「そーいえば」
帝都の街に繰り出している最中、スロウがふと思い出したように言葉を紡いだ。なんだどうした、と視線を向けると、いやまあ大したことじゃないんですけど、と述べる。
「その有名チェーン店って実際どうなんです?」
「ああ、そういやマスターの店より安くて味もいいとか言ってたな」
伝聞なので実際にそうなのかは知らないが、客足が途絶えるということは間違ってもいないのだろう。そんなことを思いながらアイラさんとリィンさんの返事を待つと、そうだね、と頷かれた。
「まあ説明するより言ってみたほうが早いんじゃない?」
「そうですね。少し、行ってみましょうか」
そう言って二人は歩き出す。それについていった俺達は、そのまま有名チェーン店のカフェへと辿り着いた。各々適当に注文をして、テラス席に座ってそれを味わう。
うん、成程。こりゃマスターの店は寂れるわ。
「まあ、そこまでマスターの店が酷いっていう話じゃないけれど。この値段でこの味ならそうなるわね」
コーヒーを飲みながらアリアが述べる。そういやお前今日は紅茶じゃないんだな、と問い掛けると、向こうとの味比べだもの、と返された。
「でも、紅茶の方も気になってくるわね」
「あ、じゃー頼みます?」
スロウの言葉に、そうね、ともう一杯紅茶を注文するアリア。そうして提供された紅茶を飲んだアリアは、成程、と深く頷いた。
「これはマスターの店は駄目ね」
「ばっさりいったよぉ……!?」
「まあでも実際、マスターも改良しているのはコーヒーくらいだしね」
「メニュー全般の改良が出来なければ状況は変わらないでしょうね」
リィンさんもアイラさんも別段マスターのフォローをしない。実際手伝いをしている身としてはその辺りを実感しているんだろう。
しかしそうなるとマスターの店は今のまま、寂れっぱなしということになるわけだが。
「別に言うほど寂れてもいないわよ」
「私達もお手伝いしてますけど、それなりに人は来てますし」
コーヒーを飲みながらオルとアルがそんなことを述べる。が、まあそれは看板娘が可愛いからだ、とリィンさんが返していた。さり気なく自画自賛したかこの人。
「私達じゃないよ。オルちゃんとアルちゃん」
「そうですね、オルさんもアルさんも大変可愛らしいですし。私達は既に看板娘としては機能していませんもの」
勇者級が暇つぶしに給仕してる、くらいの物珍しさでしかなく、きちんと看板娘として機能しているのはオルとアルの二体だと二人が述べる。
そうだよね、とリィンさんが俺に振る。何をだ、と首を傾げると、オルとアルが可愛いという部分についてらしい。
「いやまあ、そりゃ、オルもアルも可愛いのは間違いないしな」
「ふぅん」
「ありがとうございます、エミルさん」
「ちなみにですけど、エミルの評価って蜘蛛姿も含めてですからね。あーあ、いつのまにこんなモンスターたらしになっちゃったんですかね」
「……ふ、ふぅん」
「あぅ。ありがとう、ございます、エミルさん」
ジトー、とスロウがこちらを見やる。いや、だって普通のでかい蜘蛛モンスターと比べると可愛い蜘蛛だろ? 別に俺はその蜘蛛姿に欲情してるとかそういう話じゃないし、何よりそういう意味ではお前の芋虫姿にしか欲情しないぞ。
「アリアちゃんの蛾姿とか、シトリーちゃんのアリジゴク姿とかもですか?」
「だから何でそこでアリアとシトリーを引き合いに出すんだよ。しないしない」
「えっちなこと考えるのは人型の時だけ、と」
「言ってない言ってない」
いやまあ、しないとも言ってないが。今回の模擬戦だって不可抗力ではあるがシトリーの胸を思い切り揉んでしまったし。そこはまあほら、俺だって健全な青少年なので勘弁して欲しいというかなんというか。
話を戻そう。えっと、なんだっけ? オルとアルが可愛いって話だったっけ?
