幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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決着


第二百三話

「あら、やっとあたしを殺してくれる気になったのかしら?」

「そんなわけないだろ」

 

 武器を構えた俺を見たアリアが嬉しそうに笑う。そうしながら、じゃあ遠慮なく、と鱗粉を飛ばしてきた。状態異常は他でもないアリアの素材を含んだこの装備で防げるので問題ない。そんなことをアリア自体も分かっているのか、基本鱗粉は爆発か炎の渦かの二択だ。

 それらを躱しながら、俺はアリアに攻撃出来ず攻めあぐねていた。

 

「どうしたのエミル? 武器を構えた割にはちっとも反撃してこないじゃない」

「こっちにはこっちの事情があるんだよ」

「事情? ああ、あたしが空中にいるから攻撃しづらいとか? エミルが今更その程度の距離で苦戦するとは思えないんだけど」

「単純にお前が強い、って可能性もあるぞ」

「嬉しいこと言ってくれるわねエミル。好きよ」

「ああそうかい。俺もだよ」

 

 軽口を叩きながらアリアの攻撃を躱し続ける。やっぱりそうだ、と俺は確信を持った。

 明らかにアリアは手を抜いている。いやまあ屋敷ごと吹き飛ばす可能性があるから全力全開でやれないのは分かるが、逆に言えば本能で戦っているというわりにそんな配慮をしている時点であの言葉は嘘だ。

 だから、やっぱりあいつの望みは、ここで討伐されること、になる。

 

「アリア」

「どうしたの?」

「アリアンロッテに未練はないのか?」

「……今更ね。だってほら、見て? あたしの手、アリアンロッテとは似ても似つかない虫の節足よ? こんな状態で何が出来るって言うのよ」

「それは今擬態できないからで、また能力が戻れば」

「無理よ。あたしはあの姿にはもう擬態出来ない」

「何で分かるんだよ」

「アリアンロッテは恋なんかしないわ。あたしがエミルに恋した時点で、もうアリアンロッテにはなれないの」

「そんなことはないだろ。そもそもアリアンロッテがギルドで働くのがありなら、恋だってしてもいいだろうに」

「しないわよ、アリアンロッテは孤高の存在よ。誰かに寄り添うなんて解釈違い」

「アリアンロッテへのこだわり捨ててないじゃねえかよ」

 

 思わずそんなことをツッコミ入れながら、むしろ捨ててないからこそか、と思い直した。自分がアリアンロッテに近付けなくなったから、だから。そう考えて自棄になったと考えたほうが納得がいく。

 じゃあなんだ、俺への告白も自棄になったから言ったってことかよ。

 

「おいアリア」

「なによ」

 

 こちらを向いたアリアに、さっきの俺の考えをそのまま問い掛けた。一瞬動きを止めたアリアは、ギチリと虫の顎を鳴らすと、その複眼を微妙に逸らす。こいつ、マジかよ。

 

「……でも、気持ちは本当だもん」

 

 ポツリ。そんなことを呟いたアリアは、開き直ったように何が悪いと節足をビシリと俺に向けた。いや何が悪いって色々悪いだろ。

 

「何よ、そもそもあんたが鈍感でヘタレなのが悪いでしょ!」

「なっ。いや、まあ、確かにその辺はスロウやマイア姉さんにも言われるけど、けど、お前は流石に意外だったし」

「あたし結構あんたに好意見せてたけど!?」

「からかい半分だっただろ」

「そりゃ、そうだけど」

 

 少しは本気にしてくれてもいいじゃない。節足をツンツンしながらそんなことを述べたアリアは、キッと睨むようにこちらを見た。もう許さんとばかりに虫の顎をギチギチと鳴らしたアリアは、再び羽から鱗粉をばら撒いていた。

 

「いいから、あたしを討伐しなさいよ!」

「嫌だよ! 何で大事な彼女を討伐しなきゃいけないんだよ!」

「かのっ――こほん、そうね、あたしあんたの彼女になったんだものね」

「ああ、分かったら大人しく」

「じゃあ、彼女の最期のお願いくらい聞いてくれてもいいでしょ?」

「嫌だっつってんだろ。後勝手に最期にするな」

 

 決めた、と武器を仕舞う。切れ味ゼロの悪徳の剣すら無しにして、俺は無手でアリアに向き直った。

 

「何でよ? あたしがもういいって言ってるんだから言う事聞きなさいよ」

「俺が嫌だって言ってるんだから、絶対に聞かない」

「じゃあ、あんたを殺して食うわ。そうすればスロウかシトリーがあたしを殺してくれるでしょ」

「それも無理だな。俺はお前に殺されないし」

 

 そもそも、言い分がもう既に滅茶苦茶だ。本能のままに人を食うから俺に襲い掛かる、じゃなかったのかよ。そんなことをアリアに述べると、うるさい、と返された。

 

