成程。第三王子の言っていたことは確かだった。帰りの馬車をものの見事に襲撃された俺は、そんなことを思いながら周囲を見渡した。
第三王子と側近の人、ついてきた文官に外に出ないように言い含め、俺は周囲を警戒する。ざっと見る限り人が何人かとモンスターが何体か。どちらも合計で十に満たない程度で、護衛を突破するにはいささか貧弱すぎやしないかと思うほどだが。
「シトリー」
「どうしたのぉ……?」
「馬車を守りながら戦えるよな?」
どちらかを守りに、とか考えず、どっちも攻撃しつつ馬車も守る。そういう感じで両方動いても大丈夫そうだと判断した俺は、シトリーにそう提案した。言われたシトリーは、多分大丈夫と頷く。
よしじゃあ、さっさと片付けますか。
「勇者級エミル! 人は出来れば何人か生かせ、尋問がしたい」
「了解」
まあこの程度ならこの間の隠れ潜む百花の時の不殺より簡単だ。襲い掛かってきたモンスターを適当に片付けつつ、俺は襲撃者の方を見た。
何だと、と驚愕の表情を浮かべているのが見える。いや顔を隠しているのでそんな雰囲気を感じるだけだが、まあ思ったような戦況にならないので驚いているのだろう。
そうはいっても、こちとら勇者級だぞ。この程度のモンスターに苦戦するようじゃとてもじゃないがやってられない。準魔王級や魔王級モンスターが徒党を組んで襲ってくるとかならともかく、中級や上級程度ならなんてことない。
「勇者級の強さの基準、昔のギルドみたいだねぇ……」
「ああ、あの追放された連中の」
確かにそうだな。しかし王国の一部とは言えこうも冒険者を嘗めているとなると、それも結構な問題になりうるな。だからこそギルドがあんなに調子乗ってた可能性もあるけど。どっちが先か、はまあ考えていても仕方がないな。
で、だ。
「多分勝てないと思うけど、やる気か?」
そう言いつつ、とりあえず一人はぶっ飛ばして昏倒させる。尋問したいって第三王子が言ってたしな。あっさりと仲間がやられたことで襲撃者は後ずさるが、逃げる、という選択肢を取るつもりはなさそうであった。ということはまだなにか企んでいるな。
「シトリー!」
「了解だよぉ……!」
こっそりと馬車にとりついたらしい襲撃者が側近の人に向かって刃を振り下ろすが、それよりも先に割り込んだシトリーのほうが早かった。ドス、と剣がシトリーの豊満な胸に突き刺さる。側近の人も第三王子も目を見開き、文官は悲鳴を上げた。
がし、と剣を突き刺されたままシトリーはそれを握りしめた。今度は襲撃者が目を見開く番である。深々と突き刺さっているにも拘らず血の一滴すら出ないそれを見て、なんだこいつは、と襲撃者は後ずさった。
「なんだもなにもぉ……」
「ワタシの、疑似餌だよぉ……」
襲撃者の後ろにもシトリー。同じ顔が前後に現れたことで完全に動きを止めてしまった襲撃者は、シトリーの大剣の腹でぶっ叩かれて意識を飛ばした。
気絶した襲撃者を馬車から放り投げ、シトリーはじゃあ次、と視線を残りの面々に向ける。
「一応そっちの疑似餌を護衛に置いていくよぉ……」
「な、ぎ、疑似餌?」
「中身は空っぽだけど、囮と盾にはなるはずですだよぉ……」
側近の人の疑問の答えになってない返事をしたシトリーは、そう言って俺の隣に戻った。囮が増えると結構楽だ、と笑った。
「これもエミルくんのおかげだよぉ……」
「いや、俺が何をしたんだって話だけどな」
「エミルくんの子種で増えたんだから、実質娘みたいなもの、かなぁ……」
それはそれで生まれた娘を囮や盾にする鬼畜な母親なんだが、いいのかそれは。そう述べると、確かにそれは駄目だね、とシトリーも頷いた。
「それはそれとして……エミルくんとえっちなことする時、二倍気持ちいいこと、してあげられるよぉ……」
「一応今戦闘中なんだけどな。何なの? スロウといいモンスターってこういうもんなの?」
「あ……えっと、ごめんなさい……」
うぅ、とぺしょるシトリー。そんな顔されると俺が悪いことしたみたいじゃないか。いやまあ確かに戦闘は楽勝だが、護衛でもあるんだから向こうが襲われないように気を付けないといけないんだぞ。スロウもいないから蘇生も出来ないしな。
「うん、そうだったねぇ……。ちゃんと気合を入れなきゃ……」
