さて、これが今回の調査の大本だったのはまず間違いないとして。問題は何でこんなことになっているか、だ。調査というからには、そのへんも一応調べておく必要がある。
調べていない、と調べたけど分からなかったでは結構な違いがあるからな。
「とはいっても」
さっきはああ言ったけど、実際他のハイドラの痕跡とかあるんだろうか。こいつらがお互いに争いあって、捕食をして、そしてここまで強くなった。そういう痕跡が見付かるかといえば。
「さっきまで戦っていた三体のハイドラの痕跡はありますし、とりあえずこれを探ってみましょうか」
「そうね」
ふむ、と蜘蛛姉妹がそんなことを述べる。一応念のためスロウとアリアに頼もうとしたが、同じ結論にしかならないと言われたのでやめておいた。
そんなやりとりをしつつ、じゃあとりあえずハイドラがやって来た方向を探しに行こうと歩みを進める。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ」
「私達がメインなので、私達が行きます」
「そうだったな、悪い」
そこに待ったがかかる。確かにその通りなので素直に頷きオルとアルの後方に回った。
木々をかき分ける、などをする必要もなく、ハイドラの動いた場所はそれで道になっている。そのまま歩みを進めていくと、明らかに何かが起きたであろう広い場所へと辿り着いた。
まあ間違いなくここにハイドラがたむろしていたのだろう。それもこの規模だと三匹で終わりってことはなさそうだ。倍はいたんじゃないのか。
「ここでハイドラが争って、そして成長して、さっきの三体まで減った」
「その減った三体もお互いに捕食しあって、最終的に魔王級一体になった、か」
アリアの呟きにそんなことを加えながら、なんだそりゃ、と首を傾げる。何でそんな状態になったんだろうか、と考える。
が、答えは別段出てこない。そもそもここにいないはずのハイドラがそれだけ集まっている時点でおかしな話だ。
「誰かが呼び寄せた、とか?」
スロウがそんなことを述べる。誰かって誰だよ、そんなことを聞き返すと、誰かは誰かですよという返事が来た。とりえあず言ってみただけらしい。
「でもまあ、実際自然に集まるということはないでしょうし、何か作為的なものはあるでしょうね」
「そーですよ。エミルそーゆところ細かいんですから」
「ぐぅ」
アリアもスロウの意見に賛同を示したので、一気に俺が劣勢になった。じゃあシトリーは、とそっちを見ると、成程確かにと頷いている。まずい。
「オル、アル。お前たちは」
「スロウさんの意見に賛成よ」
「そう、ですね」
そうなると思っていた。まあ俺だってスロウのそれにツッコミを入れただけで、実際問題勝手にここに来るなんてことはまずありえないだろうと思ってもいたし。
「はい、エミル、言うことは?」
「悪かった」
「そうやって素直に謝ってくれるエミルが大好き」
ぎゅ、と抱きしめられる。そうしながら、でも結局その何かは分からないんですよね、とスロウは述べた。
「まあそこだよな」
「ひゃん、もー、おっぱいに顔埋めながら喋らないでくださいよ」
「あ、悪い」
気持ちいいからつい、と変態みたいな感想が口から出掛けて慌てて飲み込む。スロウの胸から顔を上げると、改めて、問題はそこだろうと告げた。とはいえ、皆その辺は分かっているだろうけど。
「え、エミルさん」
「どうした? アル。なにか閃いたのか?」
「わ、私のお、おっぱいも揉んでくれて構いません」
「何の話!?」
唐突過ぎてついていけない。そんな状態になった俺の前で、アルがどうぞ、と俺に胸を突き出してくる。シトリーやスロウには敵わないが、形の良いそれが揉めと言わんばかりに俺の眼の前に。
え? どういうこと?
「エミルがわたしのおっぱいを気持ちよさそうに揉んでたからじゃないですか?」
「人聞きの悪い!?」
いやもしそうだとしても、彼女の胸でスロウも承認しているのだから別に問題はないだろう。ないよね?
一応スロウに聞いてみる。当たり前じゃないですか、という答えが返ってきたので一安心。
というわけで。何がというわけか知らないが、アルも変なことをするもんじゃない。
「まーでも、アルちゃんが許してるんなら別におっぱい揉んでもいーんじゃないです?」
「なんでだよ」
「ど、どうぞ」
「いやどうぞじゃなくて」
そもそもオルが凄い目で睨んでるから。これどっちだ? 妹に恥をかかせるなか? それとも妹に手を出したら殺すの方か?