「だってもうアリアンロッテになれないのよ!? あたしの目指すものが無くなっちゃったの! 生きる意味が、無くなっちゃったのよ!」

「別にアリアンロッテが恋してもいいだろ。新解釈でいけばいいじゃないか」

「はぁ!? そうやってキャラの根底を捻じ曲げるのが一番キライなのよ!」

 

 ぶわ、と鱗粉を周囲にばら撒く。さっきのも合わせてさらに倍。しかも今度は割と本気で殺意の籠もってるやつだ。

 ちくしょう、やっぱりこいつアリアンロッテ強火オタクだ。

 

「吹き飛べ!」

「やなこった!」

 

 エントランスホールが盛大に爆発する。それでも屋敷ごと吹き飛ばすというレベルになっていない分、理性は残っていると安心する思うべきか。さっきと比べると結局アリアンロッテを馬鹿にされたと判断した時の方がブチ切れている分まずいと思うべきか。

 けほ、と爆発に巻き込まれて少し焦げた体を鞘を使って回復しながら考える。まあ結局のところ、今のアリアの暴走はアリアンロッテになれなくなったと絶望しているところが大きい。そしてその理由は。

 

「どうすりゃいいんだ?」

 

 振ってしまえば解決、みたいなのは流石に勘弁して欲しい。そもそもアリアンロッテは恋をしない、というのが問題なのであって、もうその時点でアウトだから結果がどうあれ関係ないはずだ。

 というわけで、アリアを俺の彼女の状態のまま何とか説得するのが一番最善ということになる。多分、きっと。

 とはいったってなあ。アリアンロッテが恋をする、という部分を認めさせたとして、じゃあ今度は他に彼女がいる男にアリアンロッテが恋するか、という部分がなあ。

 

「何を考えてるのよ」

「お前のことを考えてんだよ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 そう言ってクスクス笑うアリアは普段通り。だが、その奥底ではアリアンロッテのこだわりが沸々とマグマのように流れている状態だ。さっきみたいにきっかけがあればすぐにドカンと来る。

 まあ普段のアリアもそうなんだけど。いつもよりさらに危険度が増していると言うか。

 

「なあ、アリア」

「もう、さっきからそればっかりじゃない。さっさとあたしを討伐しなさいよ」

「まあ聞けよ。アリアンロッテの元ネタ、というか本物というか。ベルンシュタインとフォーマルハウトの公爵令嬢がいるだろ?」

「セフィーリア様とアンゼリカ様がどうしたのよ」

「あの二人、両方婚約者がいるだろ。それも割とちゃんと仲が良い」

 

 ピクリ、とアリアが反応した。アリアンロッテが恋をするのが根底を捻じ曲げて駄目だというのならば、その大本であるセフィやアンゼリカ嬢のことを踏まえさせてしまえばいい。根底を捻じ曲げるというより、根底がそれであれば。

 

「……セフィーリア様はあくまでお見合いだったけれど、でもその後候補から正式な婚約者になるくらい仲を深めて……アンゼリカ様は政略結婚の部分があるけれど、仲睦まじくて」

 

 ぶつぶつと何かを呟いている。よし、割といい感じに新解釈、というか解釈の根底を覆すことに成功出来たような気がする。

 

「成程」

「どうだアリア、アリアンロッテも恋していいんじゃないのか?」

「……そうね、そうかもしれないわ」

「だったら」

「ねえ、エミル」

「ん?」

「アリアンロッテは、あんたに恋すると思う?」

「え?」

 

 思わず俺は言葉を止めてしまった。いやだって、する、と答えたら間違いなく解釈違いだって再び大爆発だし、しないと答えたらやっぱりそうだアリアンロッテになれないって自棄になるループだ。どっちに転んでも終わりである。

 そんな俺の心情を表情か何かで察したのだろう。ふぅ、と溜息を吐いたアリアがゆっくりと下りてきた。俺の近くまで来ると、そんな顔しないの、と笑みを浮かべる。

 

「あんたが何を考えてるか丸分かりよ。ちょっと意地悪な質問したかしらね」

「ああ、そうだな」

「そこは嘘でもそんなことないって言いなさいよ」

「ここで嘘ついてもしょうがないだろ」

「ふふっ、確かにそうね」

 

 クスクスと笑ったアリアは、そのまま複眼の視線を落とした。節足をワシワシと動かしながら、やっぱり自分はアリアンロッテになれない、と小さくぼやく。

 

「俺は、そんなことないと思う」

「何で、そんなこと言えるの?」

「そりゃ、ずっとアリア見てたからな。アリアンロッテになるための努力を欠かさないんだから、その程度で揺らがないだろ」

「実際揺らいでるからこうなってるんだけど」

「また元に戻るだろ」

「簡単に言ってくれちゃって」

 

 でも、ありがとう。小さく呟いたアリアは、それじゃあちゃんと責任を取ってもらうから、と顔を上げた。何だかよく分からんが、俺は一体何をすれば良いんだ?

