目を回している花カマキリから少しだけ葉っぱを頂戴する。これが茶葉になるのか、はさっぱり分からないが、一応貰っておくのに越したことはないだろう。まあ採取依頼だったのだからそこら辺は問題ないとは思うが。
そんなことを思いながら、俺達は歩みを進める。今度こそ邪魔者はいなくなったようで、程なく目的地に辿り着いた。ハーブとはまた違う香りのする茂みが目の前に広がり、どうやらこれがその目的の茶葉とやらであることを示している。
とりあえずこれを採取すれば問題ないだろう。ちゃんとした茶葉になるかは向こうの加工次第、だと思うし。
そうして手に入れた道中の茶葉、目的地にあった茶葉、フラウマンティスの葉っぱ、の三種類を持ち、クーヤに挨拶をしてからギルドに戻った。マスターにそれらを渡すと、成程、と頷かれる。
「まあこれなら向こうもある程度納得してくれるだろう」
「ある程度なのか」
「伝説って意味合いは、まあそこでしか取れないから貴重って部分が大きいからなぁ。味は二の次って感じだし」
「じゃあこれ、そんなに美味しくないんですか?」
「いや、茶葉としては間違いなく最高級品だ。特殊な環境で育っているからだろうね」
「だったらいいじゃない」
アリアの言葉にまあなとマスターは返す。要は向こうの期待値以上の何かを持ってこられたかどうか、という部分が少し不安だということらしい。
そんなこと言われても、それこそ隠れ潜む百花の弟子であるクーヤから教えてもらった茶葉だからな。信憑性としては十分だろう。
「確かに。その辺を伝えれば問題はなさそうだ」
そんなことを言いながら、ところで、と一つの茶葉を指し示した。茶葉、と言えるかどうか分からないそれ、フラウマンティスの葉っぱを見ながら、これも提出するのかと問い掛ける。
まあどうせだし、一応。そう答えると、マスターは苦い顔を浮かべた。お偉いさんを怒らせるのではないかとさっきとは別の不安があるらしいが、そう思うならちょっと試しに淹れてみればいいんじゃないかと思う。別にこれ自体は伝説の茶葉に相当するものじゃないだろうし。加工しなくても、ハーブティーの要領でなんとかなるんじゃないのか。
「……ちょっと試してみるか」
花カマキリの葉っぱを少しだけ使い、ハーブティーっぽいお茶を淹れる。カフェのマスターをしているだけはあり、その辺りは手際よく済ませたマスターは、ほらどうだ、と俺達にそれを振る舞った。
どれどれ、とカップを手に取る。あ、意外といい香りがする。
「……美味いなこれ」
「おいしーですね」
俺とスロウが一口飲んでそんな感想を零す。アリアとシトリーも、同じようにお茶を飲むと、美味しいという感想を口にした。
あれ? ひょっとしてこっちが伝説の茶葉だったりするのか?
「いや、そうと分かっていたら最初から別の依頼になっているはずだ。だからあくまでこれは思わぬ副産物として考えればいい」
「成程。でも植物モンスターの葉っぱがハーブティーみたいになるなんて、意外だな」
「そうでもないさ。あの手のモンスターは獲物をおびき寄せる方法を持っていたりするだろう?」
フラウマンティスはあまりそういうことをしないが、花部分がそういう意図を持っていても不思議じゃない。そんなことを続けたマスターの言葉を聞いて、俺はふと思ったことを口にした。
じゃあ例えば、トラップレシアもそうなんだろうか、と。
「ふぇ……!? え、エミルくん……!?」
「あ、いや、別にちょっと思っただけだ」
「えっと、その、わ、ワタシは別に、エミルくんのためならぁ……」
「あ、でも防具の素材になるくらいだし、流石にそれはないか」
「……試してみてもいいよぉ……」
「え? 何? 何でむくれてるんだシトリー」
ぶすぅ、とした表情でそんなこと言われても。というか珍しいなシトリーがそんな表情するなんて。そんなことを思いはしたが、スロウとアリアがこいつどうしようもないな、という目で俺を見ていたので口にはしなかった。
いやまあ、俺が何か余計なこと言ったからってのは分かるよ。分かるけど、じゃあ何が余計なことだったのかが分からないわけで。防具の素材にもなるし、お茶にもなる、凄い葉っぱだな。とか言えばよかったのか?