そう言うと、シトリーは撤退をしようとしている襲撃者の足元に流砂を生み出した。突然現れたそれに足を取られているうちに、俺は襲撃者の意識を刈り取っていく。
「ひ、ひぃ! 化物!」
「別に普通のモンスターだよぉ……」
最後の一人も、アリジゴクのシトリーが捕らえていた。殺さないように手加減して、ごん、と顎でぶん殴って昏倒させる。
そうして襲撃者を片付けた俺達は、気絶した連中をご丁寧に馬車に用意してあったロープでふん縛ると第三王子の下に戻った。
「いやはや。成程流石は勇者級だ」
「お褒めに預かり――だったっけ」
「しかし、モンスターか」
側近の人がシトリーを見ながらそんなことを呟く。別にモンスターが冒険者やっててもいいだろ、そんなことを述べると、いや別に責めているわけではないと返された。
「優秀な人材がモンスターの中にも眠っているかもしれないと思ってな」
「流石に王宮で働けるような才能は眠ってないんじゃないかと思うけど」
俺の出会ったモンスター達でそういう事が出来そうなのは、それこそ今手伝いをしているアリアやスロウとかそのくらいか?
クーヤは属性頂点に鍛えられてはいるがそっち方面は出来なさそうだとして、コイナが公爵家のメイドをやってるからそういう意味では出来るだろうけど、ラティはあれでも魔道具関係の手伝いしてるんだっけか。
オルとアルは流石にカフェのウェイトレスだし無理かな。案外イゼルブんとこのラミューやイリスならその辺出来そうな感はある。キララは論外だとして。アローやオーテやコカトリス達は絶対無理だ。待てよ、メアリーなら別に問題なく、ってあいつはもうモンスターじゃなかったんだった。
「そうやって悩めるほどモンスターの知り合いが多いようだな」
「まあ、ある意味他の勇者級にこれだけは負けないって部分かもしれないんで」
第三王子の言葉にそう返すと盛大に笑われた。流石は勇者級だな、とか言われても何を評価されたかよく分からん。
ともあれ。襲撃者は全員捕まえたけど、流石にこれを運ぶのはこの馬車じゃ無理じゃないか? そんなことを問い掛けると、その辺りは心配いらんと側近の人が述べた。
「それ用の荷台を手配してある」
程なくして現れる馬車、というか荷台。そこに襲撃者を放り込むと、目的地を変更する、と第三王子は告げた。王都に戻るのではなく、フォーマルハウト公爵家の城下町に向かうと述べた。成程、そこなら尋問もしやすい、と。
まあそう簡単に犯人が割れるわけでもなし。襲撃者を尋問してもそう大した情報は得られなかった。まあ流石に拷問とかするわけにもいかないらしいので、ちょっとシトリーに脅してもらったが、まあそれでも、といった感じだ。
ちなみに美少女の背中がぱくりと割れてアリジゴクが出てきた挙句、それが人食い――シトリーは人を食わないが――のモンスターだと知った時の襲撃者の顔は大分絶望に彩られていた。
「とりあえず木っ端の方をこれで捕らえ、そこから上を捕まえていくとしよう」
第三王子はそんなことを述べる。まあその間は少し手間をかけるが、とこちらを見た。まあこの手の襲撃なら何の問題もないので平気ですよ。そう答えると、それは頼もしいなと第三王子は笑みを浮かべた。
というわけで視察、というか側近の人を迎えに行くのは終了し、執務室に新しい人が増えた。アリアとスロウの仕事もこれで改善し、今までよりも余裕が生まれる。
その代わりといってはなんだが。
「ぐふっ」
「あ、解毒しますね」
どうやら紅茶に毒が混入されていたらしい。側近の人が血を吐いたので即座にスロウが解毒、そして回復をする。勿論運んできたメイドは捕らえられ、尋問された。
そんなやり取りが既に数回起きている。一回で懲りろと思わないでもないが、その一回目で側近の人が一回死んだのが多分大きかったのだろう。スロウがいたので何事もなく蘇生したが。
「ふぅ、助かった」
「どーいたしまして。でも、頻度多くなってますね」
ちなみに既に一週間は過ぎている。ここから先は正式な依頼だということになった。今回の事件がとりあえず収束するまではここで護衛と手伝いである。一応他の、俺達を罵倒した連中も復帰はしたのだが、毒殺事件で早々に再びリタイアした。多分解決するまで戻ってこないだろう。いや、解決しても戻ってくるのかこれ?
