俺が若干疲れて終わったのデートらしきそれを経て、何だかんだアリアのリフレッシュも完了した。まあ何が変わるというわけでもないが、アリアはいつも通りギルドの仕事を手伝っている。
「どーしました?」
「ん? いや、特に何かあるわけじゃないんだけど」
アリアって無理をしてたりするんだろうか。そんなことがふと頭をもたげたのだ。
「こないだのデートで何かありました?」
「何かあったっていうか。いや、何もなかったんだけど」
ワクワクしながら詰め寄るな。お前が期待しているようなことはしていない。というか何でお前自分の彼氏が他の誰かとそういうことになるのを期待してるんだよ。何かその手の趣味でもあるのか?
「別にそーゆーわけじゃないです。エミルの一番がわたしから変わっちゃうのは嫌ですからね」
「だったらなんで」
「アリアちゃんのことも好きだからですよ? シトリーちゃんと同じ理由です」
「……とはいっても、あいつは別にシトリーみたいな感情を持ってるようには思えなかったけどな」
あの時の話だってからかい半分みたいな感じだったしな。そんなことを思いながらスロウに伝えると、うーむ、と何かを悩み始めた。何だ、予想が外れたとかそういうことだろうか。
「いや、案外アリアちゃんも秘めてるんだなって」
「何でもかんでもそういう方向に持ってくのはよくないと思う」
そもそもあいつの最優先はアリアンロッテを目指すことだろ。もし例え誰かのことを好きになったとしても、それは悪役令嬢を目指すことより優先度は低い。実際そんなようなことを言ってたしな。
だからアリアはその辺はっきりしてると思うぞ。恋愛よりも大事なことがあるって。
「だから秘めてるってことなんじゃないですか」
「……何か言ってるとそういう結論になる気がしてきたな」
とはいっても、そもそも恋愛をあいつが今求めているかどうかも定かではないんだからいくら考えても無駄だろう。
まさか面と向かってそういうことを聞くわけにはいかないし。
「駄目ですか?」
「駄目だよ」
残念、と引き下がるスロウを見て、せっかくリフレッシュさせたのにすぐに疲れさせようとするんじゃない、とスロウに述べた。
それを聞いて、はーい、とスロウが頷いたのが前日の話。
「え? アリアちゃんが体調不良?」
翌日ギルドに暇つぶしに来た俺達にお姉さんがそんなことを述べた。スロウは一体どうしちゃんでしょうと心配そうな顔だ。
そもそも、その旨を伝えに来たのが現在一緒に住んでいるメアリーからである。当事者であるアリアは家から出られない状態らしい。
が、そんなに酷いのか、とお姉さんが聞いたところ、メアリーは何とも言えない表情で、まあ大丈夫だとは思うけれど、と返したのだとか。
「どういうことだ?」
「家から出られないけれど、まあ大丈夫、ってことはまあそんなに酷くないってことですかね」
「その割には、連絡もメアリーさん任せ、が気になるよぉ……」
多少の風邪程度なら多分休むと伝えに来るぐらいはしそうだからな、アリアは。そう考えると動けない状態なのに酷くないという謎の症状だということになる。
「心配ですね」
「うんうんうん……」
スロウもシトリーも表情を曇らせてそんなことを述べている。勿論それは俺も同じで、ひょっとして無理に休ませるようなことをしたのが悪かったのか、とか、この間の雨でびしょ濡れになったのが良くなかったのか、とか色々考えてしまう。
「お見舞い、行きましょうか」
「そうだねぇ……」
そんなことを考えている間に、スロウとシトリーはそっちの方向で意見が固まったらしい。じゃあ早速、とそのまま俺を引っ張ってアリアの家に向かおうとする。いやちょっと待て、もし何か移る病気だったらまずいだろ、アリアも気にするし。そんなことを二体に告げたが、だったら伝える時にそう言うと思うという反論で口を噤んだ。
そんなわけでギルドのすぐ近くにあるアリアの家である。まあ病気なら反応もないだろうし、と思いながら入口の呼び鈴を鳴らしてみると、意外にも返事があった。
「アリアちゃん? だいじょーぶですか?」
許可も貰ったので家に入る。スロウが心配そうにアリアを見て、そして思わず動きを止めた。それはシトリーも、そして俺も同様である。
「……何よ」
「いや、何って言うか。家でも気は抜かないって言ってなかったか?」
「そうよ。アリアンロッテを目指す身として、その辺りは常に――いやまあ、一応気を抜く時くらいはあるわよ」
そう言って頭を振るアリア。じゃあ、今がその気を抜いている時ってことでいいんだよな、病気だって話だし。そんなことを尋ねると、あからさまに嫌そうな表情をした。