「まあ、そーですね。だから看板娘としてマスターの店の売上に貢献してるけど、逆に言っちゃえばそれ以外の要素で勝ってるとこないって話です」
「ボロクソ言うなぁ……」
いやまあ以前俺達がちょっと手伝った時も似たような状態だったし、まあそういう意味では変わっていないと見ればいいのか。
とはいえ、別に致命的になっているわけでもなし、そもそもマスターの道楽でやっているような店だ。今の状態でも問題ないだろう。
「いーんですか? 手助けとか」
「何でもかんでも助けてたらキリがないだろ。それに変に客が入ってオルとアルが忙しくて冒険者やれないってなる方が問題だろうし」
「まあ、確かに今くらいの状態が丁度いいのはあるわね」
オルが自身の状況を思い返しながらそう述べる。アルもそれに頷いていたので、現状意地で問題ないだろう。
一応その辺はどうなんだ、とアイラさんやリィンさんに尋ねてみたが、まあ大体俺達と似たような結論であった。これでも勇者級だし、カフェの手伝いだけやっているわけもいかないし。そんなことを言いながら、なのでマスターには諦めてもらいましょうと話を締める。
こうしてマスターのカフェ改良計画は何も始まらず、俺達はそのまま食事をし、そして解散することになった。また遊びに来てね、とリィンさんに言われ、勿論、と俺達は返す。
「あ、それはそれとして。武器壊しちゃったけどよかったのか?」
「あぁ、平気平気。今のところ特に緊急の依頼もないし、それこそマスターのカフェでも手伝いながらのんびり修理を待つよ」
「ふふっ。それでも、もし気にしているのでしたら、何か依頼が来た時に代わりに受けてもらいましょう、なんて」
「まあ、それくらいなら」
いいよな、とスロウとアリア、シトリーに聞く。別に変な依頼はいつものことですしね、というスロウの言葉に頷いた二体も、別段文句はなさそうであった。
一方、そうやって聞いた方のアイラさんがむしろ驚いていた。リィンさんも同じく、そんな簡単に受けちゃっていいの、と目を丸くしている。
「別に、じゃあ変な依頼受けさせてやろうとかそういうこと考えてるわけでもないだろうし。本当に必要な依頼なら全然問題ない」
そうそう、とスロウ達も頷く。そんな俺達の言葉を聞いた二人は、じゃあもし何かあったら遠慮なく頼らせてもらう、と笑みを浮かべた。
「まあ、よっぽど何も無いと思うけどね」
で、二日後。
「よっぽど、なんですかね?」
「微妙な感じだよぉ……」
村のギルドでいつものようにだらけていた俺達に、お姉さんが依頼が来てるよ、と渡される。元々帝国の勇者級に依頼しようと思っていた依頼らしく、アイラさんとリィンさんから謝罪の連絡も一緒につてきていた。
が、いかんせん内容が内容である。これ本当にそんな必要な依頼なんだろうか、と首を傾げてしまうのもやむなし。
「伝説の茶葉の採取、ねぇ」
依頼内容をもう一度確認する。帝国のとある場所に生えているとされる茶葉を採取してきて欲しい。もし可能ならば、苗木もあるとよし。そういう依頼で、まあ場所が場所なだけに危険度が高いというのは分からんでもない。
が、これ勇者級に頼む仕事なのか? なんというかお偉いさんの道楽に使われているような気配がプンプンするような。
「まあでも伝説ですし、大変なんじゃないです?」
横の我が可愛い芋虫が多足をワシワシさせつつそんなことを述べる。いやまあ大変なのは分かるよ。伝説って付いてるからには相当貴重なものなのも分かる。でも、さっきも言ったが道楽感が凄いんだよな。そんな急いで用意させなきゃいけない理由がどこに。
「依頼主は帝国って書かれてるわね」
「本気でお偉いさんの道楽か?」
帝国表記で終わってるということは、皇帝ないしはその血族関係ってことだ。とりあえずリベルト皇子ではないだろうと思うが、いやでも隠れ潜む百花のためならアホなことやりそうだしなあの人。
ともあれ。申し訳ないけれど、とこちらに回ってきたこの依頼、受けないという選択肢はない。アイラさんとリィンさんの二人と約束もしたし、まあ依頼主が厄介なのはそうだが、依頼自体はそこまで難しいものでも。
そう思っていた矢先、スロウがあれ、と声を上げた。
「どうした?」
「いや、んー。成程、これ、確かに勇者級じゃないと大変な依頼かもしれないですね」
「どういうことだ?」
「これですこれ」
これ、と多足がぶに、と差した箇所はその茶葉のある場所だ。帝都から少し離れた場所のある森林地帯、そう記されているが、ここの何が問題なんだろうか。というかこんな近場に伝説の茶葉があるのかよ。
「エミル、覚えてないんですか?」
「何を?」
「ここ、隠れ潜む百花さんの棲み家だった場所です」
何だと? と記された場所を地図で確認する。が、そういえば帝都の居城を妖精姫とリベルト皇子のコネで一直線に進んだからかいまいちピンとこない。その辺は《テレポート》が使えるために空間把握能力もあるスロウならではだろう。
