イチャイチャとは無縁な話だこれ
第百九十五話
困ったものだね、と第四王子が笑う。その横ではそうですわねと笑うアンゼリカ嬢。
いや笑い事じゃないんだけど、どうするんだよこの状況。そんなことを尋ねると、確かに君にとってはそうだろうね、と頷かれた。
「エミルに手を出すならぶっ殺しますよ!」
「エミルくんには、手出しさせないよぉ……!」
ガルルル、と周囲の兵士を威嚇する我が彼女達。その横では、第四王子やアンゼリカ嬢と同じような、それでいて困ったような表情を浮かべるアリアの姿もあった。
そう、現在俺達は兵士に取り囲まれている。そんな兵士も俺達を取り押さえようとしている素振りを見せているが、どうしたものかと若干困っているようにも見えた。
そしてそんな兵士達にギャーギャーと命令を出しているのが。
「まあ兄上、少しは落ち着いて」
「オーウェン! これが落ち着いていられるか!」
激昂する一人の青年、第四王子が兄上と呼んだその青年は、見ろ、と彼の周囲で伸びている貴族達を指し示した。年齢はそこそこ若い、第四王子の兄――第三王子と同い年くらいだろう。
ちなみになんで伸びているかというと、俺が殴り飛ばしたからである。そして殴り飛ばした理由は。
「しかし兄上、勇者級エミルのパーティーメンバーにして最愛の彼女である聖女スロウを馬鹿にしこき下ろしあまつさえ偽聖女の烙印を押すなどという暴挙を行えば、こうなるのは火を見るより明らかでしたよ」
「それに加え、彼のパーティーメンバーであるアリアさんとシトリーさんのことも見下し、知性のないモンスターだなどと罵倒する……。然るべき結果に収まっただけだと愚行しますわ」
「それでもだ。我が側近をこのようにされ、黙って見ているなど出来るものか」
「側近がそんなんだと第三王子さんの底もしれますよ。入れ替えたほうがいーんじゃないです?」
「スロウ、余計なこと言うなって」
貴様、と第三王子がスロウを睨む。が、当事者のスロウは涼しい顔で、だってそうでしょうと言い返していた。大して能力も持っていないくせに偉そうに、と伸びている連中を鼻で笑った。だからスロウ、変な挑発するなっての。
「大した能力もない、だと……?」
「あーもう。第三王子様、こいつが余計なことを言ったことについては謝ります。申し訳ない」
「エミル!?」
「そりゃそうよ。スロウ、あんたも少し落ち着きなさい」
「ぶー。だって」
「あんたみたいに皆が皆何でも出来るわけじゃないのよ」
アリアに諌められ、スロウは渋々と引き下がる。そんなスロウを見たアリアも、俺と同じように申し訳ありませんと第三王子に頭を下げた。
「……いや、私も頭に血が上っていた。それは認めよう。だが、このような暴挙を見逃すわけにもいかん」
それがたとえ、こちらに責があろうとも。そう続けた第三王子は、第四王子の方を見た。
「ふぅ。分かりましたよ、兄上。彼らをこの夜会に呼んだのは私です。ですので、今回は私の借りということにして」
「そうではない」
「……何か良からぬことを考えていませんか、兄上」
「いや、なに。そこで伸びている連中を大したことがない、と豪語していたのだから」
そう言って第三王子はスロウを見る。先程までとは違い、なにか面白そうなものを見つけたかのような笑みを浮かべ、そして言葉を紡いだ。
「その代わりくらいは、務められるだろう?」
そんなわけで。いや、どういうわけだ? よく分からないうちに俺達は一週間ほど王宮務めになった。いや、田舎の村で過ごしていたクソガキが王宮で何が出来るっていうんだよ。実際問題俺がやれることなど、それを命じた第三王子の護衛をするくらいだ。まあ側近も護衛も全員ぶっ飛ばしたので復帰するまで代わりを務める、は別に問題ないんだが。