嫌そうな表情、といったが、多分これは普通の人間には分からないと思う。何でかって、そりゃあ。
「そうじゃないのよ……擬態、出来なくなったの」
蛾の姿、トリックモス本体の姿でアリアがそこにいたからだ。
「擬態できなくなったって……あ、ひょっとして」
思い付いた、とスロウが俺を見る。何だ何だ、俺が何をしたっていうんだ。
「エミルとえっちなことしたから、とか!?」
「しとらんしとらん」
何を言い出すかと思えば、それはお前の、ミミックロウラーの話だっただろ。トリックモスは獲物を食ったとしても擬態のクールタイムなんか発生しないし。
というか俺はこいつに捕食された覚えはない。
「そうね、キスもまだだし」
「まだってなんだよ」
楽しそうに俺をからかうそれは普段通りのアリアであるが、しかし中身はともかく見た目は大分厄介なことになっていそうである。
そもそも、アリアの場合トリックモスの本体を見せることがまずない。悪役令嬢アリアンロッテは蛾のモンスターではないからだ。だから見た目は常に美少女姿の擬態を保っている。
「擬態の限界でも来たのか?」
「そんな簡単な話なのかしらね」
節足を頬に当てながら考え込むポーズを取る蛾。もしそうだとすると再び擬態出来るまでこの姿で過ごさなくてはいけない。面倒そうにそう続けたアリアは、スロウに視線を向けると何かいいアイデアはないかと問い掛けた。
「そーですね。わたしの時みたいに特訓でもしますか?」
「擬態の限界を超えるっていう話ね。まあ、それが一番妥当なのかしら」
「色々大変そうだよぉ……」
まあ確かに。スロウと違って原因不明なのだから特訓するにしても方向性が見えないわけで。
やっぱりその辺聞きに行くべきか? この間みたいに、隠れ潜む百花なり妖精姫なりに。
「そーしますか」
「……あたし、正直この姿であまり出歩きたくないんだけど」
だからこそギルドの仕事も休んだのに、とアリアが渋い顔をする。そうはいってもこのまま原因不明だとどうにもならないだろう。そう俺が返すと渋々であるがしょうがないと提案に乗った。
スロウが《テレポート》を唱える。そうしながら、あ、じゃあこういうのはどうです、とスロウも芋虫姿になる。
「ほら、シトリーちゃんも」
「ふぇ? わ、分かったよぉ……」
疑似餌を脱いでアリジゴク姿になったシトリーも合わせて、俺以外全員モンスターの姿になった。これなら目立たないですね、とかスロウはドヤ顔をするが、これ逆に目立つんじゃないのか。いや、魔物使いがモンスターを連れてると思われるだけってことか。
「どうするアリア」
「……じゃあ、厚意は素直に受けておくわ」
そんなわけで俺達はこの状態で帝国へと向かうことになった。モンスター三体を連れた俺の姿は確かに目につくが、しかしまあ魔物使いかとすぐに視線は外される。
「どーですか」
「喋ると目立つぞ」
「む。そーゆーこと言いますか」
ぶぅぶぅと文句を言いながら俺の背中によじ登る芋虫。そんなスロウをぺしぺしと撫でながら、じゃあ行くかとまずはマスターのいるカフェに向かった。背中越しにスロウが移動用の《テレポート》を出したので、芋虫が聖女の呪文を唱えるというとんでも場面を見られるのは回避される。
そうしてやって来たカフェに入って、アリアとシトリーはようやく普通の声量で喋れるとばかりに溜息を吐いた。
「まあでも、アリアちゃんのためだしぃ……」
「あたしのことは別に気にしなくていいわ。シトリーもスロウも擬態してくれて構わないわよ」
そんな会話をしていると、いらっしゃいませとオルとアルがこちらに来る。何をやってるのかと思えば、とオルは俺を見て呆れたような顔を見せた。いや今回俺は関係ないからな。
「えっと、それで、どうしたんですか?」
アルは素直にその言葉を聞き入れてくれて、ならば何故皆擬態していないのかと聞いてくる。まあこれには理由があって、というのは簡単だが、その辺話していいのかとアリアに視線を向けた。別に構わないと頷かれたので、アリアが擬態出来なくなったこと、原因を探るために妖精姫や隠れ潜む百花に話を聞きに来たこと、アリアだけが蛾の姿だと目立つから全員擬態を解いてきたことなどを話す。最後の部分意味不明だな。
「な、なるほど……?」
案の定アルも首を傾げていた。そうしつつ、まあとりあえずと俺達を席に案内し、マスターに妖精姫と連絡が取れないか聞いてくれる。前回もあった相談なのでその辺りを察してくれたマスターは、すぐに妖精姫を呼んでくれた。
そうしてやって来た妖精姫は、俺以外がモンスター姿なのを見て怪訝な表情を浮かべた。何かあったのかと聞いてきたので、さっきオルとアルにした説明を妖精姫にも行う。成程、と意外にも最後の部分にもある程度共感してくれた。
