第十九話
ぐんぐんと遠くなっていく地面を見ながら、俺は改めて今回の依頼が割ととんでもないことであることを実感していた。
フォーマルハウト公爵領へ向かい、アンゼリカ公爵令嬢とセフィの会談、というとちょっと大仰かもしれないが、お茶会の護衛兼説明役として同行する。というものなのだが。
「うわー、凄い凄い! 空ですよ空!」
「流石にあたしもここまでは飛べないから、新鮮ね」
「高いぃ……」
これである。緊張感ゼロの虫どもを見ていると、変に気合を入れている俺がアホみたいだ。まあ実際余計なことを考えているアホなのだが。
ちなみに、今いる場所は大空。運送業の竜種の伝手のあるセフィが手配した飛竜籠だ。結構老舗のものらしく、滅茶苦茶快適である。
「元々ベルンシュタインの魔道具の腕を買ってくれていた業者さんなのですよ。なので、今でもこうやって移動の際にはお世話になっています」
そういうことだ、と籠を運んでいる竜のおっさんも豪快に笑う。どうやらこの竜割とお偉いさんらしく、セフィのお祖父さんの頃からの付き合いだとかなんとか。セフィーリアの嬢ちゃんの頼みとあれば、なんて言っていたからまあそりゃそうなんだろうけど。
そんなわけで。本来ならば馬車で何日、とか掛かる道のりを飛竜籠を使うことであら不思議、一日でいけるように。まあそれでも結構な距離だ。なんせ王都を挟んで真反対だからな。
「途中で休憩も挟みます。流石に無理はさせられませんので」
「ははは。こちとら生涯現役だぞ。まあ、お言葉に甘えるがな」
セフィの言葉に竜のおっさんがそう返し、じゃあもう少ししたら一旦地上に降りるぞと宣言した。ベルンシュタイン公爵領を越え、王都も越え、大体道程の半分くらいまで来ただろう辺りで、一度休憩を挟むことになった。王都からほど近い宿場町、馬車も飛竜籠もちょくちょく止まっているところを見ると、そういう拠点として有名なのだろう。
竜のおっさんはおっさんで休むらしいので、俺達は俺達で別行動だ。宿場町を歩き、適当な場所で食事でも取ろうと店に入った。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、ここから……ここまで、欲しいかなぁ……」
無言でチョップを一発お見舞いした。痛いぃ、と涙目でシトリーがこちらを見てくるが、知らん。初見の食事処で全メニューをいきなり頼むな。さっきまで空の高さにピーピー言ってたくせに。
「怖かったから……お腹空いたんだよぉ……」
「だからってなぁ」
「あと、入るのは初めてだけど、見るのは初めてじゃないよぉ……」
どういうことだ。常識的な範囲に――と言っても三人前くらいだが――抑えて注文を終えさせたところで、シトリーがそんなことを言い出した。そのまま問い掛けると、だって、とこいつは口を開く。
「ワタシ……元々フォーマルハウト公爵領が、生息地だったんだよぉ……」
「……そういや、そうか」
そこで無理矢理餌付けされてベルンシュタイン公爵領まで野盗団と一緒に移動してたんだっけか。まあ普通に考えてこんな場所に野盗が入るわけないだろうから、見てただけ、ってことだな。うん、そういうことにしておこう。何か余計なエピソードが入りそうだったので、俺はそこでシトリーの話を打ち切った。こいつぼっちエピソードをなんてことない思い出みたいに話す時があるから反応に困る。
ともあれ。食事をしながら、俺はセフィにところで、と声を掛けた。
「フォーマルハウト公爵領って、どんな感じなんだ?」
「今聞くんですね」
「しょうがないだろ。出発のごたごたとか飛竜籠のインパクトとかで全部吹っ飛んでたんだよ」
「まあそうね。あたしもその辺失念してたわ」
そういうわけで、とセフィにもう一度問い掛ける。が、どのような、と言われてもと少しだけ困ったような表情を浮かべた。
「同じ王国内ですし、そこまで極端に気候などが変わることはありませんよ」
「それはそうだろうな」