「……どっちかというと後者ね。でも、アルの気持ちを踏みにじるのは」
「いやここで気持ちがどうたらは違うだろ」
そうね、と頷いたオルはその辺にしておきなさいとアルを止めた。アル自体もちょっと暴走していた自覚はあったのか、オルの言葉を素直に聞く。
「もったいなかった、とか思ってない?」
「なんでだよ」
クスクスと笑うアリアにそんな文句を言ってから、話をいい加減戻そうと言葉を続けた。
ハイドラの出処だ。あいつらがどこから来たか、それを今悩んでいたところだっただろう。
「でも、その辺りは悩んでも分からないと思うよぉ……」
シトリーが至極もっともなことを述べる。考えても答えは出てこない。その応えに見付かる痕跡なり何なりを探し出さないと。
そんなわけで、今回は全員で痕跡探しだ。蜘蛛姉妹の糸やスロウとアリアの探知ではそれっぽいのは引っ掛からなかった。一応ここ以外にも動いた跡は探し出せたが、そのくらいだ。
「んー、でもこれでも結構重要な手がかりになりません?」
動いた跡が、ここから移動した跡なのかここまで移動した跡なのかは分からないが、後者だとすれば。
少なくともどこから来たのか、は分かるってことか。
そういうことならと移動した痕跡を探っていったが、基本的にここから移動した跡だったらしく、手掛かりになりそうなものはなかった。
「あ、でもこれは他より古い移動跡ね。ひょっとしたら」
オルが一箇所を指し示しそんなことを述べる。俺達はその跡を逆に辿って進んでいったが、まあ既に草が生えてしまったりして、進むに連れ段々痕跡が目立たなくなっていった。
とはいえ、ある程度の方角は割り出せた。流石に俺達は教国のことは分からないので何とも言えないが、多分そっちの方向にはハイドラの生息地があるのだろう。
「私達も、そこまでは調べてないわね」
「ヤマタノオロチの周辺のことなら調べたんですけど」
蜘蛛姉妹が申し訳なさそうに述べるが、その辺全然調べていない俺達よりよっぽど優秀である。
とりあえずある程度の情報は集めた。後はこれを依頼者であるヤマタノオロチに報告して終了だ。そんなことを述べ、俺達は来た道を戻る。結構歩いたから、帰るの大変だな。
「じゃなくて、《テレポート》でいいだろ」
「そーでしたね」
ヤマタノオロチのいた廃教会に戻ってくる。俺達の気配を感じたのか、建物の裏からのそりとヤマタノオロチが顔を出した。
「おう、帰ってきたナ。どうだっタ?」
「どうもこうも。っと、その辺の説明は依頼を受けたオルとアルがした方がいいな」
慌てて口を噤み引き下がる。それもそうだ、と九つの視線を蜘蛛姉妹に向けたヤマタノオロチは、じゃあ説明をお願いするぞと述べた。
勿論、とオルとアルはヤマタノオロチに今回の説明をする。本来いないはずの場所にハイドラがいたこと。それらは争い、共食いをしながら成長していたこと。最終的に八つ首の魔王級ハイドラになったこと。
そしてそれを倒し、ハイドラが複数いた痕跡と、それらが来た方角をおおよそ調べてきたこと。その辺りを話し、二体はふぅと一息ついた。
「なるほどナァ。多分ダガ、それは強制的に魔王級を作る儀式ダナ」
「儀式?」
「いや、まあ儀式って言うホド大層なもんじゃないガ。魔物を一箇所に集めて殺し合わせル、そうすりゃ残った一体は勝手に魔王級にナルっていう寸法ダ」
「それ、上手くいくのか?」
「大昔はナ、上手く行ってたんダヨ。今は成功するほうが珍しいカラ、今回はたまたま成功したってだけかもしれんナ」
そう言ってヤマタノオロチは笑う。いや、笑い事じゃないだろ。じゃあ少なくともそういうことをやってる何かがいるってことになるぞ。
それも、わざわざお前の縄張りの近くでやってるってことは、明らかに狙ってやってるってことだ。
「ワシを狙って何をするってンダ?」
「そりゃ、お前を倒して、新しい魔王級になる、とか?」
「別に魔王級の数なんぞ決まっているわけでもナシ。新しいのが増えタラそれでいいじゃねえノカ?」
それはそうなんだけど。けど、何か引っ掛かるんだよな。明らかにヤマタノオロチを狙って魔王級をけしかけようとしていた。そんな気がする。
「あ、じゃあ、こーゆーのはどうです?」
そのタイミングで、スロウが指を立てた。狙う理由はこんな感じ、と言葉を紡いだ。
「人に味方する魔王級を減らしたがっている」
「……ホウ」
