本戦の始まりである。ここからは多数の試合ではなく会場で一戦ごとに行われる。注目度も当然、予選の比ではない。
そんな中でも予選で活躍していた面々は注目され、観客はそんな注目選手を見に本戦にやってきているわけだが。
「やっぱりスロウも注目されてるんだな」
「そりゃそうでしょ」
大魔王級聖女である、ということを除いても、まあ見た目で人気は出るだろうし。そんなことを続けながら、それは他の面々も一緒か、とアリアは視線を巡らせた。
女性冒険者はまあ、いないことはない。本戦出場もしている面々の中には、見目麗しいが確かな実力を持った冒険者、上級の面々もちらほらいる。あの時のユニコーン騒動の時に俺達のファンになったとか言ってた冒険者二人も本戦に出ているらしい。
「思ったより実力者がいるな」
本戦出場するからにはまあそうだろうけれど、なんて軽口を叩きながら、しかしまあスロウ達に匹敵するようなのはいないだろうなと座っていた椅子の背もたれに体を預けた。
現在の俺達の仕事は審判である。運営側としての仕事として一番選手を近くで見れる場所、ということで用意された立ち位置だが、贔屓はしないように、と釘を差された。いや、贔屓も何も、別にそんなことをするつもりはないんだけどな。
「エミル様はスロウ様が勝つのを確信しているのですよね」
昨日出会ってからからこちら側に合流したコイナがそう述べる。いやそれだとなんか贔屓しているみたいに聞こえるからちょっと違うんだけど。そんなことを思いながら、始まる本戦に視線を向けた。そもそも審判と言っても俺達は複数いるうちの審判の一つなので、ぶっちゃけ贔屓のしようもない。
そんなことを思いながら試合を見ていると、ふと気になる連中を見付けた。あれって第三王子の周囲を掃除した時にいた連中じゃないか? 雇われか暗殺者かどっちかは忘れたが、捕まったはずなのにここに出ているということは何かしらあったのか。あるいは他人の空似か。そもそもあの時顔隠してたからはっきりと確認できなかったし、似てるだけかな。
「どうしたのぉ……?」
「ん? いや、ほら、あの辺の連中」
シトリーにもあれあれ、と指差して伝える。が、首を傾げ、多分服装が似ているだけだと言われた。じゃあやっぱり俺の気のせいか。
「あるいは、同じ集団の連中か、ね」
アリアも会話に割り込む。俺達の話を聞いていたらしく、それなら服装が似ているのも頷けるんじゃない、と言葉を続けた。ああ、成程ね。そういう組織の連中が何かしらの目的で武闘会に参加してる、ってことか。
「また第三王子狙ってるとかか?」
「だとしたら無理でしょ。ここに勇者級がどれだけいると思ってんのよ」
やれやれ、とアリアが肩を竦める。そうだよな、運営側ということはそういうお偉いさんの護衛も当然担っているわけで。
まあそもそもお偉いさんの中に教国は教会代表として月の大聖女、帝国はリベルト皇子のお連れとして隠れ潜む百花が混じってる時点で絶対に無理だけど。この間の連中みたいに勇者級をある程度嘗めてかかっていても、属性頂点相手に油断もクソもない。
「そうなると単純に賞金目当てかもしれないわね」
俺達の話を聞いていたラティがそんな呑気なことを述べる。まあその手の集団の活動資金って依頼だろうし、この間の第三王子の件で失敗して金がなくなったって可能性もないことはないけど。
どちらにせよ、あの連中の望むものは手に入らないだろう。大会で勝ち上がるのも、お偉いさんを害するのもどちらも不可能に近いからだ。
そんなことを思っているうちにスロウの番である。俺達の姿を見付けると、嬉しそうに両手でブンブンと手を振っていた。
「エミルー、愛してますよー!」
大勢の観客のいる前でのそれに会場がざわめく。観客も選手も視線はそれを言われた方である俺に思い切り向けられていた。
はぁ、と溜息を吐く。俺もだよ、と返すと、会場がワッと沸いた。いや試合で盛り上がれよそういうのは。
「よし、エミルの愛情パワーも貰ったんで、ばっちりいけます」
試合場に上がったスロウが拳を握る。一方の対戦相手は、そんなスロウを見て苦笑していた。本当に大丈夫か、という顔である。
「本戦まで来るということはそこそこ実力はあるということなんだろうが」
どう見ても華奢な美少女がやる気満々で拳を握っていても、まあ何の冗談だと思わないでもないだろう。けどまあ冒険者って結構そういう人達多いし、見た目で油断するとひどい目に遭うのは何でも一緒だ。この大会にもスロウ以上にぶっ飛んだ公爵令嬢がいるし。
しかしその反応ということは冒険者ではないのだろうか。あるいは、俺達のことを直接は知らないか。どっちにしろ、まあそうなるともうオチは見える。
試合開始の宣言と同時、対戦相手は遠慮なくスロウに武器を振り下ろした。流石に予選と違って完全に油断はしていない。相手をある程度の実力者だと認定して攻撃している。
