八つ首のハイドラが吠える。さすが魔王級と言うべきか、その方向で木々が揺れ、敵の重圧が伝わってきた。
まあ、しかし。俺達にとってはまあいつものことに近い。そもそも魔王級と言っても成りたてだ。言っちゃなんだが、それこそこの間のユニコーンやバイコーンとか、魔王級コカトリスの方がよっぽど強い。
ぶっちゃけてしまえば、俺達ならば別段問題なく勝てるだろう。
「オルとアルがいけるかどうか」
「まだ言ってるんですか?」
「心配は心配だろ」
ジトー、とスロウに睨まれる。そうしながら、任せるって言ったくせに、とかちゃんと勝てよとか応援してるのにとかチクチク言われた。
そりゃそうなんだけど、だからといってのんびり見られるほど安心もしてないわけでだな。
「そこはちゃんと安心しておきなさいよ」
「そうだねぇ……」
アリアとシトリーからもダメ出しが入る。全員にそう言われたので、俺は大人しく引き下がった。
そうしながら、それはそれとして、と魔王級に成ったハイドラを見る。
「あいつはあいつでおかしくないか?」
「どーゆーことです?」
「いや、同族を倒して成長する、は前倒したハイドラもやってたから知ってるんだけど。なんというか、それが目的みたいな動きしてただろ」
「そうね、こっちを邪魔者と認識してはいたけど、優先順位は同族殺しだったみたいには見えたわ」
「でも、それがどうかしたのぉ……?」
どうかしたか、と聞かれると、少し気になっただけとしか言いようがないんだけど。でもその気になったことが今回の調査に関わってきていないだろうか。そんな風に思えるわけで。
「成程。確か元々この辺にハイドラはいないって話だったわよね」
だというのに現れた三体のハイドラ。しかも上級のハイドラで、加えて同族殺しに共食いをして成長を目論んで。
「三体じゃなかったのかもしれないよぉ……?」
「どういうことだ?」
「ひょっとしてだけどぉ……元々はもっと多くハイドラがいたんじゃないかなぁ……」
「さっきみたいなことをして成長していったから、三体残った、ってことですか」
ふむ、とスロウが頷く。成程、シトリーの予想が合っているならば、確かにこの辺に異常が起きているというヤマタノオロチの話とも合致する。調査の報告としては、後はその痕跡を探せばいい。オルとアルならその手の、多数のハイドラがいた痕跡を探すことくらいは出来るだろう。
「ちなみにスロウとアリアは?」
「あたしはその手のは難しいわね」
「わたしも、ただの痕跡はちょっと厳しいですね」
基本的に作動する罠とか、あるいは動いている目標とか、そういうものならば分かりやすいけれど、と二体は述べる。
そうなると、向こうが戦っている間に痕跡探しをしておくというは駄目そうだな。
「調査の依頼もオルちゃんとアルちゃんが受けたものですし、こっちで勝手にやるのも駄目じゃないですか?」
「それもそうか」
じゃああれを倒してから、余裕がなさそうだったら代わるか。そんなことを思いながら、俺達は向こうの戦いに改めて視線を向けた。あれだけ言っているんだが、このやり取りしている間にやられているなんてことはないよな。
「このっ」
アルの剣が魔王級ハイドラの首を切り裂く。が、一撃で倒すこともなく、そして大ダメージというほどでもないそれを見て、アルは顔を顰めた。流石に魔王級に成ったからにはそれなりの強さを持ち合わせている。果たして蜘蛛姉妹はその辺りをどう切り抜けるか。
「ふぅ。――嘗めるんじゃないわよ!」
オルが糸を吐き出す。魔王級ハイドラの首に糸を繋げると、そのまま人形でも操るかのように手を動かした。向こうの意思とは無関係に首が動き、そして同士討ちを始める。
そういえばあの糸、元々は勇者級であるアイラさんやリィンさんも拘束してたし、同じ魔王級のアリアやシトリーも操っていた。最終的には大魔王級のスロウですら、だ。
となれば、成りたての魔王級の首を一つ操るくらいはわけないのか。
「おねえちゃん!」
「アル、今よ!」
先程切り裂いた首に操った首をけしかける。首と首とが争い合い、残りの首も操られた首を振りほどこうと糸をブレスで腐食させようとするが、それよりも先にアルの攻撃がハイドラの首に突き刺さった。
深々とハイドラの首の一つに剣が突き立てられ、そしてそのまま勢いよく振り抜く。盛大に血飛沫が上がり、ハイドラの首がフラフラと揺れた。
「これでまずは」
首を一本始末した、と息を吐いたそこに別のハイドラの首が突っ込んでくる。噛み千切らんとしたそれを咄嗟に躱したものの、突進自体は食らってしまいアルは盛大に吹き飛んだ。