「ですが、そうですね……。あちらの領、フォーマルハウト公爵領の城下町は海が近い場所にあります」
海か。俺の村にもベルンシュタインの城下町の方にも海はない。ちょっとした旅行をしない限りそのへんとは無縁だったので、正直海に行ったことなど一回あるかないかくらいだ。スロウにいたっては多分一回もないだろう。
「アリアはどうなんだ?」
「あたし? 別に行ったことはあるけど」
アリアンロッテと海はそこまでピンとこなかったらしい。なので、行った回数も俺と同じくらいだとか。となると、この中で一番海に行っているのはやはりセフィということになるだろう。
「私ですか? 聖女見習いとして冒険者をしている時も、公爵令嬢として活動している時も、その両方で海には行ったので、確かにそうかもしれませんが」
「ちょっと待った、だよぉ」
そこに割り込んだのがシトリーである。流石にここは譲れないとばかりに、えっへんとデカい胸を張った。
「ワタシはフォーマルハウト公爵領にいたから、海はかなり知ってるよぉ……」
「何で森住みのトラップレシアが海をかなり知ってるんだよ」
「海は……美味しいものがいっぱいあるからだよぉ」
曰く。森だと独りで餌場に常駐も出来ず、あまりいい獲物にも出会えない。なので、頑張って海に向かったことがある、らしい。いやそれ一回しか行ってないだろ。
「二回は行ったよぉ……」
「俺達よりは上だがセフィには敵わんだろ」
「むぅ……言われてみれば、そうかもぉ……」
「ふふっ。ですが、そうなるとフォーマルハウト公爵領の海はシトリーさんの方が詳しいかもしれませんね」
まあ確かに現地に行っているんだから、詳しいと言えば詳しいか。だとしても、こいつの持ってくる知識ってぼっちエピソードか食べることだけだぞ。
とか思っていたら、予想通りの答えが来たのでほら見ろとばかりにセフィを見る。そもそも、いくら見た目がカニとかだとしても水棲系モンスターを食う話をされてどうしろと。
そんなツッコミをしていると、セフィはでも良かった、と呟いた。
「変なことをしてあの方に見付かっていれば、ただでは済まなかったかもしれませんから」
「あの方?」
セフィの言い方的に、ある程度の地位のある人物か、あるいは単純に上位存在か、そのどっちかであると察せられる。そんなことを思いながら問い掛けると、お察しのとおりですという答えが返ってきた。
「フォーマルハウト公爵領には、水属性の最上位が住んでいるのです」
「マジか……」
「最上位っていうと、月の大聖女さんと同じ感じですよね」
「あー……あたしはもうあの手のには会いたくない」
「同感だよぉ……」
スロウの言葉で何かを思い出したのか、アリアとシトリーがげんなりとした表情を浮かべる。まあそれもそうか、セフィの勧めで会った月の大聖女に、せっかくだから貴女達とも模擬戦しましょう、とか言われて戦闘してたしな。あの魔物、少女の見た目の割に性格は生えてる翼腕寄りなんだよなぁ。
話が逸れた。今問題なのは月の大聖女が見た目より脳筋武闘派だったことではなく、フォーマルハウト公爵領にいるらしい水の最上位の方だ。
「うぇ!? 水の最上位……いたのぉ……?」
「はい。とはいえ、最近は陸の方で暮らしているということでしたので、海で出会うのは稀かもしれませんが」
「何だかよく分かんない感じですね、水の最上位」
スロウの言うのも一理ある。水属性の最上位なのだから、おそらく水棲系の魔物なのだろうと予想はしたが、しかしそうなると陸で暮らしている、というのがおかしくなる。いや、最上位となると魚だろうと陸でもいけるのか。まさかな。
「あの方の種族は間違いなく水棲系ですわ。見た目は……ヤドカリの殻を持ったタコ、でしょうか」
「がっつり魔物だな」
月の大聖女が割と人型だったので、他の最上位もそんな感じかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。しかし殻を持ったタコか……その中に入ってるから陸でも生活出来るとか、そういうやつか?