が、まあ相手はスロウである。向こうは見た感じよくて上級の実力だ。対戦相手の攻撃を軽く躱すと、そのまま顎に向かってアッパーカットをぶち込んだ。顎を揺らされた対戦相手は、そのままゆっくりと倒れ伏す。文句なし、スロウの勝ちだ。俺達が何か言うまでもない。
「やっぱりこれは決まりかしらね」
アリアの呟きにそうだな、と返した。何が決まりかって、このまま本戦を勝ち進むのはスロウ達だろうっていうことだ。多分敵らしい敵もいないので、スロウ、クーヤ、アル、セフィは間違いなくどんどん先に。
「なっ!?」
「すいません。私、こう見えて結構力持ちなので」
目の前の試合場では美少女シスターが明らかに体躯の違う男の一撃を受け止め、あまつさえそのまま持ち上げるという光景が繰り広げられていた。ああ、そういえばラミューがいたな。そんなことを思っている中、ラミューはそのまま持ち上げた男を場外に放り投げた。基本的に勝ち方はそれで一貫している。まあ魔王級サラマンダーの膂力で普通に殴ると生半可な人間はぺちゃんこだからしょうがないとも言えるけど。
勝利を収め試合場を下りるラミューは、そこで俺達に気付いてぺこりと頭を下げた。
「ご心配無く。今回はイゼルブさんも大人しくしているはずです」
「ああ、それは一応直接聞いた」
「あら、そうでしたか」
そう言って笑顔を見せたラミューは、となると心配は私の方ですか、と自身を指差した。そうしながら、別に暴れるつもりはありませんよと述べる。
「賞金が手に入れば、孤児院の足しになるかと思いまして」
「成程な」
頷いた俺は、しかしそれは中々大変だぞ、と返した。俺のそれを聞いたラミューは苦笑しながら頬を掻く。
「スロウさん達が出場しているのは予想外でした」
「だろうな。あ、これはお節介だけど、スロウとクーヤだけ見てると足元を掬われるぞ」
アルもいるし、何よりセフィがいる。スロウと当たるまでは余裕だと思ってるとこの辺とぶち当たって負ける可能性が出てくるからな。
俺のアドバイスを聞いたラミューは、成程と頷き、気を付けますと告げて去っていった。
「本当にお節介ね」
「いや、別に悪事をしてるわけでもなし、知り合いなんだからそれくらいは言ってもいいだろ」
「そういうところだよぉ……」
何がどういうところなのか分からないが、アリアとシトリーは俺の行動を見て溜息を吐いていた。
「別にあの娘とエミルは何かなる感じじゃないし、いいでしょ?」
「そうだけどぉ……」
ラティはその辺俺の側についてくれている、でいいのか? なんか違うがまあ咎めるような感じではないらしい。そんなことより他の試合が始まるぞ、と試合場を見るよう促している。確かに一応審判をやっているのだから、試合を見ていないはまずいな。
そんなこんなで本戦は進む。クーヤもスロウと同じく危なげなく勝利を収め、アルは件の俺達のファンになったあのツインテールの冒険者と勝負になっていた。
「いくよアルちゃん!」
「はい! お願いします!」
何だかんだあれからも経験を積んでいたのであろう冒険者はアルに食らいついていくものの、しかしやはり魔王級を討伐した地力を持つアルに勝利は傾いた。
いやー負けた負けた、と敗北したツインテールの冒険者の方もスッキリとした顔をしている。どうやら全力を出し切ったらしい。
「こうなったら目指せ優勝だよ!」
「はい、頑張ります」
そう言ってお互い握手をする。その光景に観客も沸いた。そうそう、さっきのスロウの発言とかじゃなくて、こういうので沸いてくれよ。
ともあれ。試合はさらに進み、ついにセフィの出番がやってきた。腰に刺突剣を何本も差しているのは中々に変だが、まあこればっかりは仕方ないだろう。そうしないと早々に素手で戦う羽目になりそうだしな。
さて、そんなセフィの対戦相手は。
「ん?」
「さっき言ってた連中の一人みたいね」
あの時の暗殺者だかなんだかに似ている格好をした連中だ。持っている模擬武器を構えながら、真っ直ぐにセフィを見詰めている。そこは相手が一見するとただの令嬢であるということをまるで考慮していないようであった。まあこの大会としては正しい姿勢だ。
試合開始の合図と共に、対戦相手は武器を横薙ぎに振るった。速い、思ったよりずっとだ。この感じからすると、モンスターで言うなら準魔王級はある。あの時の連中より上だ。
じゃあやっぱり格好が似ているだけか。そんなことを思いながら、俺は武器がセフィに叩き込まれるのを眺めていた。
「……っ!?」
「鋭く、速い。中々の一撃でしたわ」
いつの間にか抜刀していた刺突剣で、相手の模擬武器、槍の薙ぎ払いを受け止めていた。まあ当然ながら使用している模擬武器の刺突剣は特注品でもなんでもないのでその一撃で砕けたが。