「ヤマタノオロチさん、一応教国でも友好的な魔王級の代表ですよね? それを倒して、代わりに別の、人を襲うハイドラが現れたら」
「現れたラ?」
「めんどーなことになるんじゃないかなって、思ったんですよ」
結論が滅茶苦茶ふわっとしている。が、しかし確かにそれは面倒だ。単純に考えても、人の味方をする強大な存在が消えて、人の敵となる強大な存在が増える。それだけでも十分脅威である。
「でも、そのために魔王級を生み出すって、規模が大分大きいわよ」
アリアの言う通り、強制的に生み出した魔王級に襲わせるなんて大規模な作戦、普通は出来ない。出来るとしたらそれこそ、魔王級の中でも更に上澄みの。
「スロウじゃない大魔王級がいる?」
「それは考え過ギだろうナ。魔王級でも強さはピンキリ、ワシみたいなのならやろうと思えばやれちマウ。別に集める魔物は魔王級じゃナイしナ」
「お前がやってて後始末任せたとかじゃないよな?」
「だとしたら最初に言っテル」
まあこいつの性格ならそうか。そうなるとやっぱり別の何かがやってると考えたほうがよさそうだが。
出来そうな心当たりはイゼルブだけど、あいつの周りがそもそもどちらかと言えば人に友好的な魔王級なので、スロウの意見を採用すればあいつには理由がない。むしろ狙われる側になり得る。
となると、まったく別の魔王級がそういうことを考えて色々作戦を練っている、のだろうか。
「まあ、最近人側の魔王級増えたものね。誰かさんのせいで」
「何だよ」
このモンスターたらし、とか言われても。アリアの視線をスルーしながら、俺はヤマタノオロチにそっちは心当たりがないか、と問い掛けた。少し悩む素振りを見せたが、ないな、と九つの首を横に振る。
「そうか。まあ、余計なお世話かもしれんが、お前も気を付けろよ」
「カハハハ、本当に余計なお世話ダナ。が、どっちかというと気を付けるのはお前サンの方ダロ?」
「俺?」
「魔王級を侍らせた勇者級なんゾ、真っ先に狙われてもおかしくないゾ?」
侍らせたつもりはないけど、まあ確かに俺のパーティーメンバーは全員人に友好的な魔王級で、そのうち一体は大魔王級だ。これをやっている相手からすれば消したい相手に名を連ねていてもおかしくない。
「もしそーなら容赦しません」
「そうね。あたしも遠慮なく消し炭にするわ」
「絶対、許さないよぉ……」
スロウもアリアもシトリーも、その言葉に拳をぐっと握る。俺だってそうだ、皆を消そうとしている相手なんぞに手加減してやる道理もない。
「勿論、オルとアルもだ。向こうの好きになんかさせるもんか」
「ふん」
「エミルさん……」
そうオルとアルにも伝えながら、では具体的にどうするかというところまで来ると、まだその相手の全貌も見えてないので対策が何も出来ないということになるわけで。
「口だけじゃない」
ジト、とオルの視線が突き刺さる。いやまあ、それは確かにそうなので申し訳ないと頭を下げた。
そんな俺をまあまあとスロウがフォローしてくれる。エミルはいつも行き当たりばったりですから、とか言ってくれて、っておい。
「それフォローでも何でもないだろ」
「でもホントのことですよ?」
「少しは考えてるっての」
本当ですか、とスロウが首を傾げる。いや、そりゃ、思い返すと割と常に考え無しで行動していないこともないと思うが、いやでも冒険者なりたての頃はもう少し慎重にだな。
「勇者級になってから行き当たりばったりってこと? それはまずいんじゃないかしら」
「流石に、それは、ちょっとだよぉ……?」
アリアとシトリーから追撃が入る。そうだな、思い返してみると、実力が上がっていくにつれて、色々考えることが無くなっていたような気がしてくる。
そう考えると、確かに俺って行き当たりばったりで行動してるな。
「で、でもその結果私達は助かってますし」
「うん、ありがとう」
アルのフォローが身に沁みる。そうだよな、蜘蛛姉妹を生き返らせたのも割と行き当たりばったりだったもんな。うん。
「エミル? えっと? 思ったより効いちゃいました?」
「いいんだよ。俺はそういう奴だから」
「エミルエミル。大丈夫ですよ? そういうエミルがわたしは大好きなんですよ。はい、ぎゅー」
「スロウ……」
お前の一言が原因なんだけどな。そうは思いつつ、愛しい彼女の抱擁に甘えてしまうのも俺の行き当たりばったり加減だろうか。