「不満そうだな」
「いや、正直に言うとそこまでですけどね。冒険者の依頼だと考えればまあこんなもんだろうと思う――思いますし」
「ははは。まあ別に堅苦しさなどいらん。せっかくの勇者級を顎で使える機会だ、色々と無茶もしてみたくなる」
「そこは勘弁して欲しいです」
それよりもだ、と第三王子は視線を動かす。執務室では俺とシトリーで護衛をしている第三王子の他に、側近の代わりに書類仕事やら何やらを手伝っている二つの人影があった。
まあ正確には人じゃないんだけど。スロウとアリアである。アリアの方は元々ギルドで書類仕事をしていたこともあるし、悪役令嬢アリアンロッテを目指すだけあってこの手の仕事が出来てもまあそうだろうなと思わないでもないのだが。
「勇者級エミル。お前の恋人はこんな事も出来たのか」
「いや、正直言うと俺も驚いてます」
以前学院での勉強も完璧にこなして天才だと自称していたのは知っているが、まさかこういうことまで出来るとは。アリアと比べると多少拙いところもあるが、それは単純に経験の差だろう。そこさえ埋めれば何の問題もなく仕事が出来るであろうことを伺わせた。
「でも、いいんですか? 俺達みたいな冒険者に王宮の書類をやらせて」
「別に問題の無い書類しか任せておらんよ。まあそもそも、第三王子の立場ではそこまで王宮の踏み込んだ仕事を任せてもらっていないがな」
そういうのは王太子である第一王子やそれに対抗する第二王子の仕事だ。そんなことを言いつつ、しかし、と第三王子はどこか遠くを見るように呟いた。
「私はオーウェンのように完全に王政に離れられているわけでもない。上の兄達のように中枢に関われるわけでもない。なんとも、中途半端だ」
だからこそ周りに集まっていた連中も中途半端だったのかもしれない。そんなことを続けた第三王子は、すまなかったな、と俺に述べた。
「へ?」
「大事な恋人を侮辱されて怒らぬ者などおらんよ。お前の怒りは正当だ」
「いや、でも流石にあそこまで暴れるのは駄目だと思うんだけど、じゃない、ですけど」
そうは言いつつ、しかしぶん殴ったのは間違ってないと俺は思う。だってそうだろう。大切な彼女のスロウとシトリーを罵倒されて、大事な仲間のアリアを馬鹿にされて。それで黙ってはいそうですかといえるほど俺は大人じゃない。別の手段を探してやり返すなんて出来るほど大人の思考をしていないのだ。
ムカついたからぶん殴る、結局そういう子供の方法しか取れないのはまあ、置いておいて。
「そもそもの問題として冒険者を野蛮な存在と見下していたのだよ。勇者級だろうとな」
「野蛮だろ、挑発に乗っかって殴りかかったぞ、ですよ」
「私だって婚約者を罵倒されれば殴るよ」
そう言って第三王子は笑う。あの時と比べると随分性格が違うな、と思わないでもないが、まあ状況としては仲間を殴り飛ばされたわけだから怒ってても仕方ないわけで。
そう、理由はあれど第三王子の仲間を殴り飛ばしてしまったのは変らない。そんな簡単に許してもいいんだろうか、と俺は首を傾げた。感情的な意味でも、だ。
「許してはいないだろう? ほら、勇者級をタダ働きさせている」
「いやまあ、そうですね……」
そう、現在の自分達は依頼でも何でもないのでタダ働きだ。とはいっても別段忙しいわけではないので言うほど困っていないのが現状である。もし勇者級が必要な依頼がこの間にあれば、勿論そちらに向かって構わないとも言われているので、ぶっちゃけそう罰な感じはしない。
「多分、ワタシたちが護衛しかしてないからだよぉ……」
横合いから声。シトリーがそんなことを申し訳なさそうな顔で述べていた。あ、と視線を向こうに移動させる。アリアとスロウが書類仕事をガリガリとこなしているのが見える。