「新しい側近と護衛候補を見繕わないといけないな」
仕事をしながら第三王子がそんなことを述べる。そうしながら、まあ気に食わないが仕方ないと溜息を吐いていた。
「オーウェンの伝手を頼ろう」
「よいのですか? 今回の犯人が第四王子派である可能性も」
「ないよ。あいつは国政に興味はあっても席を奪うことに興味はない。……まあ、私のこの状況を予期して貸しを作ろうしたのは間違いないが」
そう言って俺達を見やる。えっと? ひょっとして俺達第四王子の手駒扱いされてる?
「結果的にそうなっているという話だ。恐らくあの夜会にお前達を参加させたのもそういうことだろう」
それはつまり、俺が怒って第三王子の側近達をぶん殴ることも織り込み済みだったということか。いやまあ、アンゼリカ嬢の婚約者だし、背後にあのタコ女、傀儡人形がいるであろうことを考えるとそういうことをやらかしてもおかしくはないけれども。
「結果としては助かっている部分もある。ブルーノを再びここで働かせることが出来るようになったのはお前達のおかげだ」
「そーゆーことならまーいいんですかね。あ、これ毒です」
「立て続けかよ」
サクっとクッキーを齧ったスロウがそう述べる。これもう厨房に犯人いるんじゃないのか、と思わなくもないが、そのくらいの考えは既に承知の上だろうから問題はない。いや、この状況は大分問題大有りだとは思うが。
「そもそも。フォーマルハウトとの繋がりが大きくなることが気に入らない連中が犯人だとすると、第四王子殿下の伝手を頼ってしまうのは本末転倒では?」
書類の処理が終わったアリアがそう問い掛ける。ああ、そうだな、と第三王子は肩を竦め、これではフォーマルハウト公爵家が調子に乗ってしまうな、と笑う。
あ、これわざとだ。というか第四王子と一緒になってこの機にやっちまおうぜとか画策してる顔だ。
「まあ心配せずとも、ベルンシュタイン公爵家とも繋がりを貰う予定だ。双翼をバランスよく重用しようと思ってな」
「そこまで考えるのに、何でこの間の側近はあんなダメダメだったんです?」
歯に衣着せぬスロウの物言いに第三王子が苦笑する。あれが余計な横槍が入らないギリギリのラインだった、そう述べながら、あれでも一応それなりに優秀だったんだぞと、と続ける。
そうして今日の仕事を終えた俺達は、執務室を後にする。まあ俺とシトリーはどっちかというとこれからが本番だな。護衛をしながら、第三王子と側近の人をそれぞれ部屋まで送り届ける。勿論部屋に襲撃者がいないかどうかの確認も忘れない。
「どうしたもんかね」
それが終わった俺は横のシトリーにそんなことを問い掛けた。今のところ襲撃犯は毒とかその辺りのみで、直接襲撃してくるようなことはない。最初の一件で慎重になっているのだろうとは思うが、あまり時間がかかるのも。
「そうだねぇ……」
そんなことを言いながらシトリーが俺の腕に抱きつく。えへへ、と笑いながら、でも、と言葉を紡いだ。
「スロウちゃんには悪いけれど……エミルくんと一緒にいられて、幸せだよぉ……」
「シトリー……」
まあ確かにここ最近スロウよりシトリーと一緒にいる時間のほうが長い。そう考えるとそろそろスロウの方にも一緒にいてやらないといけないよな、と思わないでも。
いかんいかん、と頭を振った。今は眼の前のシトリーのことを考えてやらないと。いや、まあそんな風に思ったのも、余計なことを考えていないとシトリーのおっぱいの魔力にくらっときそうだったのもあるんですけど。
