まあ村はそれほど広くもないし、ぽてぽてと歩いているシトリーを見付けるのもそう時間はかからなかった。シトリーに駆け寄り、よう、と声を掛ける。
「え、エミルくん……!? ど、どうしたのぉ……?」
「い、いや、どうしたってわけでもないんだけど」
声を掛けたものの、何をどう話を切り出していいものか分からない。ええと、と視線を逸らしながら、スロウに言われたことを思い出し、そして何とも言えない表情になる。
「わ、ワタシ、何かしちゃったかなぁ……?」
「いや、そういうわけじゃなくて。えーっと、そのだな」
俺の表情を見てシトリーがしょぼんとした顔になる。そんな顔をさせたくてきたわけ無いので、俺はそこは否定した。否定はしたが、じゃあ何を言えばいいのかといえば。
もうスロウが言っていたことをそのまま実行するしかない、くらいになるわけで。
「なあ、シトリー」
「う、うん……」
「俺と、デートでもしないか」
「う、うん……。え……? で、ででででぇとぉ……!?」
「あ、いや、その、そういう意味じゃ、ないこともないんだけど。ちょっと二人きりで話さないかって感じで」
言っていて俺も気恥ずかしくなる。ワタワタしているシトリーを見ながら、しかしじゃあ冷静になるかと言えばそんなこともなくて。
そんなことを思っていると、シトリーがおずおずと俺の隣に並んだ。そのままそっと俺の手を握る。恥ずかしそうにそれをしたシトリーは、ふにゃりと笑った。
可愛い。
「ど、どうしたのぉ……?」
「いや、ちょっとな」
全力で首を横に振る。いや、自分からデートするとか言い出してるんだからしょうがないのだけれども。まあそもそもシトリーが可愛いのは別に周知の事実だろう。今更驚くことでも。
「そ、それで……どこに、行くのぉ……?」
「え? いや、特に決めてはいないけど」
「……ひょっとして、スロウちゃんに言われたのぉ……?」
びくりと反応する。確かにスロウにシトリーとデートしてこいって言われたから、思わずその単語を口にしてしまった。まあ所詮バレバレだったわけなんだけれども、そんな俺の態度を見たシトリーは、握っていた手を離した。やっぱりそうか、と眉尻を下げた。
「別に、無理にしなくても、いいよぉ……」
「そんなことはない。どっちみちシトリーと話したいと思ってたんだし。言い方はあれだが、俺が自分で選んだことだ」
「……デート、してくれるのぉ……?」
「シトリーが嫌じゃないなら」
そう言って、今度は俺の方からシトリーの手を握る。ぴぇ、と声を上げたシトリーは目を見開き、そしてその手を握り返してきた。
そうしながら、一応確認だけれども、と俺に尋ねる。
「スロウちゃんは、知ってるんだよねぇ……?」
「ああ、知ってる」
「えっと……じゃあ、二人で行きたいところがあるから、スロウちゃんに送ってもらえないかなぁ……?」
「まあ、スロウが送れる場所なら多分大丈夫だと思うけど」
じゃあ聞きに行くか、とシトリーと手を繋いだままギルドに戻る。扉を開け中に入ると、シトリーはスロウの下へ向かいこっそりと耳打ちをした。虫の耳ってどこだろう、とどうでもいいことを考えている間に交渉成立したらしく、スロウがじゃあ出しますよ、と《テレポート》を唱え魔法陣を出現させる。
「帰りはどうします?」
「あ、そっか……えっと、夕方くらいに迎えに来てくれれば、嬉しいかなぁ……」
「いーんですか? 時間足ります?」
「うん……大丈夫だと思うよぉ……」
了解、とスロウが頷く。じゃあ行ってらっしゃい、とグイグイそこに俺を押し込んで半ば強制的に移動させた。
そうして辿り着いたのは。ここ、どこだ? どこかの森みたいだけど、見覚えがあるようなないような。
「えっと、ベルンシュタインの城下町近くの森、だよぉ……」
「成程? でも、何でこんなところに俺を」
「覚えてないかなぁ……。ここ、ワタシとエミルくんが初めてであった場所だよぉ……」
言われて、ああそういえば、と思い出した。まあとはいえ森自体に見覚えがあるわけではなくて、そういえば森で出会ったんだっけかという記憶を引き出したというだけだが。
「人は不味いからもう食べない、だったっけか」
「うん……。今はもっと違う理由で食べないけどねぇ……」
そう言ってシトリーは笑う。最初にここでぺしょぺしょしているシトリーに出会い、人を既に食っているという話を聞いて警戒して。でももう食べないって言うから見逃すことにして。
ぼっちで野盗の手下もしてないっていう話だし、別に変なことしなければ。そんなことを言って、俺達の仲間にならないかって勧誘したんだったな。