そうでした。役立たずだから暇なだけでした。
「ははは。じゃあ仕事を用意してやるとしようか」
そう言って第三王子は立ち上がる。どこに行くのかと尋ねると、ちょっとした視察だ、と返された。スロウとアリアにはそのまま書類仕事を任せ、俺とシトリーを連れて王城から出る。視察の準備を整えると、そのまま飛竜港へと向かった。
「第三王子様、移動するだけなら、場所によってはスロウの《テレポート》の方が」
「移動中も視察の範囲内だ。それに、あれ以上お前の恋人を酷使するわけにもいくまい」
そう言われれ口を噤む。成程、という意味合いと、そりゃそうだ、という反省と。
ともあれ。飛竜港にて竜籠を用意した第三王子は、そのままそれに乗って目的地へと飛んだ。さっきは急に思いついたみたいな仕草を取っていたが、元々予定にはあったらしい。一緒についてきている文官の人がそんなことを言っていた。
そうして暫くは空の旅。ある程度進んでからは馬車で移動と結構な距離を進んで着いたのはフォーマルハウト公爵領側のとある街。アンゼリカ嬢のいる城下町ほどではないものの、それなりの規模を誇っている。
ここは、と尋ねると、文官より先に第三王子が公爵家の分家が収める街だと答えた。
「オーウェンから聞いているぞ、以前ここの息子と出会ったことがあるそうだな」
「へ? あったっけそんなこと」
「記憶にないよぉ……」
「そうか。フォーマルハウト公爵家が水疱病の騒ぎになった時に我が物顔でいた男、といえば分かるか?」
「……いたなぁ、そんな奴」
確か公爵が元気になったらすぐさま逃げた奴だ。まあ正直その程度の認識しかないけれども、一体何故そんなやつがいる場所に来たのだろうか。ひょっとしてあの時俺がぶっ飛ばした連中の中にいたりして?
「そこにはいなかったが、私の側近の一人であることには間違いないのでな」
「スロウじゃないけど、側近そんなんで第三王子様は大丈夫なんですか?」
「中々言うな。まあ心配せずともそいつ本人ではない、兄弟の方だ」
そいつとは違って分別のついている男だ。そう述べると、第三王子は街の中心である貴族の屋敷へと歩みを進めた。当然俺達もついていく。
流石に第三王子を待たせるなどということはなく、即座にやってきたその男は、確かに見覚えがない。いや、あの時のことももう多分覚えていないから何とも言えないけれども。
それはそれとして、第三王子が今事情があって手が足りないので王宮に戻ってこい、と男に向かって述べていた。貴族の男はそれを聞くと怪訝な表情を浮かべ、その事情とは一体、と問い掛けてくる。
勿論第三王子は隠さずに述べた。勇者級冒険者エミルの彼女である聖女スロウと冒険者シトリー、そして大切な仲間のアリアを罵倒した結果殴り飛ばされ療養中だと。
「勇者級に殴られて死んでいないだけ儲けもの、といったところですか」
「お前も中々言うな。いいのか? 仲間が殴られたのだぞ?」
「御冗談を。勇者級冒険者にそんなことを述べる連中と一緒にしてもらいたくはありませんね」
そう言ってかけていた眼鏡をカチャリと指で押し上げた貴族の男は、成程それで、と俺達を見た。
「護衛がいつもと違うので何事かと思いましたが」
「ははは。どうだ、豪勢だろう?」
「……それで、私を王宮に戻す、と」
「そうなるな」
「いいのですか?」
「そのための勇者級の護衛だ」
何だ今の会話。まるで王宮にこの人を戻すと良からぬことが起きるみたいな。いや、みたい、じゃない。この流れは起きるな。
よくよく考えれば第四王子の婚約者がフォーマルハウトのご令嬢で、第三王子の側近の一人がフォーマルハウトの分家で、となれば政治的に何だか面倒な話が湧いてきたりしないか?
