ここのところ王宮で働いていたおかげで王都も別段久しぶりではない。それでもここを選んだのは、単純に色々物が充実しているからだ。アリアの休日に合う何かを探すのならば、選択肢があった方がいい。
「それなら別に城下町でもよかったんじゃない?」
「こっちなら飛竜港の方とも繋がってるしな。単純に二つ街があるようなもんだし」
「成程。考えてるのね」
そう言って嬉しそうに笑ったアリアは、絡めていた腕の力を強くさせる。そうやってぐいぐいとやるとがっつり当たるんだけど、その、いいのか?
「どうしたのよ」
「いや、俺の考え過ぎだな、うん」
「スロウとシトリーと付き合って散々そういうことをしているくせに、何であたしの胸が当たったくらいで動揺するのよ」
「わざとかお前」
「そりゃそうよ」
アリアが笑みを強くさせる。俺をからかって楽しいのかよ。いやまあ楽しいんだろうな。そんなことを思いながら、俺は小さく溜息を吐いた。
そんな俺を見て、アリアはこらこらと声を掛ける。デートなんだからもっと楽しくしなさい、と言葉を続けた。
「スロウが勝手に言ってただけだろ」
「あら。あたしは少なくともデートのつもりでついてきたわよ」
そんなことは知っているだろうに、と俺に視線を向ける。そうしながら、俺もそこは承知の上だろうと確認するように言葉を紡いだ。いや、そりゃ、そうだけど。
「だったらほら、デートを楽しまなくちゃ」
「はいはい」
頷き、そしてもう一度溜息を吐いた。ほらまた、とアリアが俺を咎めていたが、少しくらいは勘弁して欲しい。
ともあれ。俺とアリアのデートなわけだが。スロウやシトリーとアリアは決定的に違うところがある。
それが、服装だ。あの二体は服装も自分自身の擬態で賄うが、アリアはそういうわけではない。服装はきちんと用意した自前のものを着ている。最近は魔物素材のドレスが出来たので依頼や冒険時はそれを着ているのだが。
「どう? これは」
「いいんじゃないか?」
「……さっきからそればっかりね。飽きたの?」
様々な服に着替えたアリアが俺にそう問い掛けてくるが、いかんせんその辺に疎い俺にはどれもこれも悪くない、いいと思う、くらいしか感想が出せない。
そもそも元々の見た目がいいのだ。美少女はある程度どんな服装でも似合う。そして何か奇抜な格好をすることもないので、どれもこれも可愛いのだ。
「まあ、あれだな。普段長いスカートしか見ないから、そういうのも新鮮だ、とか」
「あら。エミルったらあたしの生足が見たかったわけ?」
ぴらり、と普段より短めのスカートを少し捲る。最近ちょくちょくやってはいるが、今回は特に完全な擬態ということで下半身も人型なので、あまり見ないアリアのふとももが顕になった。シトリーやスロウと比べるとすらりとしたそれが目に飛び込み、何やってんだお前と思わず目を逸らしてしまう。
「何よ。スロウやシトリーで見飽きてるでしょ」
「見飽きないっての」
「惚気?」
「そういう意味じゃない」
視線をゆっくり戻しながらそう答えた俺は、アリアが何やら面白そうなものを見付けたと言わんばかりの顔をしているのを見て顔を顰めた。これ、アリアを休ませるという目的は達成しても俺の疲労が積み上がるのでは……?