そんな俺の疑問をよそに、シトリーは自身の本体であるアリジゴク花から葉っぱを何枚かちぎり、これで、とマスターに手渡していた。マスターはそれを素直に受け取り、捻くれ者で鈍感とくればどうしようもないよな、と俺を見て笑う。何かボロクソ言われている気がする。
そうしてさっきのフラウマンティスと同じように作られたシトリーのお茶が運ばれてくる。俺の前に、だ。他の面々の前には置かれていない。まずは俺が飲め、ということらしい。
まあ見た目は普通のハーブティーだし、香りも、うん、凄くいい。なんというか甘くて引き寄せられるような、それでいて優しい香りがする。
そんな香りを堪能しつつ、俺はシトリーのお茶を一口。
「美味い……」
「ほんとぅ……?」
「ああ、これ凄く美味い。何なら今まで飲んだお茶の中で一番かもしれないくらい」
すっきりとした味わいとかすかな甘味、勿論好みによるだろうけれど、俺はこのお茶が一番好きだ。
「い、一番、好きぃ……!?」
「シトリーちゃんが一番に!?」
「いや、お茶の好みの話だろ。なんでそうなる」
スロウのその言葉にツッコミを入れつつ、まあとりあえず飲んでみればいいと俺は述べた。マスターもその言葉に皆の分のお茶を淹れる。
「あら本当。美味しいわ」
「む。確かにこれおいしーです。エミル好みの味ですね。これならエミルの一番になってもおかしくないです。むむー」
「お前は何を対抗しようとしてるんだよ」
流石に芋虫でお茶は作れないぞ。分かってますよ、とぶうたれるスロウを見つつ、俺はシトリーに視線を向けた。美味しかった、と改めて感想を述べた。
しかし、さっきの花カマキリのお茶といいシトリーのお茶といい、モンスターの素材でこんな美味しいお茶が出来るのならば、そっちの茶葉の価値が下がらないか? そんな疑問が頭をもたげ、マスターにそのことを尋ねてみると、まあ大丈夫だろう、と返された。
「ちゃんとしたお茶として加工するならこっちの茶葉の方が適しているしな。まあ、魔王級から取れた葉っぱで出来たお茶、とかそういう付加価値はあるかもしれないが」
そんなことを述べたマスターの言葉を聞いて、俺はあ、と声を上げた。どうしたのかと皆に尋ねられる中、今言ったマスターの言葉で思い付いたことがあったのだ。
「魔王級の素材のお茶が凄いってことは、それより上だったら?」
俺の言葉に、あ、と誰かが声を上げる。そう、もし伝説の茶葉というものがあるんだったとしたら、それはつまり。
隠れ潜む百花の葉っぱで淹れたお茶、ということにならないのだろうか。
「いくら何でも属性頂点の素材が欲しいなんて依頼ではないだろうから、向こうもその辺は想定外だと思うよ」
ははは、とマスターが苦笑する。だから依頼の品としてはこっちで正解だ。そう言ってさっきの棲み家で取れた茶葉を掲げた。
それに、とマスターは言葉を続ける。そもそもそんなもの、誰が手に入れられると思う? そう言って苦笑した。
「誰って、まあ、そりゃ」
妖精姫とかクーヤならギリギリか? いやでもあの面倒くさがりがはいそうですかと――面倒だから勝手に持っていってとか言いそうではあるが。でもまあそんなめんどぉなことは嫌だという可能性も十分あるわけで。
となれば、たとえ面倒だとしてもしょうがないってあいつが言いそうな相手は。
「リベルト皇子、くらい?」
「なら、間違いなく会談では出ないだろうね」
彼のベタ惚れ具合は帝国でも有名だ。ようやく囲い込めた愛しの彼女の素材で作るお茶なんぞ、たとえ父親である皇帝に頼まれても出さないだろう。そんなわけで、伝説は本当に伝説で終わる。
そうなると素直に隠れ潜む百花の棲み家で取れた茶葉を出したほうがいい。まあそういう結論になる。モンスター素材のお茶はなかった。そういうことにしておこう。
「じゃあこっちのフラウマンティスの葉っぱはこちらで買い取るとしよう。依頼とは別にね」
「いいのか?」
「数量限定メニューと出そうと思ってね」
妥当チェーン店、と拳を握るマスターを見ながら、俺達はやれやれと肩を竦める。そうしながら、じゃあ用事も終わったしとカフェを出た。今日はアイラさん達は用事で不在、蜘蛛姉妹も依頼で出ているらしく、カフェは静かなものだ。
やっぱり看板娘ありきの状態なんだから、限定メニューでどうにかなるのか不安ではあるが、まあ俺達には関係がない。
あの後別に追加で依頼が来ることもなく、茶葉の件は特に問題なかったと俺は一安心していた。新しい依頼も別段ないし、普段通りの日常に戻っている。
の、はずなのだが。
「どーしたんですか?」
「いや、どうしたっていうか」
俺は別にどうもしていないと思うんだけど。そんなことをスロウに述べると、ふむ、と頷き視線を動かした。
普段は同じようにギルドでのんびりしているはずの一体が、いない。