砕けた刺突剣を投げ捨てると、セフィは新たな刺突剣を抜き放つ。では今度はこちらの番。そんなことを言いながら、一瞬で間合いを詰めて突きを繰り出した。対戦相手はやはり中々なもので、それに反応しガードしようと武器を構えて。
「かはっ……!」
そのまま、武器ごとぶち破られた。当然ながらセフィの持っていた二本目の刺突剣が砕け散る。その一方で、一撃を叩き込まれた対戦相手は、砕けた武器を持ったままその場に倒れた。
馬鹿な、と向こうの仲間であろう連中が目を見開いている。まあ普通公爵令嬢があんな一撃を叩き込めるとは思わないよな。現にフォーマルハウトの方は極々普通の――普通かあれ? いやまあ戦闘能力は普通の令嬢だから普通だな、うん――公爵令嬢なのだから、セフィがおかしい。
まあとにかくセフィの勝ちである。担架で運ばれていく対戦相手をセフィは一瞥すると、こちらに視線を向けて笑みを浮かべた。
試合場を下りたセフィは、そのままこちらにやってくる。スロウさんと対戦するのが楽しみですわね。なんて言いながら俺の隣に立つと、少し気になることが、と耳元で告げた。
それを聞いた俺は一旦審判を皆に任せ、セフィと一緒に会場の廊下の隅、人気のない場所に移動する。
「どうしたんだ?」
「はい、私の対戦相手ですが。どうも暗殺者の集団の一人であったようなのです」
「第三王子の時にも雇われてたやつか?」
「それは流石に分かりませんが。私も貴族の端くれですので、その、そういった手合いの情報もある程度入ってくるものでして」
公爵令嬢が端くれかどうかは分からないが、まあとにかく。そうなると、俺達の予想していたことがバッチリ合っていたことになる。この大会のどさくさに何かをしようとしている可能性がある、というわけか。具体的にはお偉いさんの暗殺とか。
「それは、どうでしょうか。知っての通り、貴賓席には月の大聖女様や隠れ潜む百花様もいらっしゃいますし」
「まあ暗殺は無理だよな」
これが傀儡人形一体だけとかだったら、人間の騒ぎに手を出さないとか言って万が一の可能性があっただろうけど。よりにもよってお節介な月の大聖女と、面倒だから周囲の殺しを嫌がる隠れ潜む百花のコンビである。まず確実に止められる。
ついでにいうと俺達勇者級も運営側にいる。それこそ魔王級を二桁単位で送り込むようなことでもしない限り不可能だし、それはもう暗殺でも何でもない。
そうなるとまあ結局ただの腕試しとかで来ているだけなんだろうか、ということになるわけで。
「まあ、暗殺者とはいえ常にそればかりをしているわけでもないでしょうし、そういう可能性もなくはないでしょう」
「まあ一応気を付けておく、ってことでいいんだろうか」
腕試しなら何の問題もないが、もし何か良からぬことを企んでいるのならば、か。
「まあでもぶっちゃけ暗殺者集団だって分かってんならそのまましょっぴけばいいような気もするけどな」
「今現在その仕事で動いている気配がない以上、難しいでしょうね」
お抱えの貴族とかもいるかもしれないし、となると、確かにそりゃ面倒だ。まず捕まえて、それからから罪状吐かせる、も流石にって感じもするし。
出場資格に規定はないから、現状ルールに則っている以上暗殺者だからって失格にするわけもいかないしな。実質野放しになっているモンスターが出場してる時点で、危険だから、も通用しないし。
まあ、しょうがない。どっちみちあの集団の強さはさっきの対戦相手のことを踏まえても準魔王級モンスターと同等くらい、もし親玉がいても魔王級一体分だろう。ここにいる面子を相手取るには間違いなく心もとない。大丈夫かそうでないかでいえば間違いなく大丈夫だ。
「まあ、一応その辺の話はアリア達や他の勇者級にも伝えておく」
「はい。よろしくお願いしますわ」
ではまた次の試合で、とセフィは立ち去る。俺もそのまま試合会場に戻り、アリアやシトリー、コイナやラティにその辺を伝えた。次の試合で会場に来たらスロウとクーヤにも伝えるつもりだ。
「では、他の勇者級への伝言は私が」
そう言ってコイナが立ち上がる。ならラティも、と立ち上がった二体によろしくと頼み込んで、俺達はスロウとクーヤの出番を待った。
「そんな気にするほどでもなさそうですけどね」
「心配、過剰」
そうしてやって来たスロウとクーヤに伝えた反応がそれである。それってあの連中ですよね、と思い切り指差したスロウは、何だあいつと見られているのも気にせず言葉を発していた。
「まあセフィちゃん先輩が言うからにはちょっとは気を付けますけど」
ふむ、と顎に手を当てて考え込んだスロウは、いっそ直接聞いちゃいますか、とか抜かしやがった。何言ってんのお前。
「いやだって、わたしの次の対戦相手あっちの人ですよ?」
バッチリ聞き出してみせますよ。そう言って胸を張るスロウを見て、俺はやれやれと溜息を吐いた。