アリアは結局ワンピースタイプの服を購入し、そのまま着ていくことにしていた。普段より薄手で、しかも露出が高い。そんな格好のアリアが隣に歩いていると、どうにも落ち着かない。それがこいつの狙いなんだろうけれども。
「なによ」
「何、と言われても……。いや、アリアンロッテっぽくない服装だな、と思って」
「別にいいじゃない。今日はあたしを休ませるんでしょ? じゃあたまにはこういうのも、ね?」
「悪いとは言ってない」
笑みを浮かべるアリアからそっぽを向きながらそんなことを述べた俺は、買い物で疲れたしお茶と軽食でも、とカフェに向かった。この間帝国で立ち寄ったチェーン店とは違うそこで、それぞれコーヒーと紅茶、パンの軽食を注文する。
「いい味ね。でも、やっぱりあの時のお茶と比べると少し劣るわ」
「そりゃそうだろ」
あの時、とはフラウマンティスとシトリーの素材から作ったお茶のことである。結局件の伝説の茶葉は味わっていないが、あの後文句が出ていないということは問題なかったのだろう。そんなことを思いながら、俺はコーヒーを一口。
「そう考えると、帝国の依頼と王国の依頼を立て続けに受けたのね、あたし達」
「ん? そういえばそうだな」
帝国からは会談でもてなすための品物の準備、王国は第三王子の周囲の整理とその規模は結構違うが、どちらも普段とは違う依頼であったのは間違いない。勇者級になるとこの手の依頼も受けるのか、と少しげんなりする。
「まあ、あれは特殊な依頼でしょ。それこそ、次は教国の大本から依頼、なんてこともないでしょうし」
「そうやって口にすると来そうで嫌だな」
「ふふっ。でも教国の、教会の大本ならばきっと月の大聖女様よ。そう考えるといつもの依頼と変わらない気がしない?」
まあ言われてみれば。帝国の皇帝や王国の国王と違って、教国の最上位は教会のトップである月の大聖女。だとするならば、今まで何度も依頼を受けたこともあるし、まああまりこういう言い方をしたくもないが気安い相手だ。
そう考えると、確かに教国は何の問題もないような気がしてきたな。今回と前回が特殊だっただけだ。
ふう、と息を吐き力を抜く。余計な心配をしてしまった、と笑う俺に、それはごめんなさいとアリアも笑いながら謝った。
「さ、食事も済んだら王都を見て回るわよ。アリアンロッテじゃなくて、ただのアリアとして今日は楽しむんだから」
「はいはい」
そんな感じで王都をぶらつく俺達。服はもう買ったので、小物を見たり、あるいは本屋に立ち寄ったり、ちょっとした遊技場に行ったりもした。遊技場と行ってもカジノみたいな大きな規模ではなく、射的とかそういう街の屋台の延長線上みたいなやつだ。流石にアーチャーとかの本職は禁止、みたいな札がついていたが、アリアも俺もその辺は違うので問題なく挑戦できた。
「魔法使いはありなのか、この手の狙いは上手そうだけど」
「あたしはそもそも魔法使いともちょっと違うわよ」
そう言いながら射的用の玩具の銃を構える。ぱす、と軽い音がして飛んでいった弾は、的の真横をすり抜けていった。む、とその結果を見て表情を変えたアリアは、もう一回、と銃を構える。
「なるほど」
「どういう意味よ」
三回やって三回とも外したアリアを見て俺は笑みを浮かべる。確かに魔法使いともちょっと違ったな。そんなことを言うと、唇を尖らせたアリアがゲシゲシと俺の腹を殴っていた。地味に痛い。
「じゃあ、あんたはどうなのよ」
「俺? 別にその手のスキルも持ってないし」
同じように三回挑戦し、ものの見事に三回とも外した。まあこんなもんだろ、と軽い調子で述べる俺に、アリアは不満げな表情である。
「なんだよ」
「そこはもっと悔しそうにしなさいよ」
「そう言われても。俺あんまりこういう風に的を狙うってないからな」
「そう? 魔法剣とかで狙い定めてない?」
「あれもそこまで狙ってやってるわけでもないしな」
後それをやる時は基本的がデカい。狙いが逸れても別の場所に当たっているだけだ。そう述べると、ふうん、と若干納得行ってないようにアリアは頷いた。
「まあでも、あたしも割とそうなのかも。爆発や炎で範囲をふっ飛ばしてるものね」
「細かい狙いは苦手ってことか」
「勿論この射的用の銃の作りが悪いっていうこともあるでしょうけど」
本来ならばもう少し狙いは定められる。そんなどこか負け惜しみみたいなことを行ったアリアは、そろそろ行きましょうかと射的場を出た。
じゃあ次は、と道を歩いていると、ぽつ、と雫が手の甲に掛かった。空を見上げると、いつの間にか空は一面の曇り空で。
「あ」
「まずい」
ぽつぽつぽつ、と雫が降ってくる。あとはもうあっという間だ。急に降り出した雨に、通行人も大慌てで雨宿りする場所を探し始める。
それは勿論俺達も一緒だ。急いで濡れない場所に移動しようと視線を巡らせたが、いかんせんその手に適した場所が近くにない。
ああもう、とアリアの手を引いて近場の公園にある休憩所へと駆け込んだ。その頃にはお互いびしょ濡れである。