「シトリーちゃんですか」
「ああ。なんか最近俺避けられてる気がするんだよな」
同じ家に住んでいるのに、どうにも顔を合わせる回数が減っている。こうしてギルドでのんびりもせずに、一体だけでどこかをぶらついているらしい。もう今さらこの村に見るものなんかないだろ。
「ふぅ」
「なんだよその溜息」
「わたしの大好きな人は色々どーしよーもないなーって」
「なんでだよ」
「なんでだ、って聞く時点でどーしよーもないですね」
やれやれ、と芋虫スロウが体を竦める。いや何でそんなこと言われなきゃいけないんだ。別に理由が分からないのはおかしくないだろ。
だからそれがどうしようもないって言うんです、とスロウが追い打ちをかける。いやお前だってさっきから俺のことをどうしようもない奴としか言ってないぞ。実は分かってないんだろ。
「そんなわけないでしょ」
横合いから声。アリアが呆れたように溜息を吐いて、そしてスロウと同じようにやれやれと肩を竦めていた。
「分かってないのはあんたくらいよ。捻くれ者で、臆病者の、鈍感でへたれなエミルくらい」
「言い過ぎじゃないか?」
思った以上にボロクソ言われた。対するアリアはあらそう? と首を傾げ、じゃあ聞いてみましょうとスロウとお姉さんに問い掛ける。今の評価は妥当か否か。
「まあ的確だよね。お姉さんも全面的に同意するよ」
「臆病者な理由が寂しがり屋だからっていう付け足しがあるくらいですかね」
「そこまで言うか?」
というかスロウのそれはどういう意味なんだよ。思わず隣の芋虫を睨むと、分かりませんか、とじっとこちらを見た。いや、分かるか分からないかで言えばよく分からない寄りだけれども。
「そーですね。エミルって、自分の周りから誰かがいなくなるの嫌じゃないですか」
「そんなもん誰だって嫌だろ」
「そーでもないですよ? わたしは自分の大事な誰か以外はどーでもいーですし」
いや、それをいうなら俺だって一緒だぞ。別に知らん人間とかが離れていくのも嫌がるとかそういうのは無い。
そう言うと、エミルの場合はその範囲が大きいんですよね、とスロウは体を揺らした。
「ちょっとでも関わると、寝覚めが悪いって抱え込もうとしちゃう。まあそーゆーところわたしは大好きなんですけど」
「ハーピー騒動の時のコカトリスなんかそうよね。普通はあれを助けようとかしないわよ」
「まあ、それを言われると確かにそうかもしれないけど。で、それと何の関係あるんだよ」
「そうやって抱え込んだ誰かが離れるのは嫌だ、そう思いますよね?」
「だからそれは誰だって」
「だからシトリーちゃんの気持ちを見ないふりしてます?」
「――は?」
「……ほんとーに知らないってことはないですよね? うっすらとは知ってるはずです」
「うっすらと、って。お前がよく言うアリアやシトリーともっといちゃつけとかいうやつのことか?」
スロウが一番ならアリアやシトリーとエッチなことしてもいいとか、そういうからかいのことならそりゃあんだけ言われてるし。そう返した俺を、スロウはどうしようもないという表情で見返した。
「もーいーです。エミル、ちょっとシトリーちゃんとデートしてきなさい」
「何で今の流れで――いや、待った。それってそういうことか?」
「ほんとーに今気付いたんですか? だとしたら」
「……今気付いた」
いやだって、シトリーって皆を大好きだって言ってたじゃないか。俺も、スロウも、アリアも。だからその好意は純粋な友情だって、そう思って。
「普通友情止まりの好意の男からあれだけ胸揉まれたりスケベなことされたりしたら怒るわよ。友情も台無しになるわね」
「……そうですね」
そりゃそうだ。シトリーが優しいから許してくれたと思っていたけれども。いや実際優しし疑似餌だからその辺おおらかだっていう部分もあったんだろうけど。
「いやでも、本当にそうなのか? その、シトリーが、俺を?」
「それが知りたければ直接聞くといーですよ」
「そうね。あたし達が言っても意味がないわ」
ばっさりと切り捨てられる。まあでもそりゃそうだ。ここでスロウやアリアからシトリーの気持ちを聞いたとしても、何の意味もない。
聞くなら直接だ。そして、それにちゃんと返事をしなければいけない。
「俺ちょっとシトリー探してくる」
「はいはい、いってらっしゃい」
立ち上がり、ギルドを後にする。スロウ、アリア、お姉さんに送られながら、俺はとりあえずシトリーを探すために村を。
「エミル」
「ん?」
「わたしが一番なら別にいいですからね」
「俺はお前が常に一番だよ」
「ならいーです。遠慮なくえっちなことしてきてください」
「何でそうなる!」
探そうとする直前にスロウにそんなことを言われ、俺はギルドのドアに思い切り頭をぶつけた。