「そうだよぉ……。エミルくんは、ワタシに居場所をくれたんだよぉ……」
そう言って笑うシトリー。今までずっとひとりぼっちだったのに、あっという間に沢山の友達が出来て。新しい仲間も一杯出来て。そんなことを言いながら、俺から視線を逸らした。
「だから、ワタシ、今すごく幸せなのぉ……」
「そうか。そいつはよかった」
そう返すが、でもシトリーの表情はあまり幸せそうには見えない。どちらかというと、苦しくて辛そうな表情というか、そんな感じである。
が、それを指摘していいのだろうかと思わず飲み込む。シトリーが話してくれるのならば、それを待っていればいい。そう思った。
「幸せ、なんだよぉ……」
なんだか自分に言い聞かせているような、そんな言葉。それに今度は俺は何も言わない。
そのまま暫く沈黙が続く。俯いているシトリーがどんな表情をしているのか分からないが、それを確認するようなデリカシーのないこともしない。
そうして木々のざわめきや小鳥の鳴き声などが聞こえてくる中、シトリーが再び口を開いた。ぽつり、と呟いた。
「ワタシ、みんなのこと、大好きなのぉ……」
「うん」
「スロウちゃんも、アリアちゃんも、大好きなんだよぉ……」
振り向く。どこか泣きそうな顔をしたシトリーが、俺の顔を真っ直ぐに見ていた。
「でも……」
言葉を止める。言ってはいけないような、そんなことを言おうとしているかのように、視線を少しだけ迷うように地面に向けたシトリーは、しかし顔を上げてもう一度俺を見た。
「でも……。エミルくんのこと、好きなの……大好きなのぉ……!」
「それは、俺も勿論お前のことは大好きで」
「そうじゃない!」
叫んだ。普段のシトリーではありえないようなその叫びに、思わず俺の声も止まる。
泣きそうで、それでいて怒っているようで。そんな表情のシトリーが、じっと俺を見詰めていた。
「違うのぉ……! 友達の好きじゃないのぉ……! 友達の好きだけじゃなくなっちゃったのぉ……! 好き、好きなの! エミルくんのこと、大好きなの!」
「シトリー……」
叫びながらシトリーがポロポロと涙を流す。言った、言ってしまった、と泣いている。壊れてしまうと、これまでの積み重ねが崩れてしまうと、シトリーが泣いている。
そりゃ、そうだ。だって俺は、スロウが好きで、あいつと彼氏彼女の関係だ。これはどうしようもなく覆せないし、変わらない。
だから俺の答えは、出せる答えは。
「シトリー。俺は、スロウのことが大好きで、あいつが一番だ」
「……うん。知ってるよぉ……」
「でも、だからシトリーのことも大好きで、それは、比べるようなことじゃなくて」
「でも、それは友達として、だよねぇ……?」
「いやまあ、それはそうなんだけど。……だとしても、俺お前に結構いやらしいことしてるよな……」
「それは、その……エミルくんだから、いいよぉ……」
さっきアリアに言われたことが頭をもたげ、思わず謝った。シトリーは俺だからいいと言ってくれたが、これでじゃあいいかは女心を弄ぶクソ野郎ではないだろうかと思うので改めて深々と謝罪する。
それはそれとして、だ。俺はシトリーの告白に、応えることが出来ない。スロウがいくら自分が一番ならいいと言っていても、だからといってじゃあシトリーとも付き合おうとかそういうのは違うと思う。
「えっと、ワタシは構わないよぉ……」
「そこは構えよ! いいのかよ!?」
「複数のメスがオスを共有するのは別に珍しくないしぃ……」
「ちくしょうこいつらモンスターだった!」
普段人間社会に紛れ込んでるから忘れかけてるけど、基本的に擬態しているだけのモンスターだから倫理観も変わってない。
いや待て、じゃあ何でそんな苦しそうな表情だったんだよ、泣きそう、っていうか泣いてたんだよ。
「エミルくんはスロウちゃんのことが大好きだから、もし告白して、振られたら……もう、今までには戻れないからぁ……」
「そこは普通なのかよ」
そう言いながら、でもまあ確かに、今まで通りに戻るのはもう無理だ、と一人頷いた。シトリーの告白を聞いてしまった以上、俺に出来ることは応えるか振るかの二択である。聞かなかったことにして今まで通りに、は出来ない。
で、だ。問題なのは我が愛しの彼女はモンスターなわけで、自分が一番ならいいとか言い出しているわけで。というよりも、最近はむしろ積極的にその方向に仕向けている節さえある。
それを踏まえて。いや踏まえていいのか分からないが。もう一度シトリーのことを考える。