「何だ勇者級エミル、お前も中々頭が回るじゃないか」
「え? じゃあ本当に」
「困ったことにな。私の中で一番使える男がこいつなのだが、それをするとフォーマルハウトが力を持ち過ぎると色々面倒なことを言い出す輩が出てきてな」
「場合によっては物理的に排除されるので、一度離れていたわけだ」
成程な。しかしこの手の話でよくあるのは双翼のもう片方が犯人なわけだけど、そんなことってありえるのか?
「ベルンシュタインはこの手の国政にそこまで興味がない、そうでなければとっくに私か兄上のどちらかに婚約者をあてがっている」
「確かに。セフィも教国の人と婚約してるしな」
「何だ勇者級エミル。お前はベルンシュタイン公爵令嬢とも親交があるのか」
「まあ、それなりに」
「それなり程度の人間がそんな軽い調子で名前を呼べるものか」
そう言いながら、そうなるとあいつらは益々厄介なことになったな、と第三王子が笑う。
まあ、言われてみればセフィはスロウ達も親友だと宣言してるくらいだし、それが侮辱されたとなれば抗議の一つや二つはするだろう。場合によっては俺に殴られるよりも酷いことになる可能性がある。
「勇者級冒険者を見下すような輩はそうなって然るべきだろう」
メガネのズレを直しながら側近の人がそんなことを述べる。何か段々ぶん殴った連中が可哀想になってきたな。いや、スロウとシトリー、そしてアリアを侮辱したんだし許しはしないんだけど。
とりあえず話を戻そう。とりあえず公爵家よりは家格が落ちるけどまあそれなりに力を持った連中が、このまま第三王子が側近の人を重用しようとすれば、それを阻止するため始末しようと色々画策するわけだ。
「わざわざ迎えに行くことを吹聴してから来たからな。間違いなく帰りの道中に襲われる」
「いや物騒だな。第三王子なんだろ!? 何でそんな」
「第三王子だからだ。王太子や第二王子ほど重要ではなく、第四王子ほど捨て置けるほどではない。場合によっては消しても構わないという、一番の貧乏籤なのさ」
そう言って第三王子は笑う。まあ勿論消されるつもりもこいつを始末されるつもりもないが。そう言って、第三王子は俺とシトリーを見た。
「無論、護衛はその役目を全うしてくれるのだろう?」
「まあ、そりゃ、やれるだけはやりますけど」
「頑張ばるよぉ……」
「勇者級冒険者、か」
そんな俺達を側近の人は眺めている。いやまあ、他の勇者級と比べると頼りなく見えるのはしょうがないと自分でも思う。けど、それでも勇者級の名に恥じない程度の働きはするつもりだ。
「いや、逆だ。たった二人なのにこれまでの護衛の誰よりも頼りになる、と思ったんだ」
「分かるか、ブルーノ」
「ええ。ジェローム様」
そう言って笑う二人。えっと、これは意外と頼りにされていると思っていいんだろうか。
「いいと思うよぉ……。でも、そうなるとスロウちゃんがいないのがちょっと心配だねぇ……」
「そこなんだよなぁ」
多分対象が木っ端微塵になっても蘇生出来るあいつがいるなら何があってもまあ安心だが、そうでないので俺達だけできちんと死なせないようにしないといけない。
そんなこと考えて、いかんいかんと頭を振った。いくら何でもそれでは何から何までスロウに頼り切りだ。というかスロウだけいればいい状態になってしまう。
「シトリー」
「どうしたのぉ……」
「スロウいなくてもやれるってところ、見せてやろうぜ」
「う、うん……。ワタシも頑張るよぉ……。エミルくんのか、彼女だしぃ……」
照れくさそうにモジモジしているシトリーの頭を撫でつつ、さてでは頑張りましょうかね、と拳を握った。