本戦二日目。予選、本戦初日を勝ち上がってきた精鋭がひしめき合うその中に、まあモンスターが四体も入っているとは誰が予想しただろうか。こうなるとひょっとしたら俺の知らないモンスターが混じっていてもおかしくない気までしてくる。
「人間限定にした方がよかったのかもな」
「そもそもモンスターがルールに則って参加するっていうことが特殊なのよ」
「本来モンスターであるはずの属性頂点が人間社会に関わってんだから、なくはないんじゃないのか?」
「それは、そうだけどぉ……」
ううむ、とシトリーが悩む。まあ確かに人に紛れたモンスターが出場したとしても、それなりの強さならば普通に戦って普通に勝ったり負けたりして終わりである。
なのでどっちかというと、問題は魔王級の連中が参加したことにあるのかもしれない。
「でも、アルちゃんなんかは上級冒険者として普通に過ごしている魔王級だしぃ……」
「それはむしろアルだけ想定通りのレギュレーションだっていう話にしかならんぞ」
それにアルも勇者級に片足突っ込んでるようなものだし、他の上級者とは大分強さが違う。まあまだオルと一緒なら、というただし書きがつくのかもしれないが。それでもここまで来れるということはちゃんと実力を持っているのだろう。
「まあもう気にしても仕方ないわよ。もし駄目だったら次回開催時にルール変更があるでしょ」
あるかは知らないけど。そんなことを言いながら、それに、とアリアは出場者を眺める。別に勝ち抜くのがあの面々だって決まっているわけじゃないでしょう。そう続けた。
「んー。でも見る限りモンスターでいうなら準魔王級ばっかりだな」
「その強さを持っているならちゃんと精鋭ってことね。冒険者で言うなら上級の上澄みってことでしょ?」
「冒険者も混じっているけど、そうでない人もいるよぉ……。結構強い人っているものなんだぁ……」
まあ出会うのは魔王級モンスターだったり勇者級だったりが当たり前になってきた俺達だから感覚が麻痺しているが、上級冒険者の上澄みレベルということは相当実力者だ。こういう武闘会でも上位を目指せるだけの実力があるのは間違いない。
が、今回は相手が悪いというべきか、勇者級だったり魔王級だったりする面子が出場しているので。
その中でも一番の優勝候補は勇者級でも魔王級でもない普通の公爵令嬢なんだけど。普通か? いや普通ではないな。
「ん?」
そんなことを話している中、ふと一人の人物が気になった。昨日も言っていた暗殺者だとかいう連中のまとめ役のおっさんだ。おっさんというより爺さんに片足突っ込んでる気がしないでもないが、頂の古龍――竜のおっさんがおっさん扱いなのでまああの人もおっさん呼びでいいだろう。
あの人だけは格が違うな。あの時も思ったけど、モンスターだとすると魔王級に近い。ひょっとしたらアルだと厳しいかも。そんなことをふと考えながら対戦表を見ると、あのおっさんの相手はスロウ。昨日最初はともかくとか楽観視してたけど、これ最初も結構面倒な相手だぞ。
そんなことを考えている間に試合は進む。クーヤ、アル、ラミュー、セフィと試合は進み、そしてスロウの出番がやってきた。
いきますよ、と腕をぐるぐる回しているスロウを見ながら、お手柔らかに、とおっさんは笑っている。
笑っているが、その目は笑っていない。まあ流石にここまで来て見た目とか態度で油断するようなもんじゃないよな。
試合開始の合図と同時にスロウが突っ込んだ。先手必勝、とおっさんに全力の回し蹴りをぶっ放す。が、それを受け止めたおっさんはスロウを投げ飛ばした。
「わわっ!」
危ない、と受け身を取って、試合場ギリギリで着地する。もうちょっとずれてたら場外でスロウが負けるところだった。そんなスロウを見たおっさんは目を見開く。どうやらあれで場外まで投げ飛ばせたと思ったらしい。