 それを問い掛けると、そうね、とアリアは考え込むように節足を顎に添えた。

 

「あたしを信じてくれればいいわ」

「信じるって……アリアがアリアンロッテになれるってことをか? それなら」

 

 別に言われるまでもなくいつも思ってるぞ。何だかんだそこを疑ったことは一回もない。いや、そんな態度じゃアリアンロッテになれないぞ、と文句を言ったことはあったがまあ、その辺は置いておいて。

 そんなことをそのままアリアに伝えると、何が面白かったのかアリアは盛大に笑い出した。

 

「なんだよ」

「いや、違うの。ありがとう、エミル。あたし、あんたを好きになってよかったわ」

「よく分からんが、俺の答えはお前の役に立てたのか?」

 

 ええ、とアリアは頷く。そうしながら、でも、と少し考え込むような仕草を取った。

 

「今のあたしは元々の擬態能力だけじゃなれないわ。だから、この間みたいに魔王級になったことで使える部分を併用して、ようやくあの姿になれるって感じだけれど」

「何か問題あるのか?」

「他の擬態は使えなくなるわ。この間見せたみたいなことや、それこそ他の人型になることも」

 

 まあ元々使ってなかったことだし、デメリットらしいデメリットじゃないような気はするけどな。そう告げると、アリアは少しだけ呆れたように笑った。せっかく擬態能力を使って色々役に立ってやろうと思ったのに、と述べた。

 

「そんなことしなくても、アリアは十分役に立ってるよ。スロウやシトリーだってそう言うさ」

「そうね。あの娘達なら言いそう」

 

 そう言うと、少しだけアリアは俺から離れた。そうしながら、ねえ、と俺に言葉を紡ぐ。

 

「結局、討伐はしてくれないのね」

「する必要もないだろ」

「あら、そう。だってあたし、見ての通り蛾よ?」

「それが? 俺の彼女は芋虫とアリジゴクだ。蛾が増えたからって何の問題もないだろ」

「あら開き直った」

「諦めたんだよ」

 

 はぁ、と溜息混じりにそう言うと、アリアはクスクスと笑う。そうしながら、じゃあ、と体をゴキゴキと変化し始めた。

 吹っ切れた、あるいは受け入れた。そう考えて良いんだろう。アリアは蛾の姿から、これまで見慣れていたあの姿に、アリアのイメージするアリアンロッテの姿へと擬態していく。

 薄く赤紫がかったウェーブロングの髪、ツリ目気味の黄色い瞳、美少女と言っても何の問題もない顔立ち。

 そして、ぷるんと揺れるそれなりの大きさの胸に、細い腰、形の良いヒップに、スラリとした太もも――ってちょっと待て。

 

「アリア!?」

「どうしたのよ」

「服! 服を着ろ!」

「そう言われても、あたしはスロウやシトリーと違って自前で服の部分は用意できないもの」

「いやだからって」

「どうしたのよエミル」

 

 そう言って一歩踏み出してくる全裸のアリア。視線が胸とか腰とか尻とかそれこそもっと見ちゃいけない場所とかに移動しそうになるのを必死でこらえ、俺は真っ直ぐにアリアの顔を見た。

 

「そんなに見詰められると照れるわね」

「ああそうかい」

「何? そんなにあたしの裸が気になるの?」

 

 さらに一歩近付いてくる。生のおっぱいが目の前で揺れていて、思わずそこに視線が行ってしまった。慌てて視線を戻すと、いたずらが成功したかのように笑っているアリアの顔が。

 

「別に遠慮なく見ればいいじゃない。彼女なんだし」

「アリアンロッテはそんなことしないだろ」

「今はただのアリア。アリアンロッテは休憩中よ。――難しく考えなくても、別にそれでよかったのよね」

 

 そう言って柔らかく笑うアリアは非常に可愛らしく。俺はそんな表情を見ることにすら照れてそっぽを向いてしまった。む、とそんな俺を見たアリアががばりと抱きついてくる。全裸で。

 

「アリア!?」

「なによ。今はあたしを見る場面でしょ?」

「それは、そうだけど」

 

 ほれ抱きしめ返せ、と催促してくるアリアをそっと抱きしめると、アリアは嬉しそうに目を細めた。

 

「隙あり」

 

 その姿をぼんやりと見ていると、アリアが俺の唇を奪う。な、と目を見開いた頃には、既にその一瞬のキスは終わっていた。

 

 

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