追撃を行おうとする首に操っていた首をけしかけたオルは、そのままふっ飛ばされたアルへと向かう。ヨロヨロと立ち上がったアルは、けほ、と少しだけ血を吐いた。
「アル!? 大丈夫!?」
「うん、まだ大丈夫。おねえちゃんは?」
「私は別に何の問題もないわ。操っている首も一つだけだし」
そう言いながら、手を動かし別の首の邪魔をする。その隙にアルの回復を、と呪文を唱えているタイミングで、ぶちんと何かが切れる音がした。
首の一つに貼られていた蜘蛛の巣が、残りの首の攻撃で破壊されている。飛び散って操る範囲を増やす効果も持っていたはずだが、それを掻い潜って破壊したのだろうか。だとすると意外と厄介かもしれないな。
そんなことを思っていると、オルが憎々しげに表情を歪める。どうした、大丈夫か、と声を掛けると、ジロリとこちらを睨み付けた。
「大丈夫だから気にしないで」
そうとだけ言うと、再び戦闘に戻っていく。大丈夫な感じはしなかったけど、本当に大丈夫なんだろうか。
「まあ多分蜘蛛の巣が破られたから、でしょうね」
「あの時はわたしたちも止めたのに、今回はけっこうあっさり破られてましたね。どーしてなんでしょう」
「予想だけど、ある程度の強さの相手は任意操作でないと操れないんでしょうね」
じゃああの時、被害者から飛んできた最初らへんの蜘蛛の糸ならぶつかっても操られなかったのか。いやでもそれで動きが制限されるだけだって油断してたらもっと酷い結果になってた可能性があるな。
ともあれ、アルを回復するオルの隙を突いてハイドラは蜘蛛の巣を破壊したらしい。自由になった首は動かなくなった首に齧り付き、そして捕食する。それに合わせるように残りの首も駄目になった首を食らっていった。
そうして食い尽くされた首とは別の場所から首が生える。再び八つになったハイドラは、盛大に吠えるとオルとアルに襲い掛かった。
「なんだあれ? ハイドラってあんなことするのか?」
「普通のハイドラでは聞いたことないわね。魔王級だから出来ることなのかも」
ヤマタノオロチはしなさそうだけどな。アリアの言葉を聞いてそんなことを呟きながら、しかしこれはマズいなと視線を蜘蛛姉妹に向ける。首を一本ずつ倒しても、あの調子だとまた食われて再生されるのがオチだ。そうならないように連続で倒すか、あるいはいっぺんに全てを潰すかだ。
俺達ならその辺は問題なく出来ると思うが、オルとアルでは難しい。それが分かっているのか、二体ともハイドラの攻撃を躱しながら苦い顔を浮かべていた。
「おねえちゃん」
「大丈夫よ。まだやれるわ」
「……うん、そうだね。やれるだけはやらないと」
そんな会話が聞こえてくる。なら、こっちとしても変な手出しはしないほうがいいな。そんなことを思いながら、手を出そうとしていた筆頭が何を分かってるかのようなポーズ取ってんだ、という視線を見なかったことにする。
「でも実際大分やっかいですね。オルちゃんとアルちゃんだと厳しいですよ」
「そうね。決め手のないエミルと未熟なスロウのコンビみたいなものだし」
それは大分酷いことを言っていないか。とアリアを見るが、まあ本当のことだからしょうがないでしょ、と返された。
まあ確かにアルは俺を目標にしていると言っていたから戦闘スタイルは俺に近いが、魔法剣や集中みたいな技を持っているわけでもないし、武器も剛腕の鍛冶師に強化してもらった悪徳の剣と比べるとただの既製品で心もとない。
一方のオルは言わずもがな。スロウの指導を受けたが、スロウと比べると間違いなく劣る。支援の強化でごり押すなんて手法は絶対に無理だ。
「蜘蛛の糸があるから、その分は強いよぉ……」
「それがどう影響するかね」
こうなれば、とオルは蜘蛛の糸をばら撒いているそれらに引っ掛かった首をまとめて操るように手を動かすが、残った首に集中攻撃を受けていた。
「こ、んのぉ!」
強引に操った首で相手の攻撃を受け止める。向こうは攻撃対象が自分の首になったことなど気にせずに、それによって首が駄目になったらまた食らい生やせばいいくらいにしか思っていない様子だ。
再生能力をあてにしたそんな相手の行動を見たオルは、表情を変えることなく真っ直ぐにハイドラを見ていた。まだ勝機がある、と信じている顔だ。
「アル、全力で行くわよ」
「う、うん。でも私、さっきから全力だよ?」
「私が全力で、ってことよ。アルは変わらず、全力で相手を攻撃して」
「わ、分かった」