「流石は勇者級の聖女、ですかな」
「おじーさんこそ。あの人達の中で一番強いだけはありますね」
そう言いながらスロウは再度突っ込む。相手がそういうことをしてくると分かった上で行動しているとは思うので、流石にもう一回投げられて今度こそ場外、みたいなことにはならないはずだが。
「やっ、とうっ!」
「むっ」
動きを細かく、そして鋭く変えたスロウの攻撃を受け流しながら、おっさんは少し顔を顰めていた。まあ今までスロウは相手を勢いだけでぶっ飛ばしてきたもんな。大ぶりで当たれば倒せる、みたいな思考をしていると思ってもおかしくないよな。
実際は一応迷宮の管理者から手ほどきを受けているからこういう戦い方も出来る。まあとはいえ、技術は向こうの方が上なのかダメージを与えられてないけど。
「むぅ。なかなか当たりませんね」
「すまんのう。これでも部下がいる身なのでな。あっさりと負けるわけにはいかんのよ」
そう言いながら今度はおっさんが攻勢に出る。スロウのそれより鋭い攻撃は、これまでの対戦相手とは違い、スロウに的確にダメージを与えていた。
「うぅ、痛いです」
「痛いで済んでいるところは流石というべきかの」
ううむ、とスロウが悩んでいる。この大会、武器や魔法も勿論制限されているが、支援についてはその制限に入っていない。まあ能力値アップは普通限界があるので、スロウみたいな規格外を考慮してないのは当然と言えば当然なのだが。
そんなわけでやろうと思えばスロウはいつもの支援をぶちこんで超強化することも可能である。勿論そんなことをする気もなく、スロウは最低限の想定しているレベルの支援くらいしかやっていない。
「でも、流石にそれで勝ってもなんかわたしが負けた気がしますね」
「ふむ。どうやらまだ何か隠し持っているものがあると見た」
「そーですね。でも使いません」
「いいのかい?」
「いいんですよ。でもその代わり」
再びダッシュ。流石にもうその手は食わんと迎撃の体勢に入ったおっさんに向かって、スロウは思い切り糸を吐いた。いやまあモンスターの能力を使ってはいけないっていうルールはないけど、それありなのか?
ともあれ、糸を吐きかけられたおっさんは一瞬怯み、その隙に懐に入られスロウの全力の蹴りを叩き込まれていた。受け流したりしようにも、腕にも糸が絡みついていて動きが制限されている。
土手っ腹に蹴りを叩き込まれたおっさんは吹き飛び、しかし途中で受け身を取って着地した。腕に絡まっていた糸を取り払いながら、ううむと腹を擦っている。
そうしながら、審判に向かって降参を宣言した。へ、と目を丸くしているスロウを見ながら、当然だろうとおっさんは笑っている。
「暗殺者が仕込みの不意打ちを食らってしまってはな。まだまだ修行が足りなかったようだわい」
「仕込みというか、自前なんですけどね」
「どのみち反応が遅れたのは事実。ここは素直に負けを認めるべきだ、と」
それにしても、とおっさんは笑う。聖女さまは意外と卑怯な手をお使いになられる。そんなことを言いながら、スロウと握手をして試合場を下りていった。
「む。卑怯はちょっと心外ですね。わたしはミミックロウラーなんですから、糸を吐くのは当たり前なんですけど」
ぷんすか怒りながらスロウもおっさんに続いて試合場から下りる。それを聞いていたおっさんは、はいはいと流していた。どうやら目の前の美少女が芋虫の擬態であることは信じていないようである。
それにしても。あのおっさん強かったな。あそこで降参したからスロウの勝ちになったけど、あのまま戦ってたらスロウじゃ多分勝てなかった。支援モリモリの最強モードになって無理矢理ゴリ押すことは出来るだろうけど、それをやった時点でまあスロウの負けみたいなもんだし。技術では間違いなく上だったな。冒険者以外でもあれくらいの強さの人はいるんだな。