「……部屋に戻ったら、もっと触ってもいいよぉ……」
トロンとした目で俺を見上げるシトリー。どうやらシトリーもシトリーでそういう気分になっているようである。
「あ、それとも……アリジゴクの方で、する……?」
魅力的なお誘いである。そういえば以前スロウにモンスター姿に欲情するのはお前だけだとか言ってしまったが、シトリーとも付き合うようになってからトラップレシアのアリジゴクも対象になってきてしまってどうしようと悩ましい。
そんな脳内ピンク色のことを考えていたからだろうか。
「――え……?」
ドス、とシトリーの胸から剣が生えた。背後から貫かれたということに気付いた時には、既に二撃目が叩き込まれた後で。
「シトリー!?」
二本の剣を胸から生やしたシトリーがゆっくりと倒れる。それを行った相手は、どうやら暗殺者のようで、闇夜に紛れるための黒装束と素顔を見られないように仮面を被っていた。
「なんだ、勇者級などと称えられていてもこんなものか」
「……お前ら、誰に雇われた」
ふん、と倒れて動かなくなったシトリーを見て暗殺者は仮面の下で笑う。そんな相手に剣を構えながら、俺はそんなことを問い掛けた。当然答えるはずもなし、返答代わりに相手は剣を振りかぶってきた。
成程、この間の襲撃者とは違う。圧倒的に戦い慣れしているな。冒険者で言うならば結構な強さだ。この手の仕事をこれまで請け負ってきたのだろうということを感じさせた。
が、悪いがこちとら勇者級だ。それも、この間同じ勇者級と手合わせの旅をしていた身である。ぶっちゃけバクス、クロード、リィンさん達と比べても圧倒的に弱い。
「暗殺っていうなら、もっとこっそり始末するべきだったな」
剣を叩き斬り、返す刀でぶった切る。切れ味を落としたおかげで殺さずに暗殺者をぶっ倒した俺は、さてではふん縛って第三王子のもとにでも連れて行こうかと足を踏み出し。
「何っ!?」
「狙うなら首だったな」
背後からシトリーと同じように突き刺そうとしたもう一人の暗殺者は、俺の服が剣を通さなかったことに驚愕していた。生憎とこの新しい冒険者服は魔王級三体の素材で出来た特注品でな、生半可な攻撃は通らないのさ。
く、と俺と距離を取った暗殺者は、状況が不利だと覚ると即座に離脱を選択する。
が、遅い。王宮の床が流砂へと代わり、その下からアリジゴクが飛び出してくる。ガバリと暗殺者を捕らえたシトリーは、そのままどうしようかとこちらを見た。ちょっとでも力を込められれば真っ二つになる状況になった暗殺者は、助けてくれ、と命乞いをしている。
「雇い主とか、その辺喋ってくれればまあ、命は助かるんじゃないか?」
とはいっても、と俺は向こうで伸びている暗殺者を見る。あっちもいるし、どっちかでいいから別にいらないか。そんなことを言いながら、シトリー、と可愛い彼女なアリジゴクの名前を呼んだ。
ぽい、とシトリーが放り投げる。どうやら気絶したらしい、暗殺者にしてはお粗末だな。そんなことを思いながら二人とも縛って拘束すると、倒れていた疑似餌を着直したシトリーがこちらにやってくる。
「とりあえず、第三王子さんのところに持って行くのぉ……?」
「まあ、そうだな」
そんなことを言いながら、気絶している暗殺者を見下ろした。あっさりとやられたこいつらだが、そういや最初に何か言ってたな。
そうそう。勇者級と称えられていてもこんなものか、とか言ってたけど。
「ざっとこんなもんさ」
お前らなんぞに、ちょっとでも苦戦なんぞするもんか。