ギリィ、とオルが歯を食いしばる。蜘蛛の糸を吐き出し、それをハイドラへと放った。
ここまではさっきと同じ。だが、ここからは違う。これまでは首単位で操っていたそれを、ハイドラそのものへと対象を広げていく。巨体ではあるが、かつて魔王級を完全に操ったこともある以上、やってやれないことはない。見ている俺達は、少なくともそう信じている。
ハイドラが吠えた。吠えたが、その体は動いていない。それどころか、首同士で完全なる同士討ちを始めた。己の意思とは無関係に、首同士が争っている。
まだまだ、とオルの背中から蜘蛛の節足が生える。人型の手だけでは足りなくなったらしいそれによって、ハイドラの行動は完全に制御された。
「今よ! アル!」
「うん! はぁぁぁぁぁ!」
同士討ちで傷付いていくハイドラの首を、アルが一つ切り落とす。その勢いを殺さないまま、もう一本の首も切り裂いた。今度は切り落とすまではいかなかったが、深く切り裂かれたそれはぶらりとゆれ、そして動きを止めていく。
ハイドラが吠える。本来ならばこれで首を食って再生するのだろうが、オルによって動きを操られているハイドラにはそれが出来ない。出来ることは同士討ちをすることと、それによってダメージを受けた首が倒されるのを見ていることだけだ。
「これで、終わり!」
そうして活動している最後の一本になったその首に、アルが剣を突き立てる。頭を潰された最後の一本は、そのままぐらりとハイドラの本体ごと倒れ伏した。
ついにで、全力を使い果たしたアルもその場でぶっ倒れる。
「アル! ――あ、れ?」
そんなアルを助け起こそうとしていたオルも、集中が切れたのかぺたんとへたり込んでしまった。
「ったく。お前あの時あんなに魔王級と勇者級操ってたのに」
やれやれ、と肩を竦めながらオルを助け起こす。何で自分なんだ、と抗議をしてくるオルに、いや、アルはお前が助けたいだろ、と返した。
「それはそうだけど、お前に助け起こされたほうがアルは嬉しいでしょ」
「そんなことないだろ、オルに助けられたほうが嬉しい」
そう言い切った俺を見て、ぐ、と唸ったオルは、小さく溜息を吐くと倒れているアルを介抱しに向かった。しっかり、とアルを抱き起こしたオルは、アルが別段何かダメージを受けている訳ではないのを確認してホッとする。
「アル、お疲れ様」
「おねえちゃんこそ、お疲れ様」
さて、目下の異変の脅威である魔王級ハイドラは片付けたわけだが。さっき話していた予測をオルとアルに伝えると、成程、と頷き、じゃあ調査を続けようと立ち上がった。
「ちょっと休んでもいいと思いますよ」
スロウのその言葉を聞き、ではお言葉に甘えて、と二体は座り込む。ふぅ、と息を吐いているところをみると、まあさっきの戦いの疲れが残っているのだろう。
「そういえば」
「ん?」
「私達がやろうとしていたことって、こういうことだったのよね」
オルが魔王級ハイドラの死骸を見ながら呟く。ああ、そういえば魔王級として成長するために別の魔王級――キララを捕獲して捕食しようとしていたんだっけか。そのことを俺も思い出し、そうだな、と返事をする。
「何か思うところでもあるのか?」
「というより、そうしなくても成長はできるんだって思っただけよ」
横のアルもその通りだと頷いている。そんな二体にそれはよかったと返した俺は、そもそも今の状態から成長するために冒険者になったという経緯を思い出していた。そういう意味では、今のところ目的は叶えられていると言ってもいいだろう。
そう考えると、今回の依頼もたとえ怪しくても成長するために、と受けた可能性だってあるのか。そんなことを思い、ちょっと尋ねてみた。
「魔王級が依頼者なだけじゃなくて、内容も現地で話すなんて怪しいに決まってるじゃない」
「でも、勇者級が受けるような依頼だって話だってので、これだって」
承知の上か。まあそれなら、とは思うが、それでお前達に死なれると寝覚めが悪い。
「そう簡単に死なないわよ。スロウさんに修行もしてもらってるのよ?」
ふふん、と胸を張るオルだが、いかんせん今回のことがあると若干心配である。
そして心配といえばこっちだ。俺はアルを見ながら、あんまり無茶はするなよ、と彼女の頭を撫でた。
「でも、頑張らないとエミルさんに追い付けないですから」
「無茶して死んだら何にもならんぞ」
「エミルが言いますか?」
「ぐ」
はい、無茶して一度死んだ馬鹿です。いやまあそういう経験があるからこそ言えるっていう部分があってだな。
そんなことを言ったところでまあ説得力は滅茶苦茶落ちたわけだけど。