「もう、せっかく買ったばっかりの服だったのに」
そんなことを言いながら濡れてしまったワンピースを軽く絞る。絞れるほどではなかったらしく、そこは一安心だとアリアは安堵の溜息を漏らしていた。
「でも、羽も濡れちゃったし。雨が止むまで動けないわね」
少し不満げにそう呟く。まあそこは仕方ない、と俺はアリアに返そうとしてそちらを振り向き。
大慌てて視線を逸らした。
「どうしたのよ?」
「い、いや、別に何も?」
嘘である。アリアの薄手のワンピースが水に濡れたことで、体に張り付いて、透けてしまっていたのだ。
ここに他に誰もいなくてよかった、そんなことを思いながら、俺は自分の服の上着をアリアにそっと被せた。
「ほんと、どうしたのよ。どっちみちあんたのこれも濡れてるから――あ」
そんなことを言いながら視線を落としたアリアは、そこでようやく気付いたらしい。そう、普段と違う服装だったので、濡れてびしょびしょになった結果下着が透けていることを。
「普段のドレス姿じゃないから、か。油断してたわね」
「そういうわけだ。ほれ、さっさと羽織ってくれ」
「優しいわね、あんた」
「これは優しいとかそういうのとは違う気がするが」
「そう? じゃあ独占欲? アリアの下着を見ていいのは俺だけ、みたいな」
「なんでだよ」
そう言って笑うアリアを見て、バッチリ透けた下着が見えたので再度慌てて視線を逸らす。だから隠せって。
そんなことを言う俺に、アリアはどこか楽しそうに笑みを浮かべ、別に気にしない、と述べた。
「そもそもスロウやシトリーのもっと煽情的な姿も見てるんでしょ? あたしの下着くらいどうってことないんじゃないの?」
「あいつらは一応彼女だし。そもそもあいつらのそういう格好も別に慣れてないよ」
「あらそう?」
ふうん、と頷いたアリアは、そのまま何故か俺に近付いてきた。濡れて透けている格好を気にすることなく、そっと俺の腕に腕を絡ませる。
「じゃあ、あたしもその中に入れてみる?」
「は?」
「いやらしい姿、見せてあげましょうか?」
「はぁ?」
いきなり何言出してんだこいつ、という表情でアリアを見た俺だったが、そんな反応が楽しくてたまらないというように笑い出したので、からかわれたのだと知って盛大に溜息を吐いた。
そうしながら、ふざけるなよ、と力なく返す。
「あら、本気よ? ――って言ったらどうするの?」
「どうもしない。そもそも俺はスロウが一番だし、スロウとシトリーっていう彼女もいる」
「そうね。それで?」
「だから……いやそもそも何が本気なんだよ。俺にエッチな姿を見せるってことがか?」
「そうね」
「彼女がいるんでお断りします」
そう、とアリアが笑みを浮かべたまま述べた。そうしながら、ということは、と指を立ててクルクルと回す。何か碌でもないことを考えていないかこいつ。
俺のそんな考えを証明するかのように、アリアは笑みを浮かべたまま俺に向かって言葉を紡いだ。
「あたしもエミルの彼女になればいいってことかしら?」
「何がどうなってそうなる」
「好きよ、エミル」
「響かねえよそんな告白」
「あら酷い、本気であんたを愛しているのに」
「嘘つけ」
よよよ、と泣き真似をするアリアをジト目で見る。何を言い出すかと思えば、急にそんな変なこと言い出しやがって。
いや、百歩譲って本気だったとしてもだ。流石にこれ以上彼女を増やすのはどうなのかと思ってしまうわけで。いやスロウの言葉からするとアリアちゃんとシトリーちゃんと云々とか言ってたから受け入れそうではあるが。
まあそもそも本気で告白したようには思えないからこの悩み自体がしょうもないんだけどな。
「まあでも、ちょっとは本気だったわよ」
「ちょっと、ね」
「あんたの彼女になるってのも楽しそうだと思って」
でも、とアリアは笑う。アリアンロッテを目指す自身とエミルの彼女を楽しむ自身は相反する。そう述べ、だから今、休んでアリアだけであるこの時にしか口に出来ない思いだと続けた。
「だからこういうのは今回だけ。どう? 今ならあんたの好きなようにしていいわよ」
そう言ってスロウやシトリーがやったように両手を広げる。抱きしめろ、ということなのだろうか。そんなことを思っていた俺の胸に、アリアがそのまま飛び込んできた。
「うわ」
「判断が遅いわよ。だからあたしから行ってあげたわ」
「お、おう」
「この間もそうだったけど、結構あんたに抱きしめられると落ち着くのよね」
「そうか? スロウやシトリーは……落ち着いて、るのか?」
「落ち着いてるじゃない。……うん、確かにこれはいいわ、癖になりそう」
そのまま暫し抱きしめあった俺達は、どちらともなくそっと離れた。うんうん、と頷いたアリアが、それで、とこちらを見て笑みを浮かべる。
「する? エミルがしたいなら、少しくらいはいいわよ?」
「しません」
あら残念、と別段残念そうでもない様子でアリアが肩を竦めた。