。一番になれなくてもいいから、ただ、好きだと、そういう思いを持っているのだと。そんなことを口にした。
「えっと」
「ご、ごめんなさい、迷惑ですよね。こんな」
「いや、そうじゃなくて。ありがとう、そんな風に思ってくれて」
「ふぅん」
「むぅ……」
何でそこでアリアとシトリーがそんな表情をするんだよ。それは勿論アリアちゃんもシトリーちゃんもエミルのことが好きだからです、とかスロウがドヤ顔で言っているけど、まあこいつの戯言に付き合っているといつまで経っても話が進まない。
「というかそもそもの話が脱線してるんだよ。今はここの調査だろ」
そうだ、と思い出す。アルが俺のことを好きだのなんだのって話で物凄い勢いで脱線していたが、本来の目的を達成してもいないのにそれは流石に呑気が過ぎる。
そんなことを言うと、そうでした、とアルは目を見開き、おねえちゃんとオルを呼ぶ。
誤魔化したようにしか見えない、と俺を睨んだオルであったが、まあ調査自体はしないといけないので仕方ないと溜息を吐いて頷いていた。余計なことをしちゃったし、手伝おうかと提案したが、うるさい、と跳ね除けられた。
「別にわたしは、わたしが一番ならエミルがアルちゃんとえっちなことしても咎めませんよ」
「しないしない」
「まあ、アリアちゃんやシトリーちゃんとえっちなことしてからですもんね」
「なんでだよ」
そんな日は来ない。いや、シトリーの古い疑似餌相手にはちょっと来かけたけど。でもあれってお前のせいだろうし。
馬鹿なこと言ってないで調査、の手伝いは別にいいって言われたんだったな。しょうがない、大人しく見学しておくか。そんなことを考えつつ、まあでも確かに蜘蛛姉妹の糸を張り巡らせての調査ならば俺達がするよりずっと効率的だと二体のそれを見て思う。
俺達の場合スロウがメインでサブがアリア、くらいの索敵効率なので、手伝うと言いつつ役に立たない可能性だって全然あるな。
「今のところは、特に――」
ううむ、と糸を張り巡らせていたオルがピクリと反応した。さっきと同じように何かがやってくると身構える。同時に、アルの方にも反応があったらしく、こっちもですと表情を強張らせた。
そうして現れたのはまたしてもハイドラ。さっきよりも多い六つ首のそれが二体、こちらを見やると、しかし視線はすぐに倒れている五つ首のハイドラに向けられていた。
「なっ!?」
「え?」
がばぁ、と二体のハイドラが向かったのはオルとアルにではなく、倒れたハイドラ。その死骸をお互い奪い合うように食い散らかすと、笑うように咆哮を上げた。
そうして六つ首が七つ首へと変化する。そういえば以前共食いで進化してたなこいつ、五つ首となると死骸でもそれなりの成長が見込めるってことか。
しかし七つとなると流石に上級でも上澄み、今の基準だと準魔王級かもしれない。それが二体となると蜘蛛姉妹には少しきついか。
「大丈夫です」
アルが剣を構える。自分達は魔王級モンスター。冒険者のランクこそ上級ではあるが、本来ならばこいつらよりも上なのだ。そんなようなことをオルと共に述べ、彼女は七つ首のハイドラへと挑んでいった。
「支援は任せなさい!」
アルの強化をしつつ、蜘蛛の糸でハイドラを拘束する。それだけではない、首の一つを操るように動かし、同士討ちも行っていた。
そういえば元々そういう能力を持っていたモンスターだったな、オルとアルは。
「はぁぁぁぁ!」
首と首が争っている隙を狙い、アルが七つのうちの一本を切り裂く。さっきの五つ首とは違い一撃で倒せはしないようであったが、それでも十分のダメージを与えているようであった。