可愛くてスタイルよくて、性格も素直で。こんな娘が告白してきたらまあ普通の男なら間違いなくすぐさまオーケーを出すであろう。まあ美少女部分は疑似餌なんだけど。
とはいっても、別にアリジゴク姿も可愛いしな。何でもパクパクする姿は見てて微笑ましい。
「エミルくん……?」
「ああ、いや、悪い。ちょっと考え事してた」
正直なところ、俺が告白を受けられない一番の理由は、スロウのことを好きだからだ。スロウの気持ちを裏切れないし、裏切る気もない。あいつが一番で、俺はあいつがいないと駄目だ。
でもその当のスロウが別にいーですとか軽い調子で言うんだよなぁ……。裏切るも何も無いんだよなぁ……。
「なあ、シトリー」
「どうしたのぉ……?」
「いや、ちょっと確認したいんだけど。俺と、たとえば、その、彼氏彼女になった場合、何かしたいこととかあるのか?」
「え……? うぅん……も、もしいいなら」
そう言ってシトリーはゆっくりと両手を広げる。そうしながら、ぎゅっとして欲しい、と消え入りそうな声で言葉を続けた。
えーっと。成程? まあスロウ以外には確かにしてないからな、そういうこと。当たり前なんだけど。
両手を広げたまま、目を瞑ってプルプル震えるシトリーは非常に可愛らしい。それこそ思わず抱きしめたくなる魅力がある。
なあスロウ。お前、本当にいいのか? こういうこと他のやつにやっても。まあもし駄目だったらわざわざ送り出さないか。はぁ、と溜息を吐くと、シトリーがビクリと反応した。
「や、やっぱり駄目だよね……ごめんね、ワタシぃ……」
ワタワタしはじめたシトリーを抱きしめた。ぎゅっと強く、これまでの不可抗力の時とは違い、自分の意志で抱きしめた。
その拍子にシトリーがカチコチに固まり動かなくなる。こういう状態になることなんか今までもあっただろ。
「ち、違うよぉ……。それよりも、ずっと、その、暖かくて、ポカポカするよぉ……」
そう言うとシトリーも俺の背中に手を回してきた。さらにぎゅっと抱きしめる力が強くなり、そしてシトリーの胸が思い切り俺に押し付けられる。スロウのそれよりボリューミーな柔らかさが感じられ、今度は俺が思わず固まる方であった。
「エミルくん……」
「な、なんだ?」
「ワタシ、ちょっとだけ夢見ても、いいのかなぁ……?」
シトリーの言葉に我に返る。そうだ、こんなことをしてしまったが、結局口ではシトリーの気持ちに答えてない。ゆっくりとシトリーと体を離すと、あ、と名残惜しそうな彼女を見た。
「さっきも言ったけど、俺の一番はスロウだ。それは変わらない」
「うん、知ってるよぉ……。そういうエミルくんを、好きになったんだもん……」
「……」
えーっと。これ、言わなきゃ駄目か? 言ったら言ったで俺割と最低なやつにならないか? 相手がモンスターだから大丈夫とかそういう問題じゃないやつだぞ?
「それでも、いいのか?」
「え……!? エミルくんのこと、好きなままで、いいのぉ……!?」
「いや、そういう気持ちに良いも悪いもないし。だからこれは、その、俺の、人としての倫理観的な問題であってだな」
彼女を増やすって正直どうなの? そういうわけである。それこそ以前元同級生の冒険者に言われていたハーレム野郎に近付く所業だ。近付くっていうかそのものだこれ。
スロウがいるのに、シトリーの告白を受け入れる。それをしちゃったからにはもう、奴らのハーレム野郎の罵倒を素直に受け入れなければならない。
「……まあ、いいか」
「どうしたのぉ……?」
「いや、まああの辺の連中のことなんか気にしないでもいいかってな。……さっきも言ったけど、俺の一番はあくまでスロウだけど、それでもいいのか?」
「うん……。えっと、じゃあ、ワタシも、エミルくんの彼女でいいのぉ……?」
「まあ、多分そういう感じになるんじゃないかと」
我ながら歯切れの悪い返事である。いやだって彼女が複数出来ることなんか普通ないだろう。
そんな俺に、シトリーがおずおずと抱きついてくる。
「えっと……じゃあ、こういうことしても、いいのぉ……?」
「シトリーがしたいならな」
「うんっ……!」
まあいいか。嬉しそうに抱きついてくるシトリーを見ながら、俺はそんなことを思い息を吐いた。後はスロウとアリアにその辺の説明をすれば終わりか。
そんなことを思っていた矢先、シトリーと俺の顔の距離がゼロになる。キスをされた、と気が付いたのは、そのままシトリーの舌に俺の口内を堪能されてからであった。
「えへ……。エミルくん、だーいすきぃ……」