それはそれとして、隠れ潜む百花の棲み家ということを知った途端、確かに非常に厄介な依頼の予感がひしひしと伝わってくる。
「でも確か、入り組んでいてモンスターがうろついているけどほとんど中級って話だったわよね」
「めんどくさそうではあるが、まあそのくらいならいけるか」
「わたしたちの場合、隠れ潜む百花さんの棲み家のあった場所までなら《テレポート》で一発ですしね」
そこに生えているってわけじゃないだろうから、まあそこから探すにしても。息を短縮できる時点で大分楽だ。そうなるとやっぱり面倒ではあるがそのくらいなら、と言う感想は変わらないな。
「あ、でもぉ……」
「ん?」
「ここ、追加注文があるよぉ……」
依頼をする際の注意、と記されたそこをシトリーが指差す。何だ何だ、とそこに記された文を読んで、俺は思わず目を見開いた。
「えっと? 木属性頂点の棲み家の状態を保つため、この依頼は不殺を徹底すること。……うわ、めんどーですね」
そういえば隠れ潜む百花って後々面倒だからって理由で基本殺しをしないんだっけか。それはそれで面倒なんじゃないかと思うんだけど、あいつの考えなんか分かりたくもないからまあ置いておいて。
そんな隠れ潜む百花の住んでいた環境を保全するためにこの依頼も殺しをしないようにしなければいけない、と。
「いや何でだ? 別にもうあいつ帝都の居城でリベルト皇子と一緒に住んでるだろ? あっちの棲み家とか関係ないだろ」
「何でも、そこの空間は木属性頂点が住んでいたことによって特異な空間になっているので、できるだけその空間は保全しておきたい、というのが帝国の説明らしいね」
依頼書に添付されていた資料を読みながらお姉さんがそんなことを述べる。これまた大変だね、と呑気に述べるマイア姉さんにジト目を向けてから、俺は溜息を吐いた。成程確かにこれは面倒で、勇者級向けの依頼だ。
まあつまり圧倒的な強さを持っていないと、その空間で不殺なんかやってられない、というわけだ。
「まあ後は、帝国側としては隠れ潜む百花様を抱き込んでおきたいとは思ってるでしょうけど。今彼女が帝都の居城にいる理由はリベルト皇子がいるからだもの」
成程、リベルト皇子が城から離れれば隠れ潜む百花も城からいなくなるし、リベルト皇子に何かあれば棲み家に戻る可能性だってある。その時かつての棲み家が荒れていたら。
……どうもしない気がするけどな、めんどぉ、とかいってそのまま居着く気しかしないぞ。
「わたしはエミルと一緒に生きて死にますから、その辺は無縁なんですけどね」
何か今のところに感じ入るものでもあったのだろうか。スロウは、そういうことなら仕方がないという方向に舵を切ったようだ。
「隠れ潜む百花さんのめんどぉ、って案外そーゆーことだったのかもしれないですね」
しみじみとスロウが述べる。そうしながら、俺にがばりと抱きついてきた。いきなりどうした、多足がワシワシしてくすぐったいぞ。
「エミル。エミルはわたしを置いていなくなったりしないですよね?」
「だからどうしたんだよ。いなくならないって。俺はお前と一生一緒にいるよ」
「本当ですよ? 約束しましたからね? わたしより先に死んだから嫌ですからね」
「もう既に先に死んでるけどな」
「だからそーゆーのをやめてくださいって言ってるんですよ!」
そう言いながらもぞもそと動き、抱きついたまま俺にキスをした。芋虫の口内のねっとりとした感触が俺の口に伝わり、思わずスロウを強く抱きしめる。
「んっ、エミルぅ」
「スロウ……!」
「一応ここギルドの中なんだけどね」
「それ以上やるなら場所変えなさいよ」
「流石に、だよぉ……」
あ、と気付いて離れる。その拍子に繋がっていた口からつつっっと唾液の糸が垂れた。それを拭いながら、ええっと何の話をしていたんだっけか、と咳払いをした。いや今の流れは俺もよく分かってないんだけど。なにがどうなってこうなったんだ?
「あんたは多分無縁な話よ」
「そうだねぇ……」
「は?」
アリアとシトリーがそんなことを言う。どういうことだとお姉さんを見ると、見守りモードに入っていて何も言う気はなさそうで。
じゃあ、と再度二体を見ると、笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「ま、とりあえず。あたしもあんたには先に死なれたくないわね」
「ワタシも、エミルくんとはずっと一緒がいいよぉ……」
「いや、まあ、そりゃ俺もそうだけど。さっきから何の話なんだこれ?」
隠れ潜む百花とリベルト皇子の関係が俺達の何かと関係してるのか? 分からん、と首を傾げる俺を見て、まあ分からないならそれでいいとアリアもシトリーも、そしてスロウを頷いていた。