そのまま先程のように糸をハイドラにくっつけ、振り子のような移動で攻撃を躱しつつ首を攻撃していく。これなら、と思った矢先、もう一体のハイドラがハイドラごとアルを尻尾で殴り飛ばした。
「きゃぁぁぁ!」
「アル!」
殴り飛ばされたハイドラの方は憎々しげにもう一体を見たものの、すぐに視線を倒れているアルに向ける。くっ、と立ち上がっているアルに向かい、首を一本再起不能されたハイドラが怒りのままに尻尾を叩きつけた。
ぐしゃり、とアルが潰れる音が聞こえた。
「アルっ」
「エミル、駄目ですよ」
「いやでも今の流石に」
「もー。こーゆーときは信じてあげなきゃ駄目なんですからね」
はいあそこ、と尻尾で潰されたアルを指差す。蜘蛛の巣を自身に張り巡らせることで盾のようにして攻撃を防いだアルが立ち上がるところであった。
「アル、怪我は」
「ちょっとだけ」
よし、とダメージをオルが回復させる。ふぅ、と息を吐いたアルは、剣を構え直すと手負いの方のハイドラに攻撃するため蜘蛛の巣を足場に飛び出した。
「っ!?」
そのタイミングでもう一体が再び味方であるはずのハイドラごとアルを薙ぎ倒しにかかる。蜘蛛の巣を吐き、それを足場にすることで回避をしたアルであったが、回避が出来なかったハイドラがそのまま押しつぶさんとこちらに吹き飛んできていた。
オルが蜘蛛の糸を吐く。アルにそれをくくりつけると、思い切り引っ張りハイドラの押し潰しを回避させた。
なにかおかしい、とオルとアルはそこで一度攻撃の手を止める。少なくとも片方のハイドラはこちらを倒すというより、もう片方のハイドラを攻撃しているように見えるのだ。傍から見ている俺でもそう思うのだから、戦っている二体がその結論に辿り着かないはずもなし。
手負いのハイドラがぐりん、ともう片方のハイドラを見た。どうやら先に始末するのはお前だ、と言わんばかりに、もう片方のハイドラへと攻撃を始める。
が、片や手負い、片や無傷。両者の実力が拮抗していたのならば、その状態でどちらに天秤が傾くかはまあ予想通りとも言えるわけで。
手負いのハイドラはそのまま片方のハイドラに倒された。当然もう片方のハイドラも手傷を負っているが、そんなことは気にせんとばかりに倒れた手負いのハイドラを見下ろしている。
そうして、残ったハイドラは倒されたハイドラを捕食し始めた。七つの首が嬉しそうに鳴き、倒されたハイドラを己の血肉へと変えていく。
そんな光景を思わず眺めていた俺は、違う、とオルとアルに声を掛けた。
「捕食を終わらせるな! あいつは」
「もう遅いみたいですよ」
ハイドラの重圧が大きくなる。先程までの七つ首とは比べ物にならない圧が片方を捕食したハイドラから発せられていた。
七つの首が八つになる。それはつまり、上級を、準魔王級を超えたということ。
今回の依頼者であるヤマタノオロチと同じ、魔王級のハイドラに達したということだ。
「どーします?」
「どうするもこうするも」
これは流石に手伝うしかないだろ。そう思い武器を構えようとした俺達を、オルとアルが止めた。もう少しだけ待って欲しい、と述べた。
「魔王級といっても成りたてで、それも手負いでしょう?」
「任せてください。私達だって魔王級です!」
俺達を下がらせ、オルとアルが武器を構える。魔王級ハイドラはそんな光景をちらりと見て、八つの首がニヤリと口角を上げた。
思わず剣を構えかける。それをスロウに止められた。いやだって、とスロウを見ると、ふるふると首を横に振られた。
「任せてって言ってるんですから、任せなきゃ」
「そりゃ、そうかもしれないけど」
ほらほら、と後ろに下げられる。分かった分かったと素直に従いながら、オルとアルに声を掛けた。任せろって言うからには。
「ちゃんと勝てよ」
「はいっ!」
「当たり前じゃない!」