「あら、エミルさん、知っていらしたのですか?」
「は?」
「水属性最上位、
適当な思い付きだったのがあっていたらしい。勿論知らないのでその旨を話すと、そうだったのですね、と微笑まれた。そうしながら、流石ですと続けられる。
「今褒められるところあったか?」
「会話から導き出せる洞察力と勘は冒険者にとってなくてはならないもの。そうではなくて?」
「いやまあ、そうかもしれんが」
「セフィちゃん先輩の言う通り。素直に褒められるといーと思いますよ」
スロウにも言われたので、しょうがないとその評価を受けることにした。が、まあそんなことは置いておいて。
つまり今フォーマルハウト公爵領に行くと。殻の中で生活している水属性最上位、傀儡人形とかいう魔物とばったり遭遇してしまう可能性がある、ということになるのか。
「ふふっ。そんな心配なさらなくとも、月の大聖女様と同じく、お優しいお方です」
「うん、じゃあ絶対信用出来ない」
「流石にセフィーリア様の言う事だとしても、今回はあたしもエミルと同意見」
セフィのその言葉を聞いて絶対に遭遇しちゃいけない、と心に決めるくらいには信用出来ない。アリアですらそう言うくらいなんだ、よっぽどだぞ。
月の大聖女と同じ、だとすると絶対厄介事なんだよ。あるいは、セフィの中であれを穏やかと評するのならば、とんでもない相手なので優しいと評している可能性すらあるわけで。
「そこまで言わなくとも……」
「もー。セフィちゃん先輩が可愛そうじゃないですか」
いやスロウ、絶対苦労するの俺達なんだからな。分かってるのかそこんとこ。
そんなこんなで休憩も終わり、再び飛竜籠で大空に舞い上がり、今度こそフォーマルハウト公爵領へと辿り着く。口で言うのは簡単だが、何だかんだその後もそれなりに時間は掛かった。早朝に出発したが、休憩も挟みフォーマルハウトの城下町に辿り着いたのはもう夕方。竜のおっさんに別れを告げ、さて今からどうするかとみんなを見る。流石にこれからフォーマルハウトの城へと向かうのは無理があるだろう。
そうは思ったが、セフィは大丈夫です、と俺の問い掛けに返す。どういうことだと彼女の視線の向いている先を見ると、そこには一人の女性が。年齢からすると俺達より少しだけ上だろうか、そうなるとむしろ少女か。海の浅瀬のような水色の髪をギブソンタックにしつつ横髪を残しており、その瞳は墨のように黒い。顔立ちは優しげではあるものの、しかしどこか怪しさも感じる美貌で。
ともあれ、その女性はお迎えに上がりました、とセフィを見て頭を下げる。すると、セフィはそれを見て少しだけ慌てるような仕草をした。
「そんな、か――い、え、大丈夫ですので、気になさらないでください」
何か言いかけたセフィが、女性の顔を見て慌てて口を閉じた。代わりに出したのは当たり障りのない言葉。なにかマズいことでも言いそうになったのだろうか。セフィがそんなことをするようにも思えないが。
「では、改めて。セフィーリア様、そして、エミル様、スロウ様、アリア様、シトリー様ですね。我が主がお待ちです。ご案内いたしますわ」
そう言うと近くの馬車に俺達を案内し、こちらにお乗りくださいと促す。その際ちゃぷん、と何か液体が揺れる音がした気がして、俺は思わず足を止めた。
「エミル、どーしたんですか?」
「いや……気のせいか」
まあ海が近いって言うし、そういう音もするんだろう。そんなことを思いながら馬車に乗り込む。セフィが俺の今の反応で一瞬目を見開いていた気がしたが、勘違いだったのだろうか。
まあ、何にせよ。城下町で宿屋を探すということもする必要なく、俺達はそのままフォーマルハウト公爵家の城へと案内された。流石にきちんとした会談、もとい、お茶会は翌日以降になるということで、ひとまず顔合わせだけでも、という形で談話室に通される。
部屋の中には既に先客が一人。海のように透き通った青い髪をセミロングにした、宝石のような緑の瞳の美少女が、穏やかな笑みを湛えながらそこにいた。そうして、お待ちしておりましたと声を掛けてくる。
「お久しぶりです。この間のお手紙は大変有用でした、ありがとうございます」
「いえいえ。セフィーリアさまのお役に立てたのならば結構なことですわ」
セフィが声をかけ、相手が答える。そのやり取りで、まあ言わずとも理解した。が、向こうは律儀にこちらを向き、お初にお目に掛かりますとカーテシーをする。
「アンゼリカ・フォン・フォーマルハウトと申しますわ」
そうして笑みを浮かべたたままのアンゼリカ嬢は、そして、と視線を俺達の後ろに向ける。ゆっくりとさっきの女性が部屋に入ってきて、そして彼女の横に立った。
これはどういうことだ。さっきの人は案内役とかではなく、彼女の腹心とか専属侍女とか、そういう立ち位置だったりするのだろうか。向こうに、アンゼリカ嬢の横に立つまでの間にもまたちゃぽん、という音を聞いて不思議に思いつつ、しかしそれ以上の疑問があるので頭からこぼしつつ。
「そして、こちらはわたくしの
「傀儡人形よ。改めてよろしく。変わった魔物御一行とお目付け役の捻くれ者さん」
そう言ってパチリとウィンクをする女性――傀儡人形を見て、俺はこう思わずにはいられなかった。
いきなり向こうから接触してくるのは反則だろ、と。
名前はちょっと迷ったけど結局このままで