「それで、今回はアリアさんってことっスね」
「はい」
ううむ、とアリアを見やる。そうしながら、一応聞くけれど、と妖精姫は言葉を紡いだ。
「エミルさんと性行為をした、ってことではないんスよね?」
「なんでそうなる」
「前回の相談がそうだったんスから、しょうがないっスよ。それに知ってるっスよ? エミルさん、シトリーさんにも手を出したって」
まあ当事者がいいならいいけれど、と妖精姫は溜息を吐く。手を出したっていう言い方がちょっと誤解があるというか、いやでも実際そうだから何も言えないというか。まあでもそうだよな、その辺の批判も受けることを織り込み済みでシトリーも彼女にするって決めたんだから、そこは素直に受け止めるしか無い。
俺のその覚悟を察したのか、妖精姫は苦笑しながら、モンスターは複数のメスがオスを共有することもあるから、とフォローのような言葉を告げた。ああ、やっぱりみんなそこなのね。
話が逸れた。とりあえずシトリーには手を出したが、俺はアリアとそういうことはしていない。
「そうなると、単純に擬態能力が落ちた可能性っスかね」
「何で急に」
「その辺りは心当たりを探ってもらうしかないっスけど。どうスか? アリアさん。何か心当たりは」
「ないですね。あればもう少し具体的な対処を聞いていますし」
「まあ、そうっスよね」
ううむ、と妖精姫は顎に手を当て考える。そうしながら、まあちょっとあいつにも聞いてみるかと呟いた。
席を立つ。帝都の居城に行こうと述べた妖精姫は、俺達の姿を見てどうしようかと眉尻を下げた。そうした後、まあそのまま向かえばいいか、と考えるのをやめる。
そんなわけで芋虫、蛾、アリジゴクを連れた俺はカフェを出て居城まで向かう。普段とは違いモンスターを連れている俺を見た門番は怪訝な表情を浮かべていたが、そのモンスター達がいつもの声で喋ったことで納得をしたらしい。今日は珍しい恰好なんですね、などと頷いていた。隠れ潜む百花が城にいることやクーヤがよく通っているのでその辺受け入れるのが早い。
「まぁためんどぉなこと?」
そんなわけで対面した隠れ潜む百花は俺達を見るなりそんなことを述べた。滅茶苦茶嫌そうな表情である。まあ来るたびに厄介事持ってくるわけだし、向こうの気持ちも分からんでもないな。
「そう言わずに、ちょっと見てやってくれないスか?」
「めんどぉ」
そう言いつつ、隠れ潜む百花はスロウとシトリー、そしてアリアを見た。そうしながら、めんどぉ、ともう一度述べる。
「べぇつに、擬態能力失ってるわけじゃないやん」
「ん? いやスロウとシトリーのことなら、アリアが擬態できないからって」
「そぅじゃなくて」
す、と視線を蛾のアリアに向ける。え、とアリアが言葉を漏らすのを気にせず、そういうことだ、と隠れ潜む百花は締めた。
「ど、どういうことっスか? スロウさんの時とは違うんスよね?」
「そぅよ。能力はちゃぁんと残ってる。だから擬態できない理由は、めんどぉなやつよ」
「面倒なやつ?」
「人型にだけなれない」
「え?」
「そぅいうこと。あとは自分で見付けるんやね。うちに言われてもめんどぉやわ」
そう言って欠伸をした隠れ潜む百花は後ろで見ていたリベルト皇子の隣に座った。笑顔のリベルト皇子はそのまま隠れ潜む百花を膝枕して頭を撫でる。そのまま満足したのか、隠れ潜む百花は眠ってしまった。
「さて、マイハニーは眠ってしまったのでここまでだね」
流石にリベルト皇子にそう言われてしまえば、こちらもそれ以上踏み込めない。それに、確かにある程度は導線を教えてもらった。
アリアの擬態能力は別に失われていない。ただ、人型にだけなれない。人型以外に擬態する気がなかったから、擬態そのものが出来ないと思っていただけだ。と、そういうことらしい。
「人型にだけなれない理由……」
ぽつり、とアリアが言葉を零す。何か心当たりがあるのなら、と思ったが、アリアはゆっくりと頭を振った。
「……しょうがないから、暫くはこの姿で過ごすわ」
「それは、いいのか?」
「なによ。あたしがこの姿じゃ不満?」
「別にそういうわけじゃない。お前がいいなら、それで」
「じゃ、いいでしょ。スロウもシトリーもありがと、もういいわよ、擬態してても」
そう言って軽い調子で言ってのけるアリアを見て。俺はどうも何か言いようのない不安を感じていた。だから、もう一度アリアに問い掛ける、いいのか、と。
「さっきも言ったでしょ。――あんたがいいなら、いいわよ」
「俺が理由でいいのか? だってお前は」
「あたしが何?」
「……いや、なんでもない」
あんなにアリアンロッテにこだわっていたのに。その言葉は、何故か口に出せなかった。