「まあでも、勇者級の人達と比べれば流石に劣るんじゃないかしら」
「かもな」
バクス達や、クロード達、アイラさん達にはやっぱり及ばない。その辺の魔王級の強さ程度では、今の勇者級には敵わない。それこそこの勇者級に匹敵する強さを持つには、魔王級の中でもさらに上澄みにならないと。
そういう意味ではイゼルブ達は大分それに近いか。
「しかし、あんなおっさんがわざわざ出張ってくる裏切り者の始末か」
「流石に腕試しの方がメインじゃないのかなぁ……」
言われてみればそうか。裏切り者の始末は別に他の誰かでも出来るから、ついでに腕試しにおっさんがついてきた、とかそんな感じか。あるいは引率だったけど面白そうだったからついでに参加したとか。
どっちにしろ、まあ向こうの問題だから気にすることもないか。目撃者も消すとか、そういう無差別に何かやらかさない限りはこのまま放っておいてもいいだろう。
「……ちょっと心配になってきたな」
「どうしたのぉ……?」
今思ったことをそのまま伝え、俺は何やら話しているスロウとおっさんに割り込んだ。あ、エミル、とこちらに笑顔を向けてくるスロウに対し、おっさんは成程となにか納得したように頷いている。
「おじーさんにエミルの凄さを話してたんですよ」
えっへん、と胸を張るスロウ。ああそうかい、それは嬉しいな。そんな心にもないことを言いながら、俺はおっさんに視線を向けた。
「事情は聞いてる」
「……見逃せ、ということならば」
「違う違う。やるなら目撃者も消すとかそういう物騒なことせずに目標だけやって欲しいっていう話をしに来たんだよ」
おっさんが目を丸くした。勇者級というのはもっと正義の味方をするものだと、とか言われたが、いやまあ俺の場合は必要だったから勇者級になっただけで、正義の味方を気取るつもりは元からない。そもそも、暗殺者の裏切り者ってことはそいつも暗殺者のわけだ。
そう考えると、別にまあいいか、となるのも仕方ないような気もする。
「ふむ。それは助かる」
では言う通り目標だけを始末するように気を付けよう。そんなことを言いながら、しかし、とおっさんは考え込む。何だよ、目撃者が多いところで始末しようとするので、とか言い出したら流石に止めるぞ。
そうじゃない、とおっさんは頭を振る。どのみちこの武闘会に出場しているので、終わってからでなければ無理だと肩を竦めた。
「ここにいる強者達を相手取るのは流石に無理なのでのう」
魔王級、大魔王級、勇者級、そして属性頂点。まあ大凡考えられる最強詰め合わせセットだ。これをどうにかしながら目標を始末するとなると、それこそ本当に魔王級の大群でも持ってきて大会をパニックに陥らせるとかしない限り無理だろう。それでも出来るかどうか怪しいレベルだけど。
「まあ、試合で死んでしまえば一番楽だが」
「流石にその辺は無理だろ」
ルールに則った戦いをしている以上、基本的に死人が出るようなものではない。よっぽど不幸な事故でも起きれば話は別だが、出たとして運営側の勇者級で《リザレクション》されてしまう。
それこそ、何か余程のことでも起こらない限りは。
「ん?」
そんなことを思っていた矢先。ざわ、と観客がざわめいているのが分かった。何だ、と視線を試合場に向けると、セフィの対戦相手の様子がおかしい。
む、とおっさんが目を見開いた。どうした、と尋ねると、あいつが例の裏切り者だと述べられた。でも何であんな変な感じなんだ。
「裏切る前から様子はおかしかったんじゃ。俺は仕えるべき本当の主を見付けた、とか血走った目で言い出してな。療養と反省も兼ねて閉じ込めておいたのだが」
そこから逃げ出した。そしてその『本当の主』のもとで何かをしていると言う情報を得たおっさん達は、自分達の手で始末をつけようとした、と
「まあ向こうが何を考えているのかは知らないが」
視線を試合場に戻す。件の裏切り者の男が何をしたところで、まあ相手が悪いとしか言いようがない。
セフィーリア・フォン・ベルンシュタイン。多分出場選手で一番の化物だ。
「疾っ!」
男が何かを唱えようとしたが、次の瞬間には既に場外にぶっ飛ばされていた。ふぅ、と息を吐いたセフィは、折れた刺突剣を一振して鞘に仕舞う。まあそうなるな、といった感じで、何か変なオーラを出していた割にはあっけなく終わりで。
「エミル!?」
「ん?」
スロウに言われて視線をぶっ飛ばされた男に向けた。セフィのあの一撃を受けても意識を飛ばさずに立ち上がった男は、試合が終わったにも拘らず呪文を唱えるのをやめない。何かを握りしめながら唱えたそれは、俺もよく知る呪文だ。
「《テレポート》?」
「あれが唱えているというよりは、あれを起点に何かが唱えてるって感じですけど」
男をあれ扱いしているが、その辺をツッコミいれている場合ではない。魔法陣が数個生まれ、そこから何かがゆっくりと姿を現した。
何か、というか、モンスターだ。試合会場に、モンスターを召喚しやがったあいつ。
「エミル!」
「ああ!」
即座に俺達は現れたモンスターの討伐に向かう。あのお方の言う通りだ、と笑いながら叫んでいる男はすれ違いざまに殴り飛ばしたが、魔法陣は消えない。やっぱりスロウの言う通り、こいつは起点なだけで唱えているのは別の何かだ。
幸い、と言っていいのか出てくるモンスターに魔王級はいない。良くて準魔王級だ。この程度なら何とでもなる。
そう思っていたが、いかんせん数が多い。魔法陣を通って次から次へと湧いて出てくる。一体全体どこからこんな連中を呼び寄せているのか不思議なくらいだ。
とはいえ、当然他の皆も来てくれたのでやっぱり問題はないのだが。現状勇者級がひしめき合っているのだ、正直この程度のモンスターならいくら集まっても。
「エミル、観客席にも魔法陣!」
「はぁ!?」
こっちで対処していたそのタイミングで、空中で周囲を確認していたアリアがそんなことを叫ぶ。勇者級全員にその言葉は聞こえたので、即座にそこに動こうとしたが、しかしモンスターが湧き出てくるほうが少し早い。まずい、これでは犠牲者が確実に出る。
「ふん。勇者級も甘いな」
そんなタイミングで、モンスターが弾け飛んだ。魔法陣から湧き出てくるモンスターを観客であったイゼルブが吹き飛ばしたのだ。その横では同じように観客を避難させながらモンスターを始末しているイリスとキララ、そしていつの間にか向こうに合流していたラミューも見える。
「イゼルブ!」
「何だエミル、遅いではないか。我が出しゃばらなければ死人が出ていたぞ?」
「ぐぅ……」
はっはっは、と高笑いを上げるイゼルブ。俺が歯ぎしりしたのが余程気に入ったのか、上機嫌で湧いてくるモンスターどもを始末し始めた。
「ほれ、エミル。我に何か言うことがあるのではないか?」
「……助かった」
「んん? 聞こえんな?」
「助かったっつってんだろ!」
「はーっはっは! 愉快愉快! エミルが我に礼を言うとはな。ほれ、どうせなら這いつくばって感謝をしろ」
「調子に乗るなよこの野郎!」
思わずイゼルブをぶん殴りに行こうとしたが、スロウの今はそれどころじゃないです、という言葉で我に返った。ああ、そうだった。今はこの魔法陣から出てくるモンスターをどうにかしないと。
「イゼルブさん、あなたもです」
「そうね、自重なさい」
「今はそれどこじゃねーですわよ」
「お前達はお前達で何でそんな善良なのだ……。まあいい。エミル、我の! 美女美少女な仲間達の寛大さに感謝するのだな!」
そう言って再度高笑いを上げたイゼルブをぶん殴りに行きたくなったのは間違いではないと思う。
「あっちの仲間にはエミルとスロウみたいなの感じないわね、つまんない」
「お前はお前で自